第五十八話 性別の間
「ねぇメイス~、もっと君の話を聞かせてよ~」
「うるさいな。私から話すことなんて……」
…………。
おかしいな。
私だってもっと地球のことを話したいのに。
懐かしいあの世界のことを、日本のことを語り合いたいはずなのに。
この世界でのことを、同じ立場のアルラウネに聞いて欲しいのに。
素敵な思い出がたくさんあるはずなのに。
頭を掠める暗い記憶が、心にも無いことを私に口走らせる。
私が弱いからマスケットを止めることが出来なかった。
私が弱いからドクを助けられなかった。
私が弱いから、グラディウスも失った。
私がこの世界でしてきたことは、全て無駄だった。
私の思い出は、黒く染まってしまった。
それだけじゃない。私はもうあの世界には帰れない。
私は元の世界にも帰れずに、この世界の隅で生きて死ぬ。
私が弱いから、
全部、私の所為だ。
そんな考えが、目から溢れて、
涙が出る。
○
家から東の街までは森の中の小道を歩いてほど近い。
アルラウネを引き連れて、サクサクと雪の積もる道を歩く。
「…その帽子、あんまり似合ってないね」
「ほっとけ。師匠の形見なんだ」
「今日はどこにお出かけなのかな?」
「ついて来るのはいいけど、大人しくしてろよ」
見た目は幼女、中身は変態、頭に花が咲いた褐色緑髪の植物人間アルラウネが我が家に居座って三日目の朝になる。
食い扶持が倍に増えたので急遽街まで買出しに出なければならなくなった。保存食のストックが足りない。マスターに干し肉や瓶詰めを売ってもらうつもりである。
森ガールみたいな服装のアルラウネは見た目ではそれとわからないが、魔物なので魔力が無い。魔道師に見られれば私と同じ髪を染めた魔族だと思われるだろう。
だがまぁ東の街に限っては問題ない。
「街に行くんだね? ボクはこの十年でのこっちの三国のことを知りたいよ。情報収集したいんだけど図書館とかあったかな?」
「街の貴族が書庫を解放してるよ。でもその前に、私は今から酒場に行くつもりなんだ。話くらいならそこでも聞けると思う」
「そうなの? じゃまずはそうしようかな」
マスターなら魔族だろうと差別したりしない。黒髪のエッジが東の街に住むと決まった時も色々と面倒を見てくれたし、奴隷から解放され正規に働き始めた黒髪の人たちも、最近ではちらちら訪れるのだ。
まだまだ魔族の差別は無くならないが、私が魔族であることが国中に知れたときにも、マスターを含む何人かの人は「街の相談役だったメイスさんの一番弟子に間違いがあるわけない」「あの嬢ちゃんを悪く言いやがったらただじゃおかねぇ!」と叫んで回ってくれていたらしい。
マスターには頭が上がらない。養子の件も、私はせっかくの誘いを断ったというのに「ちゃんと食ってるのか何か必要な物は無いか」と何かと世話を焼いてくれる。私は一人では何も出来ないので、結局はいつも頼ることになってしまって感謝してもし足りない。
「その酒場のマスターが凄くいい人で、私がとてもお世話になってる人なんだ。頼むから変なことしないでくれよ」
「それは、熱湯風呂的なフリかな?」
「…………もし、マスターに何かしたら、
お 前 の 頭 の 花 を 摘 む 」
「……………OK。了解だ」
強く睨んで脅しておく。
東の街までは歩いてすぐだ。
○
マスターの酒場は街の広場からすぐの所にある。
広場に出るとエッジがいた。
靴屋の主人と何やら話しこんでいる。雪かきの手伝いをしていたのか、そのお礼を言われているようだ。
エッジは東の街に住むようになってからというもの、以前にも増して忙しそうにしている。土木作業や家畜の世話などの手伝いで毎日街中を走り回っているらしい。
エッジは黒髪の魔族だ。
青の国は奴隷制度が無くなったとはいえ、いきなり差別が無くなったわけではない。酒場のマスターやピルムさんなど味方も多いが、信頼を得るまでには時間と誠意が必要だろう。そのために日々がんばっているようだ。
日々がんばっていて忙しいので、私と会う時間はあんまり無い。
しかし、そもそもエッジがこの街に住む理由は私にあるようだった。
私が師匠の家に住むことを決め白の国には戻らないと言ったときに、エッジは東の街に住むことを決めた。白の国の戦士を辞めてまで、だ。
一体どういうつもりなのだろう?
