第五十九話 魔力の話
「本当は、本当は私、寂しかっただけなんだ」
「うん、わかるよ。ひとりぼっちだったんだね」
「アルラウネ、これからはずっと私のそばにいて」
「もちろんさ。さぁメイス、ボクの胸に飛び込んでおいで」
「ステキ! 抱いて!」
○
「という夢を見たんだ」
「死ねばいいのに」
前回あんな終わり方で締めたというのに、翌日の朝にはこれだ。勝手に夢に他人を登場させて何をさせてくれとるのだ。死んだらいいと思う。
窓から入る朝日の光と小鳥の囀り。いつもどおりの目覚めではあるが、今朝の寝覚めは久方ぶりにいいように思う。こいつのおかげなら少しぐらいお礼を言ってもいいかな…と思った結果がこれだよ。
もういい。今日は来客の予定があるのだ。エッジは昼頃にも来るだろう。
……とりあえず顔を洗おう。
「昨日は大泣きだったもんね~。目、真っ赤だよ?」
「う、うるさい!死ね!」
……ぐうぅ、
ムカつく。腹立つ。恥ずかしくて居てられない。
しかし言い返すことも出来ない。私が昨日一日こいつの前で泣いてしまったのは事実だ。捨て台詞を残して洗面所に逃げ込むくらいしか出来ない。
向ける先の無い気持ちをぶつけるようにばしゃばしゃ顔を水で叩く。
そしたら鏡だ。くやしいが、アルラウネの言う通り私の目元は真っ赤っかである。洗顔でその色が落ちるわけではないが、冷たい水が気持ちいい。
………と思っていると蛇口から出る水が止まってしまった。
タンクに水が無くなったのだ。飲み水は地下水を汲み上げるポンプが別にあるが、生活用水は魔術で生み出した水をタンクに貯めている。すぐにも補充しておかなければ。
生活用品としてこの小さな師匠の家にも数多ある魔道具類であるが、こういうときは私が魔術でタンクに水を補充しなければいけない。他にも定期的にメンテもしなければいけない物もあるし、壊れれば修理するのも私だ。
…………外はまだ雪も積もっているというのに。
……いつものことだが、めんどくせぇ。
しかしめんどくさいで済ませるわけにもいかない。エッジはお昼にも来るだろう。赤い目元は治癒魔術でも掛ければいいが、蛇口から水が出なければ家事も出来ない。
「アルラウネ。ちょっと外を見てくる」
「裏の田んぼを見てくるのかな?」
「台風でもなしに、誰がそんな死亡フラグを立てるか。田んぼじゃなくてタンクだよ。水の」
この家の裏どころか、青の国に田んぼは無い。米があるのは白の国だ。
水を生み出す魔術は不得手ではない。外は寒いしさっさと終わらせてしまおうか。ついでに貯蔵庫の冷蔵冷凍魔道器の調子も見ておこう。
玄関から家を出て雪の残る森を横目に裏手に回る。小さな戸のついた一角が独立した小部屋になっていて、戸を開けて中に入るとまず冷房と床暖房の魔道器の基部、小部屋の奥には貯蔵庫の扉、そしてその脇に問題の生活用水のタンクがある。
埃っぽい小部屋の中、タンクの上部に手を伸ばし小さな蓋を取り外す。咳払いをひとつして、水魔術を詠唱。
魔法というのはとても便利だ。
魔力を練って詠唱すれば、いつでも水を出すことも出来る。
………、
しかし、この世界はとても不便だ。
私が生まれたのは、蛇口を捻るだけでいくらでも飲料水が出てくるようなところだった。
……いや、やめよう。
あの世界には帰れないのだ。考えたって仕方が無い。
昨日までと違って私の心は少し軽くなった。この世界で生きるのも、そんなに悪くはないと今は思える。
そう思うことにしてせいぜい出来る限りに怠惰な暮らしを満喫しよう。サイが私の魔道具を買い取るのでお金に困るようなことはないし、考えようによっては今の私がこれ以上不幸な目にあうことは無い。落ちるところまで落ちればあとは上がることしかないのだ。
タンクがいっぱいになったのを確認して蓋を閉める。貯蔵庫の魔法式も問題なさそうだ。
さて…と、戻ってお昼のための仕込みを始めよう。
エッジのやつ驚くぞ。今日はごちそうだ。
……………、
……ごちそう、か。
だめだな。考えまいとしても考えてしまう。
倉庫から出る。外は寒い。
白い息を吐きながら冷える指先を擦り合わせ家の中に戻ろうとしたそのとき、
……そのときだ。
雪の残る森の中、木々の間で何かが光ったのが見えた。
溶けた雪の雫が太陽光を反射したのかと思ったが、
見るとそこには、魔物がいた。
どくん…、と心臓が跳ねる。
こんなに寒いのに、一瞬にして汗が滲むのを感じる。
デカい……。
信じられないほどに。
そこにいたのは、常識では考えられないほどの大きさの、
金剛虫だった。
