第九十二話 火の羽
たくさんの畑と牧場を飛び越えて、東の街に着く頃には太陽が真上にまで昇っていた。
北と西と南から合流する街道と地平線の向こうの山脈まで続く大森林。その間に小さな街が見えてくる。
まだそこに東の街があることに安堵の息が漏れた。
「よかった。間にあった」
「………メイス、急いだ方がいい」
安堵する私とは逆に表情の固いミニラウネ。バジリスクも鱗を鳴らして落ち着きが無い。脇のポケットの中で蛇がうねると気持ちが悪いな。二匹の魔物が感じているのは魔物の気配か。とにかく街へ急ぐ。
次第に近づいてくる東の街は、たしかに様子が変だった。
広場に人が集まっている。普段はうららかのどかな街の人々が仕事も放っぽり出して何をしているのだろうか?
街の門の前に着陸して真空海月を脱ぐ。ベルトの固定がもどかしい。二匹にも手伝って貰って苦労して拘束を解き、嵩張る飛行服を畳む間も惜しんで街の広場へ駆け込んだ。
広場には大人たちが誰かを取り囲んで問答を繰り返している。
田舎街に突如現れた怪しい来訪者に身分と目的を問い詰めるように、十数人の親父たちが憮然とした態度でウンともスンとも言わない一人の男を中心に、そろそろ諦めの溜め息を吐いているところだった。
騒ぎの中心である男は冒険者のようだ。捕らえられて縄で縛られ仏頂面であらゆる質問を右の耳から左の耳へ送り流している。
「嬢ちゃんじゃねぇか! 今帰ってきたのか?」
「マスター!」
「ちょうどいいところだ。ちょっと来てくれ!」
人だかりの中に見知った顔があった。酒場のマスターだ。
マスターは私の手を引いて広場の騒ぎの脇、街の大工の親方たちが頭を捻っているベンチへと連れて来た。
木陰のベンチでは大工の親方の他にも鍛冶屋の親父や元冒険者の隠居魔道師が、何かの箱のような物を調べている。
『箱』というのはちょうどルービックキューブくらいの大きさの、装飾も何も無い物だった。
「一体これは何の騒ぎなんですか?」
「んおお、メイス嬢ちゃんか。ちょうどいい、これ見てくれや」
「これは?」
「魔道具みたいなんだわよ。けれどアタシじゃ解読出来ないんだわ」
「中に何か入ってるみたいなんだけど、いくら抉じ開けようとしてもビクともしないんだよ。トンカチで打っ叩いてみようか考えてたところなんだ」
「そっちでみんなで取り囲んでる冒険者が持ってたんだ。朝に森の中で他にも何人も冒険者がいてな、何してんのか聞いたらいきなり逃げやがって、怪しいから一人捕まえたんだ」
「冒険者が? 何人も?」
冒険者とは、一般にギルドに出された依頼を受けて報酬を貰う自由業のことである。
彼らは依頼さえあれば基本的に何でもやる輩で、ギルドによって仕事の内容が管理されているわけだが、中には個人的に非合法な依頼を受ける者もいないわけではない。そんな冒険者が騎士にしょっ引かれギルドや他の冒険者から粛清を受けたなんて話もたまに聞く。
依頼の内容は様々ではあるが、たとえば素材目的の魔物狩りで森の中に入る場合は直近であるこの東の街のギルド支部に話が通っているはずだ。どうやらその話が通っていないらしい。
数人の怪しい冒険者。森の中で何をしていたのだろうか。ロクな事では無いだろうが今このタイミングに限ってはそんなことは決まっている。
サイの話が本当なら間も無く魔物がこの街を襲う。東の街を魔物に襲わせる何か。
この箱に何か秘密がある。きっと冒険者を使って策を講じたのだ。
手渡されるまでもなく半ば引っ手繰るように箱を貰い、穴が開くほど調べて見る。
本当に何の飾り気も無い金属の箱。
けれど中身を見たときに、私は全てを悟って、
ゾッ…とした。
「……こ…れは?」
謎の箱の魔道具の中身は、他愛ない物だった。
私がよく作るような、子供の玩具のようなものだった。
中には少し魔術を齧っているものなら誰でも使える程度の、下級の風属性魔術が封じられていて、それが少し特殊な式で時限式に作動するように仕掛けがされている。
そしてそれは、すでに作動していた。
私がその魔道具の意味を理解するのとほぼ同時だった。
箱の魔道具の時限式の魔法式が作動して、
マヌケなくらい、陽気な音楽を奏で出した。
手に持つ私や周りの大人たちが思わず耳を塞ぐほどの大音量で、東の街に軽快な音楽が鳴り響く。
すぐに止めないと。しかし箱の表面は本当に溝一つ無い平面でどこかが開くわけでもスイッチがあるわけでもない。魔術で大きく削ってやれば刻まれた魔法式が欠損するはずなので急いで反転金魔術を組んでその箱を二つに割った。
中からは、まるでマトリョーシカのように、赤魔銀で出来た箱が出て来た。
「……………」
「……っぐぁ、耳が潰れたかと思ったぜ」
「こんな大きな音で音楽なんて!イタズラにしたってタチが悪すぎだわよ!」
