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エルフの里との交易三日からは、殆ど交換する交易品がなく、完全にフリーな日々に変わる。
レスカは、リスティーブルの手綱を引いて、オルトロスのペロと散歩して過ごしたり、他の交易団に参加した牧場主の手伝いをしている。
その際、世界樹の巫女であるシルヴィも手伝いに入ると共に、後日訪れる世界樹の若木の管理の準備なども合間に教わっているらしい。
そして俺は――
『きゅぅ?』
「どうした、チェルナ? レスカが居なくて心配か? 大丈夫だぞ」
今の俺は、暗竜の雛・チェルナの保護者である。そのために下手に俺がエルフの里で行動しているとチェルナ見たさに人を集めてしまいそうなのでジニーたちと大人しくしている。
俺個人は、騎士として体が鈍らないようにヒビキに木刀に負荷を掛ける魔法を掛けてもらい、素振りをする。
「それじゃあ、いい? 精霊との交信の方法を教えるわ」
「お、お願いします」
今、ジニーは、里長の娘であるリエルから精霊魔法の基礎を教わっているところらしい。
対面するような形で座る二人に対して少し離れた場所で腕を組んで眺めるヒビキと負荷の掛かった鍛錬用の木刀をゆっくりと振るう俺。
負荷の掛かった木刀には、チェルナがぶら下がるようにして捕まって遊ぶので、いつも以上にゆっくりと動かして素振りの動作を確認する。
「そう言えば、ヒビキは、賢者だけど精霊魔法は使えないんだな」
「そうなのよね。一応、色んな属性は扱えるけど、魔力を精霊に渡して何かをしてもらう必要性が感じないのよね」
そう言って、物憂いを帯びたような溜息を吐き出すヒビキ。
「【賢者の書庫】の知識では、精霊魔法って普通の魔法よりも発動までの工程が多いのよね。一種の簡易的な契約魔法とか、儀式魔法に近い感じかしら?」
契約相手である精霊への協力の交渉、必要な現象の祈念、現象を引き起こす対価の支払い、そして実行というものだ。
場合に寄っては、召喚による実体化などの手順も必要になったりするらしいが、精霊魔法に慣れたエルフたちは、簡単な現象なら近くに漂う自我の薄い無形の精霊にでも頼むらしい。
「俺は、無属性の身体強化くらいしか使えないが、言われてみればそうだな」
いくつもの手順を踏んで精霊に頼むことで通常の消費魔力では比べものにならないくらい大きな現象を引き出すことができる精霊魔法。
そのために通常の魔法よりも精霊魔法の方が、コストパフォーマンス的に優れていると言われている。
優れているのだが……
「私の場合、【極大魔力】があるから極論、魔力のゴリ押しの方が早いのよね」
ヒビキには【賢者】の加護の他にもう一つ【極大魔力】という莫大な魔力をその身に宿す加護を持っている。
現象の想像による魔法の発動式の構築や魔方陣の事前準備だけしておけば、ヒビキの場合より即座に発動させることができる。
「確かに、今のヒビキには不要だな」
「そうなのよ。でも目の前で魔法を習得してるのに混ざっても見たいけど、【賢者の書庫】で私に必要な魔法をピックアップして覚えていく方が優先なのよね」
そう言って、ただ眺めているように見れるヒビキは、現在、【賢者の書庫】で歴代の賢者が使っていた魔法などを調べているようだ。
元々、異世界人のヒビキは、魔法の習得をしていない状態から【賢者】と【極大魔力】の加護を与えられた。
そのために、日々使える魔法を【賢者の書庫】の内包加護から探し、俺やジニーと共に魔法談義しつつも使用感や戦術などを確かめている。
いつもは、そうした関わりがあるが、今はこうして様子を眺めるだけに留めているのが寂しいのかも知れない。
「…………」
「…………」
互いに無言になる中、聞こえるのは振り回す木刀に捕まり、きゅいきゅいと楽しそうな声を上げるチェルナの鳴き声だけの中、不意にヒビキが尋ねてくる。
「ねぇ、コータス?」
「なんだ?」
「ジニーちゃんとエルフのリエルちゃんを見て思ったんだけど、年下の妹もありだけど、長命種族の年上妹ってのもアリだと思うのよ!」
「知らん!」
ぐっ、と拳を握り、輝くような目を向けて俺に同意を求めてくるヒビキ。
とりあえず、寂しいのではないかと心配して損した気分に乱暴に答えてしまう。
「もう、つれないわね。けど、始まるみたいね」
「……そうだな」
俺たちがアホなやり取りをしている一方、互いに向かい合う形で座り、手を取って輪を作り瞑想する。
二人の間には、二本の蝋燭が立てられており、片方には火が付き、もう片方には火はない。
「私が召喚して精霊と意思疎通の手本を見せるわ。けど、下位の精霊には言語的な会話は困難だから、念話みたいに確固たる想いを精霊に送るのよ」
「わ、わかった」
それじゃあ、行くわよ、と呟くリエルに、二人の間にある蝋燭の火が微かに揺れ、小さな火の中からするりと一匹のトカゲに似た精霊が姿を現す。
「元がサラマンダーの精霊ね。本当に下位も下位よ。それじゃあ、少し火を移してね」
