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数日後、魔物の集団進化現象に関する聞き取り調査をしたレスカは、夕食後に一枚の地図を広げていた。
この時間、暗竜の雛のチェルナは、眠る時間であるために先にオルトロスのペロがレスカの寝室に連れて行き、食堂には、俺とレスカ、ヒビキが調査内容を精査していた。
俺たちは、この辺境の牧場町の地図と魔物の集団進化の調査結果を照らし合わせて記入していく。
「えっと、ここの牧場の異変の日付と内容がここで、ここがここ……と」
俺たちが地図上に聞き取り調査の内容を記入することで、町の異変を可視化していく。
そうしていくと、牧場町での異変がどのように起きているのか見えてきた。
「不思議ですね。こう、日付を整理すると、【魔の森】側の牧場から少しずつ魔物の集団進化が起こっています」
「何かしらね? 【魔の森】って魔物を進化させる物質でも流れ出しているのかしら?」
地図上の魔物の集団進化の事例を整理して首を傾げるレスカとヒビキ。
その整理した事例に合致する過去の文献をレスカは、魔物研究家である叔父の残した本を頼りに探し、ヒビキは、【賢者の書庫】の【内包加護】にある関連知識の本を具現化して調べるのを手伝っている。
こうした調査は、門外漢の俺は、ただ見ていることしかできず、とりあえず、二人にお茶を淹れることにした。
「なにか分かりそうか?」
「そうですね。【魔の森】や鉱山から有害物質が流れ込んでくることはあって、それによる魔物の集団変死と合わせて適応するために進化することはあるんですけど、進化系統には統一性はありませんし……」
「こっちもダメね。魔物の進化を促進させる物質については、多くの賢者が考えたみたいだけど、発見はできていないらしいわ」
古くからなぜ、魔物は進化するか、ということは冒険者や騎士の間でも議論されているが、答えはでない。
それほどまでに魔物の進化というのは複雑怪奇なのだ。
既存の種族が誕生するかと思えば、未知の新種が誕生したり、一代限りの凶悪な魔物に進化することがある。
その全てを調べて、調査することは困難であり、命の危険がある調査対象を調べるのは、困難である。
「……ただ、魔物の集団進化には、共通点があるんです」
「共通点?」
レスカは、本から目を上げて俺に一本ずつ指を立てて説明してくれる。
「まず、飼育されている牧場の中でも群れの長や次代の長のような個体に変化が見られるんです」
進化した個体で言えば、レスカの言うとおり、その牧場での長のような存在が進化している。
「特に強い脅威を感じた魔物の群れが進化している割合が高くて、逃げかくれていたような魔物の方が進化とは行かないまでも変化があったんです」
そうして見れば、Bランク魔物の襲来時に率先して戦った魔物。
ジニーとヒビキを攫った後、森に落ちた暗竜の卵を狙う魔物と戦ったトレントたち。
牧場町に訪れた紅の真竜・アラドが上空を通過した範囲の牧場と降り立った平原の近くの牧場の魔物。
それらの範囲の魔物の中で進化した個体が多いように感じる。
「脅威に対する適応進化として力を付けたのは分かりますが、何故、戦う力のない新種の畜産魔物が生まれたんでしょうか?」
「そこは、オリバーの牧場のブラック・バイソンのように食われるために進化した魔物と言えるんじゃないか?」
新種のボア種の魔物は、一定数食べられても、逆に強者の庇護を貰うために進化し、カーバンクルも宝物を溜め込む真竜ならば、美しい宝石を生み出せば、その庇護を貰える。
そうした、魔物の生き残り戦略だと考えれば、理に叶う。
「でも、変化のない牧場もあるのね。ここやここなんか空白よ」
ヒビキの指摘の通り、オリバーの牧場を筆頭に幾つかの牧場は、空白である。
多くの牧場で聞き取り調査をしたが、まだ調査漏れがあったのか……とも思ったが、レスカの表情を見ると少し違うようだ。
