第八十二話 魔物の倒し方
ある日の白の国にて。
「これが私の使える魔術では最高威力なんだけど……」
「………うん。すごいねメイス。これならボクたちのことを、殺すことが出来るよ」
アルラウネとの魔術実験。
花やイカを含め、8匹の特別な魔物は私の魔術でダメージを与えられない。私の持つ最高威力の雷魔術破壊雷は上級一等攻撃魔術以上の威力が出るはずなのだが、直撃したグリフォンは涼しい顔をしていた。
その魔術を見せろとアルラウネが言うので、実際に見せてみている。効果範囲と射程距離を犠牲にして極大の威力を籠めた紫電の槍のスパークが適当な岩を蒸発させた。
この魔術が効かない相手を、私は倒すことは出来ない。
「そうだね。相手がグリフォンならちょっと分が悪いかな? さすがにあいつの防御は、これでも突破出来ないだろうね」
グリフォンの魔法は身体の周りに展開される風の盾らしい。
私も実際にそれを見ている。私の魔術やクラーケンの黒球は見えない壁のようなものに曲げられていた。
この防御がある限り、どんな攻撃も鷲頭の獅子に届かない。……とのことなのだが、
「いや、たしかに届いていたはずなんだけどな……」
「え? そうなの?」
私の破壊雷は、たしかにグリフォンの胸を貫いていた。
攻撃は届いていたはずだ。グリフォンの金色の羽毛を帯電させる程度に終わったが。確かに届いていた。
「あ~、ひょっとしてグリフォン舐めプだったんじゃないかな? へいへい一発当ててみろよ~みたいな態度じゃなかった?」
「………そう言われればそうかも」
「まぁメイスみたいな女子を見たらついついペロペロ舐めちゃう気持ちもわかるけどね。今夜はそういうプレイなんてどうかなメイス!」
「今夜も前夜も無い。お前のようなペロリストには明日すら必要無い」
言われてみればあの傲慢の魔物は、こちらのことを完全に舐めてかかっていた。なるほど、あのときグリフォンは防御を解いて私の攻撃を受けきってみせたのか。
しかし結果的に私の力など盾すら必要ないという事実が残っただけだ。まったく通用している様子が無かったし。
「いや~めちゃくちゃ痛かったと思うよ? やせ我慢してたんだろうね」
「そうかぁ?」
「ちゃんと当たってたなら、この魔術はダメージを与えていたはずだよ。人間の扱う魔術としては一級品の威力が出てる」
「…そ、そうかな?」
アルラウネが言うには、私の魔術でちゃんとダメージを与える威力があったはずらしい。
必要十分以上の威力がある。羽毛には焦げ目もつかず平気な顔をしていたかに見えたグリフォンだが、私の魔術でダメージを受けていたのだ。
「3発だね」
「何が?」
「今の魔術だよ。今のが3度直撃したら、たぶんボクらは死ねる。
1発目はやせ我慢できるかもしれない。でも2発目で、ボクらを生かす魔力が底をつく。3発目を当てられたら今蒸発した岩と同じになるよ」
「…………」
アルラウネたち魔法を使う魔物は膨大な魔力によって生命維持を行うらしい。そのためダメージは表に現れない。
しかしそれも無尽蔵とはいかない。
膨大な魔力が失われれば生命維持が間に合わず魔法を使うことも出来なくなる。そうなれば普通の生き物と同じに傷つき倒れ、魔力切れになれば絶命する。
つまりMPがHPでもある。
それが0になるまで十全に生きられるということか。
私の破壊雷相当の攻撃を3度当てる。
それが、アルラウネに聞いた魔物の倒し方だ。
○
「それでナタ、言い訳を聞こうか」
「…つい条件反射で」
「三人がかりの粘土縛に生き埋めにされる気持ちがわかるか?」
「俺は師匠に赤熱融土に埋められたことがあるけど……すまん」
時間は戻ってナタの家。
演習場で私を置き去りにして逃げたことへ非難を浴びせるとナタは素直に謝ってくれた。
というか上級魔術に使用許可が必要なんて私は知らなかったよ。「でかい魔術の実験ならいい場所がある」とか言ってたナタに過失があると思う。
それに紅炎の弟子であるナタが言えば魔道師や兵士にあそこまで酷い扱いをされることもなかったはずだ。なぜ逃げた!言え!
