プレオープン⑤
「あ」
抜けた。
やっと無限回廊から抜け出し、正規のルートに戻ってくれた。
ダンジョンメンバーもホッと一息だ。
冒険者達は意気揚々と進んでいく。
「おーっ!宝箱!」
嬉しそうな声と同時に響く、ガチリ、という鈍い音。
頭上から、矢が激しく降り注ぎ、宝箱を開けた冒険者の身体中に突き刺さった。仲間達も、カフェの観客も、凍りついている。
だが、心配ご無用。
そこは訓練用ダンジョンだ。矢の先は小さな吸盤になっているのでケガはない筈。
…って言うか、大丈夫だよな?
「………めっちゃビビったしっ!」
少しの間の後、身体中に矢をくっつけたまま、罠にかかった冒険者が大袈裟に叫ぶ。
彼を凝視したまま固まっていた仲間達が、ヘナヘナと膝から崩れ落ちる。カフェからも安堵のため息が漏れた。
「なんだよコレ!おもちゃかよ!」
無造作に矢をむしり取っていくと、丸い跡が点々と残る。
「は・ら・た・つ~~~!」
ダンジョンもカフェも、爆笑に包まれた。
「プリンス・ロードに挑戦した、バルトさん、リタイアです。残念でしたね。宝箱横のワープゾーンからお戻りください。またのチャレンジをお待ちしております。ありがとうございました」
これでプリンス・ロードの挑戦者は、たった2人になってしまった。毒に侵された戦士と魔力切れかけの魔術師。心許ないパーティーではあるが…。
「いやー、笑った!」彼らは軽い調子でまた歩み始めた。
ゼロはそのままアナウンスを続ける。
「プリンセス・ロード挑戦中のパーティーが、ボス戦に挑みます!皆さん、ぜひご注目下さい!」
そして地味パーティーは、ボス戦も地味に堅実にこなし、結局一人のリタイアも出さずに、これまた地味にゴールした。
ボスを倒した瞬間よりも、ご褒美ルームとエルフ達の祝福の方がカフェが湧いたのは気のせいだろうか。
…不憫すぎる。
プリンセス・ロードでは、最初の挑戦者もこうしてゴールし、次に入った冒険者と街娘達も中間ゲートでリタイアした。
さすがにそれ以上進むのは、無理だと判断したんだろう。
勇敢な街娘には、カフェから惜しみない拍手が贈られている。
「なぁゼロ、あの街娘に何かプレゼントしてやったら?一般客の女の子であの動きは、なかなか出来ないと思うぜ?」
実際、彼女達の後に入った一般客のみで構成されたパーティーは、男が戦い、女の子はショッピングしている。
多分、このパーティーも中間ゲートまでだろう。
「プレゼントかぁ…。あげたいけど、何がいいか見当もつかないよ。女の子って何貰うと嬉しい?」
ゼロは困り果てた顔をする。
お前は付き合い始めの彼氏か。
「そうねぇ、可愛いアクセサリーなら無難でしょ」
「おしゃれな小物とか、友達と可愛い~って、盛り上がれるのが嬉しいですぅ」
ルリとマーリンの意見に、ゼロは途方にくれた顔だ。
なんで女って、必ず「可愛い○○」「おしゃれな○○」って言うんだろうな。
それだけでハードルが上がるっつーの。
「…ルリ、マーリン、悪いんだけど、二人でカタログから選んでくれない?」
女達は楽しげにカタログをめくり始めた。
賢明な判断だな。
おっと、そうこうしてる間に、あの街娘、帰っちゃったりしてないよな?
慌ててモニターを見る。
ああ、大丈夫だ。
街娘は、カフェで観客達から盛大に祝福されていた。王様達やカエンも混じって、カフェは大盛り上がりだ。
「ハク、あんたプレゼントして来なさいよ」
ルリのいきなりの発言に、俺は目を丸くする。
「俺、キング・ロードのボスだぞ。行けるわけねーだろ。なんで俺なんだよ」
「ゼロは顔出しNGだし、イケメンから貰った方が嬉しいからよ」
うわぁ…なんだその理由。
なぜかゼロもいじいじしてるし。
とにかく俺は無理だ。
話し合いの末、プレゼンターはブラウに決めた。姑息だが、子供の愛らしさで何とかして貰おう。
マーリンにプレゼントを届けて貰い、ゼロはアナウンスに向かう。
「先程プリンセス・ロードに挑戦した、ジュリアさん、ご友人を守り抜いた勇敢な行動に敬意を表し、ささやかなプレゼントをご用意致しました。壇上へお上がりください」
わぁっ、と歓声があがる。
彼女は少し照れたように壇上にあがった。
王様達やカエンが見守る中、ブラウがギクシャクと可愛いリボンがかかった小さな箱を手渡す。
「オメデトウゴザイマス」
マーリンに言えと言われたんだろう。また棒読みのセリフだ。
「ありがとう」
彼女が受け取ったのを見て、ゼロが再びアナウンスを入れる。
「ジュリアさんには、防御力を少しあげる、ガーネットピアスをご用意しました」
彼女がピアスをつけると、盛大な拍手がおこる。
「お前、かっこ良かったぞ!」
言って、ブラウが二カッと笑う。
そのまま壇上から駆け下りたブラウに代わり、カエンが「冒険者になるなら歓迎するぜぇ?」とスカウトしている。
どうやら彼女は、カエンのお眼鏡にもかなったようだ。
彼女は「考えとくわ」と笑って、その場を湧かせている。冒険者になれば、きっとかなりの指名依頼が入るだろう。
その時、キング・ロードのモニターから、突然の叫び声。
「ちくしょう!なんなんだ、コイツはっ!」
モニターを見ると、もちろん冒険者達は戦っているが…苦戦も納得、スラっちが分裂して誕生した、スライムメイジが相手だ。
これは楽しみだな。
「くそっ!なんだこのスライム!すばしっこい!ナイフがかすりもしない!」
「メイ!ヤツにスピードダウンだ!」
一心に呪文を唱える僧侶。
詠唱時はどうしても隙ができる。
その僧侶目がけて、スライムメイジが飛びかかった。
もちろん、そこは戦士がかばう。
大きな盾で攻撃を受け取め、大剣を振り下ろした。
「くそっ!手応えはあるのに!防御力もハンパねぇ!」
その時、スライムメイジの火炎魔法が炸裂した。思いがけない高火力が冒険者達を襲う。
特に近かった戦士と僧侶は大きなダメージを受け、苦悶の表情を浮かべている。
その状態でも、怯まずスピードダウンを唱える僧侶。本当に彼女は、さっきから戦い方が男前だ。




