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第六十話 魔物の話


「メイスには話したけれど、

 ボクたちは全部で、八匹いる。


 その全てが寿命というものを持っていない。

 生かしておくと、永遠に生きて、

 生きるからには、何かを食べ続ける。


 さっきも言ったとおり、物を食べれば食べたものの魔力を取り込むことになるけれど、

 本来生き物はその命を終えたときに、取り込んだ魔力をこの世界に返す。


 でも、


 ボクら八匹の魔物は、その魔力を世界に返さない。

 魔物は排泄もしないしね。

 永遠に生きて、魔力を取り込み続けるだけだ。


 ボクら八匹だけじゃない。普通の魔物だって魔物同士で食い合っている間は同じだ。

 異世界の生き物が、この世界の魔力を取り込むべきじゃない。

 このままじゃ、ボクらはいつかこの世界を食い尽くす。


 そうなる前に、ボクが全ての魔物を殺して、

 全ての魔物が取り込んだ魔力を、この世界に返すつもりなんだよ」


 アルラウネの目的は、全ての魔物を殺すことだった。

 そこにはクラーケンも含まれるだろう。私はそんなことは看過出来ない。


「クラーケンを、殺すのか?」

「これはボク達自身の問題だし、ボク一人の問題だよ。メイスが気に病むことなんてない」

「そんなこと言ったって、クラーケンを殺すなんて許せるわけない。クラーケンは良い魔物だ」

「良い悪いは関係ないよ。そもそもボクが召喚されたのが間違いなんだ。この世界から退場した方がみんなのためだ」

「納得できるか!!」

「……俺らが止めても無駄だ。こいつにとっちゃ百年後でも二百年後でも一緒だろ」

「な…!?」

「急がねぇってのは、そういう意味だな?」


 あ、ありえない。

 数千年単位で生きているアルラウネにとっては50年そこそこしか生きない人間の制止なぞ何の意味もないというのか。


「生憎と数百年単位でのんびりするつもりまでは無いけれど、まぁその通りかな」

「……なら、別の解決法は無いのか? クラーケンも、ついでにアルラウネも死なないで済むような」

「だからボクらが生きてたら世界がヤバイんだってば。……ていうかボクはついで?」

「どれくらいで世界を食い尽くす話なんだ?」

「正確な時期はわからないけど、百年や二百年じゃないことはたしかだね」

「五千年経っても食い尽くしてないんだろ? もう永遠に大丈夫なんじゃないのか?」

「その可能性はたぶん無いし、のんびりしているわけにもいかないんだ。

 ……というか、ここからが話の肝だよ。タイムリミットは別にある」

「どういうことだよ…」


 アルラウネはそう言って、ポケットから折り畳んだ紙を取り出し、テーブルに広げた。

 ……地図だ。この三国に普及している地図とは全然違う。

 横長に広がる大きな大陸。西側の海に一つ、東側に三つ島が浮いている。そして中央の大部分を広大な山脈が大陸を縦に割るように描かれている地図。

 大陸全土の完全な地図だ。それ自体が珍しい物だが、この地図は私が知る物よりかなり詳細に描かれている。


「五千年前はこんな広域の測量なんて行われていなかったからね。僕が作ったんだ」

「アルラウネが?……すごい。正確さは?」

「さすがに社会の地図帳に比べればお粗末なものだよ。誤差も結構大きい」

「シャカイノチズチョウってなんだ?」

「………中央山脈、こんなに広いのか」

「山の部分は一番誤差が大きい部分だ。すごいエンカウント率でまともに測量出来なかったからね。きっと誰かが黄金の爪を手に入れたんだと思う」

「オウゴンノツメってなんだ?」

「……エッジ、わからない単語は拾わなくていい。特に意味は無いから」

「話が逸れたね。……ココだ」


 地図にはいくつか印が書き刻まれている。

 ○印が2つ。そしてその○を×で消したような印が3つ。計5つの印が書き刻まれている。


 ○印は赤の国と、大陸東側の土地。

 ×で消された印は白の国と青の国と中央山脈にある。


「この印は、もしかして……」

「うん。ボクが他の魔物に出会った場所を記してある」


 アルラウネが指差したのは青の国から東。中央山脈と大森林の間の×印。


 この大森林の奥地に居た魔物といえば、

 昔師匠がよく自慢していた……、


