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洋服を購入した後、少しだけ休憩のためにお茶にする。
とは言っても、この辺境の牧場町に王都にある喫茶店のような小洒落たものはなく、ただパン屋のお店の一角を借りて、店員さんのご厚意でお茶を一杯だけ貰っているところだ。
「ん~、おいしいですねぇ。このサクサクのビスケット」
「美味しいな」
サクッとした食感のビスケットを口に放り込み、小麦の風味と軽い食感を楽しみながら、お茶で水気の取られた口の中を洗い流す。
このパン屋は、牧場町で生産される多くの小麦を扱い、その用途は、普段食べるパン以外にもビスケットやクッキーなどの保存の利いたお菓子や更に長期保存に向いた堅焼きパンだ。
『キュイ!』
俺とレスカはビスケットを食べるが、チェルナは、お店に並んだ堅焼きパンに興味を示し、食べたそうにする。
だが、まだ離乳食しか食べていないチェルナには、硬いために堅焼きパンをお湯でふやかしたものを食べて、美味しそうな鳴き声を上げる。
「そうか、美味しいか。それにしてもすまない。チェルナのために手間を掛けさせてしまった」
俺は、チェルナが食べられるようにお湯で戻してくれたパン屋の女将さんに頭を下げる。
「気にしてないよ! 牧場町全体で真竜族の雛を見守るって決めたんだからね! それに嬉しいね、うちの自慢の堅焼きパンを美味しいって言ってくれて」
『キュイ!』
人懐っこいチェルナが元気よく鳴き声を上げれば、お茶を用意してくれたパン屋の女将さんが朗らかに笑う。
堅焼きパンとは、半月も保存ができ冒険者も愛用するためにどの町でも作るものだ。
非常に硬く、素材はシンプルで棒状に成形されて焼かれた堅焼きパンは、保存性という利点に特化したパンである。
だが、この牧場町では、食材が豊富で身近にあるために生地に練り込むアレンジがされている。
トレント牧場のドライフルーツやニンジンやホウレンソウ、黒ゴマなどの野菜などを練り込んでいるために保存性だけでなく味も多少付いているために牧場町から出立する行商人たちがこぞって買っていくくらいに味と保存性は認められているのだ。
そんな自慢の堅焼きパンを褒められて嬉しそうにするパン屋の女将さんが店の奥に戻って行った後、俺はレスカに顔を向ける。
「レスカ。さっきの仕立屋での支払いは、やはり俺の分と別にしないか」
「もう、コータスさん。そのことですか? もう、終わりましたよね」
「いや、だが……」
本来、俺自身が払うつもりだった衣服の支払いもレスカが全部纏めてエルフ絹の端切れとの物々交換で支払ってしまったのだ。
流石に、それはいけないと思いレスカに俺の衣服代は支払おうとしたが、頑なに拒否されてしまった。
「コータスさんの服が傷んできたのは、牧場仕事やルインとの稽古、それに色んな相手と戦ったからですよね。なら、そんなコータスさんの服を私が用意してもおかしくはないですよね」
レスカの牧場仕事の手伝いや、魔物闘技場に出場できるようにリスティーブルのルインを鍛えるための鍛錬、それにBランク魔物や真竜アラドの襲来ごとに着実に服が減り、レスカの叔父の残した服を借りていた。
レスカの牧場に関連して起きた出来事であるために、レスカが服を支給してもおかしくない。
だが、まだ俺が怪我をした時の治療費や居候で受ける恩を返し切れていないのに、さらに貰うのは、納得はできない。
「コータスさん、まだ納得していないって顔ですね」
「……なぜ分かる」
あまり表情を変えることがない俺は、今もぴくりとも表情筋は動いていないはずなのに、レスカに見破られてしまった。
「そのくらい、わかりますよ。じゃあ、妥協として、袋詰めしたビスケットをコータスさんが買って下さい」
「……釣り合わないが、わかった。あと、帰りにランドバードの卵プリンも買おう」
「はい!」
そう言って、俺は、袋詰めされたビスケットとチェルナが物欲しそうにする堅焼きパンを買ってパン屋を出るが、その時の支払いは、銅貨十数枚とまだまだ足りない。
この後、ランドバード牧場の直営店で卵プリンを買ってもまだ届かない。
そんなことを思っている俺にレスカが尋ねてくる。
「次はどこ行きましょうか? コータスさんの寄りたいところってありますか?」
「あ、ああ、そうだな。ランドバードの卵プリンを買う前に、ロシューの鍛冶屋に寄りたいんだ」
「わかりました。私もちょうど、新しい包丁が欲しいんですよね。前のがちょっと刃毀れしちゃって。あとは、道具の研ぎ直しの依頼をしようかと」
困ったように笑うレスカ。
「わかった。なら、先にそっちの方に行こうか」
「はい」
それに、俺もロシューに見せたいものがある。
