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第百八話 絶望の終わり


 紅炎が修了を認めた7人のフランベルジェ。全員が『鳥の火(トリノヒ)』を携えその力を振るう紅炎の高弟たち。

 私が風と水と雷の魔物の力を使っても、単純に言って3対7。倍以上の魔力差の戦いだった。

 フェニックスの素材は『火』。無限に燃え移せいくらでも数を増やす素材。だけど紅炎の雅杖まで量産していたなんて……。

 圧倒的な魔術の物量で文字通りに圧倒され、ほどなく私の身体は限界を迎えた。視界に血の色が混じりだしたところで四肢の感覚を失い、地に伏した。

 身体が崩れていくのを全身の神経が直接脳髄に伝えてくる。

 死んでないのが不思議でしかない。



「兵士団の本隊が合流いたしました」

「うむ。被害は?」

「兵士50名が負傷、7台の魔杖塔と2台の魔装鎧が修復中です」

「忌々しい。たった一人とはいえ蒼剣の騎士が相手では損耗は免れぬか」

「負傷した兵士は治癒できます」

「うむ。治癒魔道具を使用させろ」


 真空海月(シンクウクラゲ)で飛び越えてきたはずの兵士団の本隊が本丸であるここまで戻ってきていた。サーベルはどうなっただろうか?

 うつ伏せで倒れたままの視界で緑色の魔力光が見える。あちこちで魔道具の宝石が割れる音。私が魔法式を売った治癒魔道具だ。血を止めることと痛みを消すことに効果を調整した治癒魔術は魔道具に封じるために私オリジナルの簡略化が施してある。生産ラインさえあればある程度の量産は難しくなかっただろう。私とサーベルが与えた微々たる被害もこれで無かったも同然になった。

 紅炎たちはすでに満身創痍の私とフレイルの命などどうでもいいらしい。7人の弟子フランベルジェの1人が紅炎に報告を述べて、どさり、と大きなズタ袋のようなものを地面に投げた。


