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6-4

6-4


 壁から生える白い巨大な腕の正体。

 今なら、これがコマタンゴの妖精による菌糸の塊であることを理解する。

 そんな菌糸の塊である巨大な腕をすれ違い様にミスリルの長剣で斬るが、手首の3分の1ほど斬り割かれた後に、周囲の菌糸が細い糸のように伸びて繋がり、修復される。


「ただ斬っただけだと、すぐに修復される」

「それなら吹き飛ばすだけだ! はぁぁっ――《闘刃砲》!」


 バルドルがスコップの先端に闘気を集中させ、一部に集中させて放つ闘気の塊がもう一本の腕の掌に当たり爆散する。

 それにより掌には、大穴が空き、向こう側の空間が見え、白い菌糸の指が洞窟の床に落ちる。

 だが、するすると菌糸が寄り集まり、巨大な腕が修復され、足りない菌糸が壁や天井、床から集まり、補う。


「くそっ! これでもダメか」

「レスカ! なにか、こいつを止める方法はあるか!」


 俺とバルドルは、振るわれる巨大な腕を掻い潜りコマタンゴの妖精の姿を視界に捕らえたまま、後方のレスカに聞く。


「菌糸核を見つけてください! 暴走状態の妖精を私がもう一度《調教魔法》の契約を結び直して、その繋がりを利用して落ち着けて止めます!」

「レスカ。それは危ないだろ! それに菌糸核はどこにある!」


 周囲に目を向けるが、30センチほどの人形のようなコマタンゴの妖精が腕を振るのに合わせて、数瞬遅れで巨大な腕が俺とバルドルに襲ってくる。


「くっ! 斬るより、吹き飛ばした方が早いか! ――《錬魔刃》!」


 俺は、少ない魔力を補うために体内に蓄えられた養分を魔力に変換し、体内に魔力を練り上げる。

 それを一気にミスリルの長剣を伝い、迫る巨大な腕に突きを放つ。

 くぐもったような空気音と共に、内側から破裂するように巨大な腕に風穴が空く。

 バルドルの《闘刃砲》に比べれば、威力は低いが、ただ斬るよりは足止めとしての効果が強そうだ。


 だが――


「くそっ! いつまで再生するんだ!」

『ムダ。シロイノ、ゼンブ、ワタシ』


 コマタンゴの妖精が俺の悪態に対して念話を投げかけてくる。

 目の前で再生する巨大な腕を見つつ、その意味を反芻する。


「痛覚もなく、切り落としても広がる菌糸が尽きるまでは再生するのか……」


 この洞窟の壁や天井を覆う白い菌糸は、膨大であり、それを利用して再生する。

 斬っても、斬っても再生するコマタンゴの妖精は、自我はあれど、この場に本体はない。


「まさか俺自身の長所をやられるとは思わなかったな」

「呑気なことを言っている場合か! はぁ!」


 バルドルが闘気で覆ったミスリルのスコップで迫る腕を殴り掛れば、一部を抉り取り、弾き返すがそれもすぐに再生する。

 俺も体内で練り上げた魔力の塊で菌糸の腕に打ち込んでいくが、使う度に魔力が大幅に減っていく。


「このままだとジリ貧だ! バルドル、少しの間持ちこたえてくれ!」

「おい、どうするんだ!」

「直接、コマタンゴの妖精を叩く!」


 俺は、コマタンゴの妖精に向かって駆け出す。

 それに気づいたコマタンゴの妖精は、腕を振るい、それに合わせて巨大な腕で俺の体を横殴りにしようとするが、それをバルドルが割り込むようにして《闘刃砲》で大穴を開ける。