「ボクがこの世界に来て千年くらいした頃だったかな。この場所でドラゴンに会ったんだ」


 ドラゴン。

 翼を持つトカゲ。


 私が師匠に聞いたのは、常軌を逸する強大な魔物の討伐劇だ。

 かつて青の国が建国する前から大森林の向こうに巣を持つと言われた特別な魔物。


 歴史書にも名が載るこの魔物は、三国を飛び回っては雷を落として人の命を奪う天災のごとき存在、だったらしい。

 自在に雷を操り人間を塵芥(ちりあくた)のように蹴散らす、トカゲの身体とコウモリの翼を持つ魔物。

 多くの冒険者が名誉を求め討伐へと赴き、そして帰って来なかった。 


 生きる伝説ともいうべき最強の魔物。

 それを、師匠が倒した。


「たしか雷と憤怒の魔物だよな? 危険な魔物で、人間をたくさん殺したって……」

「…………」


 アルラウネは頭の花を少し揺らして、とても悲しそうな表情を作った。


 萎れたように下を向いた頭の花がことさら悲しそうに見え、私は心底驚いた。

 アルラウネがこんな顔をするような奴だとは正直思っていなかったから…。


「そうだね。ドラゴンは人をたくさん殺した。……でもね、

 確かにあいつは怒りっぽい奴だったけれど、その頃はまだ(・・)大丈夫だったんだよ」


 憤怒を司り、

 雷の属性を操り、

 大勢の人間を殺し、

 そして自身も殺されることになった、一匹の魔物。


 魔物は普通、人を襲う。

 だから魔物は、人類の敵だ。


 なのに…、


「その場所には昔、小さな人間の集落があってね。

 ドラゴンはそこの神様だった。

 日照りの畑に雨を運び、その雨で氾濫する河を見張り、嵐が来れば全力で退け、自分の爪や鱗を分け与えて、

 祭りのときは大声で歌ったり、かわいい巫女と一緒に踊ったり、

 豊作の年には大騒ぎしてさ、たくさんの捧げ物をみんなで食べて、飲んで、歌って、踊って…、

 あいつは、その村の護り神だった」


 アルラウネは、そのドラゴンと親しい仲だったという。

 かつては同じ一人の人間。

 自分自身であり、自分の意識を分けた分身。

 そして、今はもういない。

 私の師匠が、倒したから。


「…けれどあいつは狂ってしまった」


 特別なのはアルラウネとクラーケンだけなのか。

 もちろん、けしてそうだとは思っていなかったけれど、

 すでに倒された魔物のことは、考えていなかった。


 魔物は人を襲うけれど、

 それさえ無ければ、人と共に生きることも出来るのだ。


 ……それさえ無ければ。


「あるとき長雨で河上に土砂崩れが起きて、あいつは怒りながら土砂を片付けに出かけたんだ。たまたまそのとき居たボクも地盤の補強を手伝うために一緒だった。

 そんな土木工事はもう毎度のことだったんだけど……、

 ボクらが帰ると、村は野党に襲われて、火まで掛けられていた」


 護り神だったというドラゴン。

 護るべき村を襲われ全てを失うのは、どれほどの絶望だったのか。

 私は、その後のヒトゴロシの魔物の話しか、知らない。


 ドラゴンは、この世界の歴史に何度か現れる魔物だ。

 大きな戦争が起こると、戦火に引き寄せられるように東の巣から飛んできて、

 争う人々を、皆殺しにする。

 幼い子供たちがケンカをしていると「トカゲに食べられる」なんて聞かせるほどだ。

 そして東の山近くの巣に帰るのだが、人間はそこへ近づくことも出来ない。少なくともそこへ行って帰ってきた者は師匠以外にいない。

 討伐隊が編成されても、どれだけの報奨金がギルドに出されても、

 死体の山だけが大きくなるばかりで、

 誰も、魔物の心の内なんて、知る由もなかった。


「ドラゴンは怒り狂って、もう誰のこともわからなくなってしまった。

 自分の憤怒に飲み込まれて、世界中を飛び回って人間を殺して回って、人間の敵になってしまった」


 頭の花を揺らしながら遠い目をして、魔物の秘密を語るアルラウネ。

 広げた地図の5つの印を指でなぞる。

 八匹の特別な魔物。アルラウネが出会った5つの○印。

 ×で消されたものは、きっとすでにこの世にはいない魔物を指すのだろう。


「それ以外の魔物もみんな同じだった。

 ボクらはね、いつかどこかで狂ってしまうんだ。そしたらもう止まらない」


 アルラウネの指が最後に指す○印。

