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4-2


 狩猟小屋は、魔の森の中にある狩人たちの休憩場所だ。

基本的な食器や保存食、燃料の薪、獲物の解体道具などが置かれている場所だが、今回は、ここを起点に周囲を調査するらしい。


「今日は、この近辺の調査、と言っても狩人たちが頻繁に来る場所だ。野生動物くらいしかいないと思うが、その他に何らかの生物の痕跡を見つけたら報告だ。森の動物の個体数が減っているようなら禁猟する必要もあるしな」


 そう言って、ベテランたちが森の中に散る一方、残った若い世代も方向を定められて調査に向かう。


「あたしとジニーは、ここで火の番でも昼飯の準備でもしてるよ。それが終わったら、あたしら二人は、町に戻るよ」

「それは大丈夫なのか?」

「心配いらないさ。魔物避けの匂い玉とかも用意してある。それにここらはあたしの庭みたいなもんさ」


 そう言ってリア婆さんは、笑顔で俺とレスカを送り出す。

 逆に、オリバーと取り巻きの牧場主の息子たちはまた別の方向の調査を任されて、何故か悔しそうにしていた。


「それじゃあ行きましょうか、コータスさん」

「わかった。レスカの牧場に迎える新しい魔物がいれば良いな」

「その方が嬉しいですけど、中々いませんからね」


 苦笑いを浮かべて、俺はバルドルに預けられた剣の柄を撫でながら、森の中を歩く。

 時折木の実を巣穴に運ぶ小動物などが見られる中、穏やかな葉っぱの擦れる音に耳を傾ける。


「なにもないですね、コータスさん」

「そうだな」


 調査と言うからには何か見つけるのかと思ったが、もう何度も繰り返されており、整備されているために、殆ど普通の森林と変わりない。

 魔の森に入ってオルトロスのペロがはしゃぎ、落ち葉をまき散らす以外は、静かな物だ。


「おっ、スライムが居るな」

「緑色だからグリーンスライムですね」


 のほほん、とペロの前脚で小突かれて逃げるグリーンスライムを俺とレスカは見送る。

 ここでもレスカの魔物の知識が炸裂する。


「グリーンスライムを含む森林スライムたちは、最下層の魔物ですけど、森にとっては重要なんです。時折、喉の乾いた野生動物たちの飲み水になったり、水分を溜め込んだ体が千切れることで森の様々場所に水分とその水に溶けた養分を運んでくれるんです」

