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第五十話 魔術会

 何かあったんだ。

 それ見たことか。やっぱりフラグが立っていたんだ。

 ドクもマスケットも私の大切な友達だ。それを理由に狙われた。

 そう考えるといてもたってもいられなくなって、すぐにその場から走り出した。


「うぅ……ううぅ……!!」


 フレイルや奥さま、学園長や先生たちが制止する声なんて聞こえない。

 ふざけやがって。

 私を狙わず二人を人質にでもするつもりか。ふざけやがって。ふざけやがって!!


「くそっ…くそぅ……!!」


 どこをどうして走ったのかわからない。

 人混みを掻き分け、横行する馬車を停止させ、露店の果物をブチ撒けながら、足が動くだけ走り続けた。

 ダイエットのために始めた走りこみがこんなところで役に立つとは思わなかったが、やっぱり何の役にも立たなかった。

 何の情報も無いのだ。私自身、何処を目指して走っていたのかわからない。

 結局力尽きて膝が折れる頃には、日が落ちていた。


「ドク………マスケット……」


 七つ目の鐘が響く。

 二人は何処にいるのだろうか。

 わからない。

 …何も、わからない。

 悪い奴らに攫われたのか、それすら確かではない。

 いや決まってる。フレイルが言っていた私を狙う輩が、私と関係のある二人を攫ったのだ。


 舐めやがって。

 何処だ!! 出て来い!!

 私の大切な友達に手を出したんだ。タダで済むと思うな!!!!


 出て来い。

 私の前に姿を現せ。

 消し炭にして、吹き飛ばしてやる。


 …………、

 出て来るわけが無い。

 私を恐れて二人を狙うような臆病者だ。きっと安全なところで甘い物でも食べながらヘラヘラ笑っているんだ。

 ちくしょう……、


 …………、

 ……隠れているというのなら、燻り出してやろうか?




 ここで、アレ(・・)を使ってやろうか?




 宿に預けた荷物の中にある。

 私の、最後の作品にするつもりで作った魔道具。


 アレならこの街ひとつ焼くくらい、そう難しいことでは無い。

 燻り出して姿を見せた瞬間、光線魔術で一瞬で灰にしてやれる。



 …………、

 ……いや、駄目だ。


 アレをこの世界で使えば、

 この世界の人たちに見られれば、

 きっと全てが変わってしまう。


 魔王が呼び出した魔族たち。オレラが作った物とは違うのだ。

 そう手に入らない素材。クラーケンがグリフォンを食べたときに回収した、()を組み込んであるとは言え、

 アレは魔道具だから、この世界の人にもいずれ作れてしまう。


 アレはこの世界では使えない。

 考えて考えて、作ってしまったが、

 この世界の人のために、いい方向で利用出来ると思って、作ってしまったが、

 今でも、どうしようか迷っているが、

 やっぱり、処分してしまうべき物だ。


 私は今、武器としてアレを使うことを考えた。

 アレは戦略レベルの兵器に成り得る。

 アレを(まと)った魔道師は、この世界では無敵だ。



 臆病な私が芋を引く。

 本当はわかってる。私に人を殺すようなこと、出来はしない。本当はしたくもない。

 ただの強がりだ。


 大体、犯人の顔もわからないのにどうやって見つけるというのだ。

 それに本当に街一つ焼いたりなんかしたら、ドクやマスケットにまで危険が及ぶではないか。馬鹿なのか?



 情報が足りない。

 どうしたらいいんだ。

 何か、出来ることはないのか。

 そんなものは、私には無かった。


『では 私に願うか』


 私の持つ剣が、いつものように言う。

 この剣は、どんなことでも叶えてくれる。

 私には打つ手は無い。だが私がこの剣に願いさえすれば、二人を助けることなど、造作もない。


『それが お前の願いか』


 グラディウス。

 私の願いは、それでいい。


 お願いだから二人を、

 ドクとマスケットを、

 今すぐ私の目の前に………、



―――――――こっちです メイス



 聞こえた声に顔を上げ辺りを見回す。

 三月式典会場の人混みは騒がしく、がやがやと騒がしい只中で何故その声が聞こえたのかはわからない。

 その人混みの狭間に確かに見えた。

 魔道具の灯りに照らされて輝く丸い金属プレートのバレッタと青い髪。


 まるで幻のように、マスケットの姿を確かに見た。


 すぐに走り出すがタイミング悪く馬車が横切る。

 通り過ぎた後には、もうどこにもマスケットの姿は無かった。

 どちらへ行ったのかわからない。それでも駆け付け少しでも痕跡を探すように、マスケットが立っていた場所で周りを見る。


 そこは三月式典本会場の東の端。

 魔術会が開かれる特設会場。

 そしてその出場者が登録するための、受け付けがあった。



 本会場の東の門。

 こちらは外から人が式典会場に入るための出入り口ではない。その隣に設けられた魔術会会場の出入り口だ。

 設けられたと言っても、特別な施設は作られていない。魔術会では魔道師たちが持てる技術を尽くすため、場合によっては小さくない範囲の攻撃魔術が行使されることもある。よって簡単な観客席があるのみだ。

