第六十七話 花と馬
どうしてこんなことに……。
ウルミさんのことを考えながら、身を休める研究者たちに治癒魔術で応急手当てをして回る。
なんとか魔王城を脱出した私と魔法士の研究者たち。ひどい人は両足をやられまともに歩くことも出来ない。ひとまずここで応急手当をしているのだ。
幸い15人いる魔法士の研究員はみんな命に別状は無く、傷の浅い人と私で治癒魔術を掛けて回っている。
治癒魔道師は居なかったが凍傷の処置は私が知っている。とにもかくにも最優先で加熱だ。人肌より少し高い温度に加減した熱の魔術を当ててやりながら、細胞や神経に治癒魔術を施す。
鋭い痛みが走るので呻く者がいるが、凍りついて麻痺した神経が回復している証拠だ。応急処置は上手くいっているようで一安心。
「さすがはかの蒼雷のお弟子さまです。わたしの右腕も、まだ痛みますがなんとか動くようになってきました」
「いえ私なんて。みんなの応急処置が終わったら首都へ向かいましょう」
「はい。それにしても、白雪があんなことになるなんて……」
魔法士の人と話し合う。
ウルミさん、どうして急に暴れだしたんだろう……。
あの魔王城の研究所で、
私はウルミさんと一緒に、蜥蜴の翼の解読をしようとした。
あの杖は一部に古代魔術が使われているので、その概念を私が勉強する必要があったのだ。
古代魔術を使えるウルミさんに協力してもらったわけだが、白雪であるウルミさんの杖、馬の角が資料として持ち出されたのである。
馬の角の中身は、古代魔術の宝庫だった。
いくつかの古代魔術を教えてもらう中、実際に古代魔術をウルミさんが使って見せてもくれた。
馬の角を使い、白の国原産南国フルーツの実から皮や種を分離させる古代魔術などの実演をしてもらっていると、
突然、ウルミさんの魔術が暴発した。
……暴発した、ように見えた。
何もかもが氷結していく只中で、ウルミさんは欠伸をしていた。
まるで事も無げに。
何もかも、どうなろうと知った事ではない、というように。
「メイス~~~!!」
全員の手当てを終え、そろそろ出発しようというところで、空から私の名前を呼ぶ声。
見上げるとそこへアルラウネが降ってきた。
地面からはにょきりと大きな葉っぱが生えて落ちてきたアルラウネを受け止める。
「アルラウネ!」
「木で投石器作って飛んで来たんだよ」
いきなりのことで魔法士たちがびっくりしている。こいつは木の属性を司る特別な魔物。基本的には何でもアリだ。
だがどうして今ここに? このタイミングで援軍はありがたいが、私の危機を第六感で察知したとでもいうのか。
「ボクの方でも気配を感じたんだ。消去法で言って、とうとう最後のやつが現れたってところかな?」
「なにを……、えぇ??」
「クラーケンも気配を感じたはずだけど……、あれ?」
現れた? 最後のやつ?
どういうことだ? アルラウネは何かを感じて駆けつけたようだが…。
「ボクらと同じ八匹の魔物の一匹が出たんじゃないのかな?」
「全然違う。ウルミさんが暴れだしたんだ」
「えぇ? たしかに感じたんだけど………」
何を言っているのかわからない私の様子に、アルラウネもまた頭に?を浮かべている。
魔物の気配を感じた? 暴れていたのはウルミさんなのに。
一体、どういうことだろう。
……嫌な予感しかしない。
○
魔法士たちには首都に向かってもらい、アルラウネと二人、魔王城へ引き返す。
アルラウネが魔物の気配を察知した時点で戦士たちが出動しているらしい。アルラウネは飛んで来たが、援軍もすぐやってくる。魔法士たちとも途中で合流し、ここへもすぐに追いついて来るだろう。
ウルミさんが何故暴れだしたのかはわからない。
魔法士たちに被害が出ていたので逃げるしかなかったが、アルラウネがいれば心強い。私が何か気に触るようなことをしたのかもしれないし。理由を問い質さないと。
「………………」
「…アルラウネ?」
「……やっぱり感じるよ。魔物の気配だ」
警戒心を露わに、アルラウネが前を睨む。
アルラウネやクラーケンなどの魔物たちは、他の魔物の気配を感じることが出来る。
魔法を使う魔物。八匹の特別な魔物。
ドラゴン、フェニックス、ユニコーン、グリフォンの四匹はもう居ない。残りはアルラウネとクラーケンとバジリスクと、もう一匹。
