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第七十三話 衣装替え


 サイの大型馬車に乗って赤の国の街道を行く。

 双子の馬タマハガネは賢く、御者もいないのに勝手に街道を道なりに走っている。かなり速度を出しているのだが、車内にはほとんど揺れが無い。サスペンションの性能の差が乗り心地の決定的差か。大きい馬車はいい馬車だ。

 首都までは途中の町で一泊することになる。この速度なら日が沈む前に城砦都市に着くだろう。


「服はこの籠に入れておくといいッス。さ~てまずはお化粧ッスかね~」

「    」


 車内は広いがサイが仕入れた商品が詰まった大きな木箱が詰まれ、一部は天井まで届くほどだ。木箱に挟まれさすがに少し狭く感じるが、私を含め三人が横になって眠ることも出来そう。

 これで整理整頓されているらしく、ククリさんは目的の物を的確に取り出し、手近な木箱をテーブル代わりに数着の服を並べていく。


「…いやその前に、やっぱパンツからッスね。何ッスか?そのドロワーズ。お婆ちゃんみたいッスよ。それも脱ぐッス」

「        」


 流れる景色を縁取る窓の側には、小さな箱椅子に座ったサイがニヤニヤ笑いながらこちらを眺めているが、腹が立つのでそちらは見ないようにする。

 床と天井には細いレールが敷かれていて、何枚もの壁が移動させられるようになっている。三月式典のときにこの馬車の店内は完全に洋服店だったが、この壁で試着室を区切っていたようだ。だが今は木箱が詰まれて壁を移動出来ない。

 なので特に何に隠されることも無く車内で私一人が裸にされているわけだが、


「これなんか似合うと思うんッスよね~。ちょっと大人しいデザインッスけど、ココんとこワンポイントにクマの刺繍が……」

「ずああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 ア ホ か っ !!!!



 何で私が裸にされて今日始めて会った人にパンツ選ばれてんだ!!!!なんだこのくまさんパンツは!!あたまおかしーんじゃねーか!!そこのサイ笑うな!!!!


「うっくっくっくっ……、は、穿いてみなよ。可愛いんじゃないかぃ?」

「こんなもん誰が穿くかボケが!!頭強く打って死ね!!」

「往生際が悪い上に口も悪いッスね……」


 手渡された下着を床に叩きつけて力いっぱい踏み付けるが、狭い車内で小さな私は抵抗らしい抵抗も出来ない。こんなところで魔術を使うのもどうかと思うし、何というかもう、何もかもアホらしい。

 それにしてもこのククリという人はノリノリである。木箱の上に置かれた服のラインナップは頭がどうにかしそうなフリフリばかりが重ねられていて憂鬱だけを私にくれる。アレ全部着なきゃいけないのだろうか……?

 ふ…、しかしいつぞや奥さまに連れまわされたこともある私には雀の涙ほどの量だ。心を無にして耐え忍べば時間は過ぎる。あのときはエンドレスだったもんなぁ。紐のようなものを穿かされるところだったし。



