反撃しないの?
槍を振るった風圧で、空気がビリビリと揺れる。
風を防ごうと体の前で腕を交差させる二人に一瞬で詰め寄り、俺はちびっ子魔女の腹めがけ槍を思い切り突き出した。
即死させるわけにもいかないから、狙いは金属製のベルトだ。真ん中にある宝玉を打ち割り、留め具の金属部分に阻まれてなんとか槍の切っ先がとまる。
だが、その衝撃をもろにくらった小さな体は簡単にふっとんだ。しかも、槍の切っ先を中心に巻き起こった、見えない斬撃が彼女のローブをボロボロに切り刻んでいく。
「きいちゃん!」
床に落ちる前に受け止めようと思ったんだろう、ふくよかちゃんがちびっ子魔女のほうへ必死に走る。
「遅いよ〜」
間延びした言い方で一声かけて、俺は走るふくよかちゃんをプレス技で豪快に仕留めた。
黒騎士から一転、ふくよかちゃんの体を模して、彼女自身が、あのクマのぬいぐるみに仕掛けた技を、そっくりそのまま再現したんだが。
「なん、で……私……?」
自分の姿をした俺を見る目は、完全に恐怖に支配されている。もう、何がなんだかわからなくなっているんだろう。
「反撃しないのぉ〜?」
「で、でき、な……」
信じたくないみたいにイヤイヤと首をふるふくよかちゃん。
「ファウエル……?」
震えながら上半身を起こしたちびっ子魔女と目が合った。俺は、ふくよかちゃんを精一杯意識して、へらっと笑ってみせる。
「ごめんねぇ、きいちゃん」
「え、あれ……え? ファウ、エル……?」
俺とふくよかちゃんを見比べて、あからさまに狼狽するちびっ子魔女に、俺はもう一度へラリと笑いかけた。
「疲れたよねぇ。そろそろ、終わりにする〜?」
言いざま、俺は姿を変える。この場で俺が思いつく限り最も違和感がある姿。
ちびっ子魔女でも両手で持てるくらいの、可愛い真っ赤な金魚の姿に。
「……は?」
ぽかんと口を開けて俺を凝視する二人にこたえるように、俺はひらひらと美しい尾びれを振ってやった。
そして、深呼吸して魔力を集め、口の中で小さく呪文を詠唱する。
次々に姿を変える敵。仲間の姿をかたどったモノたち。水場でもないのに泳ぐ魚。触れずとももたらされる物理攻撃。それに加えて派手な魔法攻撃とくれば、さすがに気持ちが萎えるだろう。
俺の、数少ない聖魔法の大技を、とくと味わって貰おうか。
詠唱が終わるとともに、静かな空間に、いきなり無数の光の刃が降り注いだ。
次いで巻きおこる轟音。
「きゃあああああああ!!!!!」
鏡張りのボス部屋に光の刃が乱反射して、魔法を放った俺ですら何がどうなっているのか、もはやわけが分からない。俺の渾身の聖魔法:スターセイバーのせいで、ビカビカ、ギラギラ、ギュンギュンと光が舞って、ボス部屋はえらく視覚的に激しい空間になっている。
光の洪水の最中、不意をつかれないように周囲を警戒していたら、突如、キーツのアナウンスが響き渡った。
「気絶! 気絶です! ジョーカーズダンジョン挑戦者ファウエルさん、ピンキーさん、気絶によるリタイアです!」
一瞬、ポカンとしてしまった。
あらら……本当に気絶しちゃったのか。ここに到達するまでに、きっと二人ともほぼ力を使い果たしてしまっていたんだろう。
完全に気絶してしまっている二人に軽く回復魔法をかけてから、俺はゆっくりとボス部屋をあとにした。バトルが終わって完全に音声が解放されたからか、ホールからはおっさんたちの大きな歓声が聞こえてくる。
それなりに観客の皆さんにも楽しんでもらえたらしい。
「ハク凄いっ!! やったね!!」
「ゼロ」
モニタールームに戻った途端、ゼロから目一杯の祝福を受けた。いわゆるホラー系の怖がらせ方じゃなかったせいか、どうやらゼロもしっかりと戦闘の行方を見守ることができたらしい。
「ホラー系のダンジョンの場合は、俺ももうちょっと攻め方を前もって考えとかないとダメかも。今回は結構やばかった」
「あはは、苦肉の索ってヤツ?」
「ゼロやルリみたいにポンポン簡単に閃いたりしねえんだよ、普通は」
「でもカッコよかったよ!」
「ありがとな、ユキ」
ルリからはからかわれ、ユキからは手放しで褒められるいつもの光景に、俺の緊張も徐々にほぐれていく。
やっと落ち着いてきた俺は、改めてモニターを見渡した。
「あっ……やっぱスラっちのトコも終わっちまったか」
「うん、スラっち圧勝」
「見たかったのに、残念」
「やっぱり王子様が曲者で、スラっち相手に結構粘るから、なかなか面白いバトルだったよ。それでね」
「うん?」
ゼロにさり気なく手渡されたアイスティーを飲みつつ相槌をうったら、ちょっと気まずそうに目を逸らされた。
「これから王宮に行くんだけど」
「はぁ!?」
「ボス戦で疲れてるとは思うんだけど、できれば一緒に行ってもらえないかな」
「ブハッ」
吹いた。
いやいやいや、そりゃまあゼロが行くならもちろん俺だって行くに決まってるけども! そもそもなんで急にそんな話になってるんだ。
ゲホゴホガハッ……とひとしきり噎せたあと、俺はおもむろに頷いた。
「もちろん、行く」