バジリスクは赤の国の砂漠に居るらしい。なので消去法で最後の一匹が現れたのだと思ったようだ。
しかしこの先にいるのはウルミさん。
魔物など私は見ていない。
だけど、
「あれが、そのウルミちゃんって人かな?」
「あぁ、そうだけど……」
魔王が魔族たちを召喚した地。無数の穴ぼこを横切った道の先の魔王城。
『冷やし中華はじめました』なんて巫山戯た文言が日本語で書かれた正門の前で、ウルミさんが一本の杖を抱いて寝ている。距離は100mほど。
ここから見える門も、城も、周りの森も全て凍っている。
その只中でスヤスヤと眠るウルミさん。足を絡め手で胸に抱き頬擦りをするように抱く杖は蜥蜴の翼だ。
「……感じるよ」
「見ての通りウルミさんは人間だぞ。間違いないのか?」
「……すごいエロさだ」
「……………なにが?」
「だって!!棒一本抱いてあんなだらしない格好で眠ってるよ!!あんな足絡めて頬ずりまでしてさ!ふしだらだ!イヤらしいことこの上ないね!!そのうち口に含んでみたりするんじゃな……」
「こんなときに何言ってんだお前!!!!」
ごちゃごちゃ言う淫蕩の花は放っといてさっさとウルミさんのもとへ急ぐ。こいつに期待した私が悪かったんや。
が、その私の手をアルラウネが掴んで止めた。
「冗談は置いといて、それ以上は近づいちゃダメだね」
「確かにウルミさん今まともじゃないけど、とにかくまず話を聞かないと……」
「メイスには、あれが何に見えてるのかな?」
「え?」
何、と言われても。
今しがた自分で言っていたじゃないか。ちょっとだらしない格好で寝ていて確かにエロく見えないこともないウルミさんだ。
「魔力が見える?」
「魔力? えっと……」
寝ているウルミさんまでの距離は100mほど。
この距離だと人の魔力を感じ取るのは難しいが……、
「ボクはびんびん感じるね。あの人の魔力は魔物のものだ」
「そんな、人間が魔物になるなんて……」
「まぁ落ち着いて。実際に見てカラクリはわかったよ。あの頭に着いてるやつだ」
アルラウネが指差すウルミさんの頭、というか額にはツノが一本ある。
まさかウルミさんの頭から直接ツノが生えているわけでも、クリスタルの力で召喚士にジョブチェンジしたわけでもない。
一本角の飾られたサークレットを装着しているのだ。
宝石の類は一切無い。白金のような輝きが何の金属かはわからないが、おそらくは魔法式の役割もある飾り彫りが施された冠に、人の指ほどの小さな角。螺旋に捻れた陶磁器のように白い角が飾られている。
あのサークレットこそ世界で最古とも言われる、冠の形をした杖。
「まさかこんなことがあるなんてね。最初に死んじゃったあいつとこんな形で再会するとは思っても無かったよ」
馬の角。
角のある馬。その一部を素材として作られた冠。
最古の杖。一番最初に死んだ魔物の杖。
「怠惰なあいつは寝てる間にさっさとやられて、体はボクが埋葬したんだ。あのとき人間に盗まれた角の一部がこの国にあるのは知っていたけど、こんなことは初めてだよ」
眠るウルミさんだけを見て、
アルラウネが、氷の魔物の名を呼んだ。
「五千年ぶりだね。ユニコーン」
●
うぅ、ん。
え?
まだ私に何か用があるのかしら?
私はまだ眠いのだけれど。
あなたも、そうなんでしょう?
うん?
花?
花、が来た?
花というのは、魔物?
特別な魔物。
あなたと、同じ?
そう、今は、私も同じ。
あなたはもう、私だものね。
あなたは、その花を知っているのね。
えぇ、わかるわ。
いつもうるさい、面倒臭い奴。
面倒臭いのは、凍らせてしまえばいい。
私はしたいことだけをするの。
それを邪魔する者は、面倒臭いけれど、
全て凍ってしまえばいい。
●
ウルミさんに動きがある。
どうやら起きたようだ。
「……来る」
「え?」
瞬間。
ゾッ…とした。
魔素が、ウルミさんの魔法に反応して一瞬早く揺らぐ。
意識していたわけではない。油断していた私の感覚に刺さるほどに、強力に揺らぐ魔素に本能的危機を感じたのだ。
私に認識出来る全てが、凍りつく。
私も、アルラウネも、森も山も、全て。
「 絶界零氷 」
欠伸とともに、たしかにウルミさんの声が聞こえた。
白雪の使う、最上級魔術。
全てを凍らせる、氷魔術の最終奥義だ。
私たちの姿を認識して、いきなり殺しに来ている。
ウルミさんは、本気なのだろうか?