その魔物は、この世界で最も『硬い』と言われている。
剣で傷つけることはもちろん、上級魔術すら物ともしない。
かといって水に沈めたり、密室に閉じ込めて燻しても死なない。体の組織が100%鉱物で出来ているタイプの魔物で、酸素を必要としないのだ。
名前の通りにダイヤモンドで出来ているのならば燃やせばいいのかもしれないが、名前の通りのダイヤモンドでは無いのか熱にも強いらしい。無論毒も効かない。
絶命にいたらしめる唯一の方法が寿命(10年程)を待つことだけという『絶対生物』。
じっとりと手の平に汗が滲む。
ヘタに動いて刺激してはいけないが、震えているのが自分でもわかる。
その魔物の大きさに、私は戦慄しているのだ。
日の光を反射してキラキラと輝く宝石の魔物。
私の前に現れた、その個体は、
およそ20cmはあった。
落ち着け。
落ち着け。
逃げられたら、終わりだ。
金剛虫とは幻の魔物である。
この魔物は目撃例が極端に少ないのだが、人々はこの魔物を求めて止まない。
名前の通りにこの魔物は、全身コレ宝石なのである。それも同じ大きさの金稀石よりも価値が高い。
通常は10cm程度の大きさの生きた希少宝石。捕まえれば巨万の富が手に入る。
城が建つ程度だと言えばわかるだろうか。
今私の目の前の一本の木にとまっている金剛虫はその倍ほどの大きさがある。価値は倍どころでは済まないだろう。
ど、どうしよう、
どうしよう、どうしよう、どうしよう、
あぁあわわわわわわわ………、
おちつけおちつけおちつけおちつけつ。
過去の金剛虫の目撃例は記録に残っているだけでたった三度。
このサイズの魔物は人間を襲うような種類も少ない。この甲虫王者もとても大人しいもので、見つけさえすれば手を伸ばすだけで簡単に捕まえられるという。
だが油断してはいけない。三度の目撃例の内の一度は、近づいたところを飛んで逃げられたらしい。落ち着いて確実に捕獲しなければ。
し、しかしどうすれば……、
杖も道具も無しに…いや詠唱すれば魔術は使えるが、その間に逃げられたらどうしようという考えが私に二の足を踏ませる。そうこうしている間にもいつ翅を広げて逃げるともわからないのに。
距離にして30m弱。20cm大の虫を確実に捕まえる方法。
……ダメだ。およそ攻撃というものが効かない金剛虫に手加減はいらないが、攻撃が効かないんじゃ倒すのはおろか気絶させることも出来ない。相手を束縛する類の魔術も存在するが、私は苦手なんだよなぁ。もっと勉強しておけばよかった。
ならば土魔術でかまくらでも作り出し、その中に閉じ込めてゆっくり捕獲するか。それも木々が邪魔して無理……あ、そうだ!
アルラウネなら木にとまる虫一匹捕獲するくらいわけないはずだ。あいつは木の属性を司る魔物だから木魔術は得意だろう。
金剛虫を刺激しないように、出来るだけ静かにその場を退き表の玄関に回る。戻ってきたときに居なくなってたら泣いてしまうかもしれない。急げ。
「よぉメイス、何してんだ?」
「あ、エッジ!」
家の中に入ろうとしたタイミングで、丁度やってきたエッジに声を掛けられた。
食事をごちそうするという約束だったが、もう来たのか。昼頃にでも来ると思っていたがまだ三つ目の鐘が鳴るくらいだぞ。早い。早いよ。この食いしん坊め。
だが良し。好都合だ。今日はなんてツイてるんだ。
「大変なんだエッジ! 魔物が、金剛虫が出たんだ!」
「な…、本当か!!」
エッジは元白の国の戦士。その身体能力を持ってすればたかが虫ケラ一匹捕まえるくらいわけない。金剛虫はあらゆる攻撃が効かないし、強引なやり方でも全然大丈夫だ。
速攻で威力制圧してもらってあっという間に億万長者。私はゆっくり魔術で虫かごでも作っておこう。
「すぐに生け捕りにしてくれ!生死は問わん!!」
「おう! ……お、んん??」
「こっちだ! 早く!!」
こうして喋る暇も惜しい。とにかく星が逃げないうちに確保しないと。
ロクな説明も出来ないが、エッジは何も聞かず私のSOSに快く応えてくれた。サンキューエッジ。
やたら頼りになる援軍を引き連れて裏に戻る。
はたして金剛虫は、逃げずにじっとしていてくれたようだ。いい子。
「あそこだ! 金剛虫だ!」
「よっしゃまかせろ!!」
言うが早いか目標を確認したエッジが疾走る。
目標目の前。超大型金剛虫。
これは好機だ。絶対に逃がすな。
さすがエッジは速い。砲弾か何かが撃ち出されたのかと思った。金剛虫がとまる木まで瞬きの間に距離を詰め、丸太のような野太い脚が横一文字に蹴りを……って、ちょっ!!?
