絶叫
真っ先に勝負がついたのはチャイナ服だった。
コカトリスは結構な毒がある上、石化能力もある。武闘家がどう戦うんだろうと思ったら、なんと気弾で一発だった。
「まあ流石ですね、触れもせずに倒すなんて。でもアレット姉様