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第六十五話 馬の角

 次の日ウルミさんの家を訪ねた。

 白雪のことを聞いてみようと思うし、その以外にも用がある。


 挨拶もそこそこに、本題を切り出すとウルミさんが目の色を変える

 向かいあうウルミさんとの間のテーブルには、一本の杖。


 用件というのは、蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)のことである。


「それで、結局この杖の解読は出来なかった、というわけね?」

「…………面目次第も無いです」


 ……面目無い。

 まったくもって、面目無い。


 ウルミさんの言うとおり、結局私はこの杖を解読出来なかったのだ。

 ちんぷんかんぷん、ということは無い。けして。

 修行時代とは違うのだ。杖の中身(・・)の大部分は問題無く読み解くことが出来た。

 ただ、どうしても読めない部分があって意味がつながらない。


 師匠の魔法式は実直である。自身が研鑽した(わざ)をひとつひとつ、只々積み重ねたような式だ。師匠の不器用さがよく現れていると思う。一応擬装もされているが、解読自体はそれほど難しくは無い。

 解読出来ないのは一部分だけ。

 だが一部分だけでも読めなければ全部を読めないのも同じだ。


 パズルやナゾナゾは得意な方である。

 しかし手持ちに無いピースは嵌められないし、知らない言語の問題は解けない。

 ほんの数節、そこ(・・)だけが私の知らない概念の魔法式で構成されている。


 知らない、と言っても全く見たことが無いわけでもない。

 というか他ならぬ師匠に、いくつかのそれ(・・)を教えられている。

 残念ながら時間が無くてきちんと覚えることが出来なかったが、

 古代魔術の魔法式というのは、反転魔術に似た雰囲気があるので、わかる。


「それで、その杖を私のところへ持ってきてどうするつもりなのかしら?」

「解読を手伝って欲しいんです」


 古代魔術とは、どの属性にも属さない魔術である。まだこの世界の全ての人が魔法を使えた時代の魔術だ。

 たとえば召喚魔術がそうだし、中には奇跡のような魔術も存在するようだ。

 そして私は過去にそういう魔術を見たことがある。


 ひとつはつい最近。エッジの持つ金稀石の魔道具だ。

 もうひとつは数年前。青の国の首都に向かう乗り合い馬車。初めてウルミさんに会ったとき。

 あの○イジングハートには、人を眠らせる魔術が織り込まれていた。


 ウルミさんは古代魔術を使えるのだ。

 なので知恵を借り、解読に協力してもらおうと思ったのだが、


「はぁ…、あなたはこれが何なのか本当にわかっているの? とてもそうは思えないのだけれど……」

「え?…っと、何かマズかったですか…?」

「当たり前でしょう!! 三大魔道師の雅杖よ!? そんな戦力をホイと持って来て問題が無いわけが無いでしょう!!」


 ……どうやら、かなりマズかったらしい。


 解読どころではない様子だ。杖一本でそんな大げさな。……いや、そういえば前にナタの奴が杖の持ち出し許可がどうとか言っていた。

 強力な杖はこの世界の兵器。最上位の物ならばそれ相応の扱われ方があるのは当然か。この杖は池に沈められていたが。


「あ、危ないことには使いません。ちゃんと取扱説明書をよく読み用法用量を守って正しく使いますから……」

「……………、

 ……まぁ、持ってきてしまったものは仕方がないわね」


 ふぅ…と溜め息を吐き、顎に指を当てて思案するウルミさん。

 さりとてその目は蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)を見つめたまま。かつてウルミさんの祖父でもある蒼雷が作り上げた杖だ。関心を抑えることは出来ないだろう。


 魔道師の杖とは、その者の研鑽の結晶とも言える。

 それを妄りに他人に見せてはいけない。魔道師は杖の中身を見取り、持ち主は手の内を暴露されるからだ。

 この杖の中には、師匠の全てが詰まっている。


 ウルミさんは、その師匠の孫娘だ。

 他人に見せるつもりは無いが、ウルミさんになら見せてもいいと思う。

 ウルミさんだってこの杖を見たいはずだ。


「………これが、お爺様の杖」


 ウルミさんの手が触れる。

 感触を確かめるように。おそらく中身も見ているだろう。

 魔道師が見れば真贋明らかだ。

 蒼雷の杖という真実も見て取れるだろうし、ウルミさんなら魔法式の独特の癖から何か感じるものもあるのかもしれない。


 ウルミさんは師匠の孫娘だ。ずっと祖父に憧れていた。

 家庭の不和で国を出た祖父が、いつか自分を迎えに来てくれると心の隅で思っていたほどだ。実際に弟子となっていた私に嫉妬までするほど。思い入れようは並ではない。


 いつしかウルミさんの手は杖を持ち上げ、その目は釘付けになり、

 ……なんか血走ってきてる。

 呼吸も荒くなってないか?