「援護は任せろ!」

「任された!」


 俺は、コマタンゴの妖精に迫ると近づけさせまいと地面から細い菌糸の腕が何本も伸びて捕らえようとする。

 だが、俺は、その腕に捕まれても身体強化の膂力で強引に引き千切り進み、コマタンゴの妖精の目の前まで辿り着く。


「環境に依存する妖精は、ほぼ不滅。それにコマタンゴに痛覚はないんだ。悪く思うなよ! ――《錬魔》」


 俺は、至近まで接近したコマタンゴの妖精に触れ、魔力の塊を打ち込む。

 攻撃力のない魔力の塊は、打ち込まれた対象の魔力を掻き乱し、一時的に動きを封じる。


 流石に幼子にも見えるコマタンゴの妖精を斬り捨てるのは、良心の呵責を覚えたので、こうした手段を取った。

 今まで全身から発露していた魔力の波動が乱され、途切れ、パタリと人形の様に倒れるコマタンゴの妖精。

 バルドルを襲っていた巨大な腕が痙攣する様に硬直し、そして、地面や壁に飲み込まれるように菌糸の壁に戻っていく。


「ふぅ、これでとりあえずは無効化できたな。あとは、菌糸核を探し出すだけだ」

「コータス、お疲れさん。それで、肝心の菌糸核は?」


 俺とバルドルは、警戒しつつも身体強化の魔法を弱め、辺りを見回す。

 だが、菌糸核らしきものは見つからず、白い菌糸の壁が所々剥げた状態で広がっていた。


「レスカ。何か分からないか?」

「菌糸核は、全てのコマタンゴの中心です。細かな菌糸で繋がってコマタンゴたちに命令を出している存在です。だから、菌糸の密度は必然的に多くなるんですけど……」

「まぁ全部が菌糸の壁だよな」


 やはり見分けが付かない。

 生物や魔物の持つ魔力で調べられないか、とも思案した俺の足に強い痛みが走る。


『ワタシハ、ゼンブ。ゼンブガ、ワタシ』

「っ!?」


 突然の左足の痛みを見下ろせば、白い腕が何本も伸び、足関節を強引にあらぬ方向にねじ曲げる。

 そして、なおも力を込めた結果――


 ブチリッ――


「ガァァァァァァッ!」


 左足の関節が逆側に曲げられ、足の筋が千切れて、嫌な音が響く。

 そのまま体を横倒しに倒れれば、次々に湧き出す白い腕が俺の四肢や体を押さえつける。


「コータスさん!?」

「コータス! くそっ、俺の方にも!」


 俺を助けようと動くバルドルだが、その周囲にも白い腕が生え、膝を付かすような体勢で拘束する。


 そして、一瞬にして俺たちを無力化した白い腕の側から現れたのは、新たなコマタンゴの妖精だ。


「馬鹿な。さっきの《錬魔》で動けないはずだ……」


 ちらりと押さえつけられた体でそちらの方を見ると、確かにコマタンゴの妖精の体がある。


『ワタシハ、ゼンブ。ゼンブガ、ワタシ。ワタシハ、ウツワ。ウツワハ、ステル』

「ああ、そういうことか」


 コマタンゴの妖精にとって、意志は、菌糸全域に広がっており、それを表面化するための器が菌糸の体だ。その体も異常があればすぐに捨てて新たな体を作れる。ってことか。


『ココデ、ミンナ、クラス。ジャマ、シナイデ』

「仮にここでレスカや牧場町の人間を連れてきて、幸せになれるとでも思うのか?」


 俺の素朴な疑問の様な言葉にコマタンゴの妖精は、小首を傾げる。


『シアワセ……ワカラナイ』


 幸せや幸福という概念がまだ理解できないのか。もしかしたら、そこにコマタンゴの妖精を止める鍵があるのかも知れないと俺とレスカは感じる。

 だが、生まれたての妖精とは、突拍子もない存在である。


『ワカラナイ。ワカラナイ。イマハ、ジャマ、シナイヨウニ、テアシ、オトス』

「待て、何をっ!?」


 俺の持っていたミスリルの長剣がするりと奪い取られ、白い腕が俺の方に刀身を向けてくる。

「――《ブレイブエンハンス》《デミ・マテリア……か、体が……」

 咄嗟に蓄えられた養分全てを魔力に変換する勢いで身体強化魔法に注ぐ。

 だが、その途中で甘い香りと共に体の力が抜け、集めようとした魔力が体内で霧散する。


(これがコマタンゴの妖精の菌糸魔法……)


 内心、思い通りにならない体をなんとかしようと焦る一方で、冷静な自分がコマタンゴの妖精を見つめていた。

 俺たちを殺しはしない。だが、生きていればいいのだから、手足くらい奪う、ということだろうか。

 【頑健】の加護で切り落とされた手足が生えてこないだろうか……いや、流石に無理か、と若干、自身の加護に期待を寄せるが、内心自嘲気味に笑う。


 振り下ろされようとするミスリルの長剣を横目に、真っ青に震えるレスカが見える。

 ああ、レスカに嫌な光景を見せてしまうな、と思いつつ迫る痛みに備えるが――


「ダ、ダメェェェェェッ!」

『『グルルルルッ、ワォォォォォォォン――!』』


 レスカの叫びと共に、レスカを守るように位置していたオルトロスのペロから炎が吹き上がり、その体を覆う。


『ヒッ、ヒッ、ヤァ!』


 洞窟に突然の炎が吹き上がり、強い拒否感と共にミスリルの長剣を取り落とし、俺とバルドルの拘束を解くコマタンゴの妖精。

 赤黒い炎は、コマタンゴの菌糸の壁を舐めるように広がり、レスカや密偵たちを傷つけないように広がり、後には熱気と剥き出しの洞窟の地面が見える。


『『グルルルルルルッ――』』


 そして、炎の中から現れたのは、オルトロス。それも体長が5メートルを超える巨大で強靱な肉体を持つ地獄の魔犬だった。


「まさか……ペロ?」

『『ワフッ』』


 巨大に成長し、凜々しく変化したオルトロスのペロは、甘えるようにその二つの頭をレスカに押し付け、レスカもそれを受け止める。

 そんなやや場違い的な雰囲気の中、【頑健】の加護でなんとか歩けるまで回復した足で立ち上がり、レスカと巨大化したペロを見上げる。


「ペロは、幼体だったはずだろ。なんで……」

「それとも急速成長でしょうか? 体格変更でしょうか?」


 レスカの牧場の魔物で進化や異変は、リスティーブルのルインとコマタンゴの妖精だけかと思っていた。

 成長すればB-の魔犬になるために、ある程度完成された強さの魔物は進化は起こり辛い。また、普段から密度の濃い接触をしていたから異変はないと思っていたが、オルトロスのペロまで隠していたのか。


