第八王子とそばかす従者
「恐縮です」
膝を折って頭を垂れたまま、淡々と礼を述べるそばかす従者。無感動な顔が空恐ろしい。
第八王子の御前で畏まっている、ある意味隙だらけのそばかす従者に、新たなスライムが襲い掛かった。ジャングルの覇者、バネのような動きが特徴のウィップスライム達だ。
無言で立ち上がったそばかす従者の剣が鋭く閃く。
「気に入って」「いただかなくて!」「結構なんですけどーーーーー!」
きた。
なんなんだ、こいつ。
それでも怒る様子もなく、むしろアルカイックスマイルで見守る第八王子もなかなか怖い。
「むしろ迷惑!」
第八王子がブハッと吹き出した。
「なんと、剣の斬れ味も言葉の斬れ味も凄まじいな」
いやいやいや。
笑い事じゃないだろうに。
そうは思うものの、二人がそれでうまくいっているなら別に俺が口出す事でももちろんないし。第一、モニターのこっちでなにか言ってやるわけにもいかない。
ただ、心の広そうな主っぽいのに、と思うとなんとなくムカつく。
スラッち。もしもボス部屋までたどり着いたら、このそばかす従者、軽くシメてやってくれ。
「さて、あまり時間もないようだ。見物するのはほどほどにして、先に進もうぞ」
ゆっくりと立ち上がり、第八王子はさっさと先に進んでいく。驚いたことに結界が王子についていった。なんと場所ではなく自身に結界を張っているらしい。ゆったりとした立ち居振る舞いでパッと見凡庸な男に見えるが、この第八王子、なかなかの人物だ。
「おや、可愛らしい。樹のうろが次のステージへの入り口なのかも知れぬな」
「! お待ちを!」
初めて、そばかす従者が顔色を変えた。
「危険です! 私が先に」
「大丈夫だ、結界があるゆえ心配は要らぬ」
「ここのスライムはかなり特殊だと聞いております。何が起こるか分かりませんので」
有無を言わせずズイッと前に出ると、颯爽と前を歩いて行く。なるほど、あの戦闘時の罵詈雑言以外は、それなりにちゃんと従者をやっているのかも知れない。いや、まだまだ分からないわけだが。
俺の不安をよそに、そばかす従者は第八王子を意外としっかりと守りながら、樹のうろをくぐる。
「うわっ!?」
突然襲い掛かった影に、咄嗟に第八王子を庇ったそばかす従者。第八王子は呑気に「おや、色とりどりだ。可愛らしいではないか」と微笑んだ。
第八王子の視線の先には、言わずと知れた五色のスライム、スラレンジャーがいる。
「下がっていてください、すぐに始末します」
「頼もしいな、ファンテよ」
ニコニコと楽しそうに、第八王子はボス部屋の隅にどっしりと腰かけた。
しかし、さしものそばかす従者もスラレンジャーが相手では一刀両断、というわけにはいかないらしい。相変わらず聞くに堪えない罵声を飛ばしながら、四色のスライム達を相手に剣を振り回している。
それを見つつ、俺はふと、念のためカエンに知らせておくか、と思いついた。
「なあゼロ」
「なに……?」
振り返ったら、ぐったりした表情の我が主がいた。
「泣きそうなとこ悪いんだが」
「泣いてない」
「うん、頑張れ。それでな、スライム・ロードの挑戦者なんだけど」
「対応が雑すぎる……まあいいけど。で、なに?」
「いや、なんか他の国の王族みたいでさ」
「へえ」
さすがにゼロも、興味をもったらしい。すっかり生気を失っていた目の中に、光が戻った。
「カエンに念のため伝えといた方がよくねえかな。第八王子だっていうから、是非ものじゃないかも知れねえけど」
「僕達じゃその判断は難しいよ。カエンとか王様たちに判断してもらった方がいいと思う。今すぐ受付のシルキー達に、ギルドに伝達に行ってもらおう」
話を聞いたゼロの判断は一瞬だった。
さっとヘッドセットを身に着けると、受付につなげて指示を出す。受付につないだモニターからは、シルキーちゃんの一人があっという間にギルドの方へ走っていくのが見えた。
お忍びで遊びにきているだけなら気にする必要もないのかも知れないが、もしかしたら国同士の話し合いとかがあるかもだし、密偵とかだと面倒な事になるかもしれない。
なんにせよ、ゼロのいう通り俺達じゃ判断が付きかねる。こういうのは、千年レベルで国を守っている守護龍サマに託すのが無難なんだろう。
そんな対処をしている間に、スライム・ロードは不思議な事になっていた。
「なんで、敵を抱っこしてるんですか!」
戦闘してないのに、そばかす従者が素で怒っている。
「いや、この子は戦えぬようだからのう、一緒に見物しようかと」
第八王子のひざには、ピンクちゃんがプルプルと可愛らしく揺れていた。
「けっ……結界は! 結界はどうしたのです!」
「さっきな、黒いスライムがおったであろう? あやつの術で無効にされたらしい」
「~~~~~!!!!!」
怒りなのかなんなのか、そばかす従者の顔が真っ赤になる。
第八王子の膝からピンクちゃんをガッと掴んで空に放り投げ、一刀両断しようとしたその大剣に、真っ青なトゲトゲのスライムが体当たりした。
「くっ」
ガチン、と硬質な音が響く。次々に襲い掛かってくるスラレンジャー達を、そばかす従者はさっきまでとは比べ物にならない気迫で切り捨てていった。
「王子に触るなんざ!」「不敬の極みなんじゃあ!」「ぜってえ殺す!」「王子には傷ひとつ」「つけさせねえ!」
なんと、これまで苦戦していたのがウソみたいに、剣を五回薙いだだけで圧勝だ。ポカンとしていた第八王子は、僅かに眉を下げて破顔した。
「本当におぬしは、500回に1回くらい可愛い事を言うのう。今のはちょっと嬉しかったぞ」




