74「マーゴットとクイン」②
「――口を控えよ、ライリート夫人! いくら息子が心配だとしても、さすがにローデンヴァルト辺境伯への侮辱は許されぬぞ!」
「何をおっしゃいますか。善良な民を貴族が利用するなど掃いて捨てるほどあるではありませんか」
「――夫人!」
「私は息子を利用しましたが、あくまでも息子の将来のためを思いました。金をため、人脈を広げ、いずれはエンジーが引き継げるように、と。ですが、ローデンヴァルト辺境伯はいかがでしょうか? 妹君をレダ・ディクソン殿へ嫁がせたことで、優秀な治癒士の一生を縛ることに成功しました。良心的な診療所を開く、といえば聞こえはよろしいですが、私の調べたレダ・ディクソン殿の実力からするとあまりにも正当な対価ではないかと」
「もういい、黙れ!」
「……失礼しました」
マーゴットは何かと思うことがあったのだろう。
ティーダ・ローデンヴァルト辺境伯に対し、外で言えば大変なことになるようなことを感情的に口にしてしまった。
マーゴットにしてみたら、散々息子であるエンジーを利用したと責められているものの、他の貴族だってやっていると言いたかったのだろう。
確かにマーゴットはエンジーを利用したが、搾取したわけではなく。
利用といっても、あくまでもエンジーのためになると思った上で、息子の治癒士としての才能を利用したのだ。マーゴットからすれば、息子のために息子の力を正しく使ったのだ。
世間は「利用」と言うが、いずれはエンジーのためになると信じての行動なのだから、「利用」と繰り返されれば、反論だってしたいだろう。
実際、貴族が才能ある平民を抱え、使うことはある。
冒険者であったり、商人であったり、治癒士であったりと多岐にわたる。
それを「利用」というのならその通りだろう。
中には、貴族であることを笠に着て、才能ある人間を使い潰すことも珍しくない。
マーゴットがエンジーに対してしたことは、家族の情もあったため大きな問題には見えない。
しかし、利用されたエンジーがまだ子供だったことや、利用されていることを知らずに善意で治癒をしていたからこそ、後で大きく傷ついてしまった。
やり方が悪かったと言えばそれまでなのだが、マーゴットとしては、「あくまでも息子のため」という前提があるため、何が悪かったのかわからない。
ティーダに対しての批判も、エンジーが世話になっているレダが正当に評価されてはいないのではないかという「善意」からの批判だ。
「確かに、私は息子を利用したでしょう。しかし、それでも、あなた方のような他人にとやかく言われるほど悪いことはしていません。どうか、エンジーに伝えてください。屋敷に戻ってくるように、と」
「……ライリート夫人、私も少し言いすぎた。謝罪しよう。だが、その伝言を伝えて、あなたはどうする? またエンジーを籠の鳥にするつもりか?」
「……あの子のために貯めていたお金を渡したいだけです。今後のことは、正直なことを言えば我が家に戻ってきて欲しい。それこそ、どんな手を使ってでも、と思います。しかし、調べた限り、あの子は良き師匠に出会い、良き友に囲まれている。ならば、まず話をしたいのです。その上で――」
「……わかった」
「ありがとうございます」
一度は、エンジーをアムルスからどんな手を使ってでも呼び戻そうと考えていた。
しかし、周囲の人間のことを知り、それをするのは悪手だと理解した。
「私は今のあの子を知らない。何も知らないのです。伯爵が守っていたせいで、あの子がきちんとやっていけるだけの心の強さがあるのかどうか知らないのです」
「……そうだな」
「ですから、あの子が私を嫌っていようと憎んでいようと、一度、話をしたい。ただそれだけを願うとお伝えてください」
マーゴットはそう言って、深く頭を下げたのだった。




