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第七十四話 城砦都市の夜

 私たちが今いる赤の国の城砦都市は、青の国の北の街から国境を越えてすぐ北に位置する街である。

 北の街と同じく、過去に数度あった戦争時の要塞であるこの二つの街は、戦争のたび最初に攻め入られる要所である。攻め落とされれば領有権が奪われ其の都度国境が変わるわけだが、結局は戦後条約や何やで最終的な国境は二つの街の間の川に落ち着く。そんな場所だ。

 街は大きく分厚い城壁に囲まれ、北の街とどこか雰囲気が似ている。

 綺麗に四角く薄ら白い建物は青の国の建築よりも背が高く、街の各所からモクモクと煙が立っていて鎚が鉄を打つような音が常にどこかから聞こえてくるという、まさに工業国といった風情だ。今は夜なので煙も音も無いのだが。

 とりあえず夜でも人は多い。国境の街だから当然かとも思うが、そういえば今国境は封鎖されているはずだ。

 ここ西門の広場に騒ぎは無さそうだが、というかさすがにそろそろ騒ぎも落ち着いているか。国境側の南門の方はどうなっているだろう?


 そんなことを考えながら、ひたすら火魔術でパンを焼く。


「メイス氏! 漬物と燻製肉3丁!魚貝パスタ5丁ッス!」

「こっちは果実酒がまだ出てないよ!!早くしな!!」

「………よろこんでー」


 ……………、

 私は一体何をしているのだろうか。


 いや、何をしているかは明確だ。厨房を任されているのだ。

 給仕のサイとククリさんのオーダーを受け、ピクルスを盛り、ソーセージやパスタなんかを茹でて焼き、水や酒を出しているのだ。


 サイの大型馬車は厨房モードに変形した。

 …といっても内装が変わっただけだが。

 港町で仕入れていた食材をここで調理して売る。つまりレストランを営業するのがサイの目論見だったようだ。

 車内の木箱はほとんどが外に出されてタマハガネが見張っている。そして可動式の壁が取り外されて横にされ、調理台として壁に取り付けられると、なんということでしょう。そこへ調理器具を並べれば簡易厨房の完成ではありませんか。蛇口から水も出るし、この馬車は機能的だな。


 そして馬車の外にはテーブルが並べられ、数多のお客さんが私の料理を楽しんでいる。

 残念ながら手の込んだものは作れないが、とにかく無心で作って作って作りまくる。

 馬車の中で注文を捌いて窓枠に取り付けられたカウンターに出来たて料理を出していくと、サイとククリさんが素早く客の待つテーブルに運んでいく。エンドレスで。


「おあがりよー」

「おぃ果実盛りも出てないじゃないか!どうなってんだぃ!」

「こっちパスタ4丁追加ッス!!」

「………ふたつでじゅうぶんですよー」


 この世界は調理器具も魔術を利用したものばかりだ。

 冷蔵冷凍魔道具も焜炉魔道具もたくさんあるし、魔術は私の特技である。

 ウルミさん直伝の古代魔術は制御が難しいがものすごい便利だ。果物などの皮や種を分離させる古代魔術。『物の中身を取り出して移動させる術』は棚のパスタ束を巨大な寸胴の中に放り込み、特大のフライパンに調味料を塗し、小さなまな板に皮無し果物を並べ、酒瓶の中身をグラスに移し、木箱から食器を出す。古代魔術はこれしか覚えられなかったが、現在進行形で私の技術が磨かれていくのを感じる。

 それでもさすがに手が足りない。常に詠唱を続けながら食材を切り刻み鍋を見張るのだが、頭の中はオーダーの処理と最適な魔法式の構築でてんやわんや。我ながら凄い集中力だ。一秒も気を抜けない。

 ぐらぐらと煮立つ寸胴の火力をさらに上げる。私はまるで人間火力発電所だ。とんでもない熱でさっきからフライパンを煽るたび私の汗があちこち飛んでいるのだが、そんなことに気を停める暇も無い。火を恐れるな。支配するのだ。


「あがってきたぞー」

「メイス氏!!火!!コンロの後ろの壁コゲてるッス!!」

「……こうげきだー」

「団体さん来たよ!!焼き飯とパスタ20丁!!スープも!!あと水!!」

「…………てれびにでてたえらいひとがきたわよー」


 ……………、

 ……このままでは収拾が付きそうにない。

 申し訳ないが、この場は一旦話を打ち切り、とにかく料理に集中したいと思う。

 では早々。



 広場の街灯がいつの間にか消えている。

 時刻はわからないが、俺たちの後片付けはこれからだ。


「はん。そこそこになったじゃぁないか」

「メイス氏一人に厨房任せて正解だったッスね~」


 馬車に取り付けられたランプの灯りで、店先はまだ明るい。

 並べられたテーブルや椅子をククリさんが畳み、売り上げの金銀銅貨をサイが数えている。二人とも上機嫌だ。

 目が回りそうな忙しさだったというのに、まだククリさんはテキパキと働く。木箱に荷物を詰め込んでいるのだが、さすがに少し疲れた様子か。

 サイは小さな眼鏡なんて掛けて、出納帳らしきメモに色々書いている。なんか様になってるのがくやしい。

 私はひたすら食器洗いだ。大人がすっぽり入れそうなほど大きな寸胴を苦労して表まで転がし、魔術を駆使して洗浄する。フライパンに付いたコゲをたわしでガシガシ削りながらふと後ろを見ると大口開けて迫るタマが居て悲鳴を上げた。