「お爺様の……、ハァ…ハァ……」

「ウ、ウルミさん?」

「持ってきてしまったものは、仕方がありません」

「え? あ、はい」


 なんで二回言ったんだろう? まぁ大事なことだが。なんで敬語?


「一先ずこの杖は私が預かります。今後は国内では私の管理下でのみ、この杖の運用を許可します」


 敬語を崩さず、テーブルの杖を両手に取って宣言するように言う。

 その言葉は一時的に私から杖を取り上げるものだ。

 けれどウルミさんは、ちゃんと私に協力してくれることを承諾してくれた。


「それさえ守れば、私もこの杖の解読に協力させてもらうわ。

 一緒にお爺様の杖を解読しましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 かくして協力は取り付けた。

 杖の解読だけが最大の課題だったのだ。ウルミさんの協力さえあればほとんどの問題は解決したも同然である。

 私がきちんと解読出来ていれば、こんな面倒にはならなかったんだけどね。



 というわけで、今度はウルミさんと共に旧魔王城へ。

 途中女王の城にも立ち寄ったが、女王はアルラウネと話をするので忙しい。

 あの苔生した古城は現在、秘匿性の高い研究を行う施設として利用されている。蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)を解読する場としては申し分ない。


 馬に乗ってウルミさんと二人、山道を進む道すがら白雪のことを聞いてみた。


「……………」


 少し困ったような顔をするウルミさん。

 まるで恥ずかしいことを告白するように教えてくれた。


「そうね。私に聞くということはすでに女王に何か聞いて察しが着いているのでしょうけど、それは私のことね」

「やっぱりそうなんですか?」

「本当は辞退したのだけれど、他の魔法士たちの強い推薦もあって私が白の称号を授かることになったの。三年前、17の頃ね」


 三年前というと、私が白の国に来る少し前か。

 17才。そんな若さで白の称号を持ったウルミさん。

 何か特別な功績があったのだろうか?


「私はいまだ未熟だけど、白の杖に選ばれたから、しょうがないわね」

「杖に…選ばれた?」

「そう。現存する最古の杖とも言われる『馬の角(ウマノツノ)』は、使用者を選ぶの。そうでなければ……」


 世界で最も古い杖、と言われている白雪の杖『馬の角(ウマノツノ)』。

 魔王や魔族たちの時代である千年前より、もっと古いと言われている。

 その杖は、『角のある馬』の一部を素材にしていると言われている。


 そんな、誰もが伝説に聞くような杖を語りながら、

 その杖に選ばれたというウルミさんは、


「こんな面倒臭いこと、私はしたくなかったわ」


 心底、気怠(けだる)い目をしてそう言った。


「め、面倒臭い…?」

「えぇそう。魔法の研究に出土魔道具の解析に新人魔法士の激励、他国との親善やら魔道師たちとの交流会。白雪というのは忙しいの」


 白雪は白の国の最高位魔法士。そりゃぁ忙しくて当然だろう。

 私の師匠は引退していたので好き勝手やっていたようだが、蒼の国の暫定最高位というと学園長だ。そりゃぁ忙しそうにしていたものだ。

 ウルミさんは二十歳だが、国の魔法士たちに認められてもいるようだ。その分期待もされているということだろう。

 そしてそれらは、何よりも名誉なことであるはずだ。


「私は名誉なんて…。ただ好きなように好きな魔法だけを研究して、穏やかに暮らしたいだけなの。

 いまさら誰にも言えないのだけれど、私は本当は、とても面倒臭がり屋なのよ」


 恥ずかしい秘密を告白するように、

 溜め込んでいた愚痴を、少しだけこぼすように、

 気怠るい目をして、柔らかく笑うウルミさんに、


 私は、なぜか違和感を感じた。




「さぁ、そろそろ到着ね」


 森を抜けて開けた場所に出ると、合計で百もあるクレーター群が迎えてくれる。

 そこを迂回して進めば旧魔王城である。










 どうしてこんなことになってしまったのか。



 常夏のこの地で、寒さに少し身震いする。






 もはやどこを見渡しても、凍りついた景色しか見えない。

 地面も、森も、城すら氷柱の内側だ。


 城にいた魔法士の研究員たちも、足や腕をやられ凍傷を起こしかけている。

 私は油断無く魔素の揺らぎを見張り、負傷者を避難させる。


 大丈夫。

 刺激しなければ、これ以上暴れる気配は無い。

 どころか、もう眠ろうとしている。


 その間に魔法士たちと離脱する。

 とにかく、すぐに助けを呼ばなければ。






 街へ急ごうとする私の耳に、

 大きな、欠伸(あくび)の声が聞こえた。





 「 あぁ…… 面倒… 臭い……… 」







 ウルミさんの呟きを背に、とにかく街へ急いだ。




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