今日からオープン!⑧
そこそこの勢いでぶつかったからか、スライムメイジは大きく跳ね返って、コロコロと転がっている。
可愛いけど。
いや、仮にもメイジなんだから、肉弾戦はやめようぜ…?
「……どうしたんでしょうか?アイカさん、ピクリとも動きません!強い攻撃にも見えませんでしたが…?」
キーツのアナウンスに、慌ててステータスを確認。あり得ない。HPは瀕死状態だ。
……まさかとは思うが、さっきから唱えてたの、ディフェンスダウンか…?
「アイカちゃん!!」
大慌てで回復魔法を唱える魔術師。
うっすらと目を開けた女戦士に何度も何度も、必死で謝る。
立ち上がった魔術師からは黒いオーラが立ち昇り、魔力はだだ漏れ。スライムメイジ達は、金縛りにかかったように、ただただフルフルと震えている。
ヤバい。
完全に怒ってる…!
逃げて!
その後はもう、地獄絵図以外のなにものでもなかった。
金縛り状態のスライムメイジ達には、ありとあらゆる魔法が打ち込まれ、オーバーキルもいいところのダメージが与えられる。
お願いだから、もう許してあげて…。
多分、マスタールームにいる全員が、祈ったと思う。
気が済むまで魔法を打ちまくった魔術師は、肩で息をしている。やっと頭が冷えて来たのか、女戦士に駆け寄り、優しく介抱し始めた。
怒涛の魔法連打が終わり、マスタールームはもちろん、カフェからもため息が漏れた。
キレた魔族、怖すぎる…。
あまりの迫力に、息をするのも忘れてたよ。今日カフェでこの戦いを見ていた全員が思ったに違いない。
魔族は絶対、怒らせたくないってな。
凍りついたような空気を打ち消すように、キーツが明るい声でアナウンスを始めた。
「たった今、プリンセス・ロードのチャレンジャーが、中間ゲートを突破しました!なんと4人は今日が冒険初体験!カルビアル中等学院の同級生だそうです!」
それに合わせるように、イナバが奏でる曲調も、楽しげなものに変わる。
あんな怖い空気になるとは想定外だったけど、場をしきるキーツがいてくれて助かったな。
キング・ロードでも魔術師が戦士姉弟を回復し、一緒に先に進み出したし、今はどのコースも安定してている。
これは結構、ゴールできるパーティーがいるかも知れないな。
それからはどのコースも安定した進行具合で、戦闘も無難にこなし、着実にゴールに向かって進んでいった。そんな中、最初に均衡を崩したのは、プリンセス・ロードの男子生徒4人組だ。
さすがに中間ゲート以後は、モンスターとの戦いも簡単には勝てなくなっていたんだろうが、ついに、かなりのピンチを迎えていた。
どれ位ピンチかと言うと、ひょろ以外の3人が、既に身体中傷だらけで、剣を杖にして立ってるヤツもいるくらい、疲弊してる状況だ。
まだモンスター達は余裕がある。
男子生徒4人組が勝てそうな要素は、既に一切なくなっていた。
「ちっ…ここまでか…」
ガタイのいい黒髪が、悔しそうに呟く。
彼らをここまで追い詰めているのは、ふかふかな毛皮の二足歩行ワンちゃん、コボルト達だ。
犬好きにはたまらない可愛さだが、素早く、鋭い爪と牙で思わぬダメージを受ける、冒険の序盤では油断出来ない相手でもある。
「うあぁっ!」
コボルトの鋭い爪が、お調子者のそばかす君の肩を、ざっくりと切り裂いた。血が噴き出し、たまらず、肩を押さえてガックリと膝をついている。
その時だ。
「うわぁぁぁっ!もういやだぁぁぁっ!」
耳がキーーーンとなる程の叫び声。
なんだ!?
見る間にコボルト達が倒れて行く。
よく見ると、体には幾つものナイフが突き刺さっていた。
「あ~~、やっとキレたな!」
「遅せーんだよ。ジャックが大ケガしちまったじゃねぇか」
「いやぁ、いつ見てもスゲぇ命中率」
彼らの視線の先には、ひょろがいる。
矢継ぎ早にナイフを放ってコボルトを仕留めたのは、なんとこいつらしい。ここまでずっと、戦闘にも参加せず、泣きながらついてきたが、まさかこんな特技があったとは…。
でも、今でもただただ泣いている。
「ジ…ジャック…血がいっぱい出てるよぉ。もう、帰ろうよぉ」
「バカめ。こっからが本番だ」
そう言いながら、ひょろの頭をメガネが軽くはたく。
「そうだな~。吹っ切れたみたいだし、ショーンもここからは戦えるだろ?」
回復薬を飲みながら、そばかす君はあっけらかんとした笑顔だ。 ひょろはショーンという名前らしい。
「ショーン、大会近いんだろ?俺達、お前んトコの主将から、ちっと根性入れてやってくれって、頼まれてんだよ」
ガタイのいい黒髪が苦笑いで告げる。ひょろはポカンとした表情で3人を見た。
「え…?……ええっ!?これに挑戦してるの、僕のせいなの!?」
「…お前のせいっつーか…俺達も腕試ししたかったから、半々ってトコだ」
メガネがクールに答える。
「実力あるのに、緊張がピーク超えねーと使いもんになんねーって、主将泣いてたぞ~」
そばかす君が茶化す。
ひょろはしゅんとしてしまった。
「ま、そーいうわけで、リタイアは無し!根性入れて頑張るぞ!!」
黒髪の号令で全員が先に進みだす。
ひょろに最早拒否権は無いようだ。
うなだれたまま連行される姿…哀れだ…。
プリンセス・ロードが落ち着いたと思ったら、今度はキング・ロードから響く野太い叫び声。
「たぁ~す~け~て~っ!!!」
言うまでもなく、男戦士だな。
キーツが楽しげにアナウンスしてくれる。
「なんと!空を飛んでいます!魔術師:グリードさん、もはや何でもありだぁ~!魔族、凄い!」
海の向こうのマーメイドのお店に、空から渡ろうとしているらしい。確かにそれなら、武器や防具も付けたままでOKだろうし、海のモンスターにも遭遇しない。
賢いやり方だとは思うが…。
う~ん、この光景はなんなんだろう。
魔術師の腰に抱きついて、足をバタバタさせている男戦士。なぜか女戦士は岸の向こうで待っている。
「抱きつくなっつーの!マジきもい!見ろよスゲー鳥肌!フライがかけてあるんだ、自分で飛べるだろう!?」
「無理~~~っ!」
魔術師は男戦士の頭をグイグイ押して、なんとか剥がそうとしているが、力は男戦士の方が強いらしい。
「最悪だ。折角ならアイカちゃんに抱きついて欲しかった…」
「大体なんで姉ちゃんは待機なんだよぉ!」
涙声で抗議する男戦士に、魔術師は呆れたように返す。
「ばぁーか。アイカちゃんは高所恐怖症だ。可哀想じゃねぇか」
「俺もっ!俺も高所恐怖症なんだよ~~~っ!知ってる癖に~!」
ああ…と魔術師は冷めた目だ。
「お前は別に可哀想じゃねぇし。ただ予想以上に果てしなくウザいな」
そして魔術師は、さらにウンザリした顔で特大のため息をついた。
「おら!モンスターが来たぜ?たまにはちったぁ働け!」
確かにドラゴンベビー2体、ブラッドバット2体がみるみる近付いている。
「ホントに、無理なんだって~~~っ!」




