ホラーダンジョンの恐怖
いいところでルリにスライム・ロードのモニターを奪われてしまった。
見たかった……ぜったい、あの後のスラっちと第八王子達のバトル、盛り上がると思う。もう少し、決着がついてからこっちのモニターに戻って来ても問題ないんじゃなかろうか。
そんな欲が出て、とりあえず自分のジョーカーズ・ダンジョンの状況だけ確認しようと思ったら、こっちはこっちで凄いことになっていた。
「破っあああああ!」
「どりゃあ!」
気合一閃、筋肉男の斧とふくよかちゃんの足技が華麗に炸裂する。その重い音が響いたあと、次いでズウウウウウン……と鈍い地響きともうもうと土煙が巻き起こる。
身の毛もよだつ断末魔が、ジョーカーズダンジョンのモニターから響き渡った。
巨大な獣の体躯が起き上がろうともがいている。その四肢が蠢くたびに死肉や赤黒い血がボトボトと塊になって落ちては、ジュウジュウと地を焦がしている。血が酸だとか、そういう事なんだろうか。
しかも奇声を上げている首はひとつじゃない。獅子と、山羊と、蛇。キマイラのゾンビだった……。
こんなの俺でも泣きたい。
気持ち悪過ぎるし、デカいし、見た目が尋常じゃなく怖い。多分実際に戦ったら匂いも強烈そうだ。さすがルリ監修のダンジョン、容赦がない。視覚・聴覚・臭覚をフルに刺激する中ボスを用意している。
ゼロは大丈夫だろうか……と思わず振り返ったけれど、スラっち達のボス戦が佳境だからそっちを必死で見ていて、このキマイラゾンビには気が付いていないようだ。
むしろ良かった。
ゼロや早々に気絶したひょろ長くんがこんなの見た日には失禁じゃ済まない、多分。
ていうか、もしこいつらがボス部屋までたどり着いたら、俺が戦うんだよな。これより視覚的に怖いのって、俺、想像もつかないんだけど。
やばい。
スラっち達の戦い見てわくわくしてる場合じゃなかった。
ぶっちゃけこれまでのダンジョンでは、ゼロが苦手なのもあってホラー系はほとんど手を付けていない。もちろんゼロが書いてくれた俺の変化用のイラスト集にも怖い系はほとんどない。
以前、死神っぽいのをやったことはあるが、あの巨大なゴーストや今のキマイラゾンビに比べれば、全っ然怖くないと思う。
「トドメだ! さっさとトドメをさしちまえ!」
無慈悲にもちびっ子魔女の檄が飛ぶ。なんとか起き上がろうと悶えるキマイラゾンビに、また二つの影が踊りかかった。
「だよね! 復活されると厄介だもんね」
ふくよかちゃんの蹴りが山羊の頭に突き刺さる。その横で、筋肉男のどデカい斧が、獅子の頭を豪快に斬り落とした。残った首からボタボタと血の塊がこぼれ落ち、鈍色の血溜まりが出来ていく。
蛇の頭もあっさり斬り落として、筋肉男が無言で大斧を振った。刃が劣化するのを案じての事だろう。
「っしゃあ! 時間がねえ、次!」
「うん、せっかくここまで来たんだものねえ。せっかくだからクリアして、アルドに自慢したいよねえ」
「アルドの仇は、討つ」
もはやピクリとも動かないキマイラゾンビには目もくれず、三者三様に気合を入れて、彼らはどんどんと先へ進んでいく。
モニターに表示されるルートの大まかなマップを見る限り、多分今のキマイラゾンビが中ボスその1だ。あと10分も歩けばすぐに中ボスその2にぶち当たり、それを倒せば晴れてラスボス:俺に挑戦できるという、後半立て続けにボス戦をかませてくるという嫌な造りのダンジョンだった。
つまりあと30分足らずで、俺もこいつらを震え上がらせるラスボスのイメージ売り上げなきゃいけないって事だよな。
ヤバイ。
マジでヤバイ。
そう思うのに、全然いいアイディアが浮かばない。腕組みしたり、うーんと呻いて見たり、天井を見上げてみたりしたものの、そう簡単にいいアイディアなんか降ってくるわけもなく、こんな時ばっかりは、ゼロやルリの柔軟な脳みそが羨ましくなってしまう。
考えれば考えるほど、頭が白くなる現象に何か名前を付けたい……とくだらない事を考えていた時だった。
「うっわ、最悪」
「ひどい〜!」
「ちょっとここの主催者、性格悪すぎだろ!」
ひとりで悩んでいたら、モニターからちびっ子魔女とふくよかちゃんの嫌そうな声が漏れてきた。
モニターを見て、納得。
彼女たちの目の前には、暗く、深く、薄気味悪い沼が広がっていた。
彼女たちの進む道は三人が並んで歩けるほど広い、ゴツゴツした岩肌の洞窟のような空間だけれど、その横幅いっぱいに不穏な空気の沼が設けられている。浮遊系の魔法でも所持していない限り、泳いで渡るしかない。
「ええ〜濡れるのやだなあ」
「ばか、そんな簡単なことかよ」
ぷうっと頰を膨らませるふくよかちゃんのほっぺたを、ちびっ子魔女がぶすっと突いた。
「こんな濁りきった水、中に何がいるか分かったもんじゃない」
「そ、そっか」
「泳いでる時に下から引きずられてみろ! イチコロだぞ!」
「ひええ、怖い! 考えたくもない!」
確かに! 考えたくもない。
俺の背筋にも、ぞおっと怖気が走ったその時だった。
「ヒヒヒヒヒ……お困りかえ?」
なんとも不気味なしわがれた声が、鼓膜をゾワリと撫でた。