「ほぅ、冒険者の考えだと核だけが価値のある弱い魔物だな」

「そうですね。ただ知能もない単純な魔物だから数だけは多くてすぐに死んじゃいます」


 そう言って、すりすりと体を引き摺って逃げるグリーンスライムを見送った俺たちは、森の中で見つけた食用の木の実やキノコを集めて野営の食料の足しにする。

 そうこうしながら森の中を歩いていると、レスカは、ふと足を止める。


「あれなんでしょうか?」

「あれ?」

「地面が少し盛り上がっていますよね」


 レスカはある一点を指差すがまるで分らない。

 俺は、レスカの指し示す場所の落ち葉を取り除いてやっとその正体が分かった。


「穴? ネズミの巣穴か」

「巣穴の周りなら糞や食べ物のゴミが落ちている。多分、地中を移動した時の穴。……そう土竜塚のような」


 レスカの丁寧語が消え、真剣な表情で森にできた穴の周囲を観察している。


「土竜塚っていうと、モグラがいるのか?」

「いや、それより二回りほど大きい、多分魔物――ペロ、臭いを追えますか?」

『『――ワン!』』


 レスカの言葉に、双頭の頭で土竜塚に鼻を押し付けて、駆け出す。


「コータスさん、行きましょう!」

「わかった!」


 俺はオルトロスのペロの後を追って、土竜塚の臭いを追う。

 その先々には、地表に頭を出すために同じような穴が開いているのを見て俺たちは、これが偶然生まれたものではないと確信を抱く。


 そして、俺たちが臭いを追った先はちょうど、狩猟小屋の野営地の真下を通っているみたいで、戻ってきてしまった。


「おや、あんたたち戻って来るのが早いね」

「リア婆さん、どうしたんですか」


 野営地に戻って来た俺たちを出迎えたリア婆さんだが、俺たちが野営地を立つ前より落ち着きなくしている。


「ちょっと目を離した隙に、ジニーも森に一人で行っちまったんだよ。ここは一応管理された森で弱い魔物しかいないけど、むしろ野生動物の方が危ないからねぇ」


 それを聞き、俺とレスカは互いに目を合わせて頷き合う。


「ペロ。予定変更! ジニーちゃんの臭いを追える?」

『『――ワン!』』

「リア婆さんは、ジニーが戻って来た時のためにここに待機してくれ。もしかしたら、他の人が戻って来る時に保護してくる可能性がある」

「ああ、頼んだよ。一応、怪我してくる可能性もあるからあたしは薬の用意もしておくよ」


 俺とレスカは、すぐさまリア婆さんに指示を出してオルトロスの嗅覚を頼りに野営地天を出発してジニーを探す。

 俺たちの向かった場所と反対方向の森を進んだようだが、同時に気になるものも見つかる。


「コータスさん、さっきの土竜塚の進行方向と同じです!」

「嫌な予感がするな。急ごう!」


 先行するペロに従い走っていけば、一際開けた森の広場になっていた。

 伐採跡の植樹の予定地らしい場所の真ん中でジニーを見つけた。

 ジニーは、拾ったショートソードくらいの大きさの木の棒を我武者羅に振っており、こちらの存在に気付いていない。

 その棒を剣に見立てた素振りの危なっかしさに口を出したくなるが、その前に、ジニーへと迫る不自然な地面の盛り上がりを見つける。


「ジニー! 魔物だ! 避けろ!」

「えっ? きゃっ!?」


 俺の声に反応が遅れたジニーは地面より飛び出した茶色い魔物に驚き、思わず手で持っていた木の棒で受け止める。

 だが、受け止めた木の棒は綺麗に両断され、ジニーの腕に浅い切り傷が生まれ血が滲み始める。


「う、あ、あ……」


 突然の魔物の襲来に尻餅を着き、怯えるジニー。

 彼女の周りに火の粉が舞い始め、火魔法の無意識の暴発を引き起こし掛けているのを見て、一気に駆け寄る。


「敵も味方も厄介だとホントに苦労するな!」


 俺は、咄嗟に右手に指向性の持たない魔力の塊を集中させる。


「――《練魔》」


ジニーの背中に触れて直接叩き込む。

 すると、すっと気絶するように意識が落ち、尻餅着いたまま後ろに倒れるのを支えて、そっと地面に寝かせる。

 後から追いついたレスカが気絶させたジニーを介抱し俺がやっと目の前の魔物と対峙することができる。


「こいつは、モグラの魔物か?」


 鋭い鉤爪を持つモグラの魔物は、興奮したように体の半分以上の大きさの鉤爪でこちらに振って警戒してくる。

 それでも俺の膝下程度の大きさしかない魔物に、どうするべきか思案する。


「コータスさん! ジニーちゃんは、大丈夫ですか!?」

「平気だ。ただ、体に直接魔力を叩き込んで、体内の魔力の流れを乱す小手先の技だ。まぁちょっと強すぎたようだけど」


 無属性の魔法しか使えない俺の数少ない技の一つだ。

 位置付け的には、戦技と魔法技術の中間のような技で無属性の魔力を練り込み、相手の体内に押し込み、動きを乱す攻撃性を持たない技だ。