街で会えば話もするのだが、エッジから私を訪ねることは無い。
この間ナタが訪ねて来たときも、家に入らず外から見張るだけだった。
お茶くらい飲んで行けばいいのに。妙に遠巻きである。
どうも監視されている気分だ。
「ん? おお、メイスじゃねぇか」
「おはよう、エッジ」
エッジの方もこちらに気付いて、お互い挨拶を交わす。
別にエッジが私を監視しているというのなら、それはいい。悪意があるわけではないと思うし。
それよりエッジは寡黙なところがあるので街の人ともうまくやっているのか、そっちの方が心配だったが、それも大丈夫そうだ。
「そっちは、見ねぇ顔だな?」
「こいつはアルラウネ。えっと私の……私と生まれ故郷が一緒なんだ」
私の隣の見慣れない少女を訝しむエッジ。
どう説明したものか。クラーケンを知っているエッジなら全て話してもいいと思うが、街のど真ん中でする話でもない。まぁまた今度。
「アルラウネ。こっちはエッジ。私の仲間だよ」
「…この人がメイスの恋人なのかな?」
「そういう直結思考をやめろ」
「うん、そうだね。メイスの恋人はボクだった」
「断じて違う!!」
「ヒドイ…、じゃぁエッジ君がボクの恋人になってくれるかな?」
「誰でもいいのか!!?」
にやりと笑うアルラウネ。本当に誰でもいいようだ……。
会ってまだ3日だが、こいつがどういう奴なのか全然わからない。
「……変わった奴だな」
「…うん、そうなんだ。こんな奴だけど、よろしくしてやってくれ」
「ま、メイスがそう言うなら俺は何でもかまわねぇさ……」
くしゃり、と帽子の上から頭を撫でられる。
エッジはよく私の頭を撫でてくるが、あんまり嫌な気はしない。
エッジの弟子であるハルペですら、頭を撫でられたことは無いと言っていた。
そういえば私はエッジに言いたいことがあったんだった。
エッジがここに来て2ヶ月が経とうとしている。そろそろ言っておかなければ。
「君、いい体してるね。ゲッ○ーチームに入らないかな?」
「……いや、入らねぇが。なんだゲッ○ーチームって?」
「しかしスゴイ筋肉だ。ガチムチだね。パンツの奪い合いに興味は無いかな?」
「…………メイス、やっぱこいつ変だぞ」
「こいつが変なのは全くその通りなんだけど、ところでエッジ……」
だが、話を切り出そうとしたところで、三つ目の鐘が街に鳴り響いた。
「っと、すまねぇメイス。隣村の牛の世話頼まれてんだ。もう行かねぇと」
どうやらエッジは街から一番近い隣村にまで、手伝いに借り出されているようだ。
まぁ白の国の戦士の身体能力と底無しの体力は腐らせておくには勿体ない。私の話はまた近い内に、落ち着いて話す方がいいだろう。
「エッジ。たまには私の家にも来てくれよ」
「ん? 行っていいのか?」
「もちろんだ。何もないけど、ご馳走するよ」
「そうか……。なら明日行くか」
「明日か。よしきた」
今日は買出しに出て来たのだ。ちょうどいい。エッジはよく食べるだろうから色々買っておこう。
徒歩で隣村に向かうエッジを見送って、頭の中の買い物リストに追加の品を並べながら酒場へと向かう。
「ボクはひょっとしたらメイスはぼっちなんじゃないかと思っていたけど、そんなことは無かったんだね」
「失礼な。私だって知り合いくらいいるよ」
「エッジ君は、メイスのお兄さんみたいな人だね」
「……お兄さん?」
「うん、そう見えるよ」
私はエッジのことを仲間だと思っているが、何の仲間かと言えばはっきりとしない。
奴隷だったときに一緒に逃げた仲。だがあの時はまだほんの数日の付き合いだったし、白の国で再会してからもあまり一緒に居た気がしない。
