起きろって!
やれやれ、どうやらあの筋肉男もなんとか正気に戻ったようだ。
モニターの向こうがそれなりに落ち着いたのを見計らって、俺は後方の机を若干気まずい気持ちで振り返る。
「おい、ゼロ」
気持ちよく気絶しているところ申し訳ないが、これくらいで気絶してたらいつまで経ってもホラー系に慣れ切れないじゃないか。ここは心を鬼にして、現実に帰ってきてもらう事としよう。
「おーい、ゼロ! 起きろ」
肩を掴んでグイグイ揺らすも、一向に目を覚まさない。
「起きろって!」
さすがにあまりにも目を開かないから心配になって頰に手を当ててみた。マジで心肺停止とかしてるんじゃないかと不安になったからだ。ダンジョンマスターが自分の作ったダンジョンの仕掛けに驚いて死ぬとか有り得ないからな?
……あ、大丈夫だ。あったかい、生きてるわ。
そもそもゼロが死んだらこのダンジョンも無事じゃないよな。ああ、びびった。
「僕がやるー!」
嬉しそうに犬耳をピンと立てて、ユキが駆け寄ってきた。目がキラッキラに輝いているところを見るに、軽く面白そうなおもちゃと判定されたんだろう。シッポもブンブン揺れている。
まあ、平和でいいか。
と思ったところでハッとする。そう言えばユキとブラウは寝起きの俺に容赦がない。飛び乗ってくるのなんか序の口で、それでも起きないと人の腹の上でトランポリンかのごとく跳ねるのだ。
いかん、ゼロに同じ事したら真面目に死んでしまう。
「ユキ! ゼロは俺より腹筋ないから! 腹の上飛んだりすんなよ!」
「大丈夫だよ、第一ゼロ、机に突っ伏してるもの」
「あ、物理的に無理か。……とりあえず、ソフトにな」
そう言ったら、ユキの眉毛がションボリと垂れた。ついでに犬耳と尻尾もシュン……と下がる。「でも……」と、チラリと視線を送った先には、ルリがニンマリと笑んでいた。
「ウフフ、別に跳ばなくってもいいから、手加減しちゃダメよ? ゼロはホラー系克服するっていう尊い任務があるんだから」
「んーと、じゃあ……くすぐるのは? 確かゼロ、それは弱かったよね」
またもや犬耳がピンっと立って、一気に元気になったユキの手が、ゼロの体に触れようとしたその瞬間。
「分かった! 分かったよもう! 見ればいいんだろ!?」
半泣きでゼロが立ち上がる。
「た、狸寝入りか!」
「あら、つまんない。もうちょっと粘るかと思ってたのに」
驚く俺をよそに、ルリは先刻承知と言った風情でニヤニヤと笑っている。
「なんだぁ、起きちゃったの?」
そして逆にユキは邪気がない。
「ああ、僕もあの神官の人みたいにリタイアしたいよ、まったく……」
唇を尖らせながらぼやいてるけど、どっちにしたってこれからもホラー系ダンジョンから逃れられるわけないしな。ここはひとつ頑張って貰うしかないんだが。
「私がサポートしますので、ここは堪えてください。一緒に頑張りましょう」
グレイの大人の対応に、ゼロはしぶしぶ本日ホラーダンジョンと化しているジョーカーズダンジョンのモニターチェックに取り掛かる。若干可哀想な気もするが、まあ仕方ないよな。
こっちはゼロとグレイに任せて、俺は別のモニターでも見てみるか。
ええと、ルリはキング・ロードでゼロ達はジョーカーズ・ダンジョンだろ? 初心者用のプリンセス・ロードはもう終わりそうだし、ユキはプリンス・ロードをチェック中。残りはスライム・ロードか。
スライム・ロードのモニター前に陣取ってモニターの中を覗いてみたら、思いがけない光景が目に飛び込んできた。
一人だ。
たった一人で群れるスライムたちをぶった斬ってるヤツがいる。
「ふざけんな!」
一太刀ごとに叫びながら。
「まったく!」「なんで!」「僕が!」「お気楽極楽のーてんきな!」「王位継承権も第八位の!」「どーでもいい王子のために!」「体を張って戦わなきゃ!」「ならないんだー!!!!」
うっそうとしたジャングルで、あっちこっちから襲い掛かってくるスライムたちを次々と切り伏せていく姿は圧巻だった。
なんの変哲もない小柄で貧相な男だった。まんまるいメガネをかけて、色白の肌に薄い体、ごく普通の容姿でちょっと印象に残るのはそばかすくらいか。
いや、印象に残るのは、一太刀ごとに漏れ出てる心の声かもな。結構ひどいこと言ってるし。
「おお、さすがだなファンテ。見事であるぞ」
のんびりした声が響いた。よく見たらジャングルの中にこじんまりした結界を張って、ゆったりと戦闘を観戦している御仁が居る。
「お褒めにあずかり光栄です、第八王子」
それをきいて俺はドン引いた。
もしかして『お気楽極楽のーてんきな』『王位継承権も第八位の』『どーでもいい王子』ご本人様だったりするんだろうか。
だとしたら、このそばかすときたら、御前で相当失礼な事かましてるんじゃなかろうか。こっちが余計な事とは思いつつ心配しているというのに、第八王子は鷹揚に微笑んでいる。
「うむ、相変わらず戦闘時以外は礼儀正しいな、そのはっきりした裏表、余は気に入っておるぞ、ファンテ」




