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第八十四話 砂漠へ


「砂漠へ行こうと思うんだ」

「また何を言い出すんだぃこのおバカは」


 夜の内にサイの馬車に戻り今後の方針を話す。

 ククリさんの言うとおり、サイは疲れた顔で夜中に帰ってきた。


 私は危険な砂漠へ行くが、サイには関係がない。

 サイはもう盗賊でも何でもないのだ。今は商人。大きすぎるリスクを負ってまで財宝とやらを狙う人間ではないはずだ。

 なので、ここでお別れになるだろう。

 一応、別れくらいはちゃんとしておこうと思ったのだ。


「それって財宝が眠ってるっていう北の砂漠のことかぃ?」

「あぁそうだ。富・名声・力、この世の全てがそこにあるんだ。海賊王に私はなる」

「砂漠のどこに海賊がいるんだぃ。……ったく、まぁいいさ」

「ここでお別れだな」

「何言ってんだぃ。あたしも行くんだよ」


 が、サイは私に着いて来ると言い出した。

 こいつは一体何を考えてるんだ。


「まぁ、ちょうどいい話さね。すぐにもこの街を出るつもりだったのさ」

「ククリさんに聞いたけど、なんか調べ回ってるらしいな。何かわかったのか?」

「……………」

「おいサイ?」

「全っ然ダメさね。けっこう苦労したけどねぇ、な~んもわかりゃしなかったよ」


 両手をひらひらさせてつまらなさそうに失敗を吐き出すサイ。

 数日仕事をサボって結局何の収穫も無し。ククリさんにも睨まれ多大な損失が出たらしい。


「何日か分の儲けを取り返さなくちゃねぇ。えぇ?

 財宝なんて面白そうじゃなぃか。もちろん分け前はあるんだろぅ?」

「………財宝なんて、本当は存在しないかもしれないんだぞ?」

「はん。行ったら帰って来れない砂漠なんてとこにあんたを一人で行かせると思うのかぃ? あたしはあんたに死なれちゃ困るんだ」


 ……結局それか。利益主義者め。

 私を手元に置いておきたいというのが第一のようだ。しかも負債の埋め合わせに財宝を狙うとは、まぁその方がらしいと言えばらしい。

 転職してもサイはサイか。これは意地でも着いてくるつもりだろうな。


 正直砂漠まで旅をするのにこの家屋馬車の存在はありがたい。

 往復1週間ほどの旅になるだろうが、途中には小さな村の一つも無いらしいのだ。タマハガネは普通の馬より丈夫で体力があるし、居住と資材輸送を兼ね備えた大型馬車は快適な旅を約束してくれるだろう。

 ナタは来れないので独り旅のつもりが、旅の道連れが出来た。

 馬車で一夜を明かし、翌日食料を買い集め昼には赤の国の首都を出た。





「絶対おかしいッス」

「何がですか?」


 首都を出発して北へ向かう。道無き道を馬車が走る。

 整地されていない荒野の起伏はさすがにサスペンションの許容以上のようだ。走る馬車の揺れは大きい。

 タマとハガネはさすがの馬力だ。御者台で指示を出すサイの言うとおりに走り、荒地に負けずどんどんと進んでいる。


「冷蔵魔道具にあったプリンのことなら私は何も知りませんよ?」

「あった? なんで過去形なんッスか?」

「………何でもありません何も知りません」

「プリンじゃないんッスよ。社長のことッス」


 ククリさんはさっきまでこの馬車の手綱を握っていて、サイと交代するなり首を捻っている。

 シンクでカップとスプーンを洗っていた私は手早くククリさんに労いのお茶を淹れた。大丈夫。まだ感づかれてはいない。サイと共謀して三つのプリンを平らげた事実は墓まで持っていく覚悟で隠し通さなければ。