リエルがサラマンダーにお願いする。
ジニーにも分かりやすいように頼み込む内容を口に出して伝えるリエル。
トカゲの火精霊は、蝋燭の火を引き連れて、隣の蝋燭に火種を移す。
「じゃあ、次は、私と同じように、魔力を込めて、お願いするのよ。ほんの少しでいいからね」
「わかった――隣の蝋燭に、火を移してください」
火の精霊にお願いするジニー。
トカゲの火精霊は、ジニーの声に目を見開き、尻尾をピンと立てて、やる気を見せる。
それに嫌な予感を感じて、俺はチェルナをヒビキに預けて、木刀を構える。
ヒビキも大人しくチェルナを受け取って抱き留めると、右腕を前に突き出して準備をする。
『SYRARARA――!』
嬉しそうな鳴き声と共に、隣の蝋燭に火を移す。だが、それは火を引き連れての移動ではなく、文字通りに火を移すのだ、動く先々にある、草を、石を、地面を転々と燃やし撥ねる火精霊は、そのままジニーと手を繋ぐリエルにまで燃やそうと突撃していく。
「くっ、水と風よ! って、うそ! 拒否された!」
「――《プロテクション》!」
ヒビキが突き出した右手と共にジニーとヒビキを守る青白い半透明な結界が生まれる。
その結界に弾かれてなおも歓喜のまま当たりを燃やし続けようとする火精霊に向かって、俺は踏み込み、木刀を振り抜く。
「シッ――!」
一息に振られた木刀によって、火で構成された体を散らし、強制的に退場させる。
それ以上の暴走は止まったが周囲で一度燃え始めたものは止まらないが――
『きゅい!』
「チェルナ?」
「わぁ、凄いわねぇ。これが暗竜なのかしら」
鳴き声一つ上げたチェルナが口を開き、大きく息を吸うと、火精霊が燃やして回った魔力を含む炎が口に吸い込まれ、ごっくんと飲み込んでしまう。
ケホッ、と小さくげっぷするように、熱気を含む吐息を漏らすチェルナは、甘えるように俺の方に滑空するように跳んできて、そこから器用に手足を使って後頭部にしがみつく。
暗竜には、こんな能力もあるんだな、と場違いながら関心する。
「失敗だったか」
ジニーの精霊魔法の交信について、率直な感想を口にして、ジニーがしょんぼりと顔を俯かせる。
「あの、火精霊は、どうなったの?」
俺が木刀で散らしたために死んだと思ったのか、少し悲しそうな表情をするジニーに対してリエルが内容に答える。
「精霊に死はないわ。ただ召喚によって実体化した体が失っただけで、少し時間を置いて喚べば来てくれるわ」
そう言って説明するリエルの言葉を聞いて、ほっと安心するジニー。
俺は、そんなジニーの頭を撫でるとチェルナも慰めるように俺の体を伝いジニーの方に移ると、すりすりと頭を擦り付ける。
「初めての精霊魔法はどうだった?」
「初めて火精霊の意思を感じられた気がする」
失敗ではあるが、大きな成功にジニーは少しだけ嬉しそうであり、また俺の手に撫でられ、すりすりと頭を擦り付けるチェルナに嬉しそうに目を細めている。
その一方、ヒビキは疲れたようなリエルに話しかける。
「あなた、大丈夫?」
「ほんと、私の考えが甘かったわ。精霊の愛し子って聞いてたけど、普通のエルフの子に教える感じだったけど、ダメだった」
「それは、ジニーちゃんに素質がない。ってこと?」
「逆よ。ほんのちょっと最下級の火精霊に魔力を渡しただけなのに、あれだけ喜んで盛大に火を振りまく。私が止めようと水と風の精霊に頼んだのに愛し子の願いを叶えるためだから、って拒否された。今も、精霊たちが様子見して手伝ってくれないのよ」
そう言って、対精霊魔法に強い【精霊の愛し子】の力の一端をリエルが感じて戦慄している。
ジニーのお願いは、リエルと同じことを願ったはずだ、だが、それ以上に火精霊が張り切り過ぎてしまったのが問題だ。
「それじゃあ、ジニーちゃんに火精霊の魔法は教えられないのかしら?」
「今ので方針が決まったわ。一つは、本当に魔力制御の精度を高める方法ね。ほんの僅かな魔力を取り出して使う方法ね。愛し子の場合、大きすぎる魔力だと大惨事になるわよ」
その方法は、俺やヒビキを交えた魔法談義で体内魔力の操作などの細かな技能を覚えさせているので、いつかは出来るようになるだろうが、非常に地味な作業になる。
そして、まだ方法があるらしい。
「もう一つは、自然に漂う無形の精霊や野良の精霊に頼むんじゃなくて、高位の精霊と契約してその子と意思疎通してより必要な現象の齟齬を減らす方法ね」
とりあえず、すぐにはジニーの精霊魔法の習得に直結しそうな方法はなさそうだが、覚えておいて損はないかもしれない。
その後、精霊魔法が戻ったリエルもまた使用できなくなると困るので簡単な鍛錬方法の教授やジニーが火精霊に好かれすぎているために火魔法が発動できない理由などを精霊魔法使いとしての視点などから魔法談義することになり、その日はお開きとなる。
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