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第九十九話 騎士団野営地


 青の国の北の街から国境の大河を渡り、そこから城砦都市まではずっと平坦な荒野がただ広がっている。そこに青の騎士団が野営地を設営し陣を張っていた。

 この平野は過去幾度となく戦場となった歴史を持つ。多くの戦死者が眠る場所であり、血と鉄を踏み固められて出来ている土地だ。ペンペン草一本生えていない。この先も草木が育つことは無さそうだ。

 ここはこれから、またも戦場になるのだから。


 北方遠くには壊滅した城砦都市が位置する。そこには赤の兵士団が陣を張っていることだろう。私が焼き尽くしたので都市機能が完全に死んでいるはずだが、赤の国はそこに陣取るしか無い。

 あれから数日経っている。その間に戦争は始まってしまっていた。



 私たちは騎士団野営地へと馬車を進めることにした。

 ドクがそう決めククリさんが反対したが、どちらにせよ食料や水がもう無いので他に選択肢は無かった。

 それでも私は絶対嫌だ。騎士団には絶対に会いたくない奴がいるのに、喉から声が出ないから文句すら言えない。代わりにタマハガネがヒヒンと鳴いた。


 結果的に私たちは騎士たちの手厚い拘束を受けた。





 青の騎士団は…、いや、

 三国は今、二つの事件に揺れていた。

 一つは青の国の東の街が魔物の群れに襲われた事件。


 本来群れることのありえない魔物が一斉に侵攻してきたのは、人為的な要因があった。東の街現地の町人たちが捕らえた冒険者の一人が赤の国で依頼を受けたという供述をしている。音楽を奏でる特殊な魔道具を大森林に多数設置し、魔物を呼び寄せたのだ。冒険者は渡された箱の魔道具の正体を知らされずに高額の報酬を受け取り、自らの行為を理解していなかった。


 もう一つは赤の国の城砦都市が一夜にして壊滅した事件。


 目撃者たちの証言では、国境から空飛ぶクラゲを操る魔道師が現れ魔術で街を襲い、一夜にして数万人の命が失われた。城砦都市は完膚なきまでに壊滅状態で、赤の国は重要都市を丸一つ失い重大な損害を被っているそうだ。犯人の魔道師が青の国から来たことは明白で、赤の国はその三国協和始まって以来の重犯罪者の身柄を青の国に要求しているのだそうだ。


 両国はお互いがお互いを責め合い、お互いに知らぬ存ぜぬを繰り返した。赤の国はいい面の皮だ。東の街の件は間違いなく赤の国がやったことなのに。


 赤の国は、

 とうとう青の国に宣戦を布告し、兵士団を北の街に派兵した。

 まるで周到に準備をしていたかのように、この時を待っていたかのように、

 中継基地を兼ねる城塞都市は壊滅しているというのに、その進軍は迅速だった。


 国境の北の街は大きな河に隔てられ攻めるに難い砦である。突然の襲撃も何とか凌ぐことが出来た。

 だが戦いの爪痕は深いらしい。一時撤退した赤の兵士団は確実にまた攻めてくるだろう。青の国は騎士団を派兵しここに急拵えの前線基地を設営した。二度目の襲撃の前に、今度は騎士団で赤の国に攻め入るのだ。



 しかし両国にとって、いまだ城塞都市を襲った魔道師の行方という謎が残る。

 たった一人で一夜の内に都市一つを滅ぼすなど、この世界に於いても人の枠を外れている。出来る者が居るとすれば必然的に三大魔道師級ということになるが、現在青の国のその座は不在である。もしもその様な魔道師が他に居て、しかも人を襲うというならば只事ではない。…と思っていたら三大魔道師の一人であった亡き蒼雷の弟子が何故か赤の国をほっつき歩いていた。

 私の知名度は黒髪の魔道師として三国中で絶賛高騰中である。髪さえ染めれば身バレしなかった頃が懐かしいな。老婆のような白髪になっても誰も私を見間違えない。

 私は直ちに重要参考人として騎士たちに連行された。酷い話だ。今の私はほっつき歩くどころか立つのもやっとだというのに。

 しかし私もよくよく捕まるものだ。日ごろの行いが悪いのだと思う。

 何せ私が城砦都市を焼き払い数万人もの命を奪った犯人なのだ。疑いは全て真実だし、真空海月(シンクウクラゲ)が動かぬ証拠となる。


 今、言葉の無い私に変わってドクが騎士団長に掛け合っている。「まかせてくれ」とドクが言い残したのは既に昨日の話だ。一晩経ってしまった。ドク遅いなぁ。

 私はともかくドクはVIPである。青の国の貴族の子であるドクを、騎士団は無碍に出来ないのだろう。


 ………というわけで私はククリさんと共に野営地のテントの一つに丸一日も押し込められている。拘束といっても枷を嵌められたわけでなし、ベッドも与えられ扱いはかなり手厚い。

