第百十一話 火と嫉妬のフェニックス
「もういいのか?」
「うん、ありがとうナタ」
「なんだそれ? ひでぇ顔だな」
「王様に引っ掻かれた」
「……それ、大丈夫なのか?」
「お返しにメガネ割ってやったから、おあいこだよ」
「いやそうじゃねぇよ逆だ。何したら王様に引っ掻かれて何でお前が王様のメガネ割ってんだよ。不敬ってレベルじゃねぇぞ」
玉座の間を出ると待っていたのかナタがそのまま突っ立っていた。
「まぁいいや。これで用は済んだんだろ?」
「いやもう一つ。ナタの師匠の工房に行きたい」
「はぁ?」
「紅炎の工房だよ。ここの下の工業区にあるんだろ?」
「…………そうきたか」
この城は人口の台地の上にある。その台地の中は空洞の工業区になっていてブロック分けされた工場が蟻の巣を形成しているらしい。紅炎の工房もそこにあるはずだ。
そこでは『ケージ』が量産されている。
「そこでお前は何をするつもりなんだ?」
「ケージの元を絶つ……、ことになると思う」
「俺がそれを許すと思うのか?」
出来ればナタに案内してもらうのが早いのだけど、それは虫が良すぎるか。
この国は魔道具の生産、ケージによって成り立っている。それを失うなんて誰であろうと許すことは出来ないだろう。
しかし私は無理を通す。道理は引っ込んでいて欲しい。
邪魔をするというのならナタを倒してでも……。
「……ま、いいけどな」
「いいのか」
「ああ。どうせ敗戦国だ。青の国や白の国の魔道師よりは、お前にやる方がマシそうだ」
意外にナタはあっさりと引き受けてくれた。
敗戦国の技術部など悲惨だろう。危ない技術や不都合な事実は抹消されるべきということか。ひょっとしたらあらかじめ紅炎に言い含められていたのかも。
フェニックスの素材を量産し魔導兵器を生み出す『ケージ』
それが作られる紅炎の秘密の工房。
そこでは今でもケージが量産し続けられている。
ならばそこには、
死なない魔物を捕らえた鳥籠がある。
私はその魔物に、聞きたいことがあるんだ。
〇
生ぬるい空気と錆と油の臭い。
魔道具の照明と金属が打ち合う音。
入り組んだ工業区を魔導器のエレベーターで一直線に降りていく。
地下何十メートルになるのか。そこは一番下の、底の区画。
「俺も入るのは初めてだ」
「ナタも初めてなのか?」
「ああ、ここは師匠と、師匠にフランベルジェの名を貰った者しか入れない」
大きな鉄の扉には幾重にも魔導鍵がかけられていて、ナタと二人で外すのに苦労した。
中に入ると薄暗い。ナタが魔術で明かりを灯した。
広い部屋だった。
予想通り、そこにあった。
私の思った通り、そこに、居た。
フランベルジェ以外は立ち入りを禁じられている紅炎の工房、そこに、
大きな金属の『窯』があった。
分厚い鉄の板を貼り合わせたような無骨なドームは高さが5メートルはあるか。何かの配管が何本も繋がれていて、急に音をたてて蒸気を噴き出した。
それは炎を燃べる『炉』であり、
死なない鳥を捕らえる『鳥籠』
中を覗くための丸い窓があった。
近付くと熱気が肌に刺さるようだ。中では緋色の光が輝いている。
煌々と、燃えている。
生きているのだ。
こいつがフェニックスならば、死なないのだから。
私は鞘からグラディウスを抜いた。
「なあグラディウス」
『……なんだ』
「火って、お前に触れると思う?」
『やめろ 物騒なことを言うのをやめろ』
「いやそういうんじゃなくて、真面目な話」
『やってみなければなんとも言えん が 出来ればやめろ 私が焦げる』
「まぁそう言わずに……」
といって直接触る必要もない。
こいつらの扱い方はもうわかっているのだ。この窯の鉄板くらいの隔たりでも大丈夫だ。魔物の魔力は剣に届くし剣の魔力も魔物に届く。グラディウスの声はちゃんと届く。
ここでグラディウスを通して、あの『夢』に入ればいい。
魔物とも心を通わせることのできる剣を正眼に構えて、
炎を宿す鉄の大窯に刃の無い刀身で軽く切りかかる。
キィン…、と高い音が鳴った。
●
ギャ…
ギャギャ?
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ
誰れなんだぜ? おま前はだ誰なんだぜ?
いつものジジーじゃねーじゃねーか
死しんだか?
とうとうし死んだのか??
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ
じゃあお前えが 次ぎか
つ次のフランベルジェか
「………違うよ」
………………違がうのか
おま前の名前えは?