「絶対に許さない。絶対にだ」
「悪かったよ。どうすりゃいいんだよ」
「ナタには今後の生涯を通じた謝罪と賠償が要求されます」
「アホか。……まぁ魔道具作りは全面的に協力するよ」
などと言うやり取りの数日後。
クラーケンのイカ墨をインクにして、電磁弓の魔法紙が完成した。セピア色の魔法式がびっしり書き込まれた特別な魔法紙。全部できっかり3枚だけだ。
印刷所の魔道器を借りても量産できそうだが、残念ながらイカ墨が切れた。大切に使わなければ。
「なんで3枚もあるんだ?」
「いい質問だ。これは魔力容量を持つ魔法紙だけど、それはある程度魔力をストックするためであって何度も使うつもりはないんだ」
素材としてクラーケンのイカ墨を使っている魔法紙。
忘れてはいけないのは、この素材を使うリスクだ。特別な魔物の素材は魔力を食べて活動し、人の心に影響をもたらす。暴食のクラーケンの素材を使い続ければ、お腹が空いてご飯をたくさん食べてしまうのだ。また太ってしまったらどうしよう。
それだけならばまだいいが、ウルミさんのように暴走してしまえばどんなことになるかわからない。それだけは避けなければならない。使うにしても、最低限に抑えなければ。
特別な素材は魔力に反応して活動し、私の空腹を増幅する。
逆に魔力が無くなれば活動を停止するらしい。ナタが教えてくれたことだ。
ならば膨大な魔力を与えたとしても、次の瞬間に魔力ごと無くなればいい。
と、いうわけで、
私は魔法を使う魔物の素材という、これ以上無い稀少品を、使い捨ててしまおうと思っている。
深呼吸を一つして、
「…………金属生成」
畳んで丸めた魔法紙を、金魔術で包み込む。
魔法紙を弾体に封じて、もろとも発射してしまうつもりである。電磁弓で撃ち出され目標を貫き蒸発する。一発使い捨ての、まさに『弾丸』だ。
大きさはダーツより少し長く太い。単純な円錐形をイメージした。
……そのつもりだった。
「それでいいのか?」
「………いや、失敗だ」
生成された金属の円錐は手に取ってよく見ると底の円が歪んでしまっているし、その上先の方も微妙に曲がっているようだ。超々高速で撃ち出すというのに、これではどこへ飛んでいくかもわからない。
恥ずかしい話だが、私は金属性の魔術が苦手である。
なので精度は酷く悪い。
単純且つ弾丸として無理の無い形をイメージしたのだが、失敗してしまったようだ。泣く泣く反転魔術で消す。やり直しだ。
「……金属生成。……ダメか。…金属生成。……うぅまた。…………金属生成。………あうぅ」
「何やってんだよイライラすんな。貸してみろ」
苦手な金魔術と格闘していると見兼ねたナタが横槍を入れてきた。
私から魔法紙を取り上げて一発で金属の円錐を作り出してみせる。
………私のイメージ通りの形である。
「お前、金魔術苦手なんだな」
「悪いか!私だって苦手な魔術くらいある!」
誰にだって苦手なものはある。キバヤシにだってわからないことぐらいある。
ただの鉄や化学物質を生成するだけなら魔力さえあればそう難しくないが、金魔術で重要なのは精度だ。反復修練と経験が必要である。
というかそもそも扱いが難しい属性なんだよ。専門知識が必要な分野なんだ。私が下手なんじゃなくてナタが凄いということにしておいてください。
「お前は魔法式を簡略化しすぎなんだよ。横着せずにちゃんと詠唱しろ」
「横着て! 私が式の簡略化にどれだけ頭使ってると思ってるんだ!」
「成型魔術でそこまで無理矢理短くする意味無いだろ。速く詠唱できりゃいいってもんじゃないんだ」
「うぅ…式的には矛盾は無いはずなんだけど……」
「そういうのは精度のいる魔術じゃ変な癖が出るんだよ。見てろ」
そう言って詠唱を始めるナタ。
私は魔素を見ることで結果を先読みできる。金属性、手の平に鳥の形の鉄を作るつもりのようだ。
……………、
……………………、
……………………………………、
長い詠唱だ。
その間にも、私の見る魔素の揺らぎはナタの手の平の上で金属の鳥の細部を精巧に仕上げていく。
1分…2分……5分………。
たっぷり10分以上の詠唱が終わると、
ナタの手には、鳳凰と見紛う見事な大鳥が生まれていた。
大きく広げられた翼の細部は、羽の一枚一枚までが見て取れるようだ。
しなやかな流線が胸から首を伝い、目には瞳が籠められている。
手の平に収まる大きさだというのに尾羽は細く長く伸び広げられ、硬度に無駄がないことが伺える。
そして表面はツルッツルの鏡面仕上げだ。粗さが微塵も無い。
普通は生成後に職人が道具を使って細部を仕上げるものだが、魔術だけでの生成、成型で見事な細工だ。発声詠唱でここまで出来るものなのか。
「……………」
「どうだ? この鳥形は何度も作ってるから魔法式もじっくり簡略化してるけど、それでもこれだけ長く詠唱するんだ」
「……ナタって金属性得意なの?」
「ああ。ちょっとしたもんだろ? 俺は火と土と、その上位属性の金の魔術が得意なんだ。お前のその円錐形くらい朝飯前ってことだ」
「………………すごい」
ナタに手渡されるが、よくよく見るほどに見事なものだ。