「メイス氏。おつかれさまッス」

「つ、疲れました……」


 足りない手を魔術で補っていた私は自分でも驚く集中力で、手が数本増えたような錯覚すらあった。途中で魔力が尽きて倒れてしまうんじゃないかとも思えたが、不思議に身体はもってくれている。魔力切れの症状も無いし。ひょっとしたら脳内麻薬かなんかが効いているのかも。


 しかしとにかく疲れた。サイがここで食堂を開くなどと言い出したときは頭を捻ったが、想像を超える繁盛だった。

 この街にだって食堂はいくらでもある。酒場だってあるし宿屋でも食事は出来るだろう。

 そこへ今日いきなり現れた大型馬車が開く食堂にここまで客が流れるとは。


「お疲れさん。よっく働いたねぇ」

「いや、ていうか何でこんなことしてんだ?」

「ん? 何言ってんだぃ。あたしらは商人なんだから、物を売るのは当然だろぅ?」

「いや食堂て……、商人がやることなのか?」


 料理人がやることだろう。

 ちなみに私は魔道師である。


「はん。あたしは何でも売る商人なのさ」

「何でもってことはないッスけど、魔道具と服と食料品ッスよね。食料品は今日みたいに料理して売ったりもするッス」

「……ものは言い様か」


 どうやらこうして食堂やるのは初めてのことではなかったようだ。いきなり現れた食堂ってわけじゃないのか。

 サイは露店経営権を持っているらしい。そういえばそういうの必要だよな。

 何でそんなもん持っているのかと気になったが、くわしく聞くと要するに白の国の女王のコネのようだ。なんか女王はサイに甘い気がするのだが気のせいだろうか?


「あたしら基本は運び屋なんだけどねぇ、店構えた方が都合いいことも多いのさ。けど腰が重くなんのはどうも性に合わないからねぇ、そんでこの馬車を手に入れたのさ」

「それにしても凄い人気だったな」

「結構な数の冒険者がこっちの国に流れてるって情報があったからねぇ。増えた需要に対する供給さ」

「え?でも国境は封鎖されてるはずじゃ……?」

「さぁてねぇ、どうも冒険者だけは特別扱いだ。なんか企んでんのかもしれないねぇ?」


 企んでるって、誰が?

 そんなものは決まっている。兵士たちを操れる人物。この国のトップ。つまり……。


 冒険者なんか集めて、何かさせるつもりなのだろうか。

 この世界で冒険者といえば基本的に雑用だ。ギルドへの依頼内容は多岐に渡る。

 冒険者からしてみれば仕事があればどこへでも行こうというものだろう。つまりこの国には今仕事がある……あ、そうか。そういえば商人がたくさん流れてきているのだった。そりゃ仕事くらいいくらでもあるか。

 しかしなぜ冒険者だけが特別に国境を渡れるのだろう?

 ……調べてみるか。


「明日の予定は?」

「首都へ行くよ。あんたもついでに送ってやらなくちゃねぇ」

「朝早くから出発すればお昼には着くッス」


 首都に着いたらナタのコネで色々調べられるだろうか。他人のコネを期待する辺りサイよりタチが悪いな。


 厨房が片付けられた馬車の中には簡易ベッドが組み立てられている。今夜はこの馬車で川の字だ。ベッドが二つしか無いのが気になるが。

 しかし店舗になったり厨房になったりとフレキシブルな馬車である。ちょっとした家くらいデカいのだ。まず大きくて目立つので宣伝効果があるそうな。

 それを引くのは双子の巨大馬、タマとハガネ。

 よく訓練されているようで賢いのだが、タマは噛み癖が直らないらしく、こうしている今も私は背後に視線を感じている。ハガネの方は噛んではこないのだが、私を見る目はタマと変わらず油断出来ない。こんなでかい馬がいるとは。世界は広いと思う。


「ちなみにあの馬は?」

「タマハガネは正確には馬じゃないッスよ?」

「え?」

「あいつらは牛馬(オクセロス)だよ」


 ………はぁ?

 え? 牛馬(オクセロス)? 危険度ランクDの?

 ……………魔物??