「社長、な~んであんな焦ってるんッスかねぇ?」

「焦ってる? サイが?」

「そうッス。めっちゃイライラしてる感じッス。機嫌最悪ッスね」


 ククリさんはどうにもサイの態度が気になるらしい。

 私にはわからないが、サイは何かを焦っているらしいのだ。


「数日の職務怠慢による収益不振からのイラ立ちでは?」

「それもあるかも知れないッスけど……、首都で何かあったんッスかね?」

「……………」


 数日仕事をサボってまでしていた調べ物。

 サイは結局何の収穫も無かったと言っていたが、具体的に何を調べているのかはよくわからなかったな。

 赤の国に何か不穏な動きがある、それ以上のことはわからない。国境が封鎖され貿易が停止すれば、資源の少ない赤の国にとって多大どころではない損失があるはずなのに。


 サイはすぐにも街を出るつもりだった。

 得体の知れない雰囲気に、勘のいいサイが何か危険を感じ取ったのかもしれない。



「あ、メイス氏、雨ッス」

「……ほんとだ。大雨になりそうですね」


 四角い窓から見える外の景色は曇り空。とうとう雨が降ってきたようだ。

 馬車の屋根を叩く音が次第に強くなっていく。ゲリラ豪雨に捕まってしまったらしい。


 しばらくすると馬車が停止した。御者台からサイが中に戻ってくる。


「こりゃダメさね。地面がヌカるんでタマハガネじゃ走れやしないよ。通り雨だねぇ止むまで休むとしようかぃ。

 ククリ、天幕出すよ。手伝いな」

「うぃッス」


 荒れた地盤が雨でぐずぐずになってしまった。これでは普通の馬でも走るのは難しい。ましてタマハガネの体重では足を取られてしまうだろう。

 一旦停車して休憩にする。二頭の巨馬が雨に濡れて風邪をひかないように簡易テントを張るようだ。





 小一時間ほど出涸らしのお茶を啜ってみたが雨はまだ止まない。

 そのうち止むとは思うのだが、ここまで地面がヌカるんでは水が捌けるまで出発できないかもしれない。ここで一夜を明かすことも考えるか。

 荒野は岩や窪地が多く見通しが悪い。雨に紛れる類の魔物が出ると厄介である。

 牛馬(オクセロス)を品種改良し調教したというタマとハガネは魔物の襲来には疎いとのこと。サイが見張りとして窓の外をじっと見ている。ククリさんは地図で現在地を確認しているようだ。

 私はと言うと、鉢植えに如雨露で水をあげている。


「あんたそれ、何植えてんだぃ?」

「これか? 私にもよくわからない」


 小さな植木鉢に敷かれた土には、これまた小さな芽が出ている。

 これが成長したら一体何になるのか。未だ不明である。

 ひょっとしたら第二のアルラウネが生まれるのかもしれない。

 ……そう。この鉢にはアルラウネの種が植えてあるのだ。


 イカ墨は使い切ってしまったが、アルラウネの種はそのまま余ってしまった。

 迂闊には使えないし使う予定もない。素材の状態で置いておくのも危ない。かといって捨ててしまうことも出来ない。

 なのでいっそ育ててみることにした。


 そのものアルラウネの種なのでアルラウネのような魔物が育つ可能性が高いと思うのだが、果たしてどうなのだろうか?

 仮にこの鉢植えからミニアルラウネが育ったとして、それはあの変態の分身として生まれるのか。頭の痛くなる話だがそれはそれで戦力として頼もしくはある。

 もしくは無垢な赤子のように、全く新しいアルラウネ属の魔物が生まれるとしたら。

 あのような淫花には決して育てはしない。私が立派なお花に育てよう。蝶よ花よと育てよう。


「お前はあいつみたいな変質者になるんじゃないぞ~」

「……………」(ウネウネ)


 ……お、いま少し動いたような気が?

