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第四十九話 三月式典


「フレイル!!」

「メイスちゃん! はは、久しぶりだ!」


 翌日のお昼。赤の国首都南に造られた三月式典本会場。

 大きな大きな門の前で待ってくれていたフレイルに飛びつく。

 2年ぶりの再会。この日をどれだけ待ち望んだことか。

 勢いよく飛び掛ったが、フレイルはしっかりと私の身体を受け止めてくれた。

 フレイル、会いたかった。


「ギロチン様に聞いていたけど、心配したよ。元気そうで本当によかった」

「うん。私は大丈夫だよ。心配させてごめん」

「いいんだ。僕の方こそ、何も出来なかった。本当はすぐに君を迎えに行きたかったのに……」

「フレイル…」


 端整という言葉ひとつを極めたような顔立ち。サラサラの金色の髪に皮製の軽鎧。久しぶりに見るフレイルはなんだか一段とかっこよく見えるな。きっと久しぶり過ぎて新鮮な感じがするんだ。

 待ち合わせの時間にはまだ早かったが、フレイルは早くから待っていてくれたらしい。


 青の国の公爵である旦那さまは何度か白の国にも来ていたのだが、私は会うことは出来なかった。旦那さま以外の貴族も多数来ていたので、私が姿を現すわけにはいかなかったのだ。

 私は、奴隷制度廃止を勧める旦那さま達改革派の敵勢力に狙われていたらしい。保守派にとって魔力を持つ黒髪である私は消しておきたい存在だったのだろう。

 そこら辺のことはあらかじめ女王に言い含められていたので、私はみんなと手紙をやり取りすることも出来なかった。だが旦那さまにだけは、女王から直接私のことを伝えてくれていたらしい。

 そしてその保守派は旦那さま率いる改革派によって統制され、結局は制度改革が成されることになった。

 後はこの式典の大議会で三国同盟の条約を結ぶだけだ。


「でも保守派の貴族がまだ君を狙ってるかもしれないんだ。油断は出来ない」

「なんでまだ私を?」

「君が凄い魔道師ってことは国中の人が知っているからね。君の身柄さえ拘束すれば、例えば傷害事件を起こして君に罪を着せる、なんてこともあるかもしれない。そうなれば魔族の立場も悪くなって保守派が息を吹き返すかも」

「…どんなことになってるんだよ青の国は。キナ臭すぎるだろ」


 私の知らない内に青の国の議会はややこしいことになっているようだ。そりゃそうか。革命を起こすようなもんだ。万事がすんなりうまくいくわけがない。

 私の世界はどうやって奴隷制度がなくなったんだっけ? たしか世界人権宣言がどうとか学校で習ったような気がする。が、よく覚えていない。社会科は赤点だったし。


 ともかく、変なことにならなければいいけど……、

 絶対なんかある。フラグ立ってる。

 重々気をつけておこう。


「なんてね。全部憶測だよ。念のためってやつさ。

 それに万が一そんなことになっても大丈夫。そのために僕がいるんだから。メイスちゃんの護衛は今回の僕の任務なんだ」

「へぇ、そうなんだ。でも自分の身くらい自分で守れるよ。私はこの2年でものすごく強くなったんだ」


 今の私を倒せる者など、そうは存在しないだろう。フレイルが護衛してくれるまでもない。私をどうこうしようという輩が現れても片っ端から蹴散らしてやれる。


 ……でもいざと言うときはフレイルが私を守ってくれるのか。

 私を守る、私だけの騎士。


「……で、でもせっかくだから、フレイルに守って貰おうかな?」

「まかせておいてよ。お姫様」

「う、うん!」


 ……なんだろう。

 なんだろう。フレイルと再会しただけで、私の幸福メーターが完全に振り切れてしまっている。

 顔がにやけて仕方がない。それを隠そうとまたフレイルの腹に頭をぐりぐり押し付ける。おいおいこれから再会しなきゃいけない相手はまだまだいるんだぜ。この上旦那さまや奥さまやドクやマスケットと会ったら私はどうなっちゃうんだよ。幸せすぎて死んでしまうんじゃないのか?


「そうだ。他のみんなは?」

「まだ時間じゃないけど、もうすぐ来るんじゃないかな? みんなもメイスちゃんと会うの楽しみにして……」

「メイス!!」


 私の名前を呼ぶ声に振り返る。

 この式典のために新しく誂えたのだろう豪奢なドレスに、銀色の綺麗な髪。

 そして何より、見る人の目を釘付けにしてしまう巨大なバスト。


「奥さま、お久しぶりです!」

「ああ、メイス。会いたかったわ」


 奥さまも私の身体を両手で抱いてくれた。二つの大きな弾力が私の頭を優しく包んでくれるのを感じる。

 奥さまも全然変わっていない。あの時に別れたときのままだ。


「少し背が伸びたわね。メイス」

「はい奥さま。あの時奥さまが助けてくれたおかげです。ずっとお礼も言えなくて……」


 …と、そこで奥さまの影に隠れる小さな男の子に気付いた。

 幼稚園すらまだというくらいの、銀色の髪の男の子。奥さまのスカートの生地を内骨(クリノリン)ごとしっかりと掴んで、じっと私の顔を見ている。

 この子は、ひょっとして、


「カトラス…?」


 私が名前を呼ぶと、サッと顔を隠してしまった。

 あの時は、言葉も喋れない赤ん坊だったのに。

 2年も経てば赤ん坊のカトラスもこんなに大きくなるんだ。


「ほらカトラス。覚えているかしら? メイスよ」

「…………」


 私が覗き込むと、恥ずかしがって逃げるように奥さまの影に隠れるカトラス。

 思わず顔が綻ぶ。

 私の幸福メーターは青天井だったようだ。



 変わらないものもあれば、変わるものもある。

 フレイルも奥さまも前と変わりないが、

 カトラスはこんなにも成長していた。

 ドクやマスケットは、変わっただろうか?

 二人も年頃だ。変わったに決まっている。


 はやく、あいたい。


 二人の姿を見たい。

 私の姿を見てもらいたい。

 私の小さな胸が、期待で膨らんで弾けそうだ。



 奥さまとカトラスは来たが、旦那さまは来れなくなったらしい。

 仕方がない。大議会の準備はとても忙しいものだろう。

 期間は一週間もあるのだ。時間が取れ次第一緒に食事でもという伝言は、多忙な旦那さまらしい。


 でも、


 待ち合わせはこの式典会場の入り口、大きな門の前に、お昼の鐘が鳴る頃に。

 たしかにその伝言は、女王から旦那さまを通してみんなに伝わっているはずなのに……、



 ほどなくして四番目の鐘が鳴り、お昼になった。

 そしてその次の五番目の鐘が鳴っても、

 マスケットも、ドクも、

 約束の場所には、来なかった。


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