実体がないって厄介だ
なんという嫌な特技。
俺ですらバリバリに違和感を感じてるんだから、あの筋肉男と長い付き合いっぽいチビっ子魔女やふくよかちゃんはさぞその変貌ぶりに怖気を感じている事だろう。
むしろあのひょろ長君がリタイアしていて良かった。トラウマになりそうだ。
「えーん、ビューったら正気に戻ってよぉ」
ふくよかちゃんが涙声で語りかけるけど、もちろん筋肉男は気味の悪い笑みを浮かべるだけだ。
「ひひひ、ふ、はは、ひひひひひ……! ああ、愉快だ。仲間の手にかかり死ぬがいい……!」
大きな口の端が吊り上がり、目は極限まで細められ、でかい顔の中で三つの暗い三日月が震えているみたいに見える筋肉男。
ゴーストに操られるままに筋肉男は巨大なアックスを振り上げ、無造作に降り下ろす。ただ、さすがに旅役者の能力を有したゴーストといえどアックスの扱いは手慣れていないようで、それらしくは見えるがスピードに欠けていた。
その精彩を欠く攻撃があたるはずもない。無言で跳びのきアックスを躱したチビっ子魔女は、空中で筋肉男に向かって何か呪文を投げかけた。
「グアアアアアアアッッッ」
外皮的には何もダメージを負っていないように見えるのに、筋肉男の喉からは絞り出すような叫びが漏れた。
体から蒸気のようなものが上がっているように見えるのは、つまりそう、取り憑いているゴーストへのダメージという事だろう。
「グ…… フ、ひひひ……小癪な」
ニヤア、と笑った顔はただひたすらおぞましい。
「ちくしょう! あんだけ魔力を練り込んだってのに、消滅しないのかよ!」
「キーちゃん!」
かなり消耗した様子のチビっ子魔女の元に、ふくよかちゃんが走り寄る。
「効率が悪い。こういうのはあのヘタレ野郎の担当だろうがよ! あのバカが気絶したせいで!」
「魔力が尽きちゃうよお、無理しないで」
ぶつくさ文句を言ったあと、それでも懸命に何やら詠唱を始めたちびっ子魔女を、ふくよかちゃんは心配げに見つめる。
そして、ふんっ! と鼻息荒く功夫の構えを決めた。
バッ! バッ! バッ! バッ!
と、空気を切る音が聞こえるほどに素早く、連続して何かの型を決めたふくよかちゃん。最後に胸の前で印を結び、瞑目した瞬間、ふくよかちゃんの体が淡く光る。
そしてその光は一瞬にして彼女の手に集まった。
「破っ!」
小さな気合とともに、ふくよかちゃんの体が宙に舞う。
おっとりふくよかちゃんとは思えぬ身のこなしで、そのぷにっと柔らかそうな掌が筋肉男の巨大な体にめりこんだ。
「行けえっ」
彼女が叫ぶと同時に、その掌が眩く光る。
「グアアッッッ!? 小娘、何を……!?」
苦悶の表情でアックスを取り落とし、胸を搔きむしる筋肉男。
ガクリ、と腕を垂れ、ついでその巨体が地響きをあげて倒れこんだ。同時に筋肉男の体から白い靄がふわりと浮き出て、さらさらと空気に溶ける。
「おお、すげえ。ゴーストがやられた」
「まあ、そもそも能力は普通のゴーストですからな。あの小さなレディの魔法でほとんど瀕死だったのですから、とどめを刺されたのでしょう」
思わずつぶやいたら、グレイもしたり顔で肯いた。
それにしてもあのふくよかちゃん、いったい何をしたんだ? そう思ったのは俺だけではなかったらしい。
「やった……のか?」
「うわあああん、良かったよぉ! なんかもうビューったら怖いんだものぉ」
ちびっ子魔女は呆然、といった顔で、ぺたりと座り込んで泣きじゃくっているふくよかちゃんと大の字で倒れている筋肉男を交互に見ている。
「ファウエル……? お前、何したんだ?」
「ええー? 何があ?」
ひっく、ひっく、と泣きながら、ふくよかちゃんは不思議そうにちびっ子魔女を見返す。
「何がじゃねえよ! さっきビューになんか光る拳ぶっこんでたろ!」
「ああ、あれねぇ」
「あれであの凶悪なゴーストが昇天したんじゃねえか、あれは何だって聞いてんだよ!」
「えっとねぇ、気功?」
小首を傾げてちびっ子魔女に聞き返しても無駄だろうに。真実を知っているのは今のところふくよかちゃんだけだ。
「キーちゃん、あの怖いのは気の塊みたいなもんだって言ったからあ、気功なら効くかと思ってぇ」
効いてよかったぁ、とのんきに笑うふくよかちゃんの横で、筋肉男の体が僅かに動き始めた。
「うう……」
「ひええ、ファウエル! ビューから離れろ!」
いち早く、ひとり結界に飛び込んだちびっ子魔女がふくよかちゃんを必死で呼んでいるが、ふくよかちゃんはどこ吹く風。
「ええ~? 大丈夫だよう。だってさっき、あの怖いのビューから出て行っちゃったじゃない」
「もしもって事もあんだろ!?」
演技派のゴーストが相当怖かったらしい。結界の中で必死に喚くちびっ子魔女は、筋肉男がゆっくりと半身を起こすのをびくびくと身体を揺らしながら見守っている。
「ビュウ? 気分はどう?」
「おれ……?」
ふくよかちゃんに覗き込まれ、筋肉男は不思議そうに頭を巡らせる。きっとゴーストに取り憑かれていた間は意識がもうろうとしていたんだろう。