 数日で芽が出たし、成長は早いのかもしれない。

 植物は毎日話しかけて育てると成育が良いと言うな。


「聞いてアルラウ~ネ、ちょっと言いにくいんだけど」

「……………」(ウネウネ)

「聞いてアルラウ~ネ、プリン無いのに気付いたククリさんがさっきから口利いてくれないの」

「……………」(ウネウネ)


 私の語りかけに確かな反応を示すミニラウネ。

 フラワーロックみたいでちょっと面白かわいい。


「あんたそれ動いてるんじゃないのかぃ??」

「うん。たぶんこれ植物型の魔物になるんだ」

「魔物!? 気色の悪いもん育ててんじゃないよ!捨てて来な!」

「大切に育てるから!毎日ちゃんと世話するから!

 というか魔物だって言うならタマハガネだって魔物じゃないか」


 馬車の外からヒヒンと鳴く声が聞こえる。二匹の馬物も基本的にはいい奴らだ。偶に甘噛みしてくるが言うことはよく聞くし、魔物だからと差別をするべきではない。魔物だってオケラだって生きているんだ。

 この子は私が責任を持って養育する。エサは水と日光と少々の生ゴミだ。もしも花が咲いて実をつければまた種が収穫できるのかもしれない。

 ………それの処理はどうしよう。


「お、雨が止みそうだねぇ」

「地面大丈夫ッスかね? ペース遅れると食料配分が……」

「私が魔術で馬用の(かんじき)作りましょうか?」

「便利ッスねぇ魔術。その調子でちょちょいとプリンでも作ったらどうッスか?」


 ほどなくにわか雨も止んでくれた。

 砂漠まではまだまだかかる。出来るだけペースを落とさずに行きたい。

 出来るだけ、速く。





 この空気の冷たさが、自分には相応しい。

 少女はそう思いながら、薄手の衣に身を包み玉座に座る。

 凍えた白い息をゆっくりと吐き出した。


 ここに座ることを剣に願ったのは少女自身である。

 少女は王になったのだ。


「王よ」


 そこへ今日も、黒い外套に身を包んだ老人が来る。

 老人は毎日玉座を訪れ、飾り立てた人形に独り言のような挨拶をするのだ。


「蒼雷の弟子に会いました」


 老人の口にする人物に、少女はびくりを肩を震わせる。

 自分が裏切り貶めた黒髪の魔族が、とうとうこの国に来た。


 復讐に来たのだ。そう思った。

 少女はそれだけのことをした。

 それが出来るだけの力が、彼女にあることも知っていた。


「ご安心ください。すでにこの街を出ました」


 しかし老人の言葉で、それは否定される。

 恐れるはずの報復の手は去った。だというのに少女が安心することはない。

 彼女は自分に会いに来たのではなかった。

 それを寂しいと思ってしまった。

 自分にはそんなことを思う資格も無いというのに。


「砂漠へ向かったようです」


 メイスは、

 石蛇の砂漠へ行ったのか。

 そんな場所へ行く理由が、少女にはわからない。

 すぐに止めなければと思うが、自分には何も出来ない。

 いまさら彼女に、何も言えない。


「少し話をしましたが、……くっくっ、

 彼の者にもケージを解くことは出来ませなんだ」


 くつくつと笑う老人は続ける。

 王である少女に向けているかのような敬意の言葉は、全て独り言だ。

 老人は少女を、見てはいない。


「彼の者は真に蒼雷の弟子でありました。

 蜥蜴の魔道師がこの秘を知れぬことは、これで証明されました。

 なればもはや誰にもケージを解けますまい」


 ケージ。

 この国は、ケージと呼ばれる量産素材によって成り立っている。

 その魔力容量は宝石よりも大きく、

 いくらでも、無限に生み出される。

 少女の前に立つ老人。紅炎の魔道師によって。


「準備は整いつつあります。

 先に報告された治癒魔道具も、量産は間に合うことでしょう」


 くつくつと、

 笑う老人は、独り言を続ける。

 毎日、毎日、

 老人はいつも、王などを見てはいない。




  これで この国は 救われる 




 そう言って、今日も老人が玉座の間を去った。

 後に残された少女は考える。

 王など、

 飾り物の人形でも勤まるものなのだ。


 少女は剣に願い、王になった。

 傀儡として操られるだけの、人形の王に。



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