「あー、そこは、私よりバルドルさんがお手伝いに行くことが多い牧場ですね」
「バルドルが?」
「はい……その、非力な女性だと危ない畜産魔物が多いですね。あとは、次男以降の人たちが多かったりするんです」
「あー、そういうことか」
次男以降、つまり継ぐべき牧場を持たない人は、レスカを新たな牧場を立ち上げる手間の省ける結婚相手と見ている節がある。
レスカ個人もそうした相手は、好まないために、次男以降のちょっかいを掛けてくる牧場での手伝いは、避けてバルドルが担当しているようだ。
「バルドルさんからも一応聞き取りはしましたが、進化した魔物や異変は見られませんでしたね」
「そうか……そういう魔物もいるんだな」
そう呟く一方で、もう一つの空白を見つけた。
「とりあえず、調査した結果、討伐するべき魔物もいませんでしたし、各牧場の産業の可能性が広がった。ってだけですね」
そう言って、安心したように微笑むレスカ。
今までレスカが関わった魔物を討伐しなきゃいけない可能性があったが、その可能性がないと分かり安堵したようだ。
「このことを明日バルドルさんやリアお祖母さんに伝えて、問題ないことを伝えましょうか。一度魔物が進化すれば、しばらくは進化はないでしょうし。ただ、原因は依然不明ですから経過を観察する必要はあると思います」
「そう、まぁ分からないことを悩んでも仕方が無いし、私はもう寝るわ。お休み~」
そう言って調査した内容や本を片付け始めるレスカと自室に戻るために立ち上がるヒビキ。
俺もレスカの片付けを手伝うために辺境の牧場町の地図を手に取って気づく。
「そう言えば、この空白は……」
【魔の森】側から順番に発生する魔物の進化や変化だが、一番【魔の森】に近いとある牧場だけが、なんの異変もない空白になっていた。
その場所は、どう見てもここ――レスカの牧場だ。
だが、異変がないわけじゃない。
「……リスティーブルが身体強化の魔法を使ったのは、確か」
真竜が襲来した直後に、普通なら使わない身体強化の魔法を習得して俺を撥ね飛ばしたリスティーブル。
レスカ自身、問題と認識していないが、もしそれが最初の変化だとしたら、真竜アラドの襲来直後から始まっていたことになる。
「……少し確かめてみるか」
俺は、そう呟きレスカの片付けを手伝った後に自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。
自分の中の魔力を確かめるように練り上げると、その中に僅かばかりの赤い魔力の繋がりを外部に感じる。
その魔力の先に意識を向けながら、心の中で語りかける。
『アラド、聞こえるか?』
『コータス、貴様か。チェルナの様子はどうだ?』
『少しエルフの里に避難したが代わりはない。リスティーブルのミルク以外に少しずつ離乳食のようなものを食べ始めた』
俺が魔力を通した先で念話が繋がった相手は、真竜・アラドだ。
アラドの用意した試練に打ち勝った俺は、チェルナの保護者と認められ、真竜族間での俺の身元を保証する親と子の契約を結ばれた。
『そうか、エルフの里か。それに離乳食を食べるようになったか』
『ああ、だが、少しずつの訓練でまだリスティーブルのミルクが主食だ』
絶対強者の真竜・アラドだが、チェルナの報告を聞いている時は、極々普通の赤ん坊を可愛がる人のようにも思える。
『すまないが、まだ離乳食は早かっただろうか?』
『いや、それは個体差の違いだろう。チェルナは些か他の竜の雛に比べて早熟なのやもしれぬ。あと、本来なら真竜の雛には、親竜が咀嚼した肉を唾液と混ぜたものを与えているが、とても味気ないものだ。それに比べてチェルナに美味なのであろう』
『そうか。レスカには伝えておこう』
真竜は、雑食性であるためにミンチ肉の他にも野菜も刻んで柔らかく似た離乳食にしているために、好んだのかも知れない。
将来、グルメな暗竜になりそうだ。
その他、日々どのように過ごしたとか、精霊の生み出した炎を食べたなど、の話をアラドは念話越しに聞く。
