第九十話 終わりの始まり
紫電の槍のスパークに焼き付いた目が次第に慣れてきた。
パリパリと空気までが帯電するような視界の中で、腹を見せてピクリとも動かないバジリスク。
…当たった。確実に二つの雷槍が蛇の体を貫いた。
動かない蛇を見る。これ以上私にはどんな手も残されていないが、それでも油断無くバジリスクに目を凝らす。
[ 何故 俺の物に ならないのだ ]
動かない蛇の代わりに、壁の文字が意思を伝えてくる。蛇が土を操り文字を浮かべる壁。蛇の魔力が健在だという証明だ。
……駄目だったのか。
ダメージが足りなかったか、それともやはり当たらなかったのか、何か蛇の防御が他に働いていたのか、
[ フルーレもそうだった まるで俺をあしらうように 俺が動けなくなるまで いつもこうして ]
壁の文字は語る。
さっきは変なフォントだったような気がするが、今はゴシック体で読みやすい。
しかし蛇はまだピクリとも動かない。
[ 俺はどうしても欲しいというのに フルーレも お前も どうして 手に入れられない ]
バジリスクは、動かない。
動かないがよく見ると目は開かれてこちらを向いている。
悲しそうな目。
[ 俺はもう 動けない ]
動けない。
どうしても欲しい物に、手が届かない目。
物欲しそうな、悲しい目だ。
[ 動けないが お願いだ 何処にも行かないでくれ 俺を ひとりに ]
そこで壁に綴られる文字が途中で止まってしまった。
蛇が魔力で土を操る筆談が止まる。
魔力が切れたのだ。
私の破壊雷は確実に蛇を貫いて、蛇の魔力を限界まで削っていた。
土を操る魔法を、もはや指先ほども使えないほどに。
私は、
魔法を使う魔物に、勝ったのだ。
「……バジリスク、私はここにいつまでも居られないんだ」
文字は途中で途切れてしまったが、動かない蛇の瞳に返事を返す。
私はこんな砂漠で暮らせない。何処にも行かないで、なんて願いは聞けない。
でも…、
「でもお前をひとりにはしないよ。私と一緒に行こう。
こんな砂漠に居ないで、お前の分身たちのところへ行こう」
私は勝ったのだ。それも目論見通りに殺さず無力化出来た。
煮るなり焼くなり、好きにさせてもらおう。
動けない蛇を抱きかかえ真空海月を飛ばし、サイの馬車へと飛んで帰った。
○
「それであんた。首尾はどうだったんだぃ?」
「…もぐもぐっ!?もぐもっ!! もっ……ぐほっ!?げほぉっ!!」
「……食べるか喋るかどっちかにしなよ汚いねぇ」
「げほっげほっ……、首尾はばっちりだ。魔法を使う魔物は生け捕りにしたよ」
「このヘビがそうなんッスよね? そんなすごい魔物には見えないッスけど……、死んでるんじゃないんッスか?」
「魔力切れで動けなくなってるだけですよ。たぶんしばらくしたら元気になるはずです」
「そ、そうなんッスか? 閉じ込めといたりしなくて平気なんッスか??」
「大丈夫です、悪い蛇じゃないんですよ。それにその蛇がその気になったら鉄の金庫に閉じ込めても無駄だと思います」
帰った私を温かいウサギ鍋が迎えてくれたのでまずは咀嚼&嚥下。口からビーム出しながら今日の成果を話す。
私は蛇に勝利した。
土と強欲のバジリスクを見事生け捕りに出来た。とりあえず手ごろな木箱に毛布を敷いて寝かせ拾ってきた子猫状態にしている。
切り札の次の奥の手として『矢』を通常とは違う使い方をした。使い捨てるはずの物を使い捨てなかった私には素材の影響があり、とてつもなくお腹が空いてしまう。けたたましく鳴く空腹虫に急かされてひたすらウサ肉をムシャり口からビームを出す。
眠る蛇は大人しいものだ。具の無くなった鍋に米を投入しながらふとナタの食性を思い出す。蛇か…頭取って皮剥いで腹掃除して臭み消しにカレー粉振ってひらいて蒲焼きか手軽に唐揚げかたぶん今の私は頭がどうかしている。糖分が足りない。炭水化物をムシャり口からビームを出す。
