第九十六話 サイの願い
なんて顔してんだぃあんた。
あたしがこんなになって、そんなに可笑しいのかぃ?
はん、まぁいいさ。
どうせこれで最後だ。ちょいと話に付き合っておくれよ。
あんたともずいぶん長い仲になったもんだねぇ?
こんなとこで二人で血ヘド吐いてさ。
あんたもあたしもロクなもんじゃないよ。
ま、あたしはここで死ぬけどねぇ、
あんたはさ、
もうちょっと生きちゃくれないかぃ?
あんたが死ぬと困るんだ。
金ヅル? そんなこと言ったかねぇ。
そりゃぁウソだよ。
あたしがあんたに死んで欲しくないのさ。
ただそれだけさね。
あんたを見てるとねぇ。
ほんっと馬鹿なガキだって思うよ。
考えが足りないし。何でも自分だけでやろうとするし。
無理だったときは泣き出してさ。気に入らないことには癇癪起こすし。
面倒臭がりなくせに好奇心旺盛で往生際は悪いし。
泣いて笑って怒って拗ねて。
黒髪のくせに、まるで普通の女の子じゃないか。
あんた、他の奴隷の黒髪を見たことはあるだろぅ?
あいつら泣きも笑いもしない。
食って息吐くだけのつまんなぃ豚どもさ。
あたしもあんたくらいのときはそうだったよ。
あたしを檻から出してくれた奴の話、あんたにしたっけねぇ。
あいつだけは、違ったんだ。
あたしはそいつを殺したけど、
本当言うとさ。
あたしが死んどけばよかったって思うのさ。
なんであたしらの髪は黒いのかねぇ?
色さえありゃぁ、こんな思いしなくて済んだのにねぇ。
なんで髪が黒いだけでこんな目に合うのかねぇ?
髪くらい黒くてもさ、普通の女の子ってやつに生まれたかったよ。
あんたと初めて会ったときさ。
そりゃ変な黒髪だって思ったよ。
どこから逃げた奴隷か知らないけどさ。大の男があんな情け無くて、その癖無駄によく喋るし、
なんとなく、こいつは奴隷じゃないかもねぇって、わかってた。
それでもって、
あんたが持ってた、あの剣。
あの剣さ。
あの剣に触って、さ。
どんな願いでも叶うってんならさぁ……、
髪に色入れてもらおうか、
色付きになって、全部やりなおしてもらおうか、
あのときあたしが普通の女の子だったらって、
あの人も、みんな普通に生きれたらって、
そんな馬鹿みたいなこと考えたよ。
けど、あたしにゃ無理な話さ。
すぐにそう思った。
いまさら、
あの人を殺しといていまさら豚みたいに生きられやしない。
忘れることなんて出来やしない。
あたしじゃもう、やり直したってやり直せない。
だから、
本当に気まぐれだったのさ。
この変な男を、
普通じゃない黒髪を、
あたしと同じ目に合わせてやろうと思ったのさ。
『小さな女の子』にしてねぇ。
一晩楽しんだら奴隷商に売って、
鞭で打たれて、男に犯されて、
あたしみたいに、壊れちまえばいいってさ。
まぁ、要するにただの憂さ晴らしさね。
それっきりあんたのことは忘れてたけど、
ほら、西の街の近くで、久しぶりに会ったじゃないか。
おどろいたもんだよ。
あんた、全然変わってないじゃないか。
いやいや、もっと酷い。
よく泣くし。
よく怒るし。
笑うし。
大したこと出来もしないくせに、
自分よりも他人の心配ばっかしてさ。
あぁ、こいつは本当に、
違うんだって。
まるであの人みたいに。
あんたはさ。
嬉しいときに笑って、
悲しいときに泣いて、
いい男なんかにゃ惚れっぽくてさ、
ほんとあたしが思ったとおりの、
普通の女の子なんだ。
髪が黒くても、
あの人が言ってたとおり、
泣いて、笑って、
そんなあんたを見てたら、
あたしは自分の願いってのがやっとわかった。
どっかに幸せな黒髪がいて欲しいってさ。
あの剣は、ほんとにあたしの願いを叶えたんだ。
あたしだって知らなかったあたしの願いを。
理想の姿ってやつさ。
黒髪だって普通に生きていけるんだ。
あんたは、あたしの願いだった。
都合のいいもんさね。
それがわかったら、あんたを見る目が変わっちまった。
でも気付くのが遅かったねぇ。
あんたにゃ心底嫌われちまったしさ。
何より、あんたをそんなにしたのはあたしだ。
ずっと謝りたかったけど、
いまさら、謝れないもんねぇ。
あんたのおかげで、あたしもまともに生きられるようになったからさ。
本当は剣も金も、どうでもよかったし、
あんたの前から消えようと思ったけど。
二度と会わないつもりだったけどさ。
あんた、お友達に裏切られたってねぇ。
ほっとけなかったよ。
ほんと、我ながら調子が良くって泣けてくる。
あんたにはどう言われても仕方ないねぇ。
でもさ、この通り、
死んで詫びるからさ、
許してやっちゃくれないかぃ?
あたしはもう、他の何がどうなったっていい。
あたしがどこでのたれ死んだって、
あんたの手で殺されたって構いやしない。
あたしの願いは叶ったんだ。
だから、あんたに死なれるのだけ。
それだけは困るんだ。
もうちょっとだけ生きちゃくれないかぃ?
あたしの頼みなんて聞きたかないだろうけどねぇ。
どんな黒髪よりも、マシに生きておくれよ。
奴隷だって罵られても、
人殺しなんて罵られても、
ちゃんと怒ったり泣いたりしてさ、
最後には笑ってくれりゃいいから。
ねぇ、
お願いだよ。
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それきりサイは動かなくなった。
サイが死んだ。
私が一番嫌いな奴だったはずなのに、
突き動かされるように、私は廃墟の街を這いずり回った。




