お爺さんは朝が早い
「たのもう!」
いきなりのでっかい声でオレは飛び起きた。
きょろきょろと辺りを見回したら、朝食の席についていた皆も驚いた顔でモニターを注視している。みんなパンを口につっこんだままだったり、スプーンを持ち上げてる途中だったり、食べてる途中で止まってしまっているから、よっぽどいきなりだったんだろう。
みんなが凝視しているモニターはダンジョンのエントランスで、挑戦者である冒険者達や観覧の客達でごったがえす場所ではあるが、開店前の今の時間はシルキーちゃんたちを中心に開店準備に勤しむ時間だ。
いや違うか。
今日は開店すらしないから、皆ぐっすり寝てるかゆったりまったりしてたはずだ。人気が無く静かなはずのエントランスに、今やなぜか全身武装した爺さんたちが鼻息荒くわらわら入って来ている。
「お、お客様、申し訳ありません。本日はお休みをいただいておりまして」
受付のシルキー、桃ちゃんが果敢にも飛びだしてきて、爺さんたちに定休日な旨を説明する。すると戦士風の爺さんがずいっと出てきた。
あ、なんかこの戦士爺さん、めっちゃ見覚えあるんだが。
「うるさいのぅ。ワシらは呼ばれて来ておるんじゃ。おーい! 早う出て来んかぁ! こっちはわざわざ来てやったんじゃぞ」
「うるさいのはお前だ」
戦士爺さんにすかさずツッコミを入れる魔術師爺さん。このやりとり、間違いない。以前このダンジョンにチャレンジに来たレジェンド爺さん達だ。
でも前回は四人だったと思うけど、今回なんか一人増えてる……?
「なんじゃと!?」
「ほらほら、もう! ケンカしない!」
疑問に思った瞬間、戦士爺さんの耳を引っ張ってケンカを止めたのは、その増えた爺さんだった。他の四人よりも更に年長そうな爺さん……いや、でもなんかこの爺さんも見覚えあるなぁ。
「あ、この人……」
その爺さんを指さして、ゼロが呟く。
「誰か分かるのか?」
「うん。多分このお爺さん、この前の武闘大会で優勝したレジェンドだよ」
「あー、思い出した! 確かにそうだ!」
見覚えがある筈だ。戦士爺さんよりも少し背は高いが、筋肉量は戦士爺さんの方が多いだろう。真っ白な短髪を上品に撫でつけた、どっかの執事だと言われても納得しそうなダンディな爺さんだ。
「痛いんじゃ!離さんか!」
「ダメダメ。まったくもう、君たちもう七十も後半だろう? いつまでそのくだらないケンカ続けるつもりなんだい」
戦士爺さんと魔術師爺さんがまとめて説教されている。どうやらこのチームではこのダンディな爺さんが一番権力が強いらしい。軽く説教を終えたダンディ爺さんは、くるりと振り返り桃ちゃんに微笑みかける。
「騒がせて悪いね。年寄りは朝が早くていけないね」
「い、いえ……」
桃ちゃんがちょっと頬を赤らめる。爺さんなのになんだか色気があるもんなぁ、ダンディ爺さん。若いときはさぞやモテたに違いない。
あ、しまった。ちょっと呆然とみていたが、これはもう俺たちがエントランスに行くしかないのでは。
「なぁゼロ、行かなくていいのか?」
「あ、そうだね。なんかびっくりしちゃって」
「だよな」
そんなことを言ってたら、またもエントランスのギルドに続く扉がバーン! と開いて、今度はカエンが飛び込んできた。
そして爺さん達を視界に入れると、ガックリと肩を落とし「ホントに居やがる……」と呟いた。
「悪いね、カエン。ゴーシュがもう張り切っちゃって張り切っちゃって、誰も止められなかった」
「そうかとは思ってたが、いくらなんでも早すぎだろう」
多分だがその張り切っちゃって張り切っちゃって、誰も止められなかったゴーシュとかいうヤツは、あの戦士爺さんに違いない。
「あー、ちょっとここの主と話しつけてくるから、お前らもうちょいギルドで待ってろ」
「カエン様、もしよろしければ、軽食くらいは出せますが」
いつのまにか他のシルキーちゃん達も出てきている。この状況でもてなそうなんて、プロだなぁ。
「あー……じゃあ、お願いできるか? この爺さん達はこう見えても有名人でな、ギルドにおいとくとそれはそれで面倒くさいんだ」
ああ、確かに。特にギルドだったら冒険者ばっかりだもんな。憧れのレジェンド達が揃って飲んでたりしたら、そりゃあ騒がしくなるだろう。
カエンの気持ちもわかる。
「かしこまりました。それではこちらにどうぞ」
「ありがたいのぅ。緑茶はあるか?」
「わざわざ爺くさいのを頼むなよ。俺はコーヒーで」
「ジジイなんじゃから仕方ないじゃろ。紅茶はあるかの?」
「ワシには甘~~~~いココアを頼む」
「未だにそんな甘ったるいモノが好きなのか。糖尿になるぞ」
「とっくになっとるわい。家族のおらんところでくらい好きにさせてくれ」
モニターの向こうの爺さん達はあくまでも自由で、こっちがぐったりするくらいに元気だった。
爺さんたちがカフェの席につくのを見計らって、カエンの姿がモニターから消える。そして瞬時に俺たちの前に姿を現した。
「いや、悪いな。こんな朝っぱらから騒がせちまって」
カエンは苦笑気味だが、多分誰も悪くない。あの子供みたいな戦士爺さんを誰も止められなかっただけだろう。