と、サイに鍋を取り上げられた。
「もぐもぐっ!?もぐっもぐもぐもっ!!」
「飲み込んでから喋りな!! そうじゃなくてあんた、財宝はどうしたんだぃ?」
「……………」
………そういえばそうだった。この砂漠に眠るという財宝がサイを協力させる条件だったのだ。
蛇を倒すのに夢中で忘れていた。といっても砂漠には何もなさそうだったし、砂の下に財宝が眠ってるとして掘り出すとなるとかなり大規模な掘削魔術が必要になってくる。今日はもう無理だ。バジリスクに聞けば大体の位置はわかりそうだが……、
財宝。
大昔にバジリスクが石にして滅ぼした国の財宝、とは違うが、
魔王フルーレが残した、オレラの地球の知識は残っていた。
あれがあればこの世界の科学を100年は進められる。魔術に頼らないあの知識にはこの世界の人が知らない薬学や医学、製鉄や熱機関の設計など、奇想概念がてんこ盛りだ。
ある意味では財宝よりも価値がある。
けれどあんなもの、サイに渡せるわけがない。
「財宝なら…、私の胸の中に……」
「あんたのその貧乳の中に何が詰められるっていうんだぃ」
「物の例えだよほっとけ!! 無かったものはしょうがないだろ」
「あんたの胸が無いのは今に始まったことじゃないだろぅ」
「胸の話じゃねぇっつってんだよ!!財宝が無かったんだよ!!」
「……はん、まぁ砂から掘り出すにしても、すぐには無理な話かねぇ?」
………何も無いっつってんのに。全然信じていない。
まぁどういったところで、私一人でそんな大規模な掘削作業は出来ないよ。土木魔道師が10人は必要だ。サイも一先ず諦めるしかないだろう。
とにかくあの魔王の部屋を人目に晒すわけにはいかない。サイが人員を確保する前にどうにかしなければ。
○
ともあれ砂漠は開放された。
これを手柄に、私はマスケットに謁見出来ると思う。
そして剣を返してもらって、グラディウスに魔物たちを、クラーケンもアルラウネもバジリスクも救ってもらえる。
そうだ。それもナタのおかげだ。帰ったらちゃんとお礼をしなくては。
クラーケンのイカスミも役に立ったし、アルラウネの種は無駄になってしまったが、鉢植えで元気に育っている。
ということで次の日。タマハガネに引かれ馬車が進む。
砂漠から帰る馬車に揺られ、私は今日もミニラウネの鉢に如雨露で虹を作っている。
昨日見てみるととうとう赤い蕾をつけていたのだ。本当に成長の早い花である。
そろそろ咲くのではないだろうか?
「ボクの本体がメイスのために特別に魔力を籠めた種だったからね! まさか育ててくれるとは思わなかったけれど、おかげで喋れるくらいまで成長できたよ! ボクはメイスのことをママンって呼べばいいのかな? あ、それだとメイスはボクの本体の嫁ということにがぼがぼがぼ……」
「ほ~れたっぷり飲んで根まで腐れ~」
「待ってメイス…がぼ……!!溢れてる…鉢から溢れてるがぼがぼ……!!」
茎の下部、土の隙間から僅かに覗く顔のような根が何かを言っている気がするが私には聞こえない。
「メイス氏何してんッスか!?床水浸しッスよ!!」
「すみませんククリさん。怖い夢を見たんです」
「メイス氏の悪夢とこの水浸しに何の因果関係が!?」
「たすけ……っ…!…がぼがぼ!!……けて!!がぼ……」
「…………メイス氏、その花、喋ってないッスか?」
……ちっ、見られたか。
ククリさんにも聞こえているということは幻聴の類ではないということだ。鉢を傾けて水を捨てると、土の中から花の根が自分から這い出てきた。
「はぁ…死ぬかと思ったよ。本体と違ってこのボクはそんなに丈夫じゃないんだよ?」
「…………………」
流暢に喋る小さな植物。
どうして私のよく知る声と口調で喋ってくれやがるのかこの花は。
