第六十九話 アルラウネの棘
γところでめいす たべもののにおいが しますγ
「ああ、おにぎり持ってきたんだ。一緒に食べよう」
γありがとうございますγ
「……あれ?メイス。ボクの分は?」
「家に置いて来た」
「ヒドくない!?」
昼食には随分遅くなってしまったが、ひとしきり遊んで腹ごしらえにはちょうどいい。
うらめしそうにおにぎりを見るアルラウネにはクラーケンが自分の分を分けていた。
暴食の魔物であるクラーケンだが、ご覧の通り食い意地はない。
虚のような眼からは感情が読み取れないが、人を思い遣れる優しい魔物だ。
アルラウネが言うには、クラーケンはまだ我慢が出来ているのだという。我慢でどうにかなるものなのかと思うのだが「ボクも我慢出来てるしね」と続けるので無闇に信憑性が無い。
クラーケンの素材で作った鞘を使った私は、食べることに貪欲になっていた。もちろん廃人になったりはしなかったが。
やはりもっとよく調べる必要がある。
影響はどの程度なのか。どういう切っ掛けでウルミさんは暴走したのか。その場合はクラーケンが私の身体を乗っ取ることになるのか。その場合は危険なのか否か。ウルミさんの言う『耐性』が私にあるのか。
「クラーケン、またイカ墨を分けてくれないか?」
γはい どれくらい ひつよう ですかγ
「そうだな。この空になったお櫃に入るだけ」
「クラーケンのイカ墨? 何に使うのかな?」
「こないだの馬の角の件で、いろいろ実験してみようと思って」
「……ふぅん、たしかにアレはよく調べる必要があるね。けど危険だからボクにも見張らせてもらうよ」
「うん、それはこっちからも頼みたいくらいだ」
ユニコーンに操られたウルミさんは、とんでもない魔力で攻撃してきた。
しかしそれも、アルラウネに言わせればまだまだらしい。
一体こいつらがどこまでの強さなのかは置いといて、もしもウルミさんと同じようなことになってもアルラウネなら止めることが出来るということだ。
「あとボクの素材としては、この花びらを何枚か……」
「うん、それはいらない」
「なぜ!?」
「嫌な予感しかしないからだよ」
だって、怠惰の素材なら気力を失い暴食の素材なら太るんだぜ?
色欲の素材でどうなるか、想像に難くない。エロいことならアルラウネ一人でやってくれ。
まったくこいつは、私にそんな危険物を取り扱わせてどうするつもりなんだ。前後不覚になった私を手篭めにでもする腹か。
「素材は多いほうがいいでしょ~。暴食のクラーケンと色欲のボクとの違いを調べればそれだけたくさんのことがわかるわけだし」
「それはそうだけど……、まぁ一応貰っておくか」
「こないだの旧魔王城の研究所へ行くのかな?」
「いや、どこか誰も居ない、邪魔が入らないところがいいな」
「…………ん?」
氷漬けになっていた魔王城の復旧は連日の災害で手が回らず、今日当たりやっと復旧作業が再開されるはずだ。人がたくさん居ることだろう。
といってもこの国は山と森ばかりで手ごろな場所が無い。さて何処に行こうか。
……などと考えていたのだが。
「ねぇ、メイス?」
「ん? どうした?」
「たしかに、ボクらのことはもっとよく調べるべきだし、ボクも出来るだけ協力するつもりだよ。けれどまさか、メイス一人でやるつもりじゃないよね?」
「え……?」
アルラウネの眉根が、難色を示す。
何を言い出すのかと思ったら……、
ウルミさんがあんなことになったんだ。もうこんな危険物を他の誰かに扱わせるわけにはいかない。
