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その後は大変だった。
初めて顔を合わせる町の重役やジニーの祖母であるリア婆さんと共に、墜落した流れ星に対する対策を決めるために夜中に話し合いを始めたり、流れ星が落ちたことに気付いた鍛冶師のロシューが早速探しに行こうとする。
「待て、こんな夜更けにどこに行く!」
「決まってるだろ! 流れ星を採りに行くのさ! ありゃ隕鉄って言う特殊な金属かもしれねぇんだ! 邪魔すんじゃねぇぞ!」
「無謀だ! それに町の決定で今は立ち入りを制限して冒険者に調査を頼む予定だ!」
夜中に駄々を捏ねるドワーフの鍛冶師を落ち着かせたり、酒で飲み潰れている先任騎士のバルドルの代わりに細かな話し合いや意見を出した。
まぁ、最も駐在する騎士は、町の自警団の人たちと魔の森の境界線で流れ星が落ちて来た衝撃で混乱した魔物が町の方に出てこないか見張るためだ。
そして、現在俺は、慣れない話し合いと徹夜明けの状態のまま魔の森の境界を自警団と共に見張っていた。
こうした見張りをする時に使う元・騎士団の駐在所で設営し、今動ける唯一の騎士である俺が常に見張りを続けている。
「……眠い」
流石に、昨日の朝早くから牧場仕事を手伝い、流れ星対策で徹夜していたのは不味かった。
それに少し腹が減って来た。
そんな中、昨日酔いつぶれて長く寝ており、起きたという話を耳にしたが、二日酔いで動けない先任騎士の話を聞いた時は、流石に殺意が湧いた。
「ひっ!?」
俺の側を通りかかった自警団の一人が俺の顔を見て後退る。
目付きの悪い俺が、寝不足と空腹と苛立ちで更に目付きが悪くなり凶悪になったようだ。
少し反省しないと、と長い溜息を吐き出して眉間を揉む。
だが、その溜息すら周囲を怯えさせてしまう。
(やべぇ、コータスさん、不機嫌だぞ)
(ああ、Bランクの魔物と打ち合って止めを刺した超人だぞ。無理だろ)
(今にも目に付いたものを壊していきそうな目付きして、やべぇよ)
自警団の奴らの俺への認識を一度問い質す必要がありそうだ。と思っている俺に対して、近づいてくる足音を聞いて、振り返る。
「コータスさん、差し入れです。まだ朝食食べてませんよね」
「……レスカ。牧場の仕事は?」
「大丈夫ですよ。ジニーちゃんも状況を分かっているから積極的に手伝ってくれました」
そう言って、俺にバスケットを見せてくれる。
そうして、スッと自警団の人たちに目を向けると、首が千切れんばかりに縦に振り、俺が休憩するのを了承してくれる。まぁその際、顔色が真っ青なのは気にしないが……
「少し休憩を貰った。貰ってもいいか?」
「はい。温かいスープも持ってきましたから休みましょう。少し顔色悪いですよ」
そう言ってくれるレスカの気遣いに俺は、自然と頭を撫でる。
「だ、だから! なんで頭撫でるんだ!」
なんだかこのやり取りもとても楽しくなっているように感じる自分は、かなり疲れている様だ。
「もう、コータスさん。ふざけてないで休みましょう」
レスカの手を引かれて、壊れた騎士団の駐在所の無事な一室を借りる。
「コータスさん、大丈夫ですか? 【頑健】の加護でも辛いんですか?」
「徹夜は、少し眠いが平気だ」
そう言って、レスカからバターと炒めたトロトロの玉ねぎの入ったオニオンスープを受け取り、一口飲んでほっと一息吐く。
「【頑健】の加護は、肉体的な損傷に有効だし疲労に対しても回復が早くなる。それに精神に異常を来たすような薬物や魔法とかにも効果はある。あるんだが……」
今度はバスケットの中に入っているサンドイッチを食べる。
今まで何度もレスカが作ってくれた味であるために、安心感に張っていた肩の力が抜けていく。
「それに表面上の傷は治ってるが体の疲れが引き摺っているようだ」
「ならちゃんと休まないとだめじゃないですか!」
「表面上さえ治れば、平気なんだ。むしろ、疲労が完全に抜けるまで休んでいると体が鈍るから適度に動く必要があるんだが、今回はタイミングが悪い」
バルドルが酒で酔いつぶれて無ければ、上司の命令を粛々と熟すだけで十分なのに、どんな対策でどんな人材が必要で、起こり得る不測の事態は、などとリア婆さん含む牧場町の有力者相手に若造一人が意見するのは疲れた。
その後も、煩い鍛冶師のロシューを押し留め、前の魔物襲来の時に壊れた農具の修理とかを任せたり、慣れない自警団への指示をするなど、もう休みたい。
「……他人と関わるの面倒だ、ペロを盛大に撫で回したい、牧場仕事に戻りたい。けど、騎士としての責任が」