「私はメイスだよ。こいつはグラディウス」
メイス
グラディウス
そうかおま前らは オレと同なじ
お同じ 光り
覚ぼえたぜ オレはお前えらをお覚えたぜ
ギャギャギャギャギャ
な名前があるなんて オレはおま前らの名前えを覚ぼえた
オレのな名前は 誰れもし知らないのに
だ誰も オレの名前えをよ呼ばないのに
う羨ましいんだぜ
妬たましいんだぜ
「私は知っているよフェニックス。私は他の魔物たちにもみんな会ってきた。今日は聞きたいことがあって来たんだ」
…………、
………まあいいのさ
な名前なんて どうでもいい
他かのオレのことも どうでもいい
オレは だ誰にも 触われもしない
だからおま前らが う羨ましいんだぜ
妬たましいんだぜ
「本当に身体が火で出来てるんだな。火を纏う鳥じゃなくて、鳥の姿をした火」
そうだぜ
この身体だは し芯まで炎おで出で来ているんだぜ
だからう羨ましい 妬たましい
に肉のある全べてが ね嫉ましい
「だからそんなところに引き籠もってるのか?」
ちがう
ちがうんだぜ
オレは に人間をま守っている
ここで人間んを守もっている
オレも に人間を守もれば
人間んどもが オレをす好きになってくれるんだぜ
どうだ オレの国には
オレのま街は に人間たちは
あのと蜥蜴の村らなんかよりも ずっとずっとすごいんだぜ
「…………そうか、ドラゴンの」
ああそうだ
あんなむ村はも燃やしてやった
蜥蜴げがじ邪魔するから オレはも燃やせなかったけど
に人間が か簡単に燃もやしてた
と蜥蜴のむ村はよくも燃えた
オレはそれをずっと見みてた
蜥蜴げがな泣くのを ずっとみ見てた
なのに
全然ん ぜ全然 気きがは晴れない
う羨ましかったんだぜ
妬たましかったんだぜ
オレはこんなか身体になったのに
蜥蜴げはに人間に囲こまれて さぞいいき気分だったろう
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ
だから だから
手てにい入れた
オレはオレのむ村を て手にい入れた
オレがう羨ましいなら
妬たましいなら
な泣き虫しな蜥蜴げにも す少しわ分けてやってもいい
そうなれば
触われなくても
人間んたちに か囲まれて
オレは オレは
いい気分ん
「騙されたんだな。人間に」
…………
………………そうだ
さ最初のフランベルジェに オレはだ騙された
ここに囚らわれて は羽を毟しられるだけだった
わかってるんだぜ
ここでオレのための国にをつくる
そう言いったフランベルジェ以外いに ここには誰れもこ来ない
オレはと蜥蜴のように 出来きなかった
ああ
う羨ましいんだぜ
妬たましいんだぜ
ギャギャ
「私がここから出してやるよ」
ギャギャギャギャギャ
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ
どうでもいいんだぜ
そ外に出でたって
オレは誰れにも 触われない
せ世界中を飛とびま回ったって
オレと同なじオレに な何匹も会あった
だけどう羨ましくて妬たましいだけだった
もうオレは もうオレは
しんでしまいたい
「どうやって死ぬんだよ。死なない魔物のくせに」
ギャギャギャ ち違いない
いいな に人間
死しねるおま前が ね嫉ましい
「………ならさ、私はお前に聞きたいことがあるんだ」
何んだ?
「人間になりたくないか?」
人間んに?
「そうだ。他の魔物たちにも聞いて回ってるんだよ。もしも願いが叶うなら、人間に戻りたくないかって。
そうすればお前は何にでも触れる。自分の好きなように生きて、望むままを手に入れられる」
に人間
人間んに
なりたい
オレはに人間に なりたい
う羨ましくて妬たましい に人間になって
みんなに触ふれて
だ誰かと生いきて みんなにか囲まれて
いつのひ日にか し幸せで 死しにたい
「そっか……」
人間んに
オレを に人間に
「やっと、その答えが聞けたよ」
ああ
う羨ましくて 妬たましい
まぶしい ひかり
なつかしい かがやき
●
「…………ふぅ」
時間にして、ほんの一瞬だったのかもしれない。ナタには声が聞こえなかっただろう。
話はついた。フェニックスをこの檻から解放する。
そうすれば赤の国は今までのように『ケージ』を量産できなくなるだろう。この国の魔道師は在り方を変えられる。
商人から奴隷制度を奪ったように、魔道師から魔道具の素材を奪う。
そうだ。私はこの世界が壊れたって構わない。もう決めたことだ。
詠唱を開始する。
密閉された物の中身を取り出す古代魔術。
鳥籠の内から炎が噴き出して、工房内に広がる。
火炎の熱は優しくて、ちりちりと頬を撫でてくれた。
燃える炎は一切を燃やさず、かわりに網膜が輝きに眩む。
羽ばたいた翼が緩やかに棚引くように、
やがて集まり、
形を作る。
鳥の姿の火が、蘇る。




