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雨季は、まだ続く。
先日の大雨ほどではないが、雨と曇り空、そして時々晴れ間が覗き、畑の植物もぐんぐんと生長している。
そんな雨の合間に、俺とレスカは、畑に来ていた。
「ふぅ、雨で流された土寄せは、終わりだな」
久しぶりの外に機嫌が良いのか、上機嫌に俺の後頭部にしがみつくチェルナを連れて畑仕事をしていた。
畑の畝は、雨風に当てられ、土が流れてしまうので、鍬で削れた分の土を盛ってやる必要がある。
また、雨季に成長するのは、畑の野菜ばかりではない。
雑草も生えており、蔦などを持つ動く野菜は、自身で雑草を引っこ抜いたりして辺りには、抜けた雑草が一箇所に纏められていた。
ただ、動く野菜たちの手入れが届かない細かな場所は、レスカが雑草を抜き、動く野菜たちの状態を確かめながら、畑仕事をしていく。
「ちゃんと棚が壊れてなくてよかった」
「コータスさんがしっかり作ってくれたので、倒れずにちゃんと野菜の支えになってくれましたね。とても順調に育っていますよ」
「そうか。初めてだから分からないことだらけだが、そう言ってもらえると良かった」
「はい。この調子なら、夏明けから夏野菜が沢山できますよ」
嬉しそうに、少し晴れて泥や土が付いて枯れている葉っぱをレスカがハサミで切り落としながら、作業を続ける。
ある程度の畑仕事を終えた俺とレスカは、集まった雑草を近くの木枠の箱の中に捨てて、上から薄らと土を被せる。
こうすることで雑草が腐り、2~3年後には、下の方では良質な土となるらしい。
そんな畑の色々を少しずつ学び、近くの水場で雨を吸って湿った土の汚れを軽く落とし、レスカに次の作業を尋ねる。
「レスカ。畑が終わった後はどうする?」
「少し、リアお婆さんのところで牛舎の洗浄液などの相談をしたいと思います」
「洗浄液?」
「いつもは、私やコータスさんで掃除していますけど、それでも目に見えない汚れなどが溜まりますからたまに洗浄液みたいなものを使ってルインの病気を予防する必要があるんです」
リスティーブルのルインは、レスカにとって大事な畜産魔物であり、決闘魔物でもあり、家族のようなものだ。
その生活環境や健康状態は、常に気をつけている
「わかった。なら、行こうか。俺も、ジニーの様子が気になる」
「そうですね。私もジニーちゃんの顔を見たいです」
あれほど鍛錬の継続を求めていたジニーだ。あれから二度ほど、天候が厳しくリア婆さんの判断で来ない日が続いたので、少し様子が気になる。
そんな俺とレスカは、畑仕事の道具を担いで、リア婆さんの薬屋に向かった。
「こんにちは。リアお婆さんは、いらっしゃいますか?」
「やぁ、レスカ嬢ちゃんにコータスじゃないか。今日は、どうしたんだい? またジニーを【炎熱石】の熱量補充に借りに来たのかい?」
「いえ、今回は、牛舎の清掃用の洗浄液の準備をお願いしたいんです。それと、ジニーちゃんの様子を見にきました」
「なるほどね。なら、少し奥に入って話そうか」
俺とレスカは、店先に畑の道具を置かせてもらい、薬屋の応接室に案内される。
「ジニー、ちょっと来なさい!」
「ん? どうしたの、お祖母ちゃん」
『ニャァ~』
リア婆さんの呼び声にジニーと猫精霊がこちらに顔を出す。
その様子から両者の仲は、問題なさそうであった。
「少し、猫精霊との様子を見にきた」
「それと、リアお婆さんに洗浄液の注文に来たんです。ジニーちゃんは、どうですか?」
俺とレスカが揃って会いに来たことに、軽く驚きつつもすぐに答えてくれる。
「悪くはないと思う。ミアとは、お話しているけど、賢いし、仲良くやっていけそう」
『ニャァ~』
ジニーに同意するように鳴き、ジニーが応接室のソファーに座ると、ぴょんとジャンプして、ジニーの膝の上に乗る。
それにしても――
「ミアってのは、その精霊の名前か」
