そばかす従者の葛藤
500回に1回……それでいいのか、第八王子。傍で聞いてるこっちの方が心配になるんだが……本人、それでいいんだろうなぁ、ニコニコしてるし。
笑顔のまま立ち上がると、第八王子はポンポンと身体についた土埃を軽く落とす。「見事な働きであった」とそばかす従者を労う目元は、慈愛に満ちているように見えた。
「ファンテよ、ここを出たらそろそろ国に戻る。戻れば体を動かす機会もぐっと減るであろう、今のうちに存分に暴れて発散しておくがよい」
「突然ですね」
「そうでもないのだよ。おとといカラギナから文を貰っただろう」
「第二王子……国政を取り仕切っておられる有能な方ですね」
貴方と違って、という副音声が聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
「そうだ。旅に出るときにそのカラギナから、有能な人材がいたら確保しておいて欲しいと頼まれていたのだが、その催促だった」
「はあ」
「おぬしを推薦しようと思う」
そばかす従者がとてもとても微妙な顔をした。戦闘中なら「バカですか!?」くらいは言っていそうな顔だ。
「非常にありがたいお話ですが、私は既に第一王子より盛大に叱責を受けております。第二王子もその件はお聞き及びかと」
「もちろん知っておる。その結果左遷されて余の従者になったことも先刻承知の上だ」
「では」
「その上で推薦しようと思っているのだよ。おぬしは剣の腕も抜群だが、この半年、余の従者としてたった一人で様々な手配や交渉、各国の要人への取次までなんなくこなしていただろう。素質は十分だ」
そばかす従者がポカンと口を開ける。まさか褒められるとは思っていなかった、という顔なんだろうか。
「そ、それは他に誰も人がいないから、仕方なく」
「うむ、必要にかられてやったのは分かっておる。ようは必要があればそれが出来る、という事を評価しているのだ」
「ありがたい、お言葉ですが」
そばかす従者は何ともキレの悪い返答に終始している。褒められてるんだから、素直に喜べばいいのにな。しかも有能だと思っている人物に推薦して貰えるなんて、またとないチャンスだろうに。
「おぬしが口が悪いのは戦闘の時だけだ。カラギナのもとならよほどのことがない限り戦闘を強いられる事はないゆえ、その欠点も仇にはなるまい。その剣の才を頻繁に発揮できぬのは少々寂しかろうが、きっとおぬしならそれでも頭角を表す事ができよう」
「クリームヒルト様。ですが」
「らしくないのう、そんな不安げな顔をしなくてもカラギナも乗り気だ。大船に乗ったつもりでいなさい」
「クリームヒルト様は……どうなさるんですか」
「おや、心配してくれるのか。だが心配には及ばぬ。第八とはいえこれでも王子だ。また誰かスカウトするゆえ安心するがよい」
さあ、行こうぞ。そう言って話を切り上げた第八王子に急かされるように、そばかす従者も歩き始めた。
ただ、明らかにテンションが下がっている。
飛びかかってくるスライム達はしっかりと食い止め、第八王子を守りながら先へと進んでいるものの、動きの切れが格段に悪い。しかもさっきまでの暴言がすっかりなりを潜めている。
このそばかす従者が無言とか、逆に怖い。
「おぬし、無言で戦闘する事も出来るではないか。うむ、カラギナのもとに行ったらその方がいいだろうのう。さてはカラギナのところに行った時の心構えがもうはやできているのか? 感心感心」
「……いたみいります」
嬉しそうな第八王子と相反して、そばかす従者は何か言いたそうな、迷いに満ちた顔をしている。突然の話だったようだから、彼の中でもまだ整理がついていないのかもしれない。
思いのほか繊細なのかもしれないそばかす従者は、しばらく迷った後、決意したように顔をあげた。
「クリームヒルト様、先ほど従者をスカウトする、と仰っていましたが……もうこれと目をかけた人物がおいでなのですか?」
「ん? いや、まだ決めてはいない。だが、この町で先ほど声をかけたあの童も、なかなか見どころがあるだろう? スカウトしてみてもいいとは思っておる。一から育ててみるのも面白いだろう」
その返事を聞いたそばかす従者は、口をへの字に曲げてすっくと立ちあがる。第八王子も「楽しみだねえ」なんて穏やかに笑みながら、ゆっくりと歩を進めた。
そこからだ。
そばかす従者の罵詈雑言が一気に復活してしまった。スライム達が襲い掛かるが早いか、そばかす従者の剣が問答無用で切りかかる。もはやうっぷん晴らしという言葉がもっともしっくりくる戦いっぷりだ。
「ふざけんな!」「さっきの童って!」「スリのガキじゃねーか!」「安心要素が欠片もねえ!」
あ、スリの子をスカウトしようとしてるのか。さすがに考えてることが読めないな、第八王子。
「あんなガキンチョに!」「俺の代わりが務まるわけねーだろ!」「ふざけんな、バカ王子!!!!」
そばかす従者のお怒りはもっともな部分もある。実際そこらのガキに各国の要人への取次なんかできる筈もないもんな。どうするつもりなんだろう。
そんなおせっかいな事を考えていたら、マスタールームに突如カエンが現れた。
「よう、どっかの国の王子が来てるって?」