 メインとなるイベントは新しい魔術の発表会だ。ただ荒野が広がる東の土地で魔術の叡智を発表しあう。日程は違うが、魔道兵器の実演もこの会場で行われるはずである。


 魔術会で発表される治癒魔術や土木工作魔術、生活魔術などは地味だがこの世界に無くてはならないものだ。これらの発展こそが、この世界の人類の発展である。

 そして攻撃魔術に於いては、射程距離、効果範囲、何より威力、当たり前だがそういった破壊的な要素が伴う。そのためにわざわざ壊されるための施設が用意されていないのだ。

 魔道師たちは、ある者は怪我や病気を治癒したり、ある者はその場に運河や大木を作り出し、そしてある者は用意された作り物の的や捕獲された魔物などを撃つ。

 それが魔術会。



 その魔術会が執り行われる会場の門の前には今、出場者が登録するための受け付けがある。

 この世界の文字で書かれた看板を掲げる大きなテントは出場する魔道師たちの控え室になるのだろう。だが今は誰も居ない。入り口に置かれたテーブルに職員が一人居るだけだ。

 その人もどうやらもう帰るところのようだ。すでに日も落ち、七つ目の鐘が鳴った後。


「す、すいません!」


 慌てて呼び止める。

 予感がする。私が見たマスケットは幻なんかじゃない。確かにここにいたのだ。

 この魔術会の受け付けの前に。


「ん、君は魔道師か。そんな小さいのに魔術会に出場したいのかい?」

「今、ここに青い髪の女の子が居ませんでしたか? 丸い金属のバレッタを付けた…」

「青い髪? ああ、さっきの眼鏡の子のことか? ちょっと待ちな……これだ」


 職員の男の人はごそごそと、片付けた荷物の中から名簿を出して見せてくれた。

 数百の魔道師の名前が書き連ねられた名簿の中、一番表に重ねられている紙、その一番下。つまり今日最後に登録した人の名前が書いてある。

 そこにある名前は、

 【マスケット】


「そりゃ魔道師会の方の出場者の名簿だ。そのマスケットってのがさっき登録していった青い髪の子だな」

「魔道師会……」


 間違いなかった。確かにマスケットはここに居た。

 でも魔道師会に出場? どういうことなんだ?


 魔道師会とは、魔術会のメインではない方のイベントだ。メインではないとはいえその人気は高く、騎士や剣士が参加する武術会と並んで三月式典の名物である。

 魔術会はメインのイベントの他に、サーカス団体による魔術ショーなどのイベントも行われる。魔道師会もそれらのイベントの一つで、魔道師同士が魔術を用いて対決する場である。簡単に言えば魔道師たちによる天下一武道会みたいなものだ。

 天下一武道会同様、原則として相手を殺してしまうと負けとされるが、攻撃魔術は本来、対魔物用だ。本気で放てば簡単に人が死ぬ。魔道師は抗魔術も使えるとはいえ、それを突破しなければ攻撃にならないのだから結局は同じことである。

 前回の式典魔術会でも何人かの死者が出たと聞く。だが、この魔道師会で優勝した者には最高位の名誉が与えられるのだ。事実参加者は毎回数百人に登るしイベント自体も無くなることはない。

 それに、マスケットが出場する。


 おそらく、マスケットは餌なのだ。

 私を誘き寄せるための、餌。

 これは魔道師会に出場しろというメッセージだ。


 目的はわからない。

 ひょっとしたら勝負に乗じて私を殺すのが目的なのか。相手を殺せば負けにされるが、殺した方の魔道師が罪に問われることは無い。合法的に人を殺せる、と言い換えることも出来る。

 だが、これに乗らないという選択肢もありえない。

 出場しなければ二人がどうなるか…、ということだろう。



 私の身分証を見せると受け付けの人は目を見開いて驚いた。白の国のAランクの魔法士の証。こんな小さな子供が高位の魔道師だとは思わなかったのだろう。

 名簿のマスケットの名前の下に、私の名前を書き足して確認してもらう。

 これで私の魔道師会の出場が決まったわけだ。

 どちらにしろ出場するつもりだったのだ。蒼雷の弟子として、師匠と共に三国中にその名を轟かせるために。

 もうそんなことを言ってられる場合ではないが、出場すること自体は問題ではない。私たちの再会を邪魔した奴ら。姿を見せたらいつでも魔術を撃ち込んでやる。

 相手が魔道師だとしても関係無い。

 今の私に、魔道師が相手になるものか。

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