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第四十八話 赤の国


 年が明け、また秋が来た。

 私が白の国に来て2年。

 とうとう、約束の秋が来た。


 3年に一度開かれる三月式典。

 青の国、赤の国、白の国、三つの国同士の文化交流祭。この式典の中だけは治外法権だ。たとえ髪の黒い魔族であろうと、白の国の法律が守ってくれる。

 とはいえ扱いが大きく変わるわけではないし、私は青の国で指名手配されている身でもある。いつぞやサイも言っていたが、余計な面倒を避けるためにも髪はまた緑にでも染めておこう。

 でもとんがり帽子は被らずとも持っていく。お守り替わりだ。


 式典の会場は首都近辺の荒野に開かれているらしい。三国中に配られているチラシには多くの商会が名を連ねているが、さらに個人商店や旅商人も多く店を出す会場は商店街の集合体のような街を形成することになる。

 三国が順番に開催する三月式典。今回の開催は赤の国なので最大の見物は魔道兵器の見本市になるとのことだ。

 魔道兵器というものは、どういう仕組みなのかいまだに私にはわからない。中級以上の魔術を封じた魔道具と解釈しているが、いつか見た魔道兵器は鉄の槍のような物で、どう見てもそんな大きな魔力容量を持っていなかった。カートリッジのようなものを取り替えていたが、あれに秘密があるのだと思う。

 しかし魔道兵器や魔道具の見本市というものは、原則として魔道師は入れないことになっている。特許権の無いこの世界で複製に対する配慮ということなのだろう。

 ちなみに見本市には捕獲した魔物を撃ち殺すという内容の実演販売も行っているらしい。

 私は見たい物ではない。


 式典の日程は一週間になる。女王によるとその間に大議会が開かれ、細かい取り決めや法の不備を詰めていくらしい。予定通りなら日程の最終日に三国間の条約が締結。奴隷制度廃止が成されることになる。

 すでに各国での法整備もまとめられていて、青の国も赤の国もその話で持ちきりになっているそうだ。この一年ほどは商人たちが大慌てで走り回っているとサイがけらけら笑っていたな。

 奴隷という労働力を失えば困るという人はたくさんいるだろう。それは仕方がないことだと思う。これまでずっとそうしてきたことを急に変えるのは難しいことだ。

 だから私は、掃除機や洗濯機など、代わりの労働力となる魔道具をたくさん作った。

 これらが普及されれば、これから変革される世界の助けになるはずだ。急には無理でも、ゆっくりと確実に変わっていけばいい。

 魔族の差別もすぐには無くならないかもしれないけれど、それも時間が解決してくれるだろう。

 私に出来ることは、それほど多くは無い。

 これが、この世界での私の最後の役目ということにしよう。


 そして、グラディウス。

 全部終わったら、全部元通りだ。

 8年過ごしたこの異世界とも、

 みんなとも、この姿とも、さよならだ。


 みんな、

 マスケット、

 もうすぐ、会える。



 赤の国の港へ渡り、稼ぎを求めて列を成す乗合馬車に揺られて、赤の国の首都に向かう。

 一週間以上の滞在になるのでそれなりの準備をしてきたつもりだったが、根本的なことを忘れていて問題が発生した。

 寒い。

 季節は秋も真っ只中。そういえば秋って寒いものだったんだ。常夏の白の国に二年も居てそんなことも忘れてしまっていた。

 こんな薄手のワンピース一枚じゃ風邪を引いてしまう。とりあえず港街で適当に毛皮のコートを買ったが、ちゃんとした服を買わなければならないな。

 まぁお金はたんまりある。この2年の間に稼ぎに稼いだのだ。色々出費もあった気がするが、主にカレー粉のおかげで今の私は一切お金に困ることはない。歩く身代金と呼んで欲しい。

 式典にはこの世のありとあらゆるものが売買されるとまで言われている。服でも何でも探せばいい物が手に入るだろう。寒いのは苦手だが、もう少し我慢だ。



 乗り合いの馬車で途中の町で一泊、そして首都までさらに一日、その途中の首都南側の荒野に式典会場がある。開会式は明日だが、数日前から件の特設商店街が賑わっているようだ。

 私が到着したのは夕方になった。女王もすでに白の国の議会の面々やエッジとウルミさん含む護衛の人たちと一緒に来ているはずだ。サイも商いに来ているだろう。双子はというと、ハルペの髪も染めてあげたのでショテルと両親と一緒に家族水入らずで明日くらいに来ると思う。私は一人でも寂しくは無い。断じて。


『連れが欲しいというのならいつでも用意できるぞ? 私に願えば』

「……そういえばお前がいたな」


 訂正。私一人と剣が一本。

 まずは宿を探さないと。寝床が決まれば次は服だ。

 とにかく人が多い。沸いて出るように多数の露店や大きなテントが建てられ形成された街は道幅が一定でなく、人の往来が多いのに極端に狭い道もあり馬車が詰まったりして大変だ。ここはそもそも何も無い荒野らしいが、そんな面影は微塵も無い。俺が私がと商店が立ち並び、いくつもの立派な宿泊施設も揃っている。この日のためだけに建てたんだろうか。

 商魂たくましい商人たちの怒号のような声があっちこっちから飛び交う中、小さな身体で人の間をすり抜けて進む。目指すは一番大きなホテルだ。大事な荷物を預けなければいけないし、セキュリティ高いに越したことはない。