「三月式典で見なかったかぃ? 赤の国じゃ魔物飼い馴らすのが流行ってんのさ」


 牛馬(オクセロス)

 牛の頭と馬の身体という、なんとも特徴の薄い姿を持つ。図鑑に載っている中でも割りにポピュラーな方の魔物だ。Dランクといえば並みの剣士が倒せるレベル。脅威も中途半端であるのだが、確かに普通の牛や馬より大きいのが特徴といえば特徴か。


「いや、それにしたって大きすぎないか? だいたい牛の頭はどうしたんだよ。角すら無いし……」

「品種改良ってやつさねぇ。首都じゃ人気あるみたいだよ?」

「その辺でもたまに見るッスよね? よく働くし賢いんッス」


 えー。

 いやでも、だとすると私は仮にも魔物に頭から咥えられてたことになるんだけど、噛み癖じゃなくて普通に捕食行為だったのか。どうりで本能的恐怖がハンパ無いはずだ。怖っ。


「心配しなくても人間食ったりしないよ。よく調教されてるからねぇ」

「……でもなんか、今もすごい私のこと見てるんだけど」

「メイス氏のこと気に入ったみたいッスね~」


 そんな言葉で片付けられても……。やはりあの馬には近づかないようにしておこう。

 魔物の家畜化か。ありそうな話ではあるが、この世界の魔物というのは元々人間だ。私は思うところがありすぎて少し気分悪いな。調教か……。


「社長もメイス氏のこと好きッスもんね~」

「なにそれきもい」

「また何言い出すんだぃこいつは?」

「だって社長ことあるごとにメイス氏の話するんッスもん。社長魔法使い嫌いなはずッスのに。自分ずっとどんな人なんだろって考えてたんッスよ~」

「それでこんな小娘だって驚いたのかぃ?」

「いえ、予想通りすぎて引いたッス」


 けらけら笑いながらククリさんが言う。

 魔道師は魔力を見ることでサイが魔族であることを看破してしまう。そういう客にはククリさんが応対するということだが、それを差し引いてもサイの魔道師嫌いは見ていて露骨だそうだ。

 そんなサイが魔道具を作らせている魔道師だけは特別なようで、よく話を聞かされるらしい。

 服を洗濯する魔道具やゴミを吸い取る魔道具など、私の作る変わった魔道具は赤の国でも話題らしい。単純に魔道具として性能がいいので人気も高い。そんな腕のいい魔道師がどうして魔道師嫌いのサイの知り合いなのか。気になっていたようだ。


「社長ロリコンッスからね~」

「私寝込みを襲われたことあります」

「大金持ちになったら女の子囲って暮らすのさぁーとか言ってたときはドン引きしたッス。んな犯罪予告する前に給料上げて欲しいッス」

「キモーい!!キモーい!!」

「あんたらその辺にしときなよ……?」

「社長こう見えてお酒めっちゃ弱いッスからね~。ちょっと飲んだらそゆことペラペラ喋るようになるんッ……と危ないッス」


 サイの手刀がククリさんの喉の一寸先で止まっていた。

 腕を掴み攻撃を止めるククリさんが大きな目を歪ませにやりと笑い、サイの舌打ちが聞こえてくる。

 テーブルでメモ書きするサイが木箱の蓋を閉じていたククリさんに踏み込む動きは私にはまったく見えなかったが、難なく対応してのけるククリさんって一体……。


 メモ束を紐で纏めてさっさと寝床の準備を始めるサイ。

 見ると心なしか顔が赤い。こういう顔は珍しいな。

 サイとククリさんは上司と部下であるはずだが、力関係は一方的ではなさそうだ。

 ……悪くない気分である。


 サイと行動を共にする謎の女性と思っていたが、ククリさんはまだ何かを秘めたキャラなのかもしれない。さっきのサイの攻撃への対応を見るに味方にすれば心強そうだな。


「明日も早いんだ。とっとと片付けて寝な」

「うぃッス~」


 もっと色々聞いてみようと思ったが、今日のところはもう疲れたし目蓋も重い。ククリさんのことを聞くのは明日にしておこう。

 洗い終わった調理器具も木箱に全て仕舞い、いよいよ寝ようと私の分のシーツを受け取る。


「ベッド二つしか無いからメイス氏は自分と寝るッス」


 当然だ。サイのベッドで寝る選択肢はもちろん無い。そしてククリさんと寝てれば奴がまた寝込みを襲ってこようとも守ってもらえる。協力して変態を撃退しよう。今夜は安心して眠れるな。

 そんな風に考えながら、ククリさんのベッドにお邪魔させて貰った。


「実はサイの側で寝るのはいつも不安なんです。前に二人で旅したときなんか毎晩ちょっかい掛けられて大変だったんですよ。ククリさんも気をつけた方がいいです」

「自分なら全~然大丈夫ッスよ~」

「まぁククリさんロリじゃないですからサイの守備範囲外……」

「自分も女の子好きッスもん」

「……え?」


ホラー

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