『チェルナは、炎を食べるが、真竜族では普通なのか?』
『それは、暗竜の特性だ。暗竜は、月面に里を作り、宇宙の暗黒空間内に存在する数少ない魔物を餌としているが、それ以外にもエネルギーを吸収することで体を維持する養分を摂取することができる。それではないか?』
『そうか。体への異常とかは?』
『あれは、食事であり、暗竜の防御だ。妨げる必要もない』
そういうアラドの言葉にそういう物か、と納得する。
『報告は以上だ』
『そうか、ご苦労』
『アラド、少し時間はあるか? 聞きたいことがある』
『なんだ?』
『お前がこの牧場町に訪れて以降、魔物たちの集団進化や変化が発生している。何か心当たりはないか?』
『…………』
俺の言葉に念話越しのアラドが黙り込むが、しばらく待ち、アラドからの返事がくる。
『……心当たりはない』
『そうか。すまなかった』
『その魔物の集団進化は、チェルナに被害が及ぶ可能性があるのか? あるならばその牧場を灰燼に帰し、チェルナを連れて帰らねばならん』
『その必要はない。現状、危険性はないとの判断が下された。だが、その原因が分からないだけだ』
『ふむ。我はまだ真竜の中では若輩の部類。真竜の里にいる長老たちに聞けば何か分かるやも知れぬな』
真竜族の長老って何歳の個体だ。もはや伝説のエンシェント・ドラゴンなんて言われる存在だろ。などと思ってしまう。
『話がないなら、我は寝る』
素っ気ない念話と共に、アラドとの念話が途切れた。
とりあえず、真竜でも分からないとなると調べる手立てはないために、俺は大人しく寝ることにした。
【魔物図鑑】
【グルメ・ボア】
新種のボア種。フォレストボアと通常家畜との掛け合わせの中から誕生した畜産魔物。
フォレストボアからの討伐ランクからは下がるが、何世代も家畜と掛け合わせた魔物の血統を持つ動物と考えると破格の討伐ランクは、E-。
おいしい、従順、弱いと新たな養豚牧場の産業になりそうだが、生まれたのはまだ生後一週間のグルメボアであるために生まれた11匹を大事に育てて数を増やす予定。
【インペリアル・カーバンクル】
カーバンクルの上位魔物。カーバンクルは、討伐ランクEだが、逃げ足の速さや魔法を使うために捕獲は、討伐ランク以上に困難。
宝石に似た結晶を額に生やすネズミに似た小型魔物。
額の結晶は、数年掛けて成長し、剥がれ落ち、新たな結晶を生み出すというサイクルがある。
また結晶の色などは、食べ物によって変化し、生息する地域ごとで食べ物でカーバンクルの宝石の色合いなどが変化する。
そんなカーバンクルの中で、長寿で宝石の純度が高いインペリアル・カーバンクルは、鉱物も食べることができ、また討伐ランクはDと上がっているが、捕獲ならば、Bと言われている。
その宝石は、本物の宝石以上の価値を持つが、真価を発揮するのは、魔法の触媒として使う時である。
サラマンダー・ルビーで知られる炎熱石を超える変換効率を持つ
【サラマンドラコ】
サラマンダーの進化した魔物。トカゲから小型のドラゴンのような小さな羽根を生やした魔物。口から炎を吐き、炎を食べ、喉元に炎熱石を生み出すサラマンダーの性質そのままに、若干の飛行能力を得た。これにより牧場町の防衛力が高まった。
【コルジア・イグアナ】
背中や尻尾の先に棘のようなものが生え、大型になった。元々が平原に生息していたコルジアトカゲだったが、進化したことで水陸両方での活動特性を獲得し、手足の水かきで潜水することが可能。
そのため牧場町の魚の養殖場では、生えすぎた水草を食べたり、逃げた魚を捕まえるなど
、食用以外に労働力を提供してくれている。
コルジア・イグアナの次の進化では、Cランクのコルジア・バジリスクになると言われているが、このバジリスクは、鶏と蛇のキメラとしてのバジリスクではなく、トカゲ系魔物の分類でバジリスク亜種として定義されていることから付けられたために石化の魔眼の力はない。