「ヤ、コナイデ!」


 炎を嫌ったコマタンゴの妖精が残った菌糸の壁を動員して巨大な腕をペロに差し向ける。

 そんな迫る巨大な腕を回避するでもなく悠然とするペロは、二つの頭で肺一杯に空気を吸い込み――


『『ワォォォォォォォォォォォン――!』』


 二つの頭から同時に咆哮を上げる。

 その咆哮には、魔力の波動が込められており、洞窟全体に叩き付け、コマタンゴの妖精が伸ばす魔力の繋がりだけではなく、洞窟全体の菌糸同士の繋がりを破壊していく。


『ヒィッ!』

「コマタンゴの妖精が怯えている」


 ペロの咆哮で菌糸の壁はひび割れるようにボロボロになって崩れる。


「これは……《錬魔》の応用……だけど、それだけじゃない」


 唖然とする俺に、左足を引き摺った俺にレスカは、チェルナを側にいたシャルラに預け、俺に駆け寄り、支えてくれる。

 そして、俺の疑問に答えてくれる。


「――《テラー・ボイス》です」

「《テラー・ボイス》?」

「二つの口から放たれる魔力の籠もった咆哮が互いに共鳴して、威力を増し、相手に恐怖心を植え付ける。そう言った高位の魔物の特性の一つです」


 強力で強大な魔物ほど、咆哮一つで軍隊の士気を著しく下げることがある。

 成体のオルトロスもB-の魔物に分類され、使えるとされる。

 そうした咆哮が、洞窟内部で反響を繰り返し、コマタンゴの妖精の体が崩れ、壁の一部から球状の菌糸の塊が姿を現わす。


「コータスさん、あれが菌糸核です!」

「だが、足が……」


 ねじ曲がった足は、【頑健】の加護で歩けるまでに回復したが、全力で走るには、足りない。

 そんな俺とレスカを近づいてきたオルトロスのペロがしゃがみ込み、背中を向けてくる。


「まさか、乗れってことか?」

『『ワフッ!』』


 頷くようにオルトロスのペロの背に俺とレスカを乗せる。

 菌糸核の元にレスカを運ぶためにオルトロスのペロが駆け出す。

 駆け抜けた足元に炎が上がり、本能的に嫌がるコマタンゴの菌糸が次々と菌糸核に集まり、洞窟を覆っていた菌糸の塊に覆われ始める。


『コッチ、コナイデ!』


 強い拒絶感と共に無数の白い腕が伸びオルトロスのペロの猛進と止めようとするが、吹き上がる炎に焼かれる。

 数少ない腕が俺やレスカの元に到達すれば、俺が腰からもう一本の武器である圧縮木刀を引き抜いて迫る腕を打ち払い進む。


『イヤ、イヤイヤイヤ、ヤ――!』


 迫るペロが前足を掲げ、鋭い爪で菌糸を引き裂く。


「レスカ、行くぞ!」

「はい! コータスさん!」


 俺は、レスカを抱えて、菌糸の塊の裂け目から菌糸核に向けて飛び込む。

 そこには菌糸核と一体化するようにして上半身だけ顕現して蹲るコマタンゴの妖精がおり、レスカはその妖精を優しく抱きしめる。


「大丈夫ですよ。もう、怖いことはないですよ。だから、こんな悪い遊びはもうお終いです」

『オシマイ?』

「はい。だから、今は力を押さえましょうね」


 レスカがコマタンゴの妖精に語りかけるようにし、そして調教魔法を使う。


「さぁ、受け入れてください――《眷属契約》」

「レスカ、それは……」


 今までのコマタンゴは、自我がない存在であるために《従属契約》によって結んでいた。

だが、今回レスカが選んだのは、より強い結び付きを持ち、オルトロスのペロやリスティーブルのルインと同じ《眷属契約》で結び直した。


 そして、《眷属契約》の結ばれたコマタンゴ・リトルフェアリーは、同じ《眷属契約》を結んでいるオルトロスのペロに怯えることはなくなった。


「ふぅ、とりあえず……これで一件落着か?」


 レスカと交代するようにチェルナやシャルラ、密偵たちを守る立ち位置に移動していたバルドルの呟きに俺たちは振り返る。


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