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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
決別編
45/74

45 胸を張って言えることⅡ

 

 謹慎期間がついに明けたその日。深矢は梟の事務所に顔を出した。

 団長は何故か上機嫌だった。なんでも、任務のことで大学長(ボス)から誉められたらしい。その様子からするに、深矢の脱走のことはバレていないようだった(当たり前だ)。


 団長は愉しそうに椅子の上で回りながら、深矢に鍵を差し出した。

「君に謹慎処分後初任務を与えようじゃあないか。店番をつつがなく執り行うこと。いいね?」

 ――何が任務だ。

 仕事を押し付けたいだけだろ、と内心ため息を吐きながら、差し出された鍵を受け取った。


 隣を見ると、朱本に鋭い視線を向けられていた。

 大人しくしていなさい。

 その表情にははっきりとそう書かれていた。

 これ以上問題を起こさせないため、何が何でも理由をつけて縛り付けておきたい。朱本の考えはそんなところだろう。



 ――だが。


「そんなつもりはないんだろ?」

 海斗が見透かしたように笑った。


 開店準備中、海斗が不意にやってきたのだ。

「もちろん」

 深矢はニヤリと笑って海斗の隣に腰掛けた。


 言われた通りにするつもりはない。

 まだやり残したことがあるのだ。


「それで、お前の方から現れたってことは……頼んでたことが調べついたのか?」

「そ。出所祝いに事故処理班についての情報をプレゼント。気が利いてるだろ?」

 ただし、と海斗は前置きをしてから、真っ直ぐな視線を深矢に向けた。真正面から見つめられると、心の内を見透かされている気分になる。


「一人で三年前の事件を追うのはやめろよな」

「……まったく、お前の千里眼には敵わないな」


 何かと厳しい立場と状況だ。一人の方が動きやすいと思い、どこかで説得して引き下がってもらうつもりだったのだが。


「こんなの千里眼でもなんでもねーよ。大体深矢お前はな、単独行動が過ぎるんだ。周りの人間を利用するってことをしろよな。それにこんなに敵味方分かりやすい有能な奴もいないだろ?」


 自分で自分のことを有能という辺りが海斗らしい。

 仕方なく深矢は諦め、今持っている情報を全て話した。


 カメレオンのこと、彼が遺した『影』という言葉、『組織の権力者』という言い回し――蔵元のことは伏せておいた。何と無くだが――夢に出てきた事故処理班についても。

『組織の権力者』という言葉に、海斗は怪訝な顔をした。


「あの事件、海斗が思う以上に闇深いぞ」

「まぁ事故処理班について調べた時点で察しはついてるよ」

「となると、何か分かったのか?」

 聞くと、海斗は怪訝な顔のまま頷いた。


「三年前の事件の直後、事故処理班の一部が入れ替わったんだ。その中に『影』というコードネームの奴がいた」

 ――それだ。

「そいつは今どこに?」

「そこまでは分からなかった。けど、恐らくSIGを抜けたか、工作本部預りでどこかに長期的に潜入しているかの二択だろうな」


 長期的な潜入。元事故処理班。

 深矢の脳裏で、二つのことが薄く繋がった。

 拝島だ。


「……そうか」

 深矢は頭を整理しながら言葉を零す。

「松永の可愛がってる部下に、拝島って男がいる。この間松永の事務所に忍び込んだ時、そいつと鉢合わせたんだ」

「はぁ?!深矢お前、早く言えよ!それじゃ計画が……」

「拝島は俺に、監視に連絡するぞって脅してきた」

 勢いで腰を浮かせた海斗がピタリと止まる。

「拝島はSIGの構成員だったんだ。それも事故処理班と繋がりを持ってる」

「それはつまり……」

 海斗の目がみるみるうちに丸く見開かれる。

「その拝島が、『影』の可能性は高い……!」


 深矢は神妙に頷く。

「そうとなったら何としてでも話を聞こう。けど待てよ?SIGの任務中ってこた、松永組を潰すのはヤバいんじゃ……」

 海斗が伺うような視線を深矢に向ける。

「遅かれ早かれ松永組は消される予定。拝島はそう言っていた。だったら誰がやっても同じだろ」

 全く動じない深矢に、海斗は引きつった笑みを浮かべた。

「穏便に済ませる気はないんだな」

「松永を潰すことと、事件の真相とは別の話だからな。降りたかったら降りてもいいぞ」

「バカ言え」


 海斗に肩を小突かれる。その目は嬉々としていた。


「あの事件の事を知りたいのは深矢だけじゃないんだよ。茜には俺から話しておこう」


 そこで茜の名前が出てくるのは意外だった。それを汲み取ったのか、海斗は得意げに笑った。


「面倒くさがってるように見えるだけで、茜も本当は知りたがってる。何せ俺らは蚊帳の外だったからな。茜もそういうのは気になるタイプだ」


 全てお見通しだと言わんばかりの口調だ。


「さすが、茜のことは何でも分かるんだな」

 からかいたくなって言うと、海斗は即座にふて腐れた。


「……そりゃお前よりはよく知ってるよ、何が言いたい」


 思った通りの反応に、深矢は思わず吹き出した。


「お前の弱点は分かりやすい」

 るせーよ、と海斗に睨まれる。しかし今睨まれても何の威嚇にもならない。


「そんなことより、由奈には深矢の方から連絡しとけよ!連絡先は聞いてあるんだろ?」

「もちろん、そうするよ」

「ついでにデートにでも誘ってみたらどうだ?」

 仕返しのつもりなのだろう。海斗の卑しい表情で分かる。

「からかうな……って言いたいところだが、もうその話にはなってるんだ」

 片眉を上げてみせると、海斗はつまらなさそうに唇を尖らせたのだった。



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