しかしエッジはずっと、私だけが脱走に失敗したことを気にしていたようだ。あまり一緒に居た気はしないが、エッジは私のことをいつも気に掛けてくれていたように思う。
必要以上に触れ合わず、一定距離を置いて私を見ている。
なるほど兄のような存在、と見ることも出来るか。
あ、そうか。
私はエッジに見張られているような気がしていたが、そうじゃない。
エッジは私のことを、見守ってくれているのか。
私を守ってくれる人…。
お兄さん…か……。
○
「あれだけ酒飲むなっつってんのに堂々と俺に注文すんなよ嬢ちゃん。あと2年待て」
「違うんです私が飲むんじゃないんですよ。明日エッジが家に来るからご馳走しようと思って…」
「本当は、嬢ちゃんが飲むんじゃねぇのか?」
「違います。誓って来客専用です」
「……本当に、本当か?」
「………………」
「………俺の目を見ろよ、嬢ちゃん」
マスターの酒場は酒類の他に保存食の販売も行っている。冬の只中にはロクに野菜や果物も取れないので長期保存のために漬物を作ったりするわけだが、マスターの作る酢漬けや塩漬け、油漬けなどは私も大のお気に入りである。師匠も生前よく食べていた。
春が来るまでに私一人が食い繋げる程度の保存食の備蓄があったのだが、アルラウネが来たことにより追加が必要になったので買い足しに来たのだ。明日はエッジにご馳走する約束もある。色々買っておかないと。
しかしアルラウネは植物の魔物であるくせにきちんと物は食べる。土中のミネラルと太陽光があれば食わなくても大丈夫なんじゃないのか?
「メイスはお酒好きなんだね。そういえば人がお酒を飲んでるの見たら自分も飲みたくなるのが魔界塔士サガだって婆っちゃが言ってた」
「あコラ余計なことを!チェーンソーでバラバラにすんぞ!」
「……まぁエッジは出来た奴だし、ご馳走してやるのはいいけどな。一緒に飲むんならほどほどにしとけよ?」
「マスター、ありがとう」
「アルラウネ…だったか? 嬢ちゃんが友達連れて来るってなぁ珍しい。仲良くしてやってくれ」
「それは事実上の保護者公認の仲という解釈でよろしんですねマスターさん」
「はっはっは、名前も変わってるが言うことも変わってるな。嬢ちゃんの友達らしいぜ」
勝手なことを言っているが、さすがマスター。早くも打ち解けてくれて嬉しい。
オレンジジュースを飲みながら、すでに私を置き去りに楽しそうに談笑しているアルラウネ。10年ぶりに来たこの三国の話を聞きたいと言っていたので、その間に私は他の買い物を済ませてしまおうかな。
「パン屋のせがれが結婚しちまったからな。心配だったが、エッジもアル嬢ちゃんもいるなら安心だ」
「パン屋のせがれ、というのは?」
「…………」
えっと、香辛料を買い足しておこうか。あとえーっと何を買うんだっけ? 塩…はまだあるし、えっと小麦粉…もあるし、えーっと、えっと……、
「……メイスの目がみるみる100m自由形に」
「フレイルって優男でな。年は離れてるが嬢ちゃんと仲良かったんだ。しかし結婚して今は首都に住んでてな」
「へぇ~~」
「…………」
私の顔を横から覗き込むアルラウネがウザイ。私は脳内買い物リストの整理で忙しいんだよ。そのニヤニヤ顔を止めろ。
「ねぇメイス。そのフレイルってのはどういう人なの?」
「………誰なんだよそいつは?」
「嬢ちゃん。何があったか知んねぇが、知らんぷりはねぇだろ? 聞いたぜ。わざわざ首都から来てたってのに、嬢ちゃん居留守使ってたらしいじゃねぇか」
