準備もダンジョン攻略の一部です
「すみません、お待たせしました。では迷宮の入り口にご案内します」
笑いをかみ殺しながら爺さんたちにそうアナウンスしてから、ゼロは受付の桃ちゃん直通のマイクに「びっくりさせてごめんね、案内よろしく」と話しかけた。
かすかに頷いてちらりとモニターに視線をくれてから、桃ちゃんは爺さんたちの方へとゆっくりと歩み寄る。受付嬢として様々な冒険者たちに対応してきた桃ちゃんは、すでにすっかり落ち着いているようだ。
「どうぞ、こちらへ」
新たにできた迷宮への入口へとスムーズに爺さんたちを誘導している。
「入口の威圧感は他と別にかわらんのぅ」
「油断大敵、って言葉知ってるか?」
拍子抜け、といわんばかりの声色で戦士爺さんがぼやけば、魔術師爺さんがすかさず皮肉る。そして、二人を一発で黙らせるのはどうやらリーダーのマホロ爺さんの役目らしい。
「そこまで。さぁ、久しぶりに全員揃ってダンジョンに挑むわけだが……準備はいいかな?」
穏やかに、でもその一言でパーティ―の空気が一気に変わった。
「もちろん。今回は数日かかるかもしれんダンジョンだと聞いたでのぅ、多めに準備しておいたんじゃ」
格闘家爺さんがごそごそとウエストポーチやリュックからなにやら取り出すと、他のメンツも次々と体中に仕込んだものを取り出しては見せ合っている。
興味深そうに画面をのぞき込んだカエンは、にやりと笑って言った。
「なるほど、ダンジョンに入るときは荷物を手分けして持つもんだって言ってたな、そういえば」
「そうかぁ、そうだよね!」
なんでか知らないがゼロがちょっと目を輝かせている。
「なんか嬉しそうだな」
「うん、今までの数時間で攻略できる日帰りダンジョンじゃなくて、本当の冒険ってこんな感じなんだなって思えた。新鮮!」
そんなもんか。
……って、おお、シーフの爺さんの体のあっちこっちから、手品みたいにポーションが取り出されている。
「ポーション類はシーフの爺さんが多めに持ってるんだな」
「ああ、それなりに食料や水も持ち込んでるみたいだな。準備がいい」
確かに各々のポーチからは薬草系やらちょっとした食料やら水やらが出てくるし、背に背負った小さめのリュックからもわずかな着替えや各自が分担して持っているものが取り出されていた。
「おー、懐かしいのぅ! シーズは辛党じゃったなぁ。この香辛料、まだ使ってたんじゃのぅ」
「毎年ちゃんと調合しているからな。お前こそそれ、水に混ぜたらジュースになるやつだったか? ほんとに甘いの好きだな」
「あ、さすがマホロ。乾パンと干し豆、けっこうな量持ってきてくれたんだな」
「そりゃあ主食だからね。ガレットも薬草系と乾燥野菜、しこたま準備してるじゃないか、ありがとう」
個人の趣味嗜好にあったものと、パーティーに必要なものを分担して持ち込んでいるんだろう。お互いが持ち寄ったものを検分しあって、何日はいけそうだな、と意見を交わしている。
ゼロじゃないが、これが普通のダンジョン攻略の姿なんだろう。
しかし、そのやりとりに今ひとつ入り切れてないヤツが役一名いる。もちろん戦士爺さんだ。
「ちなみにゴーシュ、君の分を見せてくれないか?」
あいかわらず穏やかなマホロさんの声に、あきらかに戦士爺さんの肩がびくりと揺れる。
「あー……肉は……ダンジョンの中で調達すればいいじゃろ」
気まずそうな戦士爺さんに、一斉に白い目が向けられた。いや、みんな若干あきらめたような顔だ。
だが、ひとりだけ沸騰しそうな顔をしている御仁が。
「やっぱりか、マホロに昔通りに準備しとけって言われただろうが! ホンットにてめぇの脳みそは鳥ほどのサイズ感もねえな!」
「随分軽装だと思ったけれど、まさかゴーシュ、自分の分すら持ってきていないのかい?」
「すまん……」
「てめぇ幾つだ。俺の可愛いサーヤでも、自分の荷物くらい自分で用意するぞ。それともなにか、もうボケたか? 俺らの中で一番若いはずだがなぁ」
「くっ……よく口がまわる……!」
さすがに気まずいのか、魔術師爺さんの畳みかけるような言葉にも、戦士爺さんは言い返せずにいる。
「ガレット、そこまで。ゴーシュ、君のその軽率な行動がパーティーを危機に陥れることになることもある。ダンジョンの奥で食料が尽きたとき、心底後悔しても遅いというのは耳にタコができるほど言ったつもりだったけど」
そこで一息ついて、マホロさんはにっこりと笑う。
「まだ、足りなかったかな」
めっちゃ怖い。笑顔が好々爺然としているのに、オーラだけめっちゃ怖い。
魔術師爺さんよりさらに怒らせたらいけない人だ、この人。
「す、すまん……! 本当にすまん」
すっかり委縮した様子の戦士爺さんの様子を見て、今度は怖くない笑顔を浮かべたマホロさんは、手早く各々の荷物から一人分の食料、水を取り分けて「君の分」と戦士爺さんに持たせる。
その上で各自の荷物からある程度の分量を戦士爺さんのリュックの中にねじ込んだ。
「罰として多めに荷物を持ってもらおう。君が一番若いし、体力も筋力もあるしね」
マホロさんに笑ってそう言われれば、戦士爺さんに言い返す言葉なんてある筈もない。さっきまでの元気なんかどっかいったみたいにしょんぼりと肩を落として、戦士爺さんはリュックをよいしょと背負った。
「準備もダンジョン攻略の一部だからなぁ」
モニターを眺めながらカエンがポツリと言ったひとことが、妙に耳に残った。