そりゃあ私が使うのも危ないのには変わらないが、さりとて調べないわけにもいかない。
だから、
もちろん、私一人でやるつもりだ。
「はぁ、まさかとは思ったけど……、
いいかいメイス。危ないものを扱うときはちゃんと誰かと一緒にやるべきだ」
「なんだよ。子供扱いか? 花火の注意書きじゃあるまいし。
私は見た目どおりの年齢じゃないよ。そんなことアルラウネももう知っているはずだろ。見た目は13歳の中学生でも、ちゃんと大人だっての」
「その見た目だと小学生にも見え…いやそんなことはどうでもいいんだ。大人だって失敗を恐れるときは複数人でミスをフォローし合うもんだよ」
「だからこそ、お前にも手伝って貰うんだろ?」
「ボクは魔物だから人間の魔力が見れない。魔道具やらのことに関して手伝えることは何もないよ。ボクが出来るのは最悪の事態が起こった場合の収拾だ。そもそもまずその最悪の事態を避ける気が、メイスにはあるの?」
「……………」
「ひょっとして君はボクが協力を拒否しても、一人で事に当たるつもりだったんじゃないのかな?」
「……そりゃあ、私一人でもやるべきことはやるよ」
「…………そうかい」
すくと立ち上がり、私の前からまっすぐ私の顔を見るアルラウネ。
さっきまでのニヤけ笑いが無い。なんだか怒っているようだ。目を見開き、頭の花まで大きく開いてピンと私に向いている。葉っぱの髪まで意思を持つようにざわざわと揺れて怖い。
「きっとメイスは甘く考えてるんだろうね? そうでないなら死ぬつもり?
前々から思っていたけど、このことだけじゃない。どうもメイスは色々なことを、自分の中で安請け合いし過ぎてる。
この場合の最悪の事態っていうのはボクが回避するべきことじゃなくて、ボクに出番が回ってくることだよ。自分を勘定してないのかな?
その考え方はすぐに改めないと、身を滅ぼすことになる」
「ど、どうしたんだよ急に……?」
「メイスは言ったね。バジリスクと話をしに行くって。もちろんもしものときはボクが全力で守るつもりだったけれど、一人でもバジリスクに立ち向かい兼ねない可能性は無視出来ないね。
バジリスクは、この間の中途半端な状態のユニコーンとは比べ物にならないんだよ?」
「……!? 何を!?」
地面から蔦状の植物が無数に生えて私の手足を拘束した。
一瞬にして百近い数の蔦が私に襲い掛かり回避する暇もなかった。
そして同時にアルラウネの周りには、クラーケンの黒い球。
γめいすに なにをするγ
「傷つけるつもりはないよ。安心してクラーケン。これはメイスのためだ。邪魔しないで」
「放せよ!お前何するつもりだ!」
「……ねぇメイス。ボクがその気になれば、いつでもこうしてメイスの自由を奪って、好き勝手に色々出来たんだよ? それをしなかったのは、ボクが無理矢理ってのが嫌いだからだ。メイスを信用したくて、メイスの自由を尊重しているんだよ。ボクは縛るのも大好きだけど、信頼無き緊縛には愛が無いし、愛無き束縛は攻撃でしかないからね」
「何の話だ!!変態!!この変態!!」
「うん、聞いてメイス。縛るだけじゃない。ボクらにとって人間を殺すことなんて、本当に簡単なことなんだ。ボクらは君たち人間にとって、とても恐ろしい存在なんだよ。
バジリスクってどんな怪物か、メイスは知っているかな?」
……アルラウネやクラーケンと同じ、魔法を使う魔物。土と強欲のバジリスク。
幻想物語に登場するような伝説上の怪物のことなら、知識がある。
バジリスク。
王冠のようなトサカと、石化の毒を持つ蛇の王。
