今日からオープン!⑨
泣きわめく男戦士は、魔術師から離れるつもりは一切ないらしい。
「足手纏いでしかねぇ~!置いてくりゃ良かったっ!」
激しく悔やみつつ、魔法を連打する魔術師。だが、お荷物を抱え機動力0の魔導師と、空中戦が専門のモンスターでは条件が違い過ぎる。
「ぎゃーーーっ!血ぃ吸われるぅ~!」
「うるせぇ!吸われてろ!」
モンスター達は反撃もできない男戦士を徹底して狙い始めたようだ。
「ちっ、ラチがあかねぇ。とりあえず地面に降りねえと」
攻撃すら止めて、ひたすら海の向こうの陸を目指す魔術師。残念だが、本当に男戦士、今のところお荷物以外の何者でもない。
…レベル、結構高いのにな…。
やっと着地した二人は猛然と反撃を始めた。普通に戦えるなら勝敗は歴然だ。あっと言う間にブラッドバット達が火だるまになってしまった。
そこで魔術師はピタリと攻撃を止め、店に向かって歩きだす。
「もう、あんま時間がねぇ。オレが買い物してる間に、ドラゴンベビー達はお前が仕留めろよ?」
魔術師はもう振り返りもしない。
5分後、店から戻った魔術師は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「やったじゃねぇか」
ボロボロで座り込んではいるが、男戦士はドラゴンベビー達を仕留めていた。もう疲れ切って声も出ない様子だ。
派手さもカッコ良さも全くと言っていい程なかったが、やっと仕留めた時には、カフェの観客達も、俺達マスタールームのメンバーさえ、つい拍手してしまった。
ホント、ヘボなのに、よく頑張ったよ、お前は!!
「ご褒美だ、使え。金はいらねぇ」
マーメイドの店で買ったんだろう、剣と美しい鎧。魔術師から受けとった途端、凄い勢いで男戦士は立ち上がった。
「ホンっト現金だな、テメーは」
苦笑いしながらも、魔術師は嬉しそうだ。
「さ、戻ろう。アイカちゃんが待ってる」
「おう!今ならまだボス戦、間にあいそうだしな!」
速攻で貰った装備を身につけて、男戦士がウキウキと歩きだす。装備効果でちょっと男前度が上がったかもしれない。
本当にボス戦が楽しみだ!
「皆さん、ご注目下さい!なんとプリンス・ロード、ボス戦のスタートです!」
いきなりのキーツのアナウンスに度肝を抜かれる。
えっ!?
突然過ぎないか?いつ、そこまで辿りついたんだよ!?
見れば確かに、パワーファイターと魔法戦士が、仁王立ちでスラっちと対峙している。
マドハンド達にいいようにあしらわれ、底なし沼トラップにひっかかり…あんまりカッコ良かった記憶がないけど…よくここまで辿りついたな。
スラっちはいつも通りぷるぷる揺れて、今日もやる気マンマンだ。突如カフェから、地鳴りのような声援が飛んだ。
「スライム頑張れ~っ!」
「可愛いっ!」
「スゲー戦い、見せてくれ!」
……まさかの、スラっちへの応援!?
なんでだ!
もちろん冒険者達を応援する声も多い。モニターを見ながら、奇妙な一体感で反応していた観客達は、今や二分されている。
「わぁ、スラっち応援してくれてる人も結構いるね」
「プレオープンの時のブーイングからは想像できないわね」
「この前スラっちが頑張ったからだね!」
ゼロとルリは驚き、ユキはしっぽフリフリ、目はキラキラで、全身で嬉しさを表している。
しかし、今回の冒険者達は、スラっちの戦いぶりを見ていた筈だ。油断は一切無いだろう。その分スラっちにとっては厳しい戦いになる。
スラっち、頑張れ!
戦闘は、予想外の一撃から始まった。
パワーファイターがスラっちに向かってダッシュした瞬間、魔法戦士が何か投げつける。激しい爆発音と共に閃光が走り、見ている俺達の視界さえも奪われた。
「スラっちがふっ飛びましたぁ~!まさか、まさか、勝負が一瞬でついてしまったのかぁ~!?」
キーツの縁起でもないアナウンスにぎょっとする。チカチカする目をこすり、慌ててスラっちを探すと、スラっちは部屋の端っこに、ふっ飛ばされて転がっていた。
「スラっち!!」
マスタールームに悲鳴が響き渡る。
スラっちは名前持ちだから、死んでしまうと復活はあり得ない。防御力が高いから、そこそこの攻撃ではびくともしない自信がある。
ただ、今回ばかりは投げられた爆弾のようなものが、どれ位の威力か見当がつかないだけに、マスタールームは嫌な緊張感で充満していた。
「コア!スラっちをズームして!早く!」
ゼロが泣きそうな声で指示を出す。ズーム機能をこんなにありがたく思ったことはない。ぐんぐんと拡大されていくスラっち。
これは……氷?
スラっちの体の周りには、氷が水晶のように結晶し、スラっち自身、体の至るところが凍りついている。
しかも、その凍った部分に叩き込まれたアックスの斬撃。ザックリと切れているだけでなく、そこからヒビが入っている。
衝撃映像に、俺達は言葉を失った。
魔法戦士が投げたのは、氷の魔法を閉じこめた、アイスボムだったようだ。きっと、前回派手な火炎魔法を放ったスラっちは、氷の属性に弱いんじゃないかと、仮説でも立てたんだろう。
カフェは冒険者達を応援する観客達の歓喜の叫びと、スラっちを応援する観客達の頑張れコールで沸きかえっている。
マスタールームの俺達は、ただただ息を詰めてスラっちを見守るしかできない。
頼むから、生きててくれよ…!
畳み掛けるように、冒険者達がスラっちに向かって走りだした。今度は魔法戦士も一緒だ。スラっちの生死もわからないが、とにかく動いていない今の内に、勝負を決めてしまおうという腹だろう。
パワーファイターのアックスが唸りをあげる。
「スラっち!!!」
突然、紅蓮の炎が巻き起こる。
スラっち!?
生きてた!!
轟々と音を立てて燃え盛る、地獄の業火。
かなりスラっちに接近していたせいか、冒険者達のダメージも深い。
スラっちは漸くコロっと起きあがる。
………ん?
なんでだか……スラっちが、赤い?
元々は淡い優しい緑色。
なのに今は、赤を基調にビカビカ光っている。
「まさかスラっち…怒ってるの?」
ゼロのつぶやきに唖然とする。
…スラっちって、怒る事もあるわけ?
真偽の程はわからない。
キラキラ光って回復した後は、また淡い緑色に戻ってしまった。
今度は「全快!」とでも言いたげに、ぽよんぽよんと、高く飛びはねている。
そして一際高く飛んだスラっち、なんと…驚きの魔法を放った。