大人たちが慌てだす。当然だ。
箱を割って音は鳴り止んだが、こんな物を所持していた冒険者をいよいよ許すことは出来ない。広場の中心ではさらに騒ぎが熱を増し、私は箱の中から出て来た箱をじっと見ている。
「……メイス、落ち着いて聞いて」
「アルラウネ?」
人目を避けてポケットの中に隠れている花の魔物が触手のようなものを私の耳まで伸ばしてその先から語りかけてくる。寄生生物のようで気色悪い。蛇の硝子の眼鏡も現れた。
[ 東の方向に おそらくその箱と同じ物が無数にある ]
「……………」
「すごい数だよ。百か二百か、それ以上かも。ずっと遠くまで気配を感じる」
何故そんなことがこの花と蛇にわかるのか。
どうして魔道具の『気配』などというものを感じるのか。
まるで、魔物たちが他の魔物の気配を感じるように……。
……箱。
赤魔銀で出来た小さな箱に、大きな魔力容量を感じる。
それが森の奥深くまで、無数に仕掛けられている。
音楽を奏でるオルゴールの魔道具。これが東の街を魔物に襲わせる何かの正体だ。
魔物は歌に引き寄せられる。音楽を聴いて寄って来る。
もしもこのオルゴールが大音量で鳴り続ければ、音を聴いた魔物はこの街にやってくるだろう。鳴り続ければだが。
音を出す魔術「音響」はただ音を出すだけならそう難しいものでは無い。が、もちろん魔力は必要だ。魔道具に音楽を鳴らせ続けたければ、それも森深くまで響くほど大きな音を出すのなら、相応の魔力容量を持つ素材が必要である。
そんな魔道具を、無数に量産出来る。
高価なはずの容量の大きい素材を、百や二百も用意出来る。
そんな素材に心当たりがあって、
私は、箱から出てきた箱を見る。
「こんなことをする人間がいるなんて……、
そうか、あいつの身体は全部火で出来てるから……」
密閉された空間の中身を外へと移動させる古代魔術。
詠唱して箱の中身を取り出すと、覚えのある熱だけが手の平に軽い火傷を残した。
[ 火は 燃え続ける限り 火のままということか ]
「フェニックスの身体の一部なら、いくらでも無限に燃え移せる」
これは魔導兵器に利用される『ケージ』と呼ばれる物。
花と蛇が言うのなら間違いない。
その正体は、不死鳥の羽だった。
○
フェニックス。
癒しの力を持ちその血は不老不死を授けるとされ、自らを焼いてその炎から蘇ると言われる、死なない鳥。
不死鳥。火の鳥。多くの伝承に登場する伝説の霊鳥。
……というのが私の知る幻想物語である。
この世界において鳥の姿の火の魔物は、数代前の紅炎に倒された。
無論私の師匠が倒した翼を持つ蜥蜴と同じように、その素材は赤の国に持ち帰られただろう。
ナタが持つ鳥の火も、その素材で作られているはずだ。
魔物たちの身体の一部を素材として、私たち魔道師は魔道具を作る。
私が今も持っている師匠の杖にはドラゴンの翼膜や骨髄が使われている。今はない私の鞘ならクラーケンの体液だ。真空海月にはグリフォンの爪、白雪の冠にもユニコーンの角が使われている。
ではフェニックスの素材というのは、一体何なのか。
鳥の姿の火の、身体の一部とは。
燃えている『鳥』ではなく、鳥の姿をした、『火』
火から一部分を切り取ったなら、それは火でしかあり得ない。
そして火というのは、他に燃え移っても火である。
蝋燭を燃やしても、ランプに灯っても、魔術で燃焼を持続させたって、火は火のままだ。
あのケージという魔道具には、弱い火が刻まれていて、中身は取り出すと消えてしまう。
火は燃焼する物が無ければ消えてしまう。火魔術で常に魔力を燃べる必要があるのだ。
ケージとは要するに、特別な火を絶やさず燃やし続けるための箱。
『ケージ』
……鳥籠、か。
「メイス!どうするつもりなの!?」
「なんとかする!! なんとかしなくちゃ!!」
今や大森林のあらゆる方向から、軽快な音楽が鳴り響いている。
どうすればいいか。もう魔物の群れがそこまで来ている。この音楽が鳴り響く限り大森林の向こうの東の山脈から無尽蔵に押し寄せてくる。
オルゴールの魔道具の魔力切れは期待出来なさそうだ。片っ端から叩き壊さないと。しかしすでに魔物の犇めく森に足を踏み入れるのは自殺行為。
「街の人の避難を優先させたほうが…」
「それじゃダメだ!!」
すでに避難は始まっているはずだ。こんな大音量の音楽の中で危険を感じない人はいない。しかし魔物の群れは東の街を襲った後、避難する人を追って来る。
命ある限りどこまででも追って来るだろう。そして首都にまで辿り着くだろう。
だから青の国は騎士団を出動せざるを得なくなるのだ。
騎士団が魔物の相手をしている間に、まんまと赤の国が攻めてくる。
それじゃ結局この国はお終いだ。ここで何とかしないと!