「コータスさん、暗い雰囲気を背負って大丈夫ですか。魔物に挑んだ時は、あんなに格好良かったのに」
騎士団に入って、目付きが悪くて敬遠されて人間関係も若干面倒になって、左遷されて人の少ないこの町で落ち着くまで過ごせると思ったのに何故こうなった。
「コータスさん、いつになくネガティブですよ。えっと、その……よしよし」
普段は、俺がレスカの頭に何気なく手を伸ばして撫でるが、今回は逆のようだ。
レスカの暖かな手で撫でるので、俺は静かに目を閉じて頭をレスカの方に傾ける。
やっぱり、レスカと一緒だと居心地がいいな。もう、このまま魔の森の監視なんて忘れたい、と思っている俺だが――
「……はっ、私は何をやっているんだー!」
自分の行動に恥ずかしくなったのか、口調がちょっと変になるレスカ。
俺は、撫でられたことに名残惜しく感じるが、何時までもそのままという訳にもいかない。
「レスカ。ちょっと元気出た。もうひと頑張りできそうだ」
「そ、そうですか。それは、良かったです」
勝手に俺の頭を撫でたことでぎこちない笑みを浮かべるレスカだが、何事もなかったように振る舞う。いや、撫でられる以前よりも気力が充実した俺は、いつは撫でるのも好きだが撫でられるのも好きだということに気付いた。
できれば、もう一回撫でてもらいたい、というレスカに目で訴えかけようとするが……
「すみません! 魔の森から何かが出てきました!」
「……わかった。今行く」
自警団の一人が俺に状況の変化を伝えてくれたのだが、俺は邪魔された気がして思わずその自警団の人を睨んでしまう。
だが、すぐに騎士としての仕事を全うしなければ、と頭を振り正気に戻る。
「レスカ。行ってくる」
「私も行きます」
「魔物かもしれないぞ」
「大丈夫です。コータスさんが守ってくれますから」
俺は、仕方がないとばかりに小さな溜息を吐いて、案内してくれる自警団の人の後について魔の森の境界の見える位置に出る。
そこでは、自警団の人たちが、農具や武器を手に物々しい雰囲気でいる中で、レスカを待たせ、俺がその集団より更に前に出て森から出てくる存在を確かめる。
それは、女のようだ。
奇妙な白い服に森歩きには不向きな短い紺色のスカート、晒した足には、長い脚袋が穿かれている。
唯一の荷物は、黒い肩掛け鞄だろう。
見ようによっては、いささか露出度が高いように思えるが、ふらふらと幽鬼のように歩く人は、泥や土、赤黒い汚れに塗れた姿は、いささか異様だ。
未知に対する恐怖なのか、非力そうな女なのにその奇妙な服と雰囲気に自警団の男たちの腰が引けている。
俺は、その雰囲気を意に返さずに女の目の前に立つ。
「お前は、何者だ! この町に何の用だ」
武器らしいものを持っていないために無手で女と相対すると、すっと女は俯いていた顔を上げる。
黒目、黒髪に白い肌の女は、疲れたような表情の中、その場に崩れ落ちる。
「お、おい!?」
「……人のいる場所、日本人……助かっ――」
それだけ俺の体にもたれ掛かるように倒れる女を支えれば、気絶するように意識を失う。
「これよりこの人物を遭難者処遇で扱う! 治療し事情を聞くまでは、極力外部との接触を控えさせる!」
俺の宣言に、困惑する自警団たちだが、その中でレスカが飛び出して来る。
「コータスさん」
「レスカか。遭難者だ。事情は分からんが、治療し安静にする必要がある」
「それなら私の牧場に運びましょう! ベッドも空いてますし、女性ですから私が看病します」
「……すまん。頼む」
一応、レスカの申し出を素直に受け、女性の荷物を背負ってレスカの牧場に運ぶ。
ベッドに寝かせる時、他者に危害を加えることのできる凶器などがないか身体確認をレスカに頼んだが、そうしたものは見られず、唯一の持ち物である黒い肩掛け鞄を別室に預かることにする。
「本当は、俺も一緒に居たいんだが……」
「大丈夫ですよ。それにジニーちゃんが今、リアお婆さんのところに傷薬を貰いに行っててますから」
「だが、万が一がある。しかし……」
「もう、コータスさん。行かないと怒りますよ!」
一応は、遭難者扱いの不審者と一緒に居させているのだ。心配しないわけがない。
だが、離れがたい俺は、レスカに怒られて追い出されるようにして魔の森の監視に戻る。
そして、怒られたことを引き摺り、どんよりと暗い目で魔の森を見つめていたら、自警団の人たちは、俺の小さな動きでひっと小さな悲鳴を上げる。
色んな意味で緊張した様子の監視体制となる。