 しかる後に尋問である。そうなれば私は終わり。

 私だけではない。ククリさんもドクもただでは済まないかもしれない。

 まぁ私はそうなるまで長居をするつもりはないが。


「ね~メイス氏~?」


 私がベッドの上で考えを巡らせていると手遊びに剣を弄んでいたククリさんが、生っ白い刀身を持つ剣の柄の小さな宝石が取れないものかと爪でカリカリしながら口を開く。


「社長、最後なんか言ってたッスか~?」


 死んだサイのことを聞かれても、

 私には答えることが出来ない。

 言葉を失った私が相手では会話のキャッチボールが成立しないが、構わずククリさんは続ける。


「自分はメイス氏のこと頼まれちまったッス」


 ……………、

 ……、


「最後まで勝手な人だったッスけど、最後の言葉じゃ、しょーがないッスよねぇ」


 そうだろうか? 私はそうは思わない。

 あんな勝手な奴の言葉なんて何も聞く必要はないだろうに。

 私はサイの言葉なんて全て忘れてしまったな。

 うん、忘れてしまった。

 ……忘れられるわけないけどさ。


「もしメイス氏が社長に何か言われてたなら、よく考えてみて欲しいッス」

「…………」

「我は白の国の戦士にあらず」


 私が考えるのを待たずに、ククリさんは何事かを唱えだした。

 まるで宣誓するように。

 目を閉じて、胸に手を当てて、誓うように。


「我は白の女王の戦士にあらず。我は白の民の戦士にあらず。

 我は我が心の伴侶、魔法士ウルミへの誓いを果たせぬ非戦士也。

 恥も知らず、ここへ新たに誓う。

 恩義ありき商人サイの最後の言葉。

 この誓いもて今、戦士ククリは戦士たる」


 聞くとそれはまさに誓いのようだった。

 目を開けてククリさんが笑った。


「……普通は国や女王に誓うんッスけどね。戦士はこうやって誓いを立てるもんなんッス。

 自分はもう戦士じゃないッスけど、白の戦士はコレと決めたことは絶対守るんッス」

「……………」

「とりあえずここ出るッスか。適当にパンでも盗って、タマハガネと馬車も取り返さないとッスね~。ドク氏は…余裕あったら考えるッスか」


 そう言うとククリさんは立ち上がり、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 扉の向こうに姿が消えたと思いきや「コキャッ」という音が聞こえてくる。すぐさま戻って来たククリさんの肩には見張りと思しき騎士が担がれていて、横柄に床に投げ出された。


「さ、行くッスよメイス氏。歩けるッスか?」

「…………」


 極々当然の様に見張りを倒し脱走の準備を始めている。

 この人、元戦士だという話だがちょっと強すぎないだろうか。縛って部屋の隅に転がした騎士は首が微妙な方を向いている。息はしているようだが、人の首を捻じることに躊躇とかないのだろうか。

 というか別にそんなことをしなくても私一人ここから立ち去れば済むのに。見張りまで手にかけてククリさんの立場はどんどん危うくなっていく。何が彼女をここまでさせるのか。


「相変わらずだな戦士ククリ殿」


 ………しかも瞬時に見つかってしまった。ダメだこりゃ。

 ククリさんの後ろにはいつの間にか鎧姿の騎士が居て、犯行現場をばっちり目撃していた。


「我が青の騎士が抵抗も出来ず、文字通り一捻りか。見事なものだ」

「…………これは違うんッスよ」

「違わない。白の戦士は言い逃れなどしないものと思っていたがな」


 今更どう言ったところで言い逃れ出来ない。現行犯である。


「自分は戦士じゃないッス。ただのしがない商人で」

骨抜き(・・・)のククリ。私は交流会で手合わせしたことがある」


 フルプレートにアーメットヘルムで体形はおろか顔すら窺えないが、私はこの騎士の声に聞き覚えがある。

 その鎧に刻まれている魔法式は魔道師でないククリさんには見えないだろう。鋼ではなく貴金属の装甲。硬度ではなく魔力容量を重視した特殊な鎧だ。意匠も凝っているし、こんな鎧を纏う人物というのも三国でただ一人だろう。