他の魔法士たちを攻撃したのもそうだ。私や皆のことがわからなくなっているとしか思えない。
ユニコーンの冠。アルラウネが言うにはあれから魔物の気配がするという。
ウルミさんは、アレに身体を乗っ取られているのだ。
「大丈夫、たぶん一発で終わるよ。重花壁!」
ウルミさんの魔術が発動するとほぼ同時に、私の周りにアルラウネの防御魔術が展開された。
視界が白く染まる。壁。というか白い花に囲われて包み込まれた。
私の身体をすっぽりと包んで密閉してしまう大きな花。薔薇のように幾重にも重ねられた白い花びらの防壁。一枚でもとんでもない密度の防御力が読み取れる。立て続けに私の感覚を揺さぶる魔素に眩暈がしそうだ。
重なる花びらの一番外側の一枚が凍り付いていくピキピキという音が中の私にまで聞こえてくる。
白薔薇に包まれて外の様子はわからないが、寸前に見たウルミさんの魔術はとんでもない出力だ。しかしウルミさんがウルミさんなら、アルラウネの出力もとんでもない。
上位魔術でも傷も付けられそうにない強固な花びらの盾が計10枚。この防御を破る魔術なんて私には想像も……、
パリン と、
おそらくは、一枚目の花びらが砕けた音がした。
すぐにまたピキピキという音が鳴る。さっきよりも近くで。
二枚目の防壁も凍り付いて、ついにはまたパリンと割れた。
……だ、大丈夫だよね?
…………結局全部順番に凍って最後は私まで砕けて割れるなんてオチ無いよね?
あわわわ、頭の中で大急ぎで火魔術を組む。
熱を生み出す魔術を詠唱し、完了次第発動させる。
どうやら重なる花びらの間の空間が断熱効果をもたらしているらしく、思うように熱が伝わらない。
そうこうしている内に三枚目も割れる。
どうすんだコレ?
ちょ!? 四枚目も割れた!?
「か…? けっ…けへっ!?」
急激に温度が下がってきて肺に痛みが走る。
空気が冷たい。私の魔術は外に伝わってないのに外の冷気はこちらを侵食してきている。温度のレベルが違うのだ。中でこれなら外は一体どうなっているのか。
その間にも五枚、六枚とペースを上げて砕けていく花びら。熱の魔術を自分に向け、何も出来ない焦燥に耐えるしかない。
こ、効果時間は? ウルミさんの魔術の効果時間が終わるまでもつのかこの防壁は??
実際の時間は十数秒ほどだったかもしれない。ひたすら熱の魔術を詠唱し続けていると、唐突に音が鳴り止んだ。
ウルミさんの魔術の効果時間が過ぎたのか? まだ数枚残っていた防壁の白薔薇が、まるで開花するように解かれる。
結果的に凍らずに済んだが、肝が冷えた。
「あ、アルラウネ?」
「まぁ、正直ちょっと驚いたけれど、所詮は人間ってところかな?」
白薔薇から開放された私が見たのは、何もかもが凍りついた白い世界。
木々は残らず樹氷に覆われ巨大な雪の結晶のオブジェのようになっている。空は暗い雲が覆い、信じられないことに雪がちらついて来た。この常夏の国でだ。
ほんの十数秒でここまで環境を激変させる大魔術。これをアルラウネは「所詮」と評価するのか。
土も凍り付いていて歩くとサクサク音が鳴る。
その只中でウルミさんは一歩も動かず、またも眠っていた。
「変わってないなぁユニコーン。一発終わったら疲れて寝ちゃうんだ。人間の身体を通してる所為か魔力も十分じゃなかったね。
これじゃぁ、ボクはヤれないよ」
言いながらウルミさんの頭から馬の角を引き剥がすアルラウネ。
この花の魔物は私がどれだけ頑張っても傷ひとつ付けることが出来ないのだ。
おそらく、絶界零氷をまともに受けた花の根の身体。
ところどころ凍り付いてドス黒く変色し、半身はヒビ割れ片腕が失くなっていた。
……しっかり効いてるじゃないか。