「最後まで抵抗しましたが、殺さず捕らえられました」

「ふん……」


 無造作に投げ出されたボロボロの汚いズタ袋に見えたそれは、

 騎士サーベルだった。


 鎧を剥がれ裸同然で、両手足を縛られて、血と泥に汚れて………、

 見るも、無残だった。


 私がフレイルを助けるための時間を稼いでいたはずの騎士サーベル。凛とした瞳と銀髪の美しき女騎士。青の国最強の『蒼剣』

 そのサーベルがどれほど強くともあの数の差ではどうにもならない。当然の帰結だ。覚悟はしていた。

 そのサーベルがこの状態で兵士団もすでにここに後退してきている。

 フレイル救出作戦は完全に失敗し、私たちは赤の軍勢の只中で満身創痍。


「…………っ、………っっ…」


 ぼろぼろのサーベルが呻くような音を出す。

 わずかに震えて、もぞもぞと虫のように動く。

 聞こえる。

 魔術を、詠唱しているのだ。

 立とうとしているのだ。

 まだ……、戦おうとしている。


 発声詠唱が途切れ途切れで魔術が成り立っていない。いくら震えようとも、もう指先すら動かないようだ。

 私にはマネできない。

 もう指先の一つだって動かそうという気になれない。

 全てもう無駄なことだと理解したから……。


「サー……ベル………」


 背中を焼かれたフレイルが、サーベルの方へと身体を引きずる。

 傷は深い。フレイルだってまともに動ける状態じゃないのに、必死にその手を最愛の女性へと伸ばしている。

 ………まいったな。

 まるで映画みたいだ。主役とヒロインの愛あるクライマックス。ヒロインが私じゃないのは十分理解しているはずだったけど、気力が萎えるなぁ。

 心が萎んでいく。魔物の素材の魔力が消えていく。

 身体がこんな状態で魔力まで切れたら、今度こそ死ぬなぁ……。


「さて、メイスの弟子よ」


 このまま放っておいてくれても死ぬだろうのに、

 老い先短い老魔道師は私に最後をくれるつもりのようだ。


「君に裁きを与えなければならない。君は我が赤の国の民を殺しすぎた」


 そう。

 私は城砦都市に雷を落とし、罪もない人たちをたくさん殺した。

 私は女子供だが容赦は有り得ない。絶対に許されないことをした。みんな私が殺した。


「ここで君を殺す。家族を殺された兵士たちがいてね。

 君は彼らに(なぶ)られ、この場で可能な限りの苦痛を与えられ、八つ裂きにされて死ぬことになる。死肉は飼い馴らした魔物どものエサだ」


 ……苦しいのも痛いのも、嫌だなぁ。

 さっさと殺せばいいものを。

 でもどうしてもそうしたいというのなら、しょうがない。


「その後に青の国を陥落させよう。蒼雷の威光はもはや無い。我らの勝利は確実のものとなった」


 紅炎のフランベルジェと兵士団を止める術は、青の国にはもうない。青の騎士団は蒼剣サーベルと私を失った。あの戦力ではもうどうしようもない。


「……………これで、我が赤の国は救われる」


 ぽつりとこぼす紅炎。

 救いを求めて戦争を起こしたのだろうか?

 いったいどんな事情があるというのか。


 マスケットにも、あったんだろうな。

 ドクも言っていた。事情はみんなにある。

 けれどそんなことは関係なくて、私はマスケットのところに行かなくちゃ。



 私が死ぬことで赤の国が救われるというのなら、残念だが赤の国は救われない。

 私はまだ死ぬことはなさそうだ。

 さっき魔物たちと繋がってそれがわかったから、この期に及んで私は全然負ける気がしていない。



 もうちょっと根性出してみよう。

 無駄なことだと理解しているけど、サーベルに負けるのはやっぱり癪だ。指くらいは動かしておこう。

 気合いを入れれば少し腕が動いた。地面に手をついて寝返り、身体をうつ伏せから仰向けにする。


「……?」


 腕を上げて、空を指さしてやる。

 そうしてここにいる者すべてが、空を見上げれば、






 そこには海が浮いているのだ。







「何だあれは!!何が起こった!!」

「空に海が!??」

「お師匠さま!!お下がりを!!」


 兵士団もフランベルジェたちも度肝を抜かれただろう。

 私もそうだった。私はこれを見るのは二度目だ。

 海をまるごと空に持ち上げられるイカを、私は知っている。



 私の(つえ)にはそのイカの力が宿っているのだ。

 クラーケンがここへ来ることが、私には感じられた。

 イカスミを通じて。


 空の海から雨が降る。

 急な雨で兵士団は大慌てで散り散りだ。何せクラーケンの黒天水雨(ティェンフェ゛ァ)の水のレーザーはどんな傘にも穴を開ける。

 それだけじゃない。空に浮かぶ海のさらに向こうにたくさんの船底が浮かんでいるのが見えるのだ。

 白の国の戦士団の船団。赤の国の港で足止めを食ってるはずが、まさか空に海ごと浮かんで進んでくるとは思いもしなかっただろう。


 数百もの『綿毛』が落ちて来る。

 タンポポの種子のような綿毛は空の海を浮かぶ船団からゆっくりと地上に降りて来て、空中で種が割れて中からなんと白の国の戦士たちが出てきた。

 クラーケンの水レーザー支援でパラシュート部隊が降下。海軍なのか空挺団なのか。

 降下部隊が赤の国の兵士団と戦闘を開始していく。



「メ~~~~~~~イ~~ス~~~~~~~~~~~~~~!!」



 そのパラシュート担当も降りてきたようだ。巨大な木の実が私のすぐ近くに落ちてきた。

 2メートルほどもあるクルミが真ん中からパカリと上下に割れて、中から私の良く知る人の姿をした花が腰を振りながら現れた。


「エロスギーとエレクトエロティクスのボクが助けに来たよ!」

「…………」

「あれツッコミないよ……ってメイス!酷い状態だね!!」


 アルラウネはいつもの軽い調子で私に治癒魔術をかけてくれた。

 すごいなぁ。木属性の魔物の治癒魔術は崩れかけた私の身体を強制的に癒してしまう。あっという間に全快だ。ベホマやケアルガって実際に見てみると理不尽以外の何物でもないんだな。


「ありがとうアルラウネ」

「ありがとうのちゅ~があってもいいんじゃないかな!? 久しぶりの再会のちゅ~があってもいいんじゃないかな!?」

「どうして来てくれたんだ? 私は勝手に白の国を飛び出したのに」

「愛だね! ボクの愛がメイスのピンチをBIN☆KANに感じ取ったんだね!」

[ それは俺の物だ 勝手に取るな ]