鶏のような姿を持つコカトリスと同一視されることもある、語り継がれるほどに凶悪さにおひれがついた伝説。
それは、はっきりと荒唐無稽な話だ。
「ぼくがかんがえたさいきょうのまもの」とでも言うようなデタラメな怪物だ。
出会ったものは、必ず死ぬ。
その魔物に遭遇だけで、確実に死ぬ。
曰く、
バジリスクの毒牙に噛まれたものは、石になる。
バジリスクの吐く毒息を浴びたものは、石になる。
バジリスクに触れたものは、石になる。
剣や木の棒などで間接的に触れたものも石になる。
通った跡の地面に触れても石になる。
そして、
バジリスクに出会えば、その目に睨まれるだけで、
どんな勇者も英雄も、等しく全て、石になる。
「はっきり言って、そんなメイスをバジリスクから守る自信はボクには無い。きっとメイスは不測の事態に無理して一人で突っ走るようなことをする。あいつの前じゃその無謀さは命取りだ。本当に簡単に殺されちゃうよ。
それ以外にも……」
蔦に拘束され宙吊りになる私を射抜くような目で見ながら、スッ、と人差し指を一本立てるアルラウネ。
「まずひとつ。メイスはバジリスクの所へ行くつもりらしいけど、メイスがこの国を出ればきっとエッジ君が着いて来るよ? そのときハルペちゃんのこと、どうするつもり?」
…………、
エッジが私に着いて来れば、弟子のハルペはまた一人で泣くことになる。
そのことは、どうにかしておかなければならない。
「ひとつ。メイスは白雪にクラーケンの世話を見てもらうつもりだったんだよね? その白雪であるウルミちゃんがあんなことになっちゃったわけだけど、そのことについて代案はあるのかな?」
…………、
ウルミさんは死んだわけではないが、馬の角は封印された。あれはもう使えないだろう。
もしもクラーケンが暴れ出したとき、もはや止める手段は無い。
それも、どうにかしなければ。
「ひとつ。ウルミちゃんが暴走してメイスは何も出来なかったけど、ボクはあのときユニコーンごとウルミちゃんを殺すことも出来たんだよ。少なくとも必要とあればボクはそうするつもりだった。それでも失敗を恐れず実験をするつもり?」
………………、
ウルミさんを殺すつもりだったというアルラウネの言い分はもっともだ。再生したとはいえ、片腕を失う相手だったのだ。
たしかに私は何もできなかった。
でもだからこそ、もっとよく魔物の素材のことを知らないと。
力を、蜥蜴の翼を使えるようにならないと。
力が無いと、私は、不安で……、
「もうひとつ。女王から聞いたよ。
友達に裏切られて、大切な剣を賭けて、負けたんだってね?」
…………、
………………そのことは、
「赤の国は、今やその友達が治めてるらしいじゃないか。
バジリスクのところへは、その国を通って行かなきゃいけないんだよ?」
……ちょっと通るだけじゃないか。
別に何をどうするつもりも無いよ。
マスケットに、会うつもりも、
まだ……。
「最後にひとつ。それでバジリスクに会って話して、もしも和解出来たとして……、
それで、どうするつもりなのかな?」
………………、
それ…は……、
「何か、全てを解決出来るような方法を考えているの? それとも、
そのマスケットって子が、持っているのかな?」
……私は、
「あの剣さえあれば、どんな願いでも叶うんだ」
「らしいね。で、その剣を手に入れるために……何? 赤の国の王様から盗むの?」
「お前らの力があれば、簡単なはずだ」
「可能だろうね。けど警備の目を全て潜り抜けることは出来ないよ。そしたらどうするの?