凄い。見事。素直にそう思う。
認めざるをえない。
何時間やったところで、……いやきっと何年か練習したとしても、私にこんな見事な鳥は成型できない。
「負けた……完敗だ…私ごときじゃマネできにゃい」
「そ、そうか? これぐらい大したことないけどな!」
攻撃魔術ばかり修練してきた結果か。攻撃ばかりが魔術ではないというのに。
魔道具製作も得意なつもりだったが、地金を晒してしまって恥ずかしい。
私はじっくりやるのが苦手なのかもしれない。
式を圧縮し簡略化し、魔術を早く、とにかく早く覚えて使う。
師匠にはそう教えられてきたのだ。
「たった5年そこらで中途半端な教え方しか………」
仕方ないこととはいえ、ナタの言うことは正しいのだろう。
「……ナタ」
「なんだ?」
「…………どうやったら上手く作れるのか、教えてください」
べつに何を勝負したわけでもないが、負けたと思えば殊勝な気持ちになってしまう。
苦手にしても、こんな単純構造の成型程度のことが出来ないのは恥ずかしいと私は思う。
ナタの言うことを、素直に聞こう。
素直に、教えを請おう。
○
「……そうだ。そこは少し甘く生成してやるといい。精度も大事だけど硬度には遊びも必要なんだ」
「剛性のことを言ってるんだな。こっちはどうすればいい?」
「円形の成型にはこの式を使え。500年前にチャクラって魔道師が考案した術式だ」
「変わった式だな。式のこの部分は……比率の定義?あ、そうか円周率なんだ。ずっと正確な円が簡単に作れるんだな」
ナタに魔術を教えてもらう。
金属性の魔術を一から。ナタからすれば私は基本的な素養も無いように見られているかもしれないが、恥を忍んでアドバイスを聞き、魔法式を組み立てていく。
「よし、こんなもんで大丈夫だ。詠唱してみろ」
「……う、うん!」
組み立てた魔法式を正しメモを交えて紙に書いていたのだが、一応これで完成だ。
魔力を練って読み上げれば、私のイメージ通りの金属体が出来上がるはず。
電磁弓を書いた紙を畳んで丸め、それを覆うように魔術を展開。今度こそ成功させてみせる。
慎重に、手に必要分の魔力を練る。
するとナタがいきなり私の両肩を掴んだ。
「ひゃっ!?」
「少し力抜け。魔力の練り方でも歪みが出る」
「……わ、わかった」
急に肩を触れられ驚いたが、咳払いしてもう一度魔力を練る。
落ち着いて集中し、形をイメージしながらやってみよう。
正しメモに注意しつつ、紙に書いた魔法式を詠唱した。
詠唱時間は実に30分。
簡略化も碌にしてないので、これだけ長い詠唱になった。
「金属生成」
詠唱完了とともに魔術が完成し、
私の手に、綺麗な金属の弾体が出来上がった。
「…………」
「出来たみたいだな」
正確な円錐ではない。流体力学というほどもないが、少し膨らみを持たせた流線で形作ってある。
後部に成型した矢羽根のような小さなフィンは、弾体の飛行姿勢を安定させ直進性が増すはずだ。
ロケットにも似た理想的な形で、弾体が生成された。
「やった………」
「なかなかのもんじゃないか」
「やったやったぁ! ちゃんとできた!! できたよ!! ナタありがとう!!」
「お、おう……」
生成段階で重心も調整出来ている。歪みも無い。先端を下にしてもテーブルに立つかもしれない。10cmくらいの短く太い金属の矢。これ以上無いくらい理想的な仕上がりだ。
「こんな巧く生成できたの初めてだ!ナタのおかげだよ!」
「わかった。わかったからくっつくな!」
飛び上がって成功を喜ぶ。
5年の限りでは師匠が私に教えられなかった魔術を、私が覚えられなかった魔術を覚えられた。ナタが教えてくれて苦手を克服できた。
新しい魔術を覚えそれが成功するのは例え様もなく嬉しいことだ。
こんな気持ち、師匠が死んでからずっとなかったことだった。
○
そして3発の電磁弓の金属矢が完成した。
これにナタに魔力を籠めて貰えば、私は魔力切れを起こすことなく3つの矢を射ることが出来る。
これでバジリスク対策の準備は出来た。
光を盾にして砂漠を歩き、向こうから私を見つけてもらう。
蛇の魔物は地球人である私を敏感に察知するだろう。
そしたら日本語による筆談でも交え、対話を試みよう。安全が確保出来れば財宝とやらを持ち帰り、マスケット王に謁見を要求する。
そしてもしもアルラウネの言う通りバジリスクが狂っていて、交渉の余地無く攻撃して来たならば。そのときはこの矢の出番だ。
土を司る魔物は石化以外の魔法も使うはず。光で石化の眼を封じても、最悪砂漠の『砂』の全てを相手にすることになるかもしれない。
先手を取れるかが大事なので、使うのを躊躇ってはいけない。
3度当てる必要は無い。アルラウネは2度目で魔力が尽きると言っていた。
2発の電磁弓を当てれば蛇を無力化できるのだ。魔力が無ければ魔法は使えまい。そうなれば話をすることは出来るはずだ。
命を奪わず、対話する。
最後の1発は脅しに使うことになったとしても、私は聞きたいことがあるのだ。
グリフォンには、出来なかったことだけど、
私は今度は諦めない。