 地面からは大きな石板が生えて文字を浮かばせる。

 石板の主はアルラウネの懐からにゅるりと現れた。


 そうか、バジリスクがみんなを呼んでくれたのか。

 蛇とは東の街で別れたのだった。私が蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)に飲まれて飛び出し城塞都市を焼き尽くしている間に、白の国へ助けを呼びに行ってくれていたのだ。


[ 俺が助けを呼んだからだ その手柄は俺の物だ ]

「違うね。キミ一匹なら絶対信じてやらなかったね。メイスが大切に育ててくれたボクの分身ミニラウネがいたからこそだね」

[ 海を渡るのに俺がどれほど苦労したと思ってる ]

「ボクの分身は文字通りの泥舟だったって言ってたよ? それにキミ一匹じゃボクらの居場所も白の国の道もわからなかったでしょこのサバクヒキコモリ蛇」

γメイス お久しぶり ですγ


 クラーケンの水の文字も現れた。


γみんなを 連れて 来ました

 もう 大丈夫ですγ


 空に浮かぶ海には、中で泳ぐクラーケンの姿も見える。

 アルラウネも、バジリスクもいる。

 兵士団と戦う戦士団は戦力の数は少ないが、この三匹がいるならお釣りがくる。

 この魔物たちは、人間ごときには絶対に負けない。


 もう大丈夫だ。

 みんなが来てくれた。


「アルラウネ、そこにいる二人も治してあげてくれないか」

「いいよ。こっちも酷いね~」


 アルラウネの治癒でフレイルとサーベルも回復した。気を失っているようだが、しばらくすれば目を覚ますだろう。


「これでもう大丈夫だよ。メイスもしばらく休んでて。

 あとは僕らが片づけるから」


 今になって戦力差は絶望的だ。赤の陣営が気の毒になってくるほどに。

 7人のフランベルジェは全員が鳥の火(トリノヒ)を操るけれど、人間が扱える程度の力じゃこいつらの魔力にはやっぱり敵わない。

 全然、敵わない。


「さ~て、もちろんビンビン感じてるんだけど、赤の国の人たち。フェニックスの素材を量産しちゃったみたいだね~。

 ………まぁ、それはどうでもいいんだよ」

[ 興味もないな いらん ]

γ犬も 食べませんγ

「ボクのメイスをこんな目に合わせて、ぶち殺されたいのかな?」

[ メイスは俺のものだ 勘違いをするな 枯れろ お前もいらん ]

γメイスは 誰のものでも ありません 毎日 毎日 同じことを いい加減にしないと 食べて しまいますよγ

「……………まぁその件は後だね」


 突然アルラウネが地面を思い切り蹴った。というか地面に刺さった。

 するとそこから人の背丈よりも大きな花が一瞬で咲いた。

 巨大な花はすぐに散り細長い実をつけ、兵士団と戦士団の乱戦場の上空に種子を飛ばす。種は種鞘だったようで、空中で割れて大量の小さな種を戦場の全域にまき散らした。「ここの土ならいいボクが育つね~」などとアルラウネ言う間に全ての種が土に落ち、それと同時に芽吹く。伸ばした根は人の形をとり、小さな頭に赤い花を咲かせた。


「 全世樹々(イリオスギフト) 」


 一瞬で、戦場に大量のミニラウネが生まれ戦闘を始める。しかも私が育てたミニラウネよりも少し大きくて強い。兵士団の魔導鎧たちを数に物を言わせて次々に倒していくのが見える。戦士団も戦力的に不利な戦いだったろうけど、これには苦笑いだろう。


「小さくてもボクの子供たちだよ。これで雑魚どもは全自動で片づくね」

[ では後はこいつらだけか ]

γ悲しいですけど これ 戦争なのですねγ

「さぁメイスを傷つけた落とし前をつけようか!」


 戦場は一気にミニラウネたちと戦士団が優勢になるだろう。

 三匹はあらためて、黒マントの魔道師たちに向き直った。

 紅炎のフランベルジェと、その7人の弟子たち。全員がフェニックスの力を振るう。


 ………………、

 この三匹の魔物を相手に、彼らはどれだけ戦えるのだろうか……。


「お師匠さまを守れ!!」

「臆するな。伝承にある魔法を使う魔物だ。討ち取って英雄と名を連ねろ!」

「メイスの弟子だ!! 我が弟子たちよ、その小娘だけは逃すな!!」


 フランベルジェたちは意地でも私をターゲットにするようだ。

 彼らの絶望的な戦いがはじまる!



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