 年齢的な問題でチェックインに手間取るが、白の国で魔法士の試験を受けた私はAランクの身分証がある。荷物を預け、服を求めて再び外へ。

 すでに日も沈み、空には月が三色輝いている。だが街は魔道具の灯りに照らされ昼も同然の明るさだ。人の活気も衰える様子はない。まだまだ宵の口だ。


「こういうのなんかワクワクするな」

『さっきからすれ違う人間に私が触れそうになっているが 大丈夫か?』

「それは気をつけてるから安心しろ。誰彼かまわず願い叶えて面倒臭いことになるのはゴメンだ」

『ふむ…』


 白の国首都の夜は静かだった。久しぶりの感覚に気分が高揚する。

 適当に歩いていると布地を売る露店が立ち並ぶ通りに出た。

 どうやらこの街は式典の本会場の更に南側に隣接して大きな商会が陣取り、そこから扱う商品のジャンルに別れて南向きの商店通りが形成されているようだ。細かい隙間に小さな商店が出来ていたり、南に行くほどジャンルも道もバラバラになっていくようだが、大まかにはそれで間違いなさそうだな。

 メインとなる通りがたぶん10本。私が今居る通りはおそらく服飾関連を扱う商人の通りで、西から数えて4本目の通りになるはずだ。北に向いて歩けば大きな商会のお店があるはず。さらに行けば本会場だろう。

 他とかわらず馬車の往来が多いが、この通りは道が広く取られて歩き易い。

 北向きにてくてく歩くと小さな露店に大きなテント、突貫工事で立てられた商店なんかがご自慢の商品を店先に並べ、私の無駄遣い根性を刺激する。

 綺麗な靴や化粧品、はたして私に似合うだろうか? 大きな宝石の装飾品、魔力容量はどれくらいだ? お金はたんまりあるが、油断しているとあっという間に無くなりそうだな。


 しばらくウィンドウショッピングに興じていると、とんでもなく大きな馬車が止まっていて驚いた。

 この街まで乗って来た乗合馬車の何倍もある。道すがら立ち並んでいたどの商店よりも大きい。馬車だよなこれ。馬は居ないが車輪もついてるし。

 一体どんな馬が引くんだ。黒王号みたいな馬でもいるのか風雲再起じゃでかすぎるか。などと考えながら裏側に回ると、看板と入り口が構えられていた。この馬車そのものが商店だったのか。どうやら移動販売店のようだ。

 興味が湧いたのでこの店にしよう。備え付けの小さな階段を昇って馬車の中へ入ってみる。中はまさしく服飾店だった。

 私は迷わず浅黄色のローブを手に取る。厚手のローブはフードも付いていて、毛皮のコートとあわせて防寒はばっちりだろう。やっぱりこれだ。どこの店でも同じじゃんとかいうツッコミは受け付けていない。

 師匠のとんがり帽子は荷物の中だが、明日はマスケットやドクに会うのだし、慣れ親しんだ格好がいい。

 馬車だということを忘れそうな店内には試着室もちゃんとある。だがローブひとつに試着の必要は無いかな。明日はフレイルにも会うのだし………、


 ………、

 …もうちょっと色々な服を試してもいいかもしれない。


 店員に手早く見繕ってもらった服を抱えて試着室に入り、個室の鏡の前で薄手のワンピースを脱ぐ。暖房の魔道具まで常備されているようで、店の中は寒くは無い。

 さてどれから着てみようか。鏡に映る下着姿の緑髪少女と睨めっこをしながら色とりどりの服を………、


 …………、

 ……鏡には、下着姿の私が映っている。


 白いタンクトップにドロワーズ。色気があるとはお世辞にも言えない。思えば私はどうしてこんな子供っぽいカボチャパンツばかり穿いているのだろう。いやドロワーズは好きだけども。楽だから。

 しかし私ももう13だ。いつか奥さまにも言われたが、ファンデーションガーメントに気を配る頃合いかもしれない。


 明日はフレイルにも会うのだし、


 ………は、恥ずかしくない格好で再会したいしな。別に見せるわけではないが、オシャレというのは見えない所からとも言うし、勝負下着というのも考えるべきかもしれない。

 店員を呼んで下着も見繕ってもらう。てきぱき身体のサイズを測ってもらい、持って来てもらった下着を受け取りいざ鏡に臨むと、そこには真っ赤な顔した鼻息の荒い少女が映っていた。



「で、店員さんに手伝ってもらって着てみたが、こいつをどう思う?」

『これはひどい』

「うん、さすがにこれは背伸びしすぎだと思う。自分で引くレベルだ」

『そんなに寄せて上げて 痛くはないのか?』

「かなり痛い。ガーターベルトは思ってたより窮屈だし、なによりコルセットに締め付けられて口から内臓出そう」

『いや胸が』

「きっついわー。とくにむねのあたりがきっついわー」

『やめろ いつの間に音叉など持っていたのだ それで私を叩くのをやめろ 共鳴振動で強度が下がったらどうする』

「……ちょっと目が覚めた。冷静になって考えたらなんで私がこんなエロい下着つけなきゃいけないんだ。却下却下。下着は止めとこう」

『ちなみに私に願えば胸のサイズなど思うがままだ』

「…………………なん……だと?」

『この世の女という存在を全て敵に回すほどの胸囲を与えてやろう』

「ぐぉぉ…」


 あ、抗い難い誘惑だ。

 去れ! 悪魔め!



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