「あのオルゴールを片っ端から破壊する!」
「どうするつもりなのかな?」
「時間を稼ぐ!」
急いで走って、街の門まで来た。
そこに脱ぎ捨てたぐちゃぐちゃの布のおばけに頭から潜り込んだ。
[ 飛ぶのか ]
帆布のように分厚い飛行服の中でベルトを締めるのに苦労していると、蛇の魔物がにゅるりと身体に巻き付いてきた。
ミニラウネもにゅるりと巻き付いてくる。捻り上げて肩に置いた。
「バジリスク、メイスをフォローするよ」
[ うむ 少しは魔力も回復したところだ ]
「二人とも、ありがとう!」
[ この街もいつか俺の物になるなら 無くしてしまうのは惜しいからな ]
「うん、いまは理由とかは何でもいい!」
万全では無いとは言えこの二匹が一緒なら心強い。
真空海月のスカートを広げ、装備を確認する。
胸のグリフォンの爪。内蔵魔力はもう余裕がないか。あまり派手には使えない。
両袖のポケットには対バジリスク用の反転土魔術を書いた魔法紙。これは使えない。
それと魔力が空っぽの電磁弓の矢。これも使えない。
杖用のポケットには蜥蜴の翼。イヤになるほど使えない。
そして両脇のポケットに魔物が二匹。
いつも肝心なときには装備が不安だな。
やれるかわからないがやるしかない。
スカートの表面に広がる真空の膜が私の身体ごと飛行服を吸い上げる。
揚力で浮かぶ気球が膨らみ、上昇の風魔術で飛び上がる。
これは魔術で生み出した揚力で浮かぶ気球である。
気球というのは18世紀にフランスの人によって発明された。昔の人が地上に巨大な絵を描いて空から見るために気球に乗ったという話もあるらしい。
人によって、作られた乗り物だ。
魔物が歌や音楽に引き寄せられるのは、それが人を連想させるからだ。
歌など無くても魔物は人に寄って来る。人を連想させるものなら何でもいい。
この気球の魔道具を、アドバルーンにすれば…、
音楽よりも強烈に『人』を連想させる。強烈に魔物たちの目を引くだろう。空飛ぶ私を見上げ寄って来るはずだ。
街の上を飛び越えて森へ向けて気球を飛ばす。
門を見下ろし、通りを見下ろし、宿を見下ろし、民家を見下ろし、食堂を見下ろし、慌てふためく街の人たちが私を見上げて指を差すのを見下ろし、広場を越える辺りでマスターを見つけて高度を少し下げた。
「マスター!!」
「嬢ちゃん!?おまっ空飛んで!?」
「私が魔物を引き付けます!!その間に魔道具を全部回収して!!叩き壊して下さい!!」
「お、おい!!」
これでいい。
魔物さえ引き付けておけば街の大人たちがオルゴールを破壊してくれるはず。
地を這う魔物は一箇所に誘導して、空からゆっくり詠唱して範囲魔術で一掃しよう。
もう一度高度を上げて風魔術で加速。
パン屋を見下ろし、酒場を見下ろし、全て飛び越えて行く。
この街を、失くしたくない。
森に差し掛かり、木々の間に屋根が一つ見えてくる。
私の家。
師匠の家だ。
全部、
全部失いたくない。一つたりとも欠けてはならない。
絶対に守りたい。私の大切な物を、絶対に失いたくない。
「メイス!前!」
[ 来たようだぞ ]
「やるぞ! 絶対この街を守るんだ!」
森がざわめく。
地鳴りが聞こえる気がする。
魔物の大群が、森の向こうから押し寄せて来る。




