クオリティの確保が難しいんだよ!
「うわっ……強そうだな、見るからに」
思わず口から素直な感想が漏れていた。
「でっしょー? これを倒せたら、いよいよラスボス部屋への扉が開くわよー♪」
「マジで!?」
俺、これより強そうなの考えなきゃいけないわけ!? ハードル高くねぇか?
「連戦になるから、結構ボス的には楽かと思ったんだけど」
「そっちじゃねーよ! このルート、クオリティ高すぎだろ。これ以上怖いモンが思い浮かばねぇ」
「あらら」
あらら、じゃねーわ!
しかもこの漆黒の騎士、めちゃめちゃ強い。ひとことも言葉は発せずに、ひらりとボーンドラゴンの背から飛び降りると、挨拶がわりとでも言いたげに巨大なランスを一閃して見せる。
次の瞬間には、筋肉男の斧めがけてひと振り。あっけなく、筋肉男が吹っ飛ばされていた。
ボーンドラゴンは「待て」と言われてでもいるかのように、大人しく膝を折って座っている。もちろん暗い眼窩の青い光も、口から洩れる濃い瘴気もそのままだから、見てるだけでも十分怖いんだけどな。
漆黒の騎士だけでも十分に脅威だ。ボーンドラゴンが襲ってこないのは、あの三人にとってはありがたいことだろう。
なんせ、筋肉男が吹っ飛ばされた今、一歩一歩ゆっくりと近づいて来る漆黒の騎士を前に、ふくよかちゃんもちびっ子魔女も、顔を青くして若干震えているからだ。
それだけ、この漆黒の騎士が与えるプレッシャーが大きいという事なんだろう。
「きぃちゃん、下がってて!」
「うわっ!?」
ちびっ子魔女を後ろに突き飛ばして、ふくよかちゃんは驚くほどのスピードで、漆黒の騎士との間合いを詰める。
巨大なランスを下から蹴りあげ……
「っ!?」
ふくよかちゃんが驚愕の表情を浮かべた。
それもその筈、ふくよかちゃんが蹴りあげた筈のランスは、ピクリとも動いていなかった。足の方に衝撃がきたのか、ふくよかちゃんが辛そうに眉をしかめる。
漆黒の騎士の顔を覆うフルフェイスが、僅かに動いた。その視線は、まっすぐにふくよかちゃんを見ていた。
「ひっ……」
ふくよかちゃんの顔が、恐怖にひきつる。巨大なランスが、無慈悲に振り下ろされた。
「させない……!」
ガキィィィィン……! と、重い金属音が響いて、筋肉男の大斧がランスを力強く受け止める。見ていた俺もちょっとホッとしてしまった。
ボス部屋にこられても困るけど、ここまで来たら頑張って欲しい気もする。
なんとか最初の危機は脱したみたいだし、俺は俺で、彼らがボス部屋に来た時のために真剣に考えねばなるまい。
モニターにも時々目を配りながら、俺はゼロが前に書いてくれた変化用のイメージイラストをパラパラとめくっていく。
うーん、やっぱり恐怖を感じるようなのは無いよな。まぁ、ゼロにそれを求めるのがそもそも無理って気もするし。
「頑張って考えてね♪ ボスの方が弱かったとか、シャレにならないわよ?」
「分かってるっつーの! だから必死で考えてるんだろうが」
腕組みで唸っていたら、ルリに茶化されてしまった。
ちぇ、楽しそうだな。ルリにはアイディアがありそうな気もするが、頼るのはもうちょっと頑張ってからにしよう。せっかく俺がボスなんだし。
でもなあ、そもそも人ってどういう時に恐怖を感じるものなんだろうか。
俺自身は本能的な恐怖が強い気がする。自分やゼロの命が危険にさらされていると感じた時の恐怖は尋常じゃなかった。召喚されてすぐ、カエンに出会った時なんか、はっきり言って失禁しなかったのが奇跡だってなくらいだったもんな。
逆に言うとそれ以外の事に関してはあまり大きな恐怖を感じない。死ななきゃなんとかなるもんだ。
でも、ゼロを見てると、恐怖のポイントって結構違う気がするんだよな。
カエンに会った時は全然怖さとか感じてねぇみたいだったし、むしろ堂々としたモンだった。ランクが高いモンスターにビビる風情は特にないし、よく知らねぇヤツと話すときはめちゃめちゃ恥ずかしそうではあるけど、恐怖って感情とはまた違う気がする。
そうだ、視覚的なモンが怖いのかも知れない。
ゴーストとかやたらに怖がってたし、あと虫なんかも「見た目が無理」って言ってたもんな。
ただ、途中でリタイアしたあのひょろ長くんは、暗闇に叫び、風が吹いたと叫び、ゴーストの声に叫び、ゴーストの見た目にも叫んでいた。そうだよ、なんかもう五感フル活用でビビってたよな。
そういえばゼロ、「なんかあるかもって思うだけで怖い」とかも言ってたか……? それって視覚や触覚、聴覚だけに左右されてるわけじゃないってことだよな。
自分で「なんかあるかも」って考えて、わざわざ怖くなるなんて、難儀なこった。
俺とはあまりにも違う「恐怖」の基準にちょっと遠い目になってしまった。
でも、なるほど、なんとなく分かって来た気がする。
ゼロ達みたいなタイプが感じてるのは、主に多分、想像力からくる恐怖なんだろう。
自分の中で膨れ上がっていく想像は際限がない。だから一度怖い、と思ってしまうと小さな物音一つでも怖くなっていく。そういう意味ではルリが考えたこのダンジョンはうまくできてるんだろう。
ただな、そういうやツが恐怖を感じるシチュエーションってそこそこ出ちゃってるしな。
どうすりゃいいんだ。
振り出しに戻った気持ちになって、俺はしばし途方にくれた。