メ゛キ゛っ!!!という分厚い木材を叩いて折ったような音がして、蹴り抜かれた私の胴より太い木がくの字に曲がりボタボタと雪を落とした。
「な!!何いきなり蹴り入れてんだ!!!!」
「…ん? 何がだ?」
構えを崩さず油断無く目標から目を離そうとしないエッジ。腰を落としたままふぅぅ…と深く白い息を吐く。完璧な残心だ。
そのままバキバキと音を立てて倒れてしまう木。蹴り一発で成木をへし折るエッジの攻撃力は驚嘆に値するが、今はそれどころではない。私の金剛虫!! どこいった!!
あんな思いっきり蹴り抜いて、どさくさに紛れて逃げられたらどうするんだ!姿はカブト虫でも高い飛行能力を有する魔物だったらどうするんだ!カムラやスカーフ持ちだったらどうするんだ!
慌てて倒木に駆け寄り煌めく宝石の姿を捜す。
私の心配に反して、金剛虫は飛んでもなければ逃げてもいなかった。
綺麗に折れて倒れた木の下に、いた。
全ての攻撃を無効とする絶対硬度を持つ金剛虫。
エッジの一撃によって、粉々に砕け散っていた。
○
「うわぁぁぁんエッジのアホぉぉぅ!!!!」
「んなこと言ったって、魔物の種類とか価値とか、俺知らねぇしよ……」
粉々になってしまった金剛虫。一番大きい欠片でも元の大きさの10分の1以下の大きさになってしまった。価値は10分の1どころでは済まないだろう。
というかこんなもんに価値なんかつかないよ。諦め切れずに欠片を拾い集めたが、元の形を保っていなければせいぜい銀貨数枚にしかならないだろう。金剛石が砕けた破片ですなんて誰が信じるんだ。
元の価値を考えると魂が抜けそうになる。
ファッキューエッジ。
「お前が生死は問わんとか言うから……」
「生け捕りにしろとも言ったはずだ!!」
「あんな切羽詰まった言い方で魔物ってんなら倒すもんだと思うだろ普通」
「国が、ヘタしたら国が動くほどの価値があったかもしれないんだぞ!!」
絶対的な硬度を持つ金剛虫が粉々に砕かれたのは、エッジの持つ魔道具に秘密があるらしい。
白の国の女王から貰ったという、金稀石の魔道具。
少し見せてもらったが、中には私が見たこともないような術式が張り巡らされていた。
たぶん、古代魔術の類だ。こんなものがあるのか。
召喚魔術もそうだが、今は失われた古代魔術の中にはどの属性にも属さない奇跡の魔法が存在するという。魔道具として残っているものもあるとそういえば昔師匠も言っていた気がする。
この金稀石に封じられた魔術にはおそらく対象の硬度を無効化する効果があるのだろう。これを使えば赤ん坊でも鉄の板に穴を開けられる。くそったれな魔術だが、大変興味深い。
かなり魔力を消費する魔術のようだが、さすが金稀石。黒髪のエッジが使ってもかなり魔力に余裕がある。
……これだってとんでもない価値があるんじゃないだろうか。
「エッジ。これ、ちょうだい」
「そりゃダメだ。いくらお前でも」
ですよねー。
魔道具の魔力を補充してエッジに返す。貴重な古代魔道具のようだし、女王から貰った大切な魔道具をおいそれと譲れないか。
エッジのおかげで多大な利益を無にされた埋め合わせにと思ったが、そんなことを考えるとサイへの負債のことを思い出してそれ以上何も言えない。そもそも虫捕りにエッジを頼ったのは私だし。
はぁ…後悔しても全て遅い。
金貨の海で泳ぐ夢はすっぱり諦めよう。
エッジのことも、もはや恨むまい。
「……そんな睨むなよ。悪かったって」
「睨んでないよ全然気にしてない」
「怖ぇよ。なんで声が二重に聞こえんだ?」
「あれ、声が遅れて聞こえるよ……」
「どうやってんだそれ???」
なんとか気分を持ち直して家の中に戻る。
ダイニングにエッジを案内して、お茶を淹れる。
……あれ? そういえばアルラウネの姿が見当たらない。さっきまでここでお茶を飲んでいたのに。どこ行ったんだ?
