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暗竜の雛が孵化してから三日が経ったが、その間にも色々なことがあった。
牧場町に暗竜の雛が孵ったことが広がって、大勢の人がその姿を見ようとレスカの牧場に押し寄せ、その騒がしさに苛立ったリスティーブルに蹴散らされそうになった。
また、暗竜の雛を一人で寝かせるわけにはいかないので、レスカとペロが暗竜の雛と一緒に寝ることになることに決まった。
昼間は、俺の後頭部にしがみ付く様にしてくっ付き、牧場や畑仕事、騎士としての町中の巡回などで今まで以上に別の意味で目立つようになった。
あと、一日五回の食事の内、三回はリスティーブルから直接貰い、残り二回はミルク粥のようなトロッとしたものを少しずつ食べさせて食事の訓練をさせる。
そして、国への続報と現状どうなっているかの確認に出たバルドルが、まだ戻ってこないがそれに関しては心配していない。
そして、もはや恒例となりつつある四人での食事で互いの予定を話し合う。
「それじゃあ、今日は何か仕事はあるか?」
「今日はありませんけど、そうですねぇ。少し平原まで足を延ばしませんか? リスティーブルの散歩のついでにサンドイッチでも持って野草摘みでもしましょうか」
「あたしは、祖母ちゃんに薬作りを習うから参加できない」
「私は、頼まれた革細工に付与する魔法の相談に行かなきゃいけないわ」
なら、平原まで出かけるのは、俺とレスカの二人だけになる。
ここ数日、暗竜の雛関連でドタバタしていたために少しゆったりと平原で過ごすのも悪くないかもしれない。
それに暗竜の雛も俺に付いて回るだけの行動範囲ではいけないかもしれないと思い、頷く。
「私は、サンドイッチを作っておきますね」
「わかった。なら、先にジニーとヒビキを送り届けてくる」
朝食を食べ終えた俺は、ジニーとヒビキを家と打ち合わせの革細工の工房に送り届け、レスカの牧場に戻って来る。
既に、お昼のサンドイッチをバスケットに詰めており、ペロと暗竜の雛と一緒に待っていた。
「コータスさん、お帰りなさい」
「ああ、それじゃあ行こうか」
「はい」
嬉しそうに笑みを浮かべて俺たちは、放牧しているリスティーブルを加えて町の外の平原に出る。
そこでリスティーブルを一度離して平原の草を食べさせ、オルトロスのペロは、背中に暗竜の雛を乗せて落ちない速度で平原を駆けている。
「穏やかだな」
「穏やかですね」
互いにその一言を口にして、沈黙が広がる。だが、決して気まずい訳ではなく居心地のいい雰囲気なのだ。
そして、ふとした気の緩みが一気に眠気として襲ってくる。
「ふわっ~」
「コータスさん、眠いんですか?」
「人間本来の生理的な物を止めるのは難しいな」
俺は、そう呟き、再びもう一度欠伸をする。
十分に睡眠を取っているが、それでも眠いものは眠い。
「あの、コータスさん。寝ちゃってもいいですよ」
「いいのか?」
「働きづめでしたし、暗竜の雛のことで気を張っていたでしょう。ですから今だけは私やペロに任せて休みませんか?」
「分かった。それなら少しだけ横にならせてもらう。何かあったら起こしてくれ」
俺はそう言って、平原の上に敷かれた敷物の上で胡坐を掻いて腕を組む。
「ちょ、ちょっとコータスさん! その寝方って!」
「ああ、何かあった時すぐに起き上がることができて、それでして眠ることもできる」
「そんな寝方じゃちっとも休まりませんよ! ほら!」
そう言って、俺の肩を掴んでそのまま横に体を倒していく。レスカにされるがまま倒された俺は、敷物ではなく柔らかくて人肌ほどの温かさの場所に寝かされる。
「こ、ここなら寝れますよね!」
「レスカの緊張が伝わって寝れそうにない」
俺が横に倒されて寝かされたのは、レスカの太腿の上――所謂、膝枕という体勢だ。確かに横になっているために背筋や首に掛かるに比べれば平気であるが、レスカの緊張が伝わって逆に気になる。
「やっぱり、起きて寝よう」
「いやいや、コータスさんはこのまま休みましょう!」
「だけど、何か眠気が跳んだ」
「そんなはずはありません! 寝れます!」
変な押し問答の結果、再び沈黙が訪れるが、今度は変な空気になり、互いに黙る。
されるがままの俺が黙って目を瞑ると、レスカが緊張した手付きで俺の頭を撫で始める。
それが境となり、俺の体からふっと緊張が抜け、それがレスカにも伝わったのかレスカの緊張も解れる。
緩やかに穏やかさが戻って来る中で、眠気も戻って来た俺は、そのままレスカの膝の上で眠る。
そして、次に目が覚めたのは、お昼前頃だった。
ふと俺の顔に影が差し、ふと目が覚める。
「レ、レスカ……」
俺に膝を抱えていたレスカも眠そうに頭が前後に揺れており、自然と互いの顔が近くにある。
「……あ、すみません。私も寝ちゃってました」
恥ずかしそうにはにかむレスカの膝から頭を起こして互いに向き合う。
