75「訓練開始」②
「――はぁ、はぁっ、これはなかなか、キツい」
教皇ウィルソンの教えは本当に実践的だった。
騎士たちが剣を抜き襲いかかった時は、正直、肝が冷えた。
咄嗟的に魔術を使ったが、それは「結界」ではなく「障壁」だった。
ただし、騎士もレダたちに当てるつもりはまったくなかったようで、障壁の前でぴたりと剣が止まっていた。
剣も刃が潰されたものであり、「万が一」が起きないように対処されていた。
騎士もレダやエンジーはさておき、幼いミナを傷つけることなどできるわけがなく、あくまでも襲われる雰囲気を伝えたかっただけだと知った。
――だが、一番驚いたのは、レダが障壁を発動したことに遅れてミナが結界を発動させたことだった。
レダが障壁を解いた瞬間、騎士たちが吹き飛ばされたのだ。
これには騎士も、ウィルソンも、そして何よりもミナ自身が驚いていた。
結界は障壁とは違う。
一時的に身を守るのが「障壁」であれば、悪意や敵意から身を守るものが「結界」だ。
ミナは反射的に襲いかかってきた騎士を「敵」と認識した。その結果、レダの障壁に対してわずかに遅れてではあったが、騎士を結界で吹き飛ばしてしまったのだ。
「――これは素晴らしい」
ウィルソンが感嘆したのは言うまでもない。
レダも同じだ。
おそらくだが、今まで障壁を使ったことがないミナにとって知識を得た瞬間に使うには結界の方が使いやすかったのかもしれない。
もしくは、以前レダを守ってくれた時の力の発現こそ、結界だったのかもしれない。
その後、ミナは結界術が使えるシスターに付きっきりで感覚を忘れない内に結界を習得しようと頑張っている。
レダとエンジーは、今も結界が発動せず、魔力ばかりを消費されてしまい息を切らせていた。
「人生とは何が起きるかわからないものです。私は結界術を教える際に、――あえて魔石を持たせずに反射的に結界を使えるように促しています。少々強引ではありますが、今まで五人が結界術を使い、すぐに意識して使えるようになった者は三人です。残りのふたりも、すぐに使えるようになりました」
そして、力が発現したのがミナだった。
「もしや、と思っていました。我々人間はどうしても一度覚えたことを感覚として身体に染み付かせてしまいます。レダくんやエンジーがそうであるように、障壁に幾度となく守られていた経験から咄嗟に障壁を張ってしまいました。しかし、ミナちゃんは違った」
レダは冒険者時代に、何度も障壁を使った。
今では治癒と同じように呼吸するように使える。
だからこそ、縁がなかった結界を意識しても「身を守る」ことに己の中で最適解である「障壁」が出てしまう。
いずれは結界を習得すれば使い分けることができるようだが、今のレダにはそんな器用なことができるか懐疑的だ。
「結界は自身の、みんなの命を守る大切な術です。それゆえに時間をかけて学び覚えることが一般的ですが、レダくんたちは限られた時間しか王都にいられませんので、少々無理をしてでも覚えてもらいましょう。私もアムルスで暮らすことができればよかったのですが、ローデンヴァルト辺境伯からやんわりと――くるな、と言われてしまいました」
ウィルソンはレダたちに結界術を教えるよりも早くに、ティーダに移住したい旨を伝えていたようだ。
その決断と行動力の速さにレダとエンジーは頬を引き攣らせた。