部屋に戻ったのだろうか。アルラウネには師匠が昔使っていた部屋を整理して使ってもらっている。だが部屋を覗いても姿は無い。
アルラウネが居たのは私の部屋だった。
私が外に出ている間に、私の部屋には白い海が広がっていた。
アルラウネはその海で無邪気に泳いでいた。
部屋の床一面に広がった大量の白い布。小さなリボンやフリルが可愛い純白の生地が窓から差し込む日の光に照らされて比較的面積の大きいドロワーズという
という
・・・・・・
というか私のパンツだった。
「っっざっけんなよ!!!!!!おまっ何してんだ!!!!!!!」
「……あぁメイス……この部屋は穢れに満ちているよ」
「すでに賢者タイムか!!!!穢れてんのはお前の頭ん中だけだ!!!!!」
「うふふふぅぅ…いやらしいことこの上無いね」
「おい、なにでけぇ声出して……」
「あわわわわエッジ見るな!!!!」
私に続いて部屋を覗こうとするエッジには退散してもらう。
地獄絵図だ。私の所有する下着が全部ここにブチ撒けられている。こんなもん見せられるか!!
その上アルラウネは今頭に何も被っていない。頭の花がゆんゆん揺れてるのを見れば、ひょっとしたらエッジはさっきの金剛虫のように見敵必殺なのではないか。
あの迷い無き一撃殺虫キックを見る限り、エッジは魔物=殲滅対象としか見ていない。クラーケンを知っているエッジなら大丈夫だとは思うが、もうちょっと事前の根回しをして万端の準備を持って暴露した方がいいかもしれない。
「とりあえず頭になんか被れ!早く!」
「え? ここには被るものなんてパンツくらいしかないよ?」
「頭がおかしいの!?虫でも沸いてるの!!?」
「花なら咲いてるよ~。ほらほら」
「やかましいわ!!!!!」
とにかくこいつに何か被せないと。
あとこのパンツの海をどうにかしないと。
そしてアルラウネの命もどうにかしてやらないと。
「メイス。ちっといいか?」
と、部屋の外に追い出したエッジが扉の向こうから話しかけてきた。
「も、もうちょっと待ってくれエッジ」
「いや、今見えちまったんだが、ひょっとしてアルラウネのその頭隠そうとしてんのか?」
「……………」
…………………、
……見えちまったか。
見えちまったのなら、仕方がないか。
○
すでにお昼のいい時間である。ご馳走を奢る約束であったがそんな雰囲気ではなくなってしまった。三人でテーブルを囲んで座る。
アルラウネには地獄卍固め、五所蹂躙絡み、疾風迅雷落としなどの必殺技をかけたが、大してダメージも無いようだ。予想はしていたが、今度は呪いのローラーでも作るとしよう。
「ボクまだ首がおかしいんだけど……」
「次やったらその首を鉢に植えてなんか変な恋愛ゲームみたいにしてやるからな?」
「そしたらメイスと愛を育んで世界を救うよ」
問題はアルラウネの頭で揺れる小さな花についてである。
アルラウネの緑髪の頭の旋毛の辺りから生えている一輪の花。もちろん人間は頭に花なんて咲かない。裸の天使に才能の種でも貰わない限りは。
そう、アルラウネは人間ではない。魔物だ。
「エッジ、その、アルラウネのことなんだけど」
「あー、実は昨日会ったときからわかってたんだが」
「そ……、え?」
「そいつ、魔物なんだろ?」
しかしエッジは、予想もしていなかったようなことを言い出した。
「な、なんで知って……?」
「魔力を見りゃわかる」
「??? 魔力を?」
魔力を見ればも何も、アルラウネは魔物なので魔力が無い。
魔力を持っているのは人間の、髪が黒以外の色の人だけだ。
……と、少なくとも私は思っていたのだが、
「エッジ君は、魔物の魔力が見れるの?」
「あぁ、お前が普通じゃねぇこともわかる」
「…どういうこと?」
わけがわからない。
アルラウネに順を追って説明してもらう。
私や普通の人には見えないだけで、魔物にもちゃんと魔力があるということ。
というかこの世の全ての存在はミミズもオケラも、そこいらの石コロですら、ちゃんと魔力を持っているらしいこと。