そして、レスカと共にロシューの鍛冶屋に向かい、店に入れば、カウンターに肘を掛けてちびちびと琥珀色の蒸留酒を飲んでいるロシューが居た。
「おう、コータスの坊主とレスカの嬢ちゃんじゃねぇか。どうした?」
「ロシューさん、こんにちは」
飲み始めたばかりでまだ酔っていないのか、ドワーフであるために酒が強いのか分からないが、ほんのりと血色の良さそうなロシューが顔を上げる。
「昼間から酒を飲んでていいのか?」
「はん。仕事が一段落着いたんだ。たまの休みくらい昼間から寝て、風呂入って、酒飲むのが一番さ」
そう言って、妙に石鹸の匂いがして小綺麗に整えられたロシューを見て、まぁそんな休み方もありなのか、と思ってしまう。
「それで、お前らなんのようだ? 今日は依頼とか受けねぇぞ。既製品は売ってやらんこともないが」
「そうですか。新しい包丁と道具の研ぎ直しの依頼に来たんですけど」
二度手間になっちゃいましたね、と少し残念そうに微笑むレスカ。
「なら、包丁はいつものところだ。それでコータスの坊主は何しに来た?」
「見て貰いたいものがある」
「見て貰いたいもの?」
訝しげな表情で蒸留酒を小さなガラスのカップに注ぎ、舐めるように飲むロシューに俺は、抱えていたものと腰のベルトに吊るされた長剣をカウンターに置く。
「エルフの里で譲り受けたミスリルの長剣の目利きと真竜アラドの角を見てもらいたい」
「ぶはっ!? 真竜の角だと!? なんつぅもん持ってきたんだ! このドアホ!」
俺がヒビキに預け、受け取ったものの布を取ると中から一本の真紅の角が現れ、ロシューが霧状の酒を吹き出す。
「コータスさん、なにか持っていると思ったら、それを持ってきたんですか?」
「ああ、とりあえず、本職の方に相談だ」
レスカは、振り返り棚の中にある包丁を一本一本確かめている時、こちらに振り返り、驚きの声を上げる。
「そんなものの相談を儂にするな!」
再び、ロシューに怒鳴られるが真剣な表情で真っ直ぐに見返すと、ロシューの方が折れた。
「全く、なんという非常識じゃ。折角の酔いが覚めてしまったわい」
「すまん」
「とりあえず、エルフの里で譲り受けたというミスリルの長剣からじゃ。坊主は、装備に関して、目利きできるだけの知識があるのに自身の装備に頓着がないからの」
そう言って、鞘から長剣を引き抜き、様々な角度から刀身を確認する。
「ふむ。エルフの里で譲り受けた、と言うことは、エルフの里ではなく、外部から持ち込まれたもののようじゃな。パリトット子爵が交易で持ち込んだ武具にもミスリル製の武器はあったがこれは覚えがないの」
「ああ、交易で外部から入ってきたもので、エルフの戦士に対して褒美として贈られるものらしい」
「他のエルフの里経由で坊主の手に渡ったんじゃろう。アラド王国から国を二つ跨いだダンジョンを擁する国の鍛冶ギルドの刻印じゃ」
そう言って、俺に刀身の側面に彫り込まれた刻印を見せる。
「無銘のミスリルの長剣じゃが、ダンジョン産の純度の高いミスリルを使ったようじゃな」
「やっぱり、いい剣なんだな」
「そうだの。ミスリルは、軽くて丈夫な金属じゃ。だから重さを出すためにあえて鉄や鋼の混ぜ物をした粗悪品が出回る。酷いものだと、表面だけミスリルのメッキをした剣もあった」
そう言って、一度口を湿らすために脇に置かれた蒸留酒をほんの一口舐めて、説明を再開する。
「じゃが、この剣は、総ミスリル剣。それだけでも価値はあるが、重量と強度を増やすために、刀身を肉厚にしておる。ちょっとや、そっとじゃ折れんな」
それにミスリル製の武器が好まれる理由としては、メンテナンスの機会が最小限でいいと言うほど血糊が付着せず、刃毀れもしづらい強度にある。
また魔法の親和性とも高いために、持っていることは冒険者や騎士などでは一種の社会的地位の象徴の一つとも言える。
まぁ、目の前の鍛治屋は、バルドルのミスリルの剣をスコップにした過去があるが……
「ただ、一つ欠点を上げるとすれば、刀身が肉厚であるために使い方は叩き切るような方法になるのう。まぁ元々魔法剣士向けの長剣ならば、剣に魔法を掛けて切れ味を増す前提の造りかもしれんがな」
「そうか……なるほど、勉強になった」
「ふむ。まぁ折れたり、使わなくなったら儂のところに持ってこい。そしたら、また農具にでも変えてやろう」
俺は、胡乱げな目でロシューを見つめると、わははっと豪快に笑い、すぐに表情を引き締める。
次が本命――真竜アラドの角である。
9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。
また、次話は発売日20日に合わせて、投稿し、以降の投稿は、第三章の終わりまで毎日投稿を行います。