ボクに、人を殺させる?」
「そんなこと……!!」
いつしか視界が歪んでいた。
自分の甘い考えを見透かされて突き付けられて、涙が滲む。
「何とかなると思ってるの? どうにか出来ると思ってるのかな? それはあまりに考えなしだね。
メイスの言う通り、ボクの力なら何とでもなるしどうとでも出来るよ。
たっくさん犠牲が出るだろうけどね」
「う……、うぅ…っ…」
「その犠牲はもしかしたらメイス自身かもしれないんだよ? 危なっかしくて目を放せないんだ………」
私はそんなことにはならない、なんて、
他でもない私が、言えるわけが無い。
私はいままで何度も何度も、死に掛けている。
唇を噛んでアルラウネを見ると、涙で滲む視界から溜め息が聞こえた。
「あらゆる災難の可能性に見ない振りをして、自分の望みのままを夢見ているだけだよ。
良い可能性だけを積み上げるだけで切り捨てることをしない。出来ることしか考えない。出来ないことを認めもしない。こうであればいいって。こうでないのは間違いだって。
自分の都合で何でも思い通りにしたいんだね。
とても、傲慢な考え方だよ……」
私を見るアルラウネが、ふいに視線を外した。
するりと手足を拘束する蔦が離れ、私の身体が解放される。
でも、私はもうこの場を動く気も起きなかった。
アルラウネの言葉に、返す言葉が、無い。
「意地悪なことを言ってゴメンね、メイス」
膝を突いて、両手で顔を覆う私を、
アルラウネが優しく抱きしめた。
「メイスが望むなら、ボクはいいよ? 人だって殺していい。初めてじゃない。
赤の国でも何でも滅ぼして、剣の一本くらいすぐに手に入れられる。メイスの思うままを成し遂げてあげるよ。きっとクラーケンだって同じ気持ちのはずだ。
けれどメイスは、そんなのイヤでしょ?」
「…………うん」
「メイスはただ、正しいと思うことを言っているだけだよね。それもボクたちのことを思ってのことだ。でもそれは他人にとってはわがままでしかない。ボクはメイスのわがままを聞いてあげたいけれど、残念ながら全ての人が聞いてくれるわけじゃない」
「……だから、力があれば」
「力で相手を屈服させるなんて悲しいよ。他人を蹴落とせないからそんなに背負い込んでるんでしょ? 他人のボクらのことなんて考えなくていいんだよ。メイスはまずメイスの幸せを考えて」
「……私は、誰にも死んで欲しくない」
「誰しもいつかは死んじゃうよ。ボクは今までたくさん人の死を見てきた。ボクらだって寿命が無いだけで、もう十分過ぎるほど生き過ぎてるんだ。いつかボクが狂ってしまったら、クラーケンかメイスがボクを殺して。それがボクの寿命なんだよ。もっとも、先にメイスの寿命が来ちゃうだろうけどね」
「……………」
「それよりメイスのしたいことを教えてよ。メイスはボクと違ってあと百年も生きられないんだよ? 大切なのは自分の望みの形をちゃんと知ることだ。枠が決まっていれば無駄が省けるからね。そして悩んで考えた末に、その無駄を諦めてしまうことは悪いことじゃないんだ」
アルラウネの腕に、少しだけ力が篭もる。
頬を摺り寄せる。指が、私の髪を分け頭を撫でた。
本当に、私のことを優先して、私のことだけを考えて、心配してくれているんだな……。
今しか生きられない私の幸せが大切。
私はそれだけを考えていればいい。
そう言って私を抱くその腕が、とても優しくて、
「無理なことはしなくていい。出来ないことは諦めていい。けれどそれすら耐えられないのなら、ボクのところへおいで……」
私のことだけを考えてくれるアルラウネは、
近くにいると、とても甘い香りがして、
「みんなボクが忘れさせてあげる」
頭の奥が、しびれる気がした。
「ボクはメイスを幸せにしてあげられるよ。
メイスの望みの形の通りに。
諦めてしまったものに後ろめたさを感じるなら、
ボクが全部忘れさせてあげる。
ボクの胸でいくらでも泣かせてあげるし、
ボクの腕の中で、いくらでも眠らせてあげる。
その心が満ち満たされるまで、
メイスの幸福を一緒に探してあげる。
心の隙間を、快楽で満たしてあげる。
だから、そんな剣なんて必要ない。
いつか
メイスが
年老いて
朽ち
果てる まで、
愛してあげる。
甘い夢を、
いつまでも見させてあげるよ」