頭が痛くなってくるが、育ててしまったのは他ならぬ私である。
鉢植えから出て床に降り、ぶるぶると身を振って土と水を飛ばす人型の根っこ。
10cmほどの褐色の根には四肢があり、頭があり、目も口もあり、人の形をしている。緑の葉なんて髪の毛のようだ。そしてその人型の頭の先から伸びる赤い蕾が、開いて咲いた。小さい体に比べて頭の花が大きく見える。元のアルラウネは私と変わらない程度の身長だったが、このミニラウネは頭の花まで入れても20cmも無い。手乗りサイズだ。
アルラウネの種から私が育てた花は、やはりアルラウネそのものだった。
アルラウネ族の別固体の魔物が育つと思ったが、そんなことはなかったようだ。
残念だ。
とても残念だ。
「純真無垢な生まれたてのベイベーかと思った? 残念ボクでした!!」
「お前がお前だとわかっていたら育つ前に耳栓して引き抜いたのに……」
「……これ魔物なんッスよね? メイス氏の知り合いなんッスか?」
「えぇまぁ、私の知り合いの植物魔物の種を育てたら本人が出て来た感じです」
「うふふぅ、正確にはこのボクはボクじゃなくて、ただの分身だけどね」
「………???」
首を傾げるククリさんにはどう説明したものか…。
とにかく戦力として期待して育ててみたがすでに遅かりし由良之助である。バジリスクは既に倒して拾い猫状態。今も毛布で眠っている。
「せっかく育てて残念ですけど、殺処分して売ってしまいましょう。素材としては超一級品ですから」
「それなら専門のメイス氏が値段決めてくれるといいッス」
「ちょ、怖いよ!? ぶるぶるボク悪い魔物じゃないよう!!」
「もうお前の役目は終わったんだよ。アルラウネの分身。安心して眠れ」
「ボクは分身だから最終的にはそれでもいいけど、まずは話だけでも聞かせてよ!!」
もちろん人の心に影響をもたらすこの特殊素材を売ったりは出来ない。
しょうがないので、ミニチュアのアルラウネと話す。
……しかし本体の分身というのはどういうものか。ミニラウネが言うには、素材として本体から切り離された時点での記憶を持っているだけで、アルラウネ本人というわけではないらしい。
アルラウネの写し身と考えるのがいいか。種から育って花を咲かせてもこれ以上成長することはなく、ひと月も経たずに枯れてしまうようだ。
「変に増えるなら種なんか残さないよ。とっくの昔に試したからね」
「実はそんなアルラウネだらけの地獄を想像してたんだけど、そんなことにはならないんだな。安心した」
「分身のボクが知っても本体には伝わらないけど、バジリスクに会わせてよ」
「あぁ、そこで寝てるよ」
バジリスクは今、私が洒落で書いたミニラウネの値段のウソ見積りを見て小躍りしているサイとククリさんの横で木箱に敷いた毛布に包まれている。
あれから一日経っても眠ったままだ。息はしているので生きてはいるようだが。
「やぁバジリスク。久しぶりだね」
「………………」
ミニラウネが話しかけると、蛇の目が開かれた。
「バジリスク、起きたのか? 気分はどうだ?」
「…………」
毛布の中で腹を見せて寝ていた蛇が、体をうねらせてとぐろを巻いた。
床に小さな石の板が現れる。魔力も回復したのか。
しかし石板が小さい。スマホぐらいだ。完全には回復してないみたいだな。
[ 気分は良くはないが 温かい ]
例によって文字が刻まれる。
[ ここは温かいな この温もりが どれ程欲しかったことか ]
「おいバジリスク! ボクのことを覚えているのかな?」
[ 知らん 誰だお前は ]
「ボクは君のよぉ~く知ってるやつだよ!!」
分身ではあるものの、本体の記憶を引き継いでいるというミニラウネは、かつてバジリスクに石にされかけた記憶も持っているのだろう。殺されかけたのだ。
そしてアルラウネも、バジリスクのことを殺すつもりでいた。因縁の関係である。