「……………」
……聞いたというのは、フレイル本人にだろうか。あいつめ、気付いていたんだな。
気付いていたのなら無理にでも扉を開けて入ってくればよかったじゃないか。
いつもそうだ。フレイルは私の窮地には駆けつけてくれるクセに、私が来て欲しいときには来ない。
…………、
……わかっている。
居留守まで使って、何が来て欲しいだ。
自分の我儘加減にウンザリする。
きっとフレイルもこんな私には愛想が尽きたことだろう。
これからはあの銀髪巨乳の副団長様と、仲睦まじく暮らすのだ。
もう、私のことなんて……。
「………う゛ぅ…」
あ、
あぁ、まただ。
また涙が出てきた。
私はどうして、こんな弱虫なのだろうか。
これまでずっと、私なりにがんばってきたというのに。
ここのところはひどい。ふとした拍子に涙が溢れてしまう。
しかたないか。
私は弱くて泣き虫の、女々しい小さな女の子なのだ。
もう、戻れないのだ。
「……嬢ちゃん」
「…………すいません今日は帰ります。ありがとうございました」
「あ、メイス」
「先に帰る。知りたいことがあるならマスターに色々聞いてくれ」
アルラウネの情報収集に私は必要ない。マスターなら大抵のことは教えてくれるはずだ。
ぐしぐしと服の袖で顔を擦り、酒瓶を抱えてマスターが品物を入れてくれた袋を担ぐ。
お金を置いてもう一度マスターに頭を下げて、誰も居ない我が家へと帰った。
○
青の国の東の街。そこからさらに外れた森の家。
ここは私が一人で住んでいる場所だ。
私が一人になれる場所だ。
私が、誰にも見られずに、泣ける場所なんだ。
「……………」
まだお昼前だというのに、服も着替えずに布団に潜り込んで身体を丸める。
こんな気分のときは、師匠の帽子を抱いて眠ると落ち着く。
少しだけ寝て休んだらお昼にしよう。
そうして私は考えるのを止め、目を瞑り、帽子を強く抱いて
布団の中で、もぞもぞと、みっともなく、
益体もなく、自堕落に、
これ以上傷つかないことを祈りながら、
全ての幸福を諦める代わりに、
この先にどんな絶望も無いよう、
そう、願いながら、
「メイス……」
「…………」
なのにアルラウネは、私を一人にしてくれなかった。
マスターと話してるんじゃなかったのか。
やっぱりこんな奴、家に泊めるんじゃなかった。
そうは思っても、私は結局アルラウネを家から追い出さない。
何故ならアルラウネは、この世界の人間では無いからだ。
この世界の人は、異世界から来た純血の魔族を憎悪している。
だから私は、誰にも話せないことがあるのだ。
そう、
アルラウネは私と同じ世界の人間だから、話すことが出来る。
本当はずっと、私の話を誰かに聞いて欲しかった。
「元の世界に、帰りたいんだ」
「………うん」
アルラウネはこんな世界で、五千年も生きているのだと言う。
正気の沙汰ではない。私ならきっと気が触れてしまう。
それとも魔物であるアルラウネのように、死に難い身体で人の理を外れた時間を生きれば、いずれ慣れるものなのだろうか。
「でも元の世界にはもう帰れない。私はこの世界で生きていくしかない。この世界じゃ私の気持ちは誰にもわかって貰えない」
マスケットに負けた。
ドクを助けられなかった。
グラディウスを失った。
もうあの世界には帰れない。
この異世界で一生心を磨り減らして暮らすのだ。
そんなこと、この世界の誰にも言えない。
それでも私はフレイルさえ居れば、それだけでいいと思った。
「フレイルだけが、心の支えだった。私は……」
