第八王子の情報
「とはいえ、余は旅の供をしてくれているこのファンテと、身分を明かさずのんびりと各国の市井を巡る身ゆえ、守護龍殿を楽しませるほどの話ができれば良いのだが」
「その生の話が聞きてえんだよ。ま、とりあえず食いながら話そうぜぇ。さっきまで戦ってたんだ、腹も減ってるだろう」
カエンのくだけまくった物言いですっかり場が和んで、アライン王子にも少し緊張気味のエリカ姫にも自然な笑顔が戻る。良かった、せっかくのうまそうなディナーも、味がしないんじゃないかと心配したよ。ま、余計なお世話だが。
「そういやぁリーンカライブ国はタフな外交力で有名だよな。いっつもカラギナ王子と一緒に参戦してる二人……名前、なんつったかな。あいつらもなかなか切り込んでくるよなぁ」
洒落た宮廷料理に似つかわしくない豪快な食いっぷりを披露しながら、カエンは歯に衣着せずそんなことを言い放つ。これってカエンが『龍』だから許されてるんだろうか。
ぶっちゃけ会食ってもっとお堅いモンだと思ってた。
まあ、他に王族の知り合いなんていないから、あくまでイメージだ。ホントはこんなモンなのかも知れねえけど。第八王子もそんな奔放なカエンの様子にニコニコと相好を崩している。
「ああ、宰相のエッフェンと外交担当大臣のルキエンのことですかな? たしかにあの子たちはクセは強いがその分優秀なのです。それに意外と可愛いところもあるのです」
「ああ、彼らは確かに年は若いが、なかなか交渉に長けているね。うちにも一人、あんなタイプが欲しいくらいだ」
王様がおもむろに頷けば、その横でカエンはニヤリと笑う。
「オレ様はむしろ、ヤツらのその『可愛いところ』とやらを聞きたいがねぇ。次会ったときに思いっきりからかってやる」
「ふふ、これは話してしまったらきっと、エッフェンとルキエンに怒られてしまう案件だねぇ。しかし守護龍殿の頼みとあらば聞かぬわけにもいかぬなぁ」
「クリームヒルト様」
むしろ嬉し気に話そうとし始める第八王子に、そばかす従者がやんわりと声をかける。一応とめておかないと、という従者らしい一面を垣間見て俺はちょっと驚いてしまった。
「おっと。ファンテ、今の話はカラギナたちには内緒だよ。怒られてしまうからね」
第八王子はふふ、といたずら気に笑ってそばかす従者に軽くウインクした。そしてそばかす従者はそれをなんとも複雑な表情で受け止める。
「クリームヒルト様、リーンカライブとはどのような国なのですか?」
第八王子とそばかす従者の間に一瞬おちた微妙な空気をかき消すように、興味津々な様子のエリカ姫が話題を提供する。
王族達の談笑は、それからしばらく和やかな雰囲気のまま続けられた。
***
会食が始まってから軽く三十分くらいは過ぎた頃だったんだろうか。
「ダンジョンが?」
という言葉が急に耳に入ってきて、俺の意識は一気に覚醒した。
ていうか、退屈すぎて今までちょっと意識が飛んでたらしい。なんなら立ったまま寝てたのかも知れない。気がついたら、真剣な表情で誰もが第八王子の話に聞き入っていた。
「危惧はしていたが……やっぱりデカくなってるダンジョンが増えてきてるってこったな」
「不思議なもので規模が大きくなってくると急に、堰を切ったように巨大化したり内部構造が複雑化する場合があるようでのう」
おお!? ちょっと待て、俺もしかして結構大事なところ聞き逃してるんじゃないか!? すぐにでもゼロに「どんな話になってた?」って聞きたいところだが、さすがに今は無理だ。
なにやってんだ! アホか、俺は! 自分の頭を自分でたんこぶができるレベルで殴りたい。
仕方がない、ここまでの話の流れはあとでじっくりゼロに聞くとして、今はとりあえず目の前の話に集中しよう。
「急激にダンジョンが大きくなったり、複雑になったりするのですね」
「うむ、攻撃性が増して近隣の町や村を襲う事例が増えておるらしい。守護龍殿がおられるこのアルファーナ国ほどではないが、幸い我が国リーンカライブもまださほどダンジョン被害は多くはないゆえ、余の知識も薄かったのだが」
エリカ姫に優しく答えながら、第八王子は悼ましそうに眉尻を下げた。
「だが、こうして諸国を巡ってみるとやはりその脅威を肌で感じずには居られぬよ」
「ダンジョンが潰しても潰してもできやがるっつうのは、ウチだけの問題じゃねえとは思っていたが」
「やはりダンジョンが成長してからが厄介なのだね。気をつけなければ」
第八王子の話に、カエンと王様が深刻な表情で頷きあう。
「余が思うに、それでもまだこの大陸はかなりうまくダンジョンの勢力を制御できておるのだ。海向こうではダンジョンの攻撃を受け壊滅した国もあると……そんな話もあったのであろう? のう、ファンテよ」
「はい。先日立ち寄った港町イエルブでの情報ですが、いくつか音信不通になっている国や港が出始めた
とのことです」
隣で、ゼロの喉がヒュッと鳴る。視線を動かして隣を見下ろせば、目を見開き息を呑んだゼロの青白い顔が見えた。