……が、蛇は花のことなど知らぬ様子で、毛布から這い出て私の足に絡むように擦り寄ってきた。
[ メイス この温もりはお前がくれたものだ 俺はこの温もりが欲しかった
俺はお前に救われた ありがとう ]
「もう暴れたりしないでくれよ?」
[ 俺はもう大丈夫 この温もりが俺の物である限り もう俺は狂いはしない ]
「ボクのことは無視かい!?」
小花の小さな口をそっと塞ぐ。今は蛇の話が重要だ。
昨日私に襲い掛かった蛇は、アルラウネも言っていた「狂って暴れだす」状態だったと思う。寸前まで普通だったのに、あの魔王の部屋から出た途端に石化の視線を向けられた。
しかし今は落ち着いた様子だ。石化の目が働かないのは魔力切れのためだけではなさそうだな。私に倒され正気に戻ったのか。
「もがー!もがー!」
「言いたいことあるだろうけど私に免じて仲良くしてくれよ」
「……………ぺろぺろ」
「指を舐めるな!!!!」
「聞かなきゃいけないことは聞かせてもらうよ。やいバジリスク。君はもう狂ってしまってたはずだよね?」
それは確かに聞いておかなければならないことだ。
……しかしこの小さなアルラウネは体に比べて頭の花のウェイトが大きいようで、腰に手を当て裸で胸を張るも頭の花が揺れる度に体もゆらゆら揺れるものだから迫力が全然無いな。ただ小さいだけのことでちょっとかわいい。
対するバジリスクはただの蛇。魔力のない今は毒すらも持たない。私の足に纏わり付くと鱗が擦れて痛いので首を掴んで持ち上げると今度は尻尾で腕に絡んでくる。何この生物。
「君には会った瞬間に石にされたんだ。ボクの魔物の気配はわかってたはずなのに」
[ ふむ 気配は弱いが お前は 花か ]
「分身のボクでも今の君よりは強いはずだよ。メイスに負けたんだね。いい気味だよ」
[ 覚えている 昔に会った火も 蜥蜴も 石になる前に逃げ帰った 石になったのはお前だけだ ]
「ぐ……、生憎だけどあの時石になったのはデコイだよ。ボクはピンピンしてる」
「……お前ら仲良くしろ」
なんでこいつらは無闇に仲悪いんだ。クラーケンはあんなに社交的だというのに。
「あ、痛いメイス茎が、ボクの茎が摘まみ潰されてる千切れちゃう」
[ トサカを掴むな 千切れてしまう ]
「話進めるけどバジリスク、狂ってたのはもう大丈夫なのか?」
[ 俺は大丈夫だ 一度は狂っても 何度狂っても この温もりがあれば大丈夫 ]
大丈夫。
……らしい。
たとえ狂ったとしても、正気に戻ることは出来るのか。それなら私が何度でも雷を叩き込んで正気に戻してやる。それでいいのなら、問題はほとんど……、
「残念だけどメイス。そういう甘い話じゃないんだ」
「え?」
「バジリスクは一時的に強欲を満足させただけなんだよ」
「どういうことだ?」
魔物が狂っても正気に戻す方法はある。
そんな考えを、アルラウネは否定する。
魔物は狂う。それは強欲の蛇ならば強欲を満たせば元に戻ることもあるらしい。
「ユニコーンがそうだったんだけど、結局は我慢出来なくなっちゃうんだよ」
[ 俺はいつか この世の全てを手に入れる それまで俺は 何度狂っても ]
「バジリスクも強欲のままに全てを奪うようになる。その内ほんとに全部手に入れなくちゃ気が済まなくなるよ。そうなったらもう、目的も忘れてただ暴れるだけの魔物になる。心が壊れる。狂うっていうのはそういうことなんだ」
「……………」
欲望。それが満たされれば、一時的には元に戻る。
けれどそれはどんどんと膨れて、満たすことが出来なくなる。
そして戻れなくなって人を殺し続けたのが、憤怒の魔物ドラゴンか。
どれだけ殺しても、満足することは無くなってしまっていた。
だが時間は稼げた。
バジリスクも、もう少しの間は大丈夫なはずだ。
