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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
決別編
48/74

48 胸を張って言えることⅤ

 

「……こりゃあ傑作だな」


 拝島は音のする方に顔を向け、無表情のまま呟いた。

「目には目を、歯には歯を、ってな。無類の金好きからは金を奪おうってことか」

 投げやりで、つまらなさそうな口調の割には、どこか愉しそうだ。


「……奪っただけじゃない。松永はこれから金に追われることになる。一生、金に身を削られるんだ。いい気味だよ」

「この陰湿な嫌がらせを思い付いたのはお前か?」

「さあ?そうかもしれないし、他の奴かもしれない」

「つまり仲間がいるってことだ。そりゃそうだろうな、SIGに目ぇ付けられて謹慎くらうようなポンコツが一人でやり遂げる芸当じゃない」


 拝島はもう沢山だ、とでも言うように手を振り、深矢に背を向けた。


「松永は潰された、君は復讐を遂げた。もう拝島の役目は終わりだ。俺はこれに便乗してお(いとま)させてもら……」

 そう言い残して立ち去ろうとする拝島の前に、郵便局員の格好をした茜が立ちふさがった。

「何勝手に帰ろうとしてんだハゲ」


「……これが君の仲間か?女にしちゃあずいぶんと口が悪い。生憎俺は毛根には恵まれてるし名前もハゲじゃない」

 そうだな、とその背中に話しかける。

「ハゲじゃなくて影、だったな」


 拝島が反応したのが背中越しでも伝わった。

「松永組に潜入する前は事故処理班にいたらしいな」


 そう深矢が言った刹那、唐突に拝島が懐から拳銃を取り出し茜に突き付けた。


「……そんな機密情報をどこで聞いたのか、じっくり聞き出したいところだが諦めよう。俺はどうやら君ら若人に追いやられているみたいだからな。君も馬鹿と言われたくなかったらそこを動かない方がいい。君の動きがいくら速かろうが、俺が引き金を引く方が早い」


 ――逃げ道を確保したつもりだろうが、盾にする奴を間違えている。

 盾にされた茜は、すこぶる機嫌の悪そうな表情をしていたのだ。

 海斗でなくとも、次に何が起きるかは予想がついた。

「……拝島。俺が動こうが動かまいが、その前に……」


 深矢が言い終わるより早く、茜が拝島の腕をすり抜ける。そして拳銃を持った拝島の腕があらぬ方向に捻じ曲げられた。関節の外れる嫌な音と共に拝島の悲鳴が上がる。


「……腕がもげるって言うつもりだったけど、遅かったか」

「こいつぶん殴っていいよな」

「どうぞ」

 同情する間も無く、捩じ伏せられた拝島の頭が鈍い音と共に凄い勢いで横に振れる。

 SIGのベテラン工作員(スパイ)ともあろう男は、一塊の女スパイ(規格外)によって呆気なく気絶した。


「……ちなみに、拝島の何が気に入らなかったんだ?」

 なんとなく理由は分かっていたが、拝島の手足を縛りながら一応聞いてみる。

「『女にしちゃ口が悪い』って発言。口の良し悪しが女の基準じゃないだろ。あとは、私とあんたを比べて迷いもせず私を盾に取ったこと」

 どいつもこいつも女だからって舐めやがる、と茜は拝島の躯体を見ながら吐き捨てた。



  ***



「……それで、深矢の復讐心は満たされたの?」

 拝島を移動車に運び終わり、深矢達が座席に乗り込むと、由奈が助手席からムールミラー越しに聞いてきた。


 外はまだ騒がしく、事務所なら少し離れた場所でもその喧騒は聞き取れる。

 深矢はその喧騒を聞きながら、圭との写真を取り出し眺めた。


「どうだかな」

 圭の表情は変わらない。満面の笑みが輝いて見えることも、影が差すこともない。

 ――復讐する意味など無かったのかもしれない。


「……一区切りはついたんだろ」

 区切りはした。後腐れなど、金庫の中身と一緒に燃え焦がてきたつもりだ。恨みを買ったのは確かだが、与えた絶望のダメージの方が圧倒的に大きい。復讐がてら沙保に手を出す余裕すらも無いだろう。


 沙保を守ったのは確かだ。

 胸を張って圭に言えるのはそれだけだ――そう思ったら、写真の圭の表情に安心が浮かんだ気がした。


「もう十分だよ」

 深矢は切り替えるよう、手早く写真をしまった。

 そして後ろのトランクを指差し、真剣な面持ちになる。


「あと残るはこいつ――『影』から、三年前の真実を聞き出すだけだ」


 ゴールは近い。

 はやる気持ちを抱えるのは、深矢だけではないはずだ。



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