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ゼロのダンジョン、進化中!  作者: 真弓りの
ダンジョン改良

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確かなものなど、何もない

ちびっ子魔女の叫びに、ふくよかちゃんの攻撃が沈静化する。


急に攻撃を受けなくなったクマのぬいぐるみは、あちこちほつれ、綿もはみだした無残な姿で力なく床に落ちた。



「……」



動かなくなったクマのぬいぐるみを、息を殺したまま見守っていたふくよかちゃん。たっぷり数分様子を見た後「ホントだ」と呟いた。



「こっちが本体じゃなかったんだ! どこに隠れてやがる!」



叫んだちびっ子魔女は室内を油断なく見渡しているが、乱反射するミラーに視界を邪魔されてうまく視認できていないらしい。



「ちくしょう! 姑息なヤツめ!」



地団駄を踏んでいきり立つちびっ子魔女の姿に、思わず声が出た。



「おー怖っ」



途端、上のほうから痛いほどの視線を感じた。見上げればふくよかちゃんが俺を思いっきり凝視している。


やばっ、もしかして俺の声が聞こえていたんだろうか。


慌てて視線を避けるように体の裏っかわへジャンプして周りを見回せば、ふくよかちゃんの背中のあたりに、今の俺と同じ筋肉男の姿を模した軍隊アリが健気にしがみついているのが見えた。


よし、こいつに身代わりになってもらって、ここはうまく逃げよう。



「ビュー! ビューでしょ!? 今、喋ったよね!?」



ふくよかちゃんは俺のジャンプした先を見ようと必死だが、こっちだってそう簡単に見える場所に跳ぶ筈がない。もたつくふくよかちゃんの死角をうまいこと利用して、俺はクマのぬいぐるみがあるところまで一目散に走った。



「きいちゃん、ビュー見つけたぁ! 私の背中にいるよぉ!」


「んなワケねーだろ!」


「だって喋ったんだもん。お願いだから潰されないように確保しといてぇ」


「お前なぁ……もう、しょーがねえなぁ」



ふくよかちゃんの必死の懇願に、ちびっ子魔女がしぶしぶ近づいて来る。なんだかんだ言って、ちびっ子魔女はふくよかちゃんに弱いような気がするな。


そしてちびっ子魔女が、ふくよかちゃんの背中から筋肉男似の軍隊アリをつまみ上げた。ジタバタともがく軍隊アリをじっと見つめるちびっ子魔女は、険しい顔をしたかと思うと、軍隊アリにそっと耳を近づける。



「……?」



不審そうな顔のまま、さらに耳を近づけたちびっ子魔女。



「痛ってぇ!」



急に耳を押さえてしゃがみ込んだ。



「ちくしょう、噛みやがった! コレ絶対ビューじゃねえよ! なんかギイギイって耳障りな音しか出さねーし、聞き間違いじゃねーのか?」



涙目で軍隊アリを投げ捨てようとしたちびっ子魔女の腕を、ふくよかちゃんが恐ろしい速度で捉えた。



「ダメ! ホントにビューだったらどーするの」


「んなワケねえだろ! ビューもアルドもとっくにリタイアしたじゃねーか! 今頃医務室とやらでいびきかいて寝てらぁ」


「わかんないよ? ゾンビみたいに体を使われてる可能性だってあるじゃん~」


「そうかもね」



突然割って入った俺の相槌に、二人の体が固まった。ゆっくりと振り返って俺を見る目には、若干の怯えが含まれている。



「よいしょ」



殴られ蹴られてボロボロのクマのぬいぐるみに姿を変えた俺は、ことさらにゆっくりと起き上がる。



「酷いなぁ、ボロボロだよ。動きにくいったらない」



立ち上がってまあるい手でポンポンと体を叩き、それと同時に俺は一瞬で姿を変えた。


ふわりと柔らかいヴェールが空を舞って、薄布を纏った優美な肢体が現れる。ゼロがスケッチブックに描く時に『天女』だと言っていた黒髪の神秘的な女性だ。名前がついているくらいなんだから、きっとゼロの世界ではポピュラーな種族なんだろう。


とりあえずここは、正体が掴めなさそうなものならなんでもいい。


案の定、二人は一瞬息を呑んで俺を見つめる。



「お、まえが……ここの、本当のボスか……?」


「さあ、どうかしら」


「さっきのクマさんとは違うヒトなの? かすり傷ひとつない……」


「答えが欲しい?」



俺はわざと優しげな微笑みを浮かべて見せた。



「残念ね、ここはその時々によって見せる顔を変える『ジョーカーズダンジョン』。確かなものなんて何もないわ」



口元に手をあて、ふうっと息を吹きかければ、またも姿を変えた軍隊アリ達が地に落ち、わらわらと二人をめがけて動き出す。



「目に見える姿なんて、なんの意味もないのよ」


「ひえっ……」


「私たちも……いる?」



今度の軍隊アリには、筋肉男やひょろ長くんだけでなく、ふくよかちゃんもちびっ子魔女も、なんならさっきのクマのぬいぐるみまで忠実にミニチュアサイズでコピーしてやった。俺のコピースキル、めっちゃあがってるんじゃなかろうか。


内心ほくそ笑みつつも、表面上は澄ました顔で俺はさり気なく攻撃態勢に入る。


それとは気取られないよう、あくまで優美に。


その場でヴェールをふわりと翻して舞えば、二人の服に一瞬で巨大な魔物に引き裂かれたかのような鉤裂きが生まれ、その奥の肌から、赤い血が染み出した。



「な、なんで」


「触れられてもいないのに……!」


「なぜかしら、不思議ね。でもその傷は本物でしょう?」



俺はことさらににっこりと笑ってみせる。



「ここまで辿り着いたご褒美に、少しだけ息をつく時間をあげたけれど」



言葉と同時に今度は自分の体を中心に、弧を描くようにヴェールを踊らせて、二人の視界を奪った隙に俺はまた一瞬で姿を変える。まだ恐怖の記憶が新しいに違いない、あの姿に。



「! さっきの……!」


「黒騎士!」


「そろそろ、本気の手合わせといこう」



俺は、巨大な槍を一閃した。

300話……!

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