「すまない」
「何を謝るんですか。それよりコータスさんはちゃんと休めましたか?」
「ああ、一応眠れた」
「それは良かったです。それじゃあそろそろお昼でも食べましょうか」
ほわっとした笑顔を浮かべ、サンドイッチの入ったバスケットに手を伸ばそうとして表情が固まる。
「……レスカ?」
その不可解な動きに怪訝そうに尋ねると、レスカはぎこちない笑みを俺の方に向けてくる。
「その……足が痺れました。ちょっと、待ってください」
「なんか、すまん」
俺は、再び謝るがやっぱりレスカは微笑み、気にしてない事を伝えてくる。
「その、足の痺れが治るまでの間に、ペロと暗竜の雛を呼んで来てください」
「わかった。少し落ち着く時間が必要だな」
落ち込んでいるレスカとは少し時間を空ける必要があるように感じ、平原に敷いた敷物の上から立ち上がり、ペロと暗竜の雛を探し始める。
ペロと暗竜の雛の姿はすぐに見つかった。
平原に寝そべるリスティーブルとペロに寄り掛かるように眠る暗竜の雛。
「さて、起きてるか?」
俺の声にオルトロスの双頭の右頭がピクッと反応し、遅れて左の頭も目を覚まし立ち上がる。
暗竜の雛は、まだ眠そうにしており、その体を俺が拾い上げて抱える。
「お前も来るか?」
俺がリスティーブルに尋ねれば、仕方がないと言った風に長い息を吐き出し、立ち上がって付いて来る。
俺は、三匹を連れてレスカの元に戻れば、足の痺れは治ったがほんの少し顔を赤くしてレスカがサンドイッチを広げて待っていた。
「コータスさん、準備できてますよ」
「ありがとう、いただこう」
俺は、レスカからお絞りを受け取り、両手を綺麗にしてからサンドイッチを頬張る。
前にも食べた組み合わせの具だが、何度食べても飽きることはない。
レスカは、オルトロスのペロにお肉を渡し、暗竜の雛はリスティーブルから直接ミルクを貰っている。
そんな光景を見ながら、のんびりと昼ごはんを終え、俺は暗竜の雛を背中に乗せ、食用可能な野草を探していた。
「わぁ、こっちはお浸し。こっちは、汁物に入れてもいいですね」
「一応、これも食用だったな」
俺は、冒険者だった親父やその仲間たちから野草の見つけ方を学んでいるが、慣れている次々と野草を見つけていくレスカと比べて、それほど多くは見つけられない。
「……おっ、四つ葉のクローバーってここは、【荒野のクローバー】が生えてるのか?」
魔物牧場の大喰らいの草食魔物たちを支えるあり得ない速度で再生するクローバーの魔草を思い浮かべるが、レスカは俺の手元を覗き込みそれを否定する。
「それは、普通のクローバーですね」
「そうなのか?」
「はい、ちょっとだけ葉っぱの形が違うんです」
「……わからん」
くるくると手元で弄って確かめるが、レスカのいう違いが分からない。そして、クローバーで遊んでもらっていると思ったのか、キュイキュイと俺の頭にしがみ付き、嬉しそうな声を上げる暗竜の雛。
そんな俺たちの様子を見て、クスクスと笑うレスカ。
「それに、【荒野のクローバー】は絶対に四つ葉のクローバーは、生まれないんですよ」
「そうなのか?」
「はい。コータスさんは、四つ葉のクローバーがどうやって生まれるか知っていますか?」
レスカに逆に問われて、俺は首を横に振る。
自然の中で偶然見つけることのできる幸せの象徴くらいしか知らない。
「クローバーは、踏まれたり、栄養が多すぎたり、日陰だったりすると簡単に四つ葉のクローバーが生まれるんです」
「なんでだ?」
「クローバーは、問題が起った時、植物ですから沢山の太陽の光を浴びれるように葉っぱを増やそうと変化するらしいんですよ。それを突然変異って言いますね」
「突然変異か」
魔物でも時折異常に強い個体が現れたりするために、突然変異という言葉に良い印象は覚えない。
だが、こんな身近な植物にも突然変異という言葉が使われるとなんだか不思議な感じがする。
「それに荒野のクローバーは、一日で元通りになるほどの再生力のある魔草ですから突然変異する要素がないんです。だから、四つ葉のクローバーは、貴重なんですよ」
「そうか、だが俺が持ってても使い道がないからな。レスカ、貰ってくれないか?」
俺が差し出した小さな四つ葉のクローバーをそっと受け取るレスカは、はにかんだ笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。なら、厚紙に挟んで栞にしましょうか。それなら何時までも残しておけますから」
そう言って、ハンカチに大事そうに包み、仕舞い込む。
本当なら、女性に植物をプレゼントするなら、綺麗な花の方が良いのかもしれないが、素朴な四つ葉のクローバーに喜んでくれるレスカに、ほっこりする。
集める野草の量はちょっと少なかったが、あまり長居する訳にもいかず、そろそろ帰ろうか、と考えている時――俺たちの頭上に大きな影が差し込む。