もうすぐ『剣』が手に入る。
「バジリスク」
[ なんだ? ]
「いつかどうにかなってしまう前に、人間に戻らないか?」
ずっと、
バジリスクに聞きたかったことを、聞いてみた。
「アルラウネも、お前たちがそう願えば、叶えられる奇跡があるんだ。だから……」
あの剣があれば、どんな願いも叶えられる。
バジリスクもアルラウネも、魔物たちを人間に戻してやれる。
そうすればもう何も心配しなくていい。人間は狂って暴れたりしない。永遠を独り生き続けることもない。
…………でも、
[ 断る ]
「うーん、ボクもいいかな?」
「……………」
クラーケンも、人間に戻りたくはないと言っていた。
グリフォンに聞いたときも、悪い冗談だとまで言っていた。
魔物たちは、
人間に戻りたがっていない。
そんな願いを、望んでいない。
[ かつて俺の人の体は失われた 今はこの体が俺の物だ この姿を捨てることはない ]
「そうか……、アルラウネは?」
「いまさら人間に戻って何がしたいわけでもないしね~」
「お前は、言ってたじゃないか。愛する人と子供が作れないのが悲しいって。人間に戻れば…」
「その愛する人はみんな看取ったよ。悲しいと思うこともあるけど、子供作るために人を好きになるわけじゃないしね」
「…………」
「エロいことしたいから人を好きになるんだよ」
「……なんでお前は余計な一言を我慢出来ないんだ」
「前に言ったけど、ボクらはもう十分生きたのさ。だから終わりにするのがいいんだ。
剣を使うつもりなら、メイスが使えばいいよ。メイスは元の世界に帰りたいんでしょ?」
………私にも、叶えたい願いはある。
元の姿に戻り、元の世界に帰る。
けれどあの剣は、叶えられる願いの数に限りがある。
おそらく、あといくつも無い。
「とにかく今からそのヤッパ盗りに赤の国潰しに行くんだよね?」
「なんでいきなり物騒な物言いになった?」
[ 奪えばそれも俺の物だ メイスだけは 自由に使うといい ]
「違うからな?普通に返して貰いに行くだけだからな?穏便に」
こいつらなんでこんな好戦的なんだよ。もうやだよ。
魔物たちが人間に戻りたくないのなら、剣を取り戻しても意味が無い。
私は、こいつらに死んで欲しくない。私の一人良がりな望みだとしても、そう願いたい。
[ それで いつその赤の国に行くのだ ]
「まぁ今この馬車が向かってるのが赤の国の首都だけど…」
[ ]
「なんで平らになる」
スマホサイズの石板が平らになった。
文字が消えて、まさかまた魔力が無くなったのか?
と思ったが、違うようだ。
[ この馬車は昨日から 同じ場所を走っているぞ ]
「は? 何言って……」
[ 俺の居た砂漠から離れていない 何処にも向かっていないぞ ]
………え?
…………何が?
○
サイを問い詰めた。
「はん、もうばれちまったのかぃ」
「そうさ。あの国にゃ帰らないよ」
「というか何処にも行かないよ。しばらく街を離れてやり過ごすのさ」
「何をかって?」
「戦争、するんだってさ」
「苦労して調べたのさ。何もわかんなかったってのは、ありゃウソだよ」
「お偉い兵士の豚掴まえて聞いたのさ」
「あたしの上で、まぁべらべらとよく喋ってくれたもんさね」
「青の国に、攻め込むつもりだよ」
「白の国は海の向こうだ。封鎖した港が落ちる前に、攻め落とす算段があるのさ」
「どんな算段かって、そこまで喋るんだから、あの豚もとんだ穀潰しだねぇ」
「東の街を、魔物に襲わせるのさ」
「そうすりゃ青の国は騎士どもを東に寄越す。赤の国の仕業だなんて思わずにねぇ」
「その間に赤の国は北から攻め込んで、あっという間に首都は陥落さ」
「はん、白の国が助けに来たって間に合わないだろうねぇ」
「ま、しばらくすりゃその戦争ってやつも終わりさ」
「それまで街には、帰らないよ」