「そのフレイルって人のこと、好きだったんだね?」
「………違う」
違う。
違う。
何度も心の中で叫ぶ言葉。
「私は、男なんか好きになったりしないんだ」
別にフレイルのことを好きだったわけじゃない。
だからこれは、失恋なんかじゃない。
「ただの友達なんだ」
フレイルは私の初めての友達だ。
だから私はフレイルの結婚を喜ばなくちゃ。
私が悲しいのはオカシイことなんだ。
別にフレイルはどこへ行ってしまったわけでもない。
騎士の任務があるだろうに、無理をして東の街まで会いに来てさえくれた。
マスケットやドクのように、縁が切れたわけではない。
私の心の支えに、なってくれるはずだ。
アルラウネはエッジのことをまるで兄のようだと言ったが、私にとって兄というならフレイルこそが相応しい。
サーベルさんも言っていたじゃないか。
フレイルは私のことを、まるで実の妹のように思ってくれていたのだ。
……だけど、思ってしまった。
「私は本当は、男なんだから」
だけど私は、思ってしまったのだ。
フレイルに捨てられたわけじゃない。仮にフレイルが居なくったって、私には東の街のマスター達も、首都の旦那さま達も、白の国のエッジ達も居るというのに、
そう思うだけで、私は全ての支えを失ってしまった。
もう、立つことも出来そうにないくらいだ。
フレイルは私のことを、せいぜい妹くらいにしか思っていなかったのだ。
フレイルは私のことなんて、何とも思っていなかったのだ。
○
アルラウネに、全て話した。
剣のことも、マスケットとドクのことも、三月式典のことも、フレイルのことも。
「メイスが性転換者だったなんて、驚いたよ」
…………、
そう思うのも仕方がない。
私を見て男だと思う人は、一人だっていなかった。
どうせ私は、女だ。
男らしさとは潔いことだと、ドクは言っていた。
私は男らしさというのは、強いことだと思う。
誰にも負けないくらい強ければ、身体は女の子だったとしても男らしいと言えるかもしれない。そう考えた。
けれど、私はとても弱かった。
これまでずっと、私なりに強くなろうと努力してきたつもりだったが、私は全然強くなれない。肝心なときには負けてしまう。
とても、弱い。
ならばせめて潔く、女として生きることを認めればいいのに、それもしない。
私は失恋なんかしていない。私は男だから、フレイルのことを好きじゃなかった。
ほとほと女々しい。
いつかグラディウスが言っていた通り、男らしさなんてもう私のどこにもありはしない。
もう男には戻れないから、女として生きていくしかないのに、
私は男にも女にもなりきれず、ここで塞ぎこんで丸くなっている。
「そっか、今の性別が正しくないから誰かを好きになるのが嫌なんだね。
メイスは男に戻りたいのかな?」
「………もう…無理だよ」
「その願いを叶える剣ってので戻るつもりだったんだね。そしてそれを失った」
グラディウスは、いつも私の願いを叶えたがっていた。
さっさと願って、叶えて貰えばよかった。
奥さまは剣を失ったあとに願いを持てば絶望することになると言っていた。
その通りだ。私はまだ願いを叶えていなかったが、剣を失った私は今、絶望の底にいる。
あの剣が今ここにあればいいのに。
あの剣はもう私の手には無い。
私はもう、どうしようもない。
「そんなに女の子の自分が嫌、か。
………ねぇメイス。見て」
一頻り話し終え、生まれた沈黙をアルラウネが破る。
アルラウネは私の前に立ち、おもむろに服を脱ぎ始めた。
……………、
……って何をしてんだ!?
何故、脱ぐ!!?