「うぅ~何であの蒼剣さまが自分なんて覚えてんッスか……」

「素手を相手に本気にさせられたのはあれが初めてだったのでな。それが戦士たる者の基準とはいえ、私には驚嘆だった。称賛と思っておいて欲しい」

「くっ、ジャマダハルのハゲが交流会なんて開くからあのハゲぇ……」


 『蒼剣』

 青の国最強とも言われる、銀髪の女性騎士の称号。

 留め金を外してヘルムを脱ぐと、銀色の長い髪が溢れるように流れ出た。


「君の方は報告より酷い状態だな。

 しばらくぶりだ。メイス」


 青の騎士団副団長サーベル。

 あの日、国中の人に祝福された、フレイルの、花嫁。


 私の心が粟立つのを感じる。

 感情が渦巻いて、思わず喉から声が出る。

 けど声は音にならない。私の言葉はこの世から消えた。

 私は自分の想いすら口に出来ない。


 いや、それは今に始まったことじゃない。ずっとそうだったのだ。

 それを思い出して感情がしぼんだ。

 心が、平坦になる。

 冷静になってしまう。



 だからこんな所に来たくなかったのに。

 こんな気持ちになりたくなかったのに。私は嫌が応でも、遠ざけていた考えに思い至ってしまう。

 どうせ、

 フレイルも、この野営地のどこかに居るのだ。





「おそらく青の国はこの戦争に負ける」


 騎士団野営地の別のテントの前まで案内された。

 テントには青い旗がいくつも掲げられていた。騎士団長のテントだろうか。入り口に立つ若い騎士が目配せ一つで素早く中へ入っていった。

 そこで足を止めて私たちに語る蒼剣サーベル。その表情は冷たい。

 私は(つえ)を支えにしながらも自分の足で立ち、何も言わずにその言葉を聞く。

 ククリさんも口を開かず、油断無く辺りを見回している。


「赤の国の魔導兵器に対抗する術が我々には無い。

 赤の兵士の人数は青の騎士の半数に満たない。しかし魔導兵器を持つ兵士の戦力は騎士10人に匹敵する。さらに赤の国は未発表の魔導兵器を開発している可能性が高い。

 白の国へ救援を要請しているが、援軍は間に合わないだろう」


 青の騎士は赤の兵士に勝てない。

 私もまったく同意見である。


 城砦都市で見た重鎧の魔導兵器。あれが量産されているとしたら、それだけでもう勝負にならない。三重の抗魔術装甲を突破するのは容易ではないし、光線魔術は容赦なく騎士の盾を焼く性能がある。

 騎士団にも魔道師は大勢いるだろうが、魔導兵器で武装する赤の兵士は言うなれば全員が魔道師のようなものだ。

 誰あろう『蒼剣』サーベルの言うならば、間違いなく青の陣営は負けるのだろう。


「こちらが白旗を揚げたとしても赤の国が応じる可能性は低い。おそらく赤の国はこの戦争を、周到に準備していたと思われる」


 それも私は同意見。

 この戦争が赤の国が準備したシナリオだ。赤の国はどうしてだか戦争がしたくてしょうがないらしい。

 つまり青の国は負けるとわかっている戦いを避けることが出来ない。


「これでは士気など上がろうはずもないな。だがその我らの下に君たちは現れた。我が騎士団の団長はやれるだけのことはやるおつもりだ。

 白の戦士ククリ殿と、魔導兵器を持った兵士を一掃し城塞都市を滅ぼした君の意見が聞きたいとのことだ。

 君が言葉を失っているとは知らなかったがな」


 …………、

 そりゃぁ、バレてるよなぁ。

 あんな大きな雷を落としてやったんだから。


 極星皇雷(バベルカラミティ)を使える人間は、可能性で見ても少ない。


「君たちの処分は一先ず保留だよ。全軍をここでこれ以上遊ばせては置けないのでな。我々はすぐにも進軍しなければならない。

 ドク殿はいい様に時間を稼いでくれた」


 ドクが騎士団長にどんな魔法を使ったのかわからないけど、時間を稼いで時間切れというのがドクの狙いだったのか。限られた時間で私たちの処分より私たちの持つ情報を選んだということらしい。

 こんな荒野に騎士団が何日も留まることは出来ない。駐留しているだけで無駄に多大な物資を消費するだろうし、そもそも赤の国が次の侵攻を始める前に打って出なければならないはずだ。


「メイス……、

 今ここに君がいることは、フレイルには伏せてある」


 ふいに、

 冷たい騎士の表情が、少し和らぐ。

 フレイルの名前を出して、

 私の前で膝を突き、他者に聞こえないよう耳打ちした。



「 ――――逃げ道は私が用意しておく

だからフレイルが知る前に 消えてくれないか 」



 そう言い残して、

 私たち二人を残して、どこかへ行ってしまった。





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