「魔力っていうのは、とどのつまり魂のことなんだ。でも人間は同じ人間の魔力しか感じられない。ボクも同じ魔物の魔力しか感じられない。というかボクら魔物はこの世界の生き物ですらないからね」
「えーとちょっとまってくれ。いろいろおかしい」
魔力が魂というのなら、魔力を持たない黒髪は魂が無いということになる。
「黒髪の人たちも異世界の人間の血を引いているね」
「あ……」
そうか。黒髪は千年前に召喚された地球人たちの子孫だった。
たとえ人間でも異世界の生き物だ。
「異世界の魔力とこの世界の魔力が混ざって、反発して打ち消しあっているみたいだ」
「じゃあやっぱり魂が無いってことなのか?」
「そうなるね。まぁ魔力なんて物を食べたりすることで外から取り込んでいるものだから、全くってことは無いと思うよ。ただ呼吸するだけでも空気中から取り込んでいるはずだしね」
う~ん、まだよくわからないが、とにかくこの世界の全ての物に魔力という名の魂が内包されている。ということだろうか。
「エッジはその魔力が見えるのか?」
「お前にも教えただろ?魔素を見るやり方。あれをもうちょっと鍛えるとそういうのも見えてくるんだ」
「何で私には教えてくれなかったの?」
「結局目の前に立って見ねぇとわかんねぇしな。意味無ぇ」
「あー。それは普通に人の魔力見るのと変わらないわけか」
「やっぱり空気の魔力も見えてるんだね。黒髪はその異質な魂の在り方ゆえに、全ての魔力に感応できる。黒髪だけに許された裏技だ」
えーと? ますますわからないが、魔素というのは要するに空気の魂ということか?
しかし私たちは、それを集めて魔法を成す。
魔力というのが魂だというのなら、
魔道師は、他の魂を消費して魔法を使っている。
「魔力はこの世界のあまねく全てに流れ移っていくものだよ。魔法というのは己の魔力で他の魔力を掌握し世界の魔力に干渉する術のことだ。魔法を使うために消費された魔力も、別に消えてしまったわけじゃない。いずれ時と共に世界に返り、また新たな魂の器に収まるんだよ」
「なんか宗教じみた話になってきたぞ?」
「この世界のたいていの宗教も、教義で同じ様なことを言ってるんだと思うよ?」
……あまり考えても仕方が無い理のようだ。やはり宗教は苦手である。
考えるべきはエッジに対するアルラウネの立場。だがやはり問題ないようで安心した。エッジはアルラウネと普通に喋っている。
それなら私は何でもいい。
詳しいことは、また機会があれば勉強すればいいのだ。
「ま、クラーケンのが見た目でまず化け物だしな。いまさらいきなり攻撃も無ぇだろ? お前が信用してんなら、とりあえず信用できると判断しただけだ」
「なんで金剛虫は躊躇無く潰したんですかね……?」
「とりあえず、は信用したが、正直俺はお前の目的だけは知っておかにゃならんがな」
私の言葉をスルーしながら、エッジはアルラウネに問う。
……なんでスルーしたし? 私はまだ忘れたわけじゃないぞ? 私の目を見ろエッジ。
しかし、アルラウネの目的か。そういえば大陸の東側に住んでいるというこいつが何故山脈を越えてこちらの西側に来たのかは聞いていなかった気がする。
「クラーケンの奴はあんま難しいこと考える感じじゃねぇみてぇだったが、お前は頭も良さそうだ」
「ボクの目的はメイスの幸福だよ」
「嘘だろそれ。何かの目的でここへ来て、それから私と会ったんじゃないか」
「いや一応嘘じゃあないんだよ? たしかに寄り道なんだけど、ボク自身のことはそこまで急ぐ用じゃないんだ。時間は限られているけれど、何せボクは寿命の無い魔物だしね」
五千年を生きるアルラウネ。
大陸の西側と東側を行ったり来たり、世界中を歩き回って、アルラウネが一体何をしたいのか。
「うん。さっきの魔力の話とも無関係じゃない。ボクの本当の目的はね…」
心なしか、アルラウネが話すのを躊躇していたのは、
自分という存在がこの世界に与える影響に対する自責の念があったから。
「全ての魔物を殺すことだよ」
ボクを含めた、ね。
そう言って、
花の魔物の少女は、笑った。