「ハァ…ハァ……、さぁ見るんだ…もっと近くで!!」
「………殴っていいか?」
「冗談。ホラ見てごらん」
今の今まで私は真面目に話していたというのに。
こいつの露出趣味に付き合う気分ではない。馬鹿にしているのか。
しかもアルラウネは一張羅の森ガール服の下には何も着ていなかった。下着も何もないアルラウネの裸体が私の目の前に晒される。
そしてその姿に、私は驚いた。
「…………え…?」
「メイスには、ボクが女の子に見えるかな? それとも男の子に見えるのかな?」
どういうつもりなのかは、見ればわかった。
その…、どう言葉にしていいのか、
アルラウネの、その部分には、
何も、無かった。
作り物の人形のように平面あるだけで、何もない。
男の子ならばあるべきものはもちろん、
女の子にあるべきものも、そこには無かった。
「則巻アラレみたいでしょ。ボクの身体は花の根っこだからね。見た目は女の子に見えるだろうけど、実はそうじゃない。ボクも元々は男だったんだけれど、今はもう男でも女でもないんだ」
アルラウネは、
元々は男でありながら、男でも女でも無いものにされたのか。
魔物にされて、性別も失って、
それじゃあ、身体も心も女の子にされた私とも、違う。
「ボクはこの身体で五千年生きている。色々あったけれど、愛する人と結婚したことだってあるんだ」
「え…? 男の人と?女の人と?」
「うふふぅ、両方だよ。
……でも結局はみんな病気や寿命で死んじゃったし、ボクは魔物で植物だから子供も出来ない。たまには虚しくなるときもあるよ」
五千年。
メトシェラと名付けられた木が、そんなくらいの樹齢だったか。
長い、なんてものじゃない年月だ。色々あったなんて簡単に言うが、私には想像も出来ない。きっと誰にだって出来ないだろう。
それほど長い時を生きるというのは、どんな気分だろう。
私の8年だって色々あったものだ。だがアルラウネは他のどんな存在をも超越するほど長生きで、人生経験だって、およそ全て人間が感じる幸福も悲哀も味わっているのだろう。
けれどそれでも、子供は出来ない。
人間じゃないから。魔物だから。
性別が、無いから。
「別にメイスに子供を産めって言うんじゃないんだ。
でも、男だからとか、女だからとか、そんなことでメイスに悩んで欲しくない。
ボクから言わせれば同じことさ。生きていれば結局どうしたって虚しくなるときもあるもんだよ。
だけどそれでも、本当に幸せを感じられるときだってあるんだ」
それでもアルラウネは人を愛したのか。
子を成せなくても。人間じゃなくても。
知る者全てが朽ち果てていく時の中で、
それでも人と愛し合うことが出来る。
「ボクはね、みんなを覚えてるんだよ。
ボクはボクを愛してくれた人たちを忘れない。
ボクが愛した人たちのことを忘れない。
そりゃぁ気持ちが一方通行だったことも多いけど、誰かを愛した思い出はボクの中でいつも光り輝いているよ」
色欲の魔物、アルラウネ。
元は一人の人間から、8つに分かたれた内の、色欲の意識。
色欲とは、男女間の情欲を差す。純粋な意味での愛とは違うが、愛し合う者たちが互いを求め合い、子を成すことで生命を繋ぐための行為を誘発する『衝動』
ならば色と愛は表裏一体。
男女の交わり。生き物の営み。
性別の無いアルラウネは、色欲でありながらその交わり営みを許されない。
だが、だからこそ、
色よりも愛に純粋なのかもしれない。
「だからメイス。
男だとか女だとか、そんなことくらいで誰かを好きになったことを消してしまわないで。
誰かを好きになった自分を、無かったことにしないで。
ボクが保証するよ。
性別なんてどうだって、誰を好きになったっていいんだよ」
○
私はフレイルのことを好きじゃない。
だからこれは失恋なんかじゃない。
私は悲しいわけがない。
女じゃないから。男だから。
アルラウネにその言い訳を崩されて、また涙が出る。
性別なんて、どうだって、
心で叫ぶ。
違う。
違う。
けど、アルラウネの言葉を聞いて、ちらりと私は思ってしまう。
本当は、
ほんとうは、
私はフレイルのことが、大好きだった。
そう思った途端、私の心は今度こそ支えを失い、
言い訳と嘘で塞き止めていた涙が、目からぼろぼろと溢れて止まらなくなった。
一日中、わんわん泣いた。
もう一生止まらないんじゃないかと思ったけれど、
アルラウネに頭を撫でられて、
涙はいつか止まってくれて、
泣き疲れて眠ると、
不思議と心が、軽くなった気がした。