 赤の国の、北の端。


「バジリスクも同じだ。小さな砂漠を住処にして、立ち入る人間をみんな殺してしまう。

 ボクだっていつかそうなる。生き物を殺して食うことを永遠にやめないボクたち魔物は、いつかこの世界を全て食い尽くしてしまうんだ。

 その前に全部片付けて、この世界から居なくならないといけない。


 ボクらは、この世界の敵なんだ」



 アルラウネの話が本当ならば、

 魔法を使う魔物というのは、いつか必ず手が付けられない存在になる。

 それに例外が無いのなら、

 クラーケンもいつか狂ってしまうことになるのか。


 そんなわけがない。

 クラーケンが人を襲って食い殺すなんて、私にはとても想像も出来ない。

 グラディウスを通して何度も話したのだ。クラーケンは人を傷つけるような奴じゃない。確かに手加減が出来ずひどい目に合わされたこともあったが、今はその手加減も出来るようになったし白の国でみんなと仲良く暮らしている。


 海水浴場を作ったのだ。

 クラーケンは人と一緒に、穏やかに幸せに暮らすのだ。


 ……だが、もしも、

 もしもアルラウネの言うとおり、クラーケンが突然狂ってしまえば、


 白の国は全滅だ。

 クラーケンの本当の力を、私は知っている。


「…………」


 答えは出ない。

 それでもやっぱり、クラーケンには死んで欲しくない。

 だからアルラウネを止めたいが、それも無理そうだ。

 戦って倒してでもアルラウネを止めようとは考えられない。アルラウネにだって死んで欲しくないというのは本当の気持ちだ。

 それに戦っても敵わないだろう。


「…………………はぁ」


 ……狂う。というのはどういうものなのだろうか。

 アルラウネが狂ってしまったというドラゴンは、たくさんの人を殺したというが、

 その力は巣に近づく者以外は、戦場にのみ向けられていたようだ。


 グリフォンとはグラディウスを通して話した。

 あいつはそもそも人の命に興味が無いと言っていたのだ。

 暴れること自体が目的のようだった。風と傲慢の魔物。行動原理はその『傲慢』にあったように思う。


 ドラゴンの行動原理は、そのまま『憤怒』だったのだろう。

 その怒りは戦場……、人を(・・)()う人(・・)に向けられていたのだと思う。


「白の国に行こう」


 しばらく考えて、答えは出ないが結論は出た。

 クラーケンに会って、確かめないといけない。


 自分たちの問題だとアルラウネが言うなら、やっぱりクラーケンを抜きに話は進まない。

 いつか狂ってしまうというのなら、何故そうなってしまうのか、防ぐ方法は無いのか、みんなで考えるべきだと思う。


「アルラウネをクラーケンに会わせるのか?」

「……私たちの知らないところで会われるよりマシなはずだ。

 何よりこのことは女王に伝えないと。もしもクラーケンがどうにかなったら人類の手に負えない」


 女王やウルミさんに相談しよう。

 ひょっとしたら何か良い知恵があるかもしれない。

 私には全く思いつかないが……。


 それに、白の国には会っておきたい人がいる。


 アルラウネは全ての魔物を殺すつもりのようだが、クラーケンを見ていきなり襲い掛かるようなことはしないだろう。

 だがもしも戦いになったとして、私やエッジでは止めることも出来ない。

 魔法を使う魔物というのは、それほどに強力だ。アルラウネだってどんな力を秘めているのか計り知れない。


 もしもクラーケンが狂ってしまったとき、アルラウネは戦いを躊躇しないだろう。

 だがアルラウネが狂ってしまったら、誰が倒すのか。

 アルラウネはその前に自殺でもするつもりのようだが、どんなきっかけで手遅れになるのかもわからない。


 そうならないための方法を捜したいが、もしものときのためにはアルラウネやクラーケンを抑えておく力が必要だ。たとえば私の師匠のような。

 私は弱くて情けない限りだが、蒼雷ほどの実力があれば魔法を使う魔物と渡り合うことも出来るだろう。

 そしてそんな実力者は、白の国にもいるはずだ。



 このことを全て女王に伝えて、

 私は、白雪の魔道師に会っておこうと思う。



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