「えっ、あ、あたし、名前付けたの悪かった? ずっと猫精霊ってのは呼び辛いし、その……レスカ姉ちゃんが、ペロやルイン、マーゴたちに名付けしたの、羨ましいと思ってたの」
そう言って、猫精霊のミアをぎゅっと、抱き締めるジニーに俺もレスカも穏やかな微笑みを浮かべる。
「いや、悪くはない。ミア、いい呼び名だな」
「改めて、こんにちは。ミアさん。これからもジニーちゃんをよろしくお願いします」
『ニャッ!』
任せろ、と言うように胸を張るミアにまた微笑が溢れる。
「それで、ジニーは、雨の間何をして過ごしていたんだ?」
「えっと、ずっとお祖母ちゃんの手伝いで化膿止めの軟膏を練ってた、かな」
「化膿止め?」
「ああ、えっと、コルジアトカゲを覚えていますよね。尻尾肉でお世話になっている。その切った尻尾の断面に塗る薬なんです。やっぱり、切り取りやすいとは言っても傷口ですから化膿する可能性もあるんです」
それに、こうした雨が続く雨季は、日光浴をして体温を高めることが難しいので体調を崩しやすい。
そうした体調の悪い状況と重なると余計に、化膿しやすかったりするので、尻尾を切ったら、化膿止めの薬を厚く塗って保護するらしい。
「なるほどな。他に、何か、あるか?」
「えっと、後は、ミアと話し合って、こんな精霊魔法を使えるようになった。ミア、お願い」
『ニャッ!』
軽い調子で鳴いたミアは、ジニーの膝の上から空中を駆け上がり、俺たちの間の空間で静止する。
魔力で実体化しても一応精霊なので空を駆けることくらいはできるか、と若干驚きながら、ミアの発動させる精霊魔法を待つ。
そして、短く鳴くと共に、温かな光と温かい空気が広がり始める。
「ジニー? これは?」
「お日様の魔法。これでちょっと寒いお部屋が暖かくなるし、洗濯物も乾いてお日様の匂いがする」
ほんの僅かな魔法にジニーは、気恥ずかしそうにしている。
冒険者志望のジニーの初めての精霊魔法が『陽光熱』の魔法という生活に即した使い方に、俺は少し意外に思う。
「凄いです、ジニーちゃん! これなら部屋干しで臭わないですよ!」
レスカは、その精霊魔法の使い方を絶賛し、その話にリア婆さんも加わってくる。
「それだけじゃないよ! ジニーのミアは、薬草の乾燥とかも十分にしてくれるんだ! だから、こんな梅雨の湿った時期なんかは、保存が難しいと思っていた薬も室内で綺麗に乾燥してくれるからゴミも付かずに保存状態もいい!」
「凄いです! なら、収穫したコマタンゴを干しコマタンゴにする時にも便利ですよ!」
レスカとリア婆さんは、手放しで喜ぶ中、ジニーはおずおずと俺を見てくる。
「コータス兄ちゃんは、どう思う? これで冒険者として役立つと思う?」
そう聞かれて、俺は返答を考える。
「冒険者としてなら、野営の状況が快適だったり、乾燥させることで効能を増す素材の現場での処理というものに使えるな」
「そ、そう。よかった」
「けど、俺が何より褒めたいのは――強い精霊魔法を使わせなかったことだ。偉いぞ」
そう言って、俺はジニーの頭を撫でると、恥ずかしそうに俯き、慌てたように理由を口にする。
「そ、そんな……コータス兄ちゃんやヒビキ姉ちゃんの居るところじゃないと、怖くてできないよ。あたし、また暴発させるかもしれない」
そう言って、客観的にジニーは自分のことを判断できている。
以前のジニーは、焦りと憧れで我武者羅な行動を取っていたが、俺やレスカ、ヒビキがちゃんと支え、教えることで、自分で冷静に考える力が身に着き始めたのかも知れない。
「さて、ジニーの様子を見たところで、レスカ嬢ちゃんの注文だけど、少し素材が手元にないのと、集めるのに時間が掛かるけど、いいかい?」
「はい。元々、そういうのを見越しての注文ですから」
牛舎の洗浄液の用意には時間が掛かるらしく、今回は軽い見積もりの話をした。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。









