6-1
あの後、気絶した俺は、三日三晩眠り続けて、目が覚めた時はレスカに介抱を受けていた。
頭の切り傷や体の打撲骨折の他、禁術――《マテリアボディ》の影響を受けた両腕は、酷使による極度の疲労骨折、両足は極度の筋肉痛になっていたが、そのことよりも看病のために俺の寝ているベッドに寄りかかって寝息を立てているレスカを見た時は、色々と驚き、直後に筋肉痛の痛みで呻き声を上げて起こしてしまった。
体の傷は、回復のために必要な溜め込んだ栄養全てを禁術発動の魔力に変換してしまったために三日間治りが悪く、更に禁術の反動で極度の疲労困憊状態では【頑健】の加護も働きも悪い。
傷ができた時間と加護の回復が発動するまで時間が空いてしまったために通常よりも更に長い時間が回復に取られることが予測される。
「コータスさん。今日は、骨を丈夫にするために小魚の丸揚げ餡かけとリスティーブルとランドバードの牛乳プリン。他にも滋養にいい食材で作りました早く元気になってください」
「レスカ、すまない。ありがとう」
「それじゃあ、コータスさん。はい、あーん」
「いや、レスカ。恥ずかしいから自分で食べるから!」
回復を促すために目が覚めた俺は、すぐにレスカに食べ物を用意して貰ったのだが――
「駄目です! コータスさんの両腕は、骨折しているんですから!」
【頑健】の加護は疲労状態では、回復が鈍くなる。それが極度ともなれば、いくら栄養を体の中に溜め込んでも回復が追い付かない。
【頑健】の加護に回復する場所を意識しても、軽傷な部分から順番に緩やかに治っていくのでしばらくは不自由な生活は続く。
「それじゃあ、改めて。はい、あーん」
「ん、あーん」
俺は、羞恥心に耐えつつ、レスカの用意してくれた食事を食べ、一日でも早くに治るように心がける。
正直、このままの状態で何日も過ごすのは、他人に甘え慣れていない俺にとっては恥ずかしい物があるが、時折接近するレスカの甘い香りにドキリとする。
「……コータス兄ちゃん、鼻の下伸びてる」
そう言って、俺のベッドの側で椅子に座って、膝の上にオルトロスのペロをブラッシングしているジニーが来ていた。
俺を看病する名目で来ているが、何故か時折目が合うと隠れたり、今のように冷ややかな目で見てくることがある。
「その、なんか、すまん。色々と……」
とりあえず、謝っておけ、と言う精神で呟けば、ジニーはふぅと長い溜息を吐き出した。
そんな俺の部屋に集まっている中で、部屋がノックされ、ツナギ姿のバルドルが入室してきた。
「コータス、見舞いに来たぞ」
「見舞いってバルドルだってハグレ個体に襲われた時、重傷だっただろ」
「お前よりは軽傷だぞ。それに、災害級の魔物襲撃の後始末をしなきゃいけないからな。寝ても居られないのが本音だ。無論、全てが終わったら休ませてもらう」
ニヒルな笑みを浮かべるが、その服の間から見える包帯が逆に痛々しく見える。
「……そんな顔すんな。こういう時は、普通犠牲が多く出るんだ。だけど、怪我人とかは出ても、資産である畜産魔物に被害らしい被害もない。普通に考えて奇跡的な被害の小ささだ。まぁ、また騎士団の駐在所が壊れたけどな」
そう言って、一瞬だけ遠い目を見るバルドル。それに関しては何も言えなくなる。
「辺境の極小駐在所だから、予算なんてねぇんだよなぁ。なんか、もう駐在所を再建するの色々と面倒だし、町の役場の一室に施設移設したいくらいだ」
「バルドル、それで良いのか?」
「そうなると、コータスさんの住む場所がありませんね。……なら、この牧場で居候を続けるのも仕方がありませんね!」
「レスカ!? なんでそんなに嬉しそうなんだ!」
それは、俺とバルドルの住む仮住まいが無くなる、と言うことのだが、レスカの頭の中では、住む場所がないからこのまま居候続行ということになっているのだろう 。
「確かに、前は私が駐在所を壊したからコータスさんが居候していましたけど、今回は不測の事態。英雄であるコータスさんを無碍には扱えませんよ」
「いや、英雄ってのは言い過ぎだろ」
「いいんです! コータスさんは、私の英雄なんです!」
恥ずかしそうにしながら言い切ることだろうか。
確かに、看病に消費代、その間に停滞する牧場の業務などを金銭で考えると一度に払うのは厳しいかもしれない。
だから、騎士団の業務の合間のレスカの牧場の臨時従業員として働き、居候を続ける。
普通は、年頃の娘が男を家に招く行いは非常に危険な行為だが、俺にはレスカの提案に頼るしかない。
「さて、被害状況は軽微で日常通りの生活が戻ったわけだ」
「そうか、よかったな」
「それともう一つ。リア婆さん含む町の長老衆たちが議論した結果、この町には今回みたいに畜産魔物を利用した防衛や道具があるけど、それでも人間側の防衛層が薄いって判断になった」
「まぁ、自警団だけじゃ足止めにもならなかっただろうな」
並の魔物なら、道具や徒党を組んで相手をすることで対処できる魔物とは、一線を画す力を持っているのがBランククラスの魔物だ。
そいつらを相手にするには、Bランク冒険者のパーティー一つか、Cランク冒険者のパーティーが複数必要だ。
「そこで災害級の魔物相手に決定打を与えられる人材も必要だろうって結果が出て、貴重な加護持ちの町人の中から志願制で訓練を施すことになりそうだ」
「それって……」
俺とバルドルが椅子に座ってオルトロスのペロの顎下を撫でているジニーに目を向けるとキョトンとしていた。
「ジニーもその資格がある。リア婆さんは反対したが、将来的にこの牧場町の防衛に携わる可能性があるが、やるか?」
バルドルの問い掛けに、目を瞬かせるジニー。
ジニーがあの戦いの中で使ったのは、【火魔法】の加護だが、その内包加護は《火精霊》に関するものだろう。
直接魔力を変質させるのではなく、自然界に存在する精霊や霊の力を借りて力を使う精霊魔法。
その才能は、ただの【火魔法】の加護持ちよりも希少な上に強力だ。
精霊の格に威力が依存するが、もし格の高い火精霊から協力を得ることができればそれは、災害級の魔物に対して有効打になりえる。
今回は、ジニーが召喚したソード・レインディアの火精霊は、普通あの大きさのサラマンダー・ルビーでは呼び出すことができない大物だ。
だが、あの火精霊の元になったのが、ハグレ個体に殺されたソード・レインディアの霊だったとするなら、自らの無念を晴らすために歩み寄ってくれた偶然だ。
「それでどうする? ジニーを鍛えるのは、暴発を考えると俺じゃあ難しいからな。ここはコータスに師事することになると思う」
「や、やる! あたし、冒険者になれるなら何だってやる!」
『『ワン!』』
そう、オルトロスのペロを抱えたまま勢いよく椅子から立ち上ると、驚いてペロが咆える。
その様子に俺やレスカがくすくすと笑うが、ジニーの一つの願いが叶ったと言うことだ。
「と、言うわけだ。ジニーを鍛えてやってくれ」
「それが上官からの命令なら従おう。だが、それは俺が回復してからだ」
「なら、上官命令だ。治り次第、始めろ」
疲労骨折で治りの遅い、両腕を掲げて見せれば、俺のノリに合わせて命令を下す。
そして、最後に――
「ここから先は、ちょっと騎士団としての守秘義務が発生する話だから、レスカの嬢ちゃんとジニーはちょっと席を外してくれないか?」
「わかりました。それじゃあ、おやつの準備をしてきます。ジニーちゃんも手伝ってくれますか?」
「わかった。レスカ姉ちゃん」
素直に部屋から退出する仲のいい年の離れた少女たちを見て、自然と顔が綻ぶ中、バルドルは、ふっと表情を消した。
まぁ色々と言われるんだろうな、と予想している。









