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コマタンゴの妖精化に纏わる騒動は、牧場町の各所に波及していた。
突然の地揺れ、バルドルとシャルラの電撃婚約発表と同棲などで町は騒がしくなった。
そして、ようやく一段落着いた今日この頃――
「ふぅ、結局、アラドの角と俺のミスリルの長剣は土の下か」
長い溜息と共に、失ったものを思いつつ、いつものようにチェルナを後頭部に張り付かせてレスカ牧場の牧草地で牧草を刈り取る。
そんな俺の元にレスカが小走りでやってきた。
「コータスさーん! ちょっと来てください!」
「レスカ、どうした?」
「今、地中に出てきたコマタンゴたちが!」
そう言って、俺の方にやってくるのは、密集したコマタンゴたちの傘の上にちょこんと座り、こちらを見上げる人型を見つける。
「復活できたのか?」
『アソビニキタ。ソレト、ワスレモノ』
片言の念話と共に俺に差し出すのは、土に塗れているが布の巻かれたアラドの竜角と俺の落としたミスリルの長剣だ。
流石ミスリルの長剣、少し汚れているが、刃毀れや歪みはないようだ。
アラドの竜角も流石、国宝級の素材だけあり傷一つない。
「ありがとう。届けてくれたんだな」
俺がコマタンゴの妖精の傘を撫でるようにすると、大人しく頭を傾ける。
表情は乏しいが、なんとなく嬉しそうにしている。
「私、コマタンゴの妖精が来るのを待ってたんですよ。名前で呼びたくて」
『ナマエ?』
そう言って、コマタンゴたちの傘の上に載るコマタンゴの妖精と視線を合わせるようにしゃがみ込むレスカは、真っ直ぐに見つめ、名前を告げる。
「あなたは、マーゴですよ。コマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴです」
『マーゴ、マーゴ、マーゴ』
何度も反芻するように念話を広げるマーゴにレスカは微苦笑を浮かべる。
「それじゃあ、町の皆さんに紹介してきますね」
「もう少しでこの仕事が終わる。俺も一緒に行こう」
「はい。わかりました」
レスカとマーゴは、他のコマタンゴたちに指示し、俺の牧草の刈り取りを手伝わせる。
マーゴという司令塔が生まれたためなのか、コマタンゴたちの動きは以前より格段に良くなった気がする。
「さぁ、コータスさん。行きましょうか」
「そうだな」
俺たちは、ヒビキの無限鞄にアラドの竜角を預け、牧場町にマーゴの存在を伝え歩いた。
魔物から進化した妖精、と言うのは珍しく、また幼い子どものような外見に、多くの牧場町の住人に受け入れられた。
なによりコマタンゴたちに担がれるように移動するマーゴのコミカルな姿や愛らしい真竜の雛・チェルナとじゃれ合う姿に多くの住人たちが笑顔になる。
そして、そんなマーゴのお披露目の途中、牧場町の住宅地の一角でバルドルとシャルラ、そしてこの付近の牧場主を見つけた。
「どうしたんだ? 何かあった?」
「お、コータスにレスカの嬢ちゃんか」
幸せそうに腕を組んでいるバルドルとシャルラ。
まさか突然の婚約発表に牧場町の特に独身男性たちが悔しがる話題の中、幸せな空気を放つ二人だが、今は少し困った様子を見せている。
「いや、実は、シャルラと同棲するための借家を借りたんだが……」
「すまんな。手違いがあって、うちの牧場を拡張するために取り壊しの予定だったんだが、重なっちまったみたいでどうするか悩んでいるんだ」
うんうん、と悩むバルドルとシャルラ、牧場主。
そんな三人を見ていたマーゴがレスカの服を引っ張り、レスカに内緒話をするように念話の対象が絞られる。
そして、話の終わったレスカは、バルドルたちに話しかける。
「あの、バルドルさんたちの新しい住居って絶対にここじゃなきゃダメですか?」
「あーダメってことはないな。この物件がちょうど空いていただけで駄目そうならしばらく宿屋暮らしも考えていたところだが……」
「借家を取り壊す予定なら移動させても良いですか?」
「はぁ?」
流石に、そのレスカに発言には、バルドルだけでなく俺も驚く。
「そんなことができるのか?」
「はい。とは言っても私じゃなくてマーゴですけど」
無表情ながら自信満々のように見えるマーゴ。
「とりあえず、地図を持ってくるから地図を見ながら移動させようか!」
慌てた牧場主は、すぐさま町の地図を持ち出し、また建物の移動などなんかも牧場町の代官であるパリトット子爵とも相談する。
そうこうすると牧場町の至る所で建物の移動、なんて噂が流れ、ジニーやヒビキも見物に来た。
「キノコの妖精だから薬に関して関わりがあるか見てこいってお祖母ちゃんに言われてきた」
「なになに? 面白そうなことを始めるならお義姉ちゃんにも教えてよ!」
ちょっとマーゴに興味があるっぽい視線を送るジニーとお姉さん風を吹かせるヒビキ。
そして移動先や経路が決定し、いざ実行に移す時となる。
「マーゴ、お願いできますか」
『ヤル。ウゴイテ』
ただ身近な念話と共に、ズズズッと建物の土台から数十センチという厚さの地面が浮き上がる。
そして、その浮き上がった地面の底には、白い菌糸の塊が覆われており、その菌糸の塊からは人間を模した足が生えていた。
無数の菌糸の足が建物ごと持ち上げて移動しているのに、菌糸自体の柔らかさと揺れないように衝撃を吸収しているためにするっと予定された経路を進んでいく。
「わぁ、マーゴ。凄いですね」
褒めるレスカと歓声が沸き立つ牧場町の住人。
そして、移動した建物の跡地にはぽっかりと穴が空いているのを見た俺とヒビキは、こっそりと話をする。
「ヒビキ。お前の魔法で同じことできるか?」
「できる……けど、土木魔法に破損防止の状態保存の魔法、それから移動させるための重力軽減の魔法と色々使ってやっとだわ。あんなスムーズになんて無理よ」
そう言って、あー、私ってただ力を与えられただけね。もっと精進しないと、と呟くヒビキ。
そして、移動する建物に釣られて歩き出す住人たちの流れに逆らわずに進み、移設先に借家が到着するとその範囲の地面も同じように菌糸の足によって土が持ち上げられ、場所を交換するようにして見事に収まる。
そして、退いた土は、借家のあった場所に収まり、隣にあった牧場主の拡張に使われる。
「凄いですよ! レスカさん! コマタンゴ・リトルフェアリーの能力を使えば、牧場町で問題になっていた区画整理が楽になります! 今後も牧場町の発展のために手伝ってください!」
「えっと……マーゴが手伝ってくれましたら」
そう言って、苦笑いを浮かべるレスカ。
たった一つの出来事で微笑ましい存在から頼れる存在に昇格したマーゴ。
そんな存在と契約できるレスカは、実は規格外な存在ではないのだろうか。
その思いに至ったとき、俺の中にある魔力的な繋がりからアラドの声を受け取る。
(魔物牧場での集団進化、コマタンゴの妖精化、小娘自身すら知らぬことをその全てを知りたいか? ならば、教えてやろう。今晩、そこの小娘も呼べ)
何かを知っているアラドの言葉に、俺は静かに頷くのだった。
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