だが、これも振るう剣先に織り交ぜることで相手の動きを硬直させ、反撃の可能性を減らすなどの技能に使える。

 この技も更に上位の技能になれば、撃ち込んだ魔力が相手の内部を破壊する技に昇華されるが、俺はそこまでの境地に至っていない。

ジニーに暴発されるよりはマシと打ち込んだが、思った以上に魔力注入による衝撃に耐性がなかったようだ。

 俺の言葉を聞いて安心したレスカは、改めて、目の前の魔物に目を向け――


「コータスさん! あの魔物は、シャベル・モールです! 絶対に捕まえてください!」

「捕まえる、って大丈夫なのか?」

「魔物のランクはEと低いですけど、地中で生活している珍しい魔物です。調教できれば、町の畑仕事に貢献してくれるはずです!」


 そう力説するレスカの言葉に倒そうと思っていた魔物に対して、向けていた剣を一度鞘に納めてから、今度は鞘入りの剣を向ける。


「一応、人に危害を加えようとした魔物だからな。力加減を間違えて死んでも恨むなよ!」


 そう言って、一気に接近して鞘入りの剣を鉤爪に振るう。

 シャベル・モール自体は、小型の魔物に分類されるほど軽く俺の一撃を受けて吹き飛ばされて近くの樹の幹に叩き付けられて気絶する。

 一応、鉤爪の形状からソードブレイカーのような武器破壊の特性を持つ剣のように剣を叩き落とされたり、壊されることも考慮したが杞憂だったようだ。


「とりあえず、今は気絶しているから縛って連れて帰るか」


 俺たちは、近くに生えている蔦と新しい木の棒を拾い、そこにシャベル・モールの両手足を縛り付ける。

 特に危ない爪は、蔦で何重に巻いてから縛り、木の棒に吊す。


「念を入れて――《調教》《仮契約》。っと、これで後は誰かがより深い契約を結べば、完了です」


 レスカが調教の応急処置を施し、シャベル・モールを魔法的な側面から一時無力化する。

 俺がジニーを背負い、レスカがシャベル・モールを吊るした木の棒を運び、森の広場へと戻れば、他の調査の参加者も戻って来て、リア婆さんと話しているところだった。


「おーい! ジニーは確保したぞ」

「おお、ありがとう! って、腕が少し切れて気絶しているのかい! 何があったんだい!」


 俺たちを出迎えたリア婆さんに、背負ったジニーを渡して野営のテントに寝かせて、傷の手当をしてから詳しく話した。


「俺たちが追っていた魔物がちょうどジニーを襲って、その拍子に火魔法が暴発しそうになったから気絶させた」

「そうかい。すまないね。それで孫娘を傷つけた魔物ってのは、それかい?」


 そう言って、リア婆さんの視線の先には、両手足を縛られて吊るされているシャベル・モールだった。


「こいつはすげぇ! シャベル・モールを捕まえるなんて珍しいな。こいつは臆病なのに」

「レスカたちは運がいいな。とりあえず、こいつの腕を縛ったまま鉄のケージに入れておくか!」

「それでこいつはどこの牧場主が調教する? 儂としては、畑の面積が広いところに預けたいと思っておる」

「いや、従業員が少ないほうがいいんじゃないか? 少しは楽になる」

「出来れば、もう一匹番いで捕獲できれば良かったが、まぁそれも先の話じゃの」


 そんな感じで牧場主たちがシャベル・モール相手に盛り上がっており、レスカも機嫌が良さそうに微笑んでいる。


「コータスさん、やりました! シャベル・モールです! シャベル・モール!」

「レスカ。少し空気を読もうか」


 リア婆さんは、孫娘を傷つけられて今にもシャベル・モールを森の養分に返したそうにしているが、牧場主やレスカたちの反応に怒るやら呆れるやらしている。


「ご、ごめんなさい。でも、本当に珍しいんですよ。シャベル・モールって魔物は、大人しくて地中深くに住んでいるから捕獲の難しい魔物なんです」

「あれ? モグラって本来、農業にとっては害獣扱いじゃないのか?」

「そうですよ。でも、それも運用しだいなんです。作物のある畑だと駄目だから、土地の開墾の下準備や休耕作を耕したり、あとは動く野菜たちの退いた後の土を耕すって使い方もできます」


 そう言ってレスカが目を輝かせながら力説するが、畜産魔物以外にもそういう役割のあるものも居るのか、と気絶しているシャベル・モールを見下ろす。


「他にもシャベル・モールは、長く伸びた爪は自分の体を傷つけることがありますから、石に叩き付けて折るんですけど、私たちが爪を管理すれば、魔物からの採取物も採れる!」


 シャベル・モールの爪は、鋭く地面を耕すのに使われるので、形を整えれば、刈り取った干し草を集める熊手の爪の部分に流用できるとのことだ。

 他にも使えるところはないか観察が必要です、と目を輝かせるレスカに俺はそっと一瞬だけ微笑み、気付かれる前に表情を消した。


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