「メイス氏は髪長いッスね~」


 遠い思い出に浸っていると、ククリさんに後ろに立たれた。


「……っ!!」

 咄嗟に離れ壁を背にする。


「ど、どうしたんッスか急に?」

「……それ以上近づかないで下さい」


 いきなり裸の私の後ろに立つなんて、私が超A級狙撃手(スナイパー)なら手が出ているところだ。

 背中を見られてはいけない。ククリさんから背中を隠して、壁を背にしながらゆっくり距離を取る。

 積まれた木箱の角まで逃げたところで、ポンと頭を叩かれた。


「………何をする」

「んな格好でちょろちょろするんじゃないよ。警戒しなくったってククリなら大丈夫さね」


 いつの間にか、相変わらず素早いサイが先回りしていた。


「そいつはあたしの助手だからねぇ? あんたやあたしが魔族でも何も思わない奴なのさ」


 アオザイのような白い制服は袖も裾も長く、サイの身体のほとんどを隠して肌を人の目に晒さない。

 私の背中と同じだ。サイは絶対に人に肌を晒さない。…のだが、


 事も無いように、サイがその袖を捲って見せる。

 すると傷跡だらけの腕が現れた。

 ククリさんの、目の前でだ。


 サイは魔族で元奴隷だ。奴隷というのは、鞭で打たれるのだ。

 サイの傷跡は全身、腕や足にまであり、過去を隠すためにその肌を人に見せることは出来ない。

 私もそうだ。全身にではないが、背中に同様の傷がある。


「…………」

「ククリ。こいつもあたしと同じなのさ。髪を染めた魔族だよ」

「……え、メイス氏って魔族なんッスか?? でも魔法使えるんッスよね?」


 ニヤリと笑いながら「変わってるだろぅ?」の一言で済ますサイ。私の体を持ち上げてくるりと回して背中を向けられた。

 ………サイの言うとおり、ククリさんはサイの傷も過去も知っているようだ。「だから社長と知り合いなんッスね~」などと大きい目をぱちくりして私を見ている。 


 サイが両手で私の髪を纏め、腰まで伸びた金髪を持ち上げると私の背中が露わになった。

 大丈夫。とはいっても私は背中を見られるのは恥ずかしいな。


「これは……、痛々しいッスねぇ……」

「………あんまり、じろじろ見ないで下さい」

「社長のより全然ましッスよ~。見たことあるッスか? 全身傷だらけなんッスから。ヒッドイことするッスよね~」


 うん。アレはヒドイなんてもんじゃなかったなぁ。私でコレなんだからサイは昔どんな目にあって来たのか想像もつかないし想像したくない。鞭って痛 いんだ よ?  ぶ  るぶ る  。


「隙ありッス」


 トラウマを思い出して無表情で震えている隙に、私の最後の一枚がククリさんに奪われた。


「返して下さい」

「クマが気に入らないなら他のもあるッスよ。それとも前みたいなエロいやつのが好みッスかね?」

「違いますやめてください。ちょ、放せよサイ!」

「はいはぃ、いいかげん観念しときな」


 肩から抱え上げられる生まれたままの姿の私。私が生まれたときには付いていたはずのものがかれこれ8年ほど無いままだが、とにかく裸だ。

 あぁ、その私の足から、今、

 女性用下着が。

 有体に言って、パンティーが………。





 そうして私はまた一つ何かを失った気がしたのでした。

 そんなもの、とうの昔に失ってしまっているのかもしれないが。


 城塞都市に到着する頃には西の空が赤くなり、もう太陽は見えない。ほどなく夜になるところ。 

 馬車は街の門前広場の脇に停められた。タマとハガネの馬具が外され、最低限のロープが結ばれている。馬が本気になればこんなヒモ簡単に引き千切れるだろうが、とりあえずその場に寝転んでくつろいでいるようだ。

 そのタマハガネをさっさとロープで繋いだククリさんは小さな小箱を小脇にどこかへ行ってしまった。商人の営業回りなのだろう。

 で、私はサイと二人、馬車の中にいるわけだが。


「あんたもすっかり女が板に付いちまったねぇ」

「……お前に言われるとものすごい腹が立つよ」


 足を膝まで包むドロワーズと違い、くまさんパンツは頼りなくて心許無く腿が冷える思いだ。スカートの中でヘソから下の大部分が外に晒されているような気がして落ち着かない。

 だから嫌なんだよ。だから私はドロワーズ派なんだ。ドロワーズも女性下着だが、ほら、トランクスっぽいし。密着感とか、無いモノ意識しないでいいし。


「はん。あんたノリノリでエロいパンツ試着してたらしぃじゃないか。いまさら何言ってんだぃ」

「まぁ、そうだけどさ」


 パンツはともかく、私の服は数着の衣装の内から碧いフリルドレスが選ばれた。

 サイズはぴったり(というかサイズが合うのが結局この服しか無かった)ノースリーブのドレスは裾も短く膝が顔を出しそうだ。袖が無いから腕が肩まで出ているので、淡い緑のショートコートが追加される。こちらはサイズが少し大きく袖が少し余って手が隠れるくらいだ。だというのに裾は短く、一際大きな腰のリボンを隠してくれていない。

 ショートコートは落ち着いたデザインだが、一際目を引くでっかいボタンはただの飾りで前が閉じられない。薄緑色の間の胸から下を鮮やかな海色が主張している。


 フリフリだ。

 フリフリである。


 フリルが重ねられたスカートが、遮二無二かわいらしさをフリ撒いていて、

 腰の後ろのでっかいリボンが、滅多矢鱈にかわいらしさを演出して、

 姿見鏡に映る私が、なんというか、普通にかわいかった。


「なかなかイケてるじゃなぃかぃ?」

「……うん。そうなんだけどさ」

「なんだぃはっきりしないねぇ」


 そうだけど、

 そうなんだけど、


 私はもうかわいい格好に抵抗があるわけではない。

 かわいいは正義。私は自分がかわいいことに肯定的だ。この服も正直いいと思うし。おしゃれに気を使う年頃なのである。

 それを玩具にされて面白可笑しく晒し者にされるのが嫌だというのはあるが、いい加減慣れた。むしろ鏡に映る自分を見て頬が緩むような気もする。


 けれど……、


「……はん、わかってるよ。あたしが悪いって言いたいんだろぅ?」

「まぁ、そうだな」

「あんたのこと知ってんのは、あたしだけだもんねぇ?」

「………そうだな」


 サイは私が男だと知るただ一人の人間だ。というかそのもの原因だ。

 私はこの世界の誰が見ても、どこにでもいる美少女であるが、

 サイにだけは、

 フリフリドレス着て、

 口紅塗って、

 くまさん柄のパンツを穿いた『男』が見えているのだ。


「んなわけないだろぅ。ほんとにアホだねぇこのアホは」

「アホアホ言うな。ポンポンポンポン人の頭を叩くな」

「今のあんたのどこが男だってんだぃ? も一度目ぇ開いてそこの鏡よく見てみな」

「お前がそれを言うのか。私をこんなにしたの、お前の癖に」

「そうさ。あんたを女にしたのはあたしなんだ。あの剣にそうお願いしたんだからねぇ、他の誰よりもあたしにゃあんたが女に見えるよ」

「……………」

「ほら、あの優男が結婚したってときなんかあんた……」

「あーー!!!!!!あーー!!!!!!聞こえない!!!!!!!」

「……そういうのをやめなっていつも言ってるはずなんだけどねぇ」

「だまれ!!!!」


 サイの願いは、私を小さな女の子にすること。

 この女が私を女にした。自分の欲望のために。無責任に剣に願ったのだ。


 減らず口を溶接してやろうと放つ火魔術を難なく避けるサイ。

 馬車を燃やす気かと逆に殴られた。ちくしょうおかしいな。すでにサイは倒した相手のはずなのに。なんでまた子供扱いに戻ってるんだ?


「ただいま~ッス……って、なんかコゲ臭くないッスか?」

「ご苦労さん。首尾は?」

「いつも通り滞りなく。これ新しい発注書ッス」


 コブが出来たかもしれない頭に治癒魔術を掛けていると、ククリさんが帰ってきた。

 発注書と伝票の束と金貨袋を手渡し、それをサイが確認している間に何やら木箱を運び出す。ほんとよく働くなこの人。


「ボサっとしてないであんたも手伝いな」

「手伝うって何を?」

「商売に決まってるだろぅ? ククリ。こいつに仕事をやりな」

「うぃッス。じゃ自分が表に出した木箱の蓋を開けてって欲しいッス」

「…………」


 まだ働くのかこの人たちは。

 半日馬車を走らせ、ここに着いてまだ一時間ほど。もう日も落ちてしまった。

 空は暗く街並みにはどんどん明かりが灯り、広場の街灯にも火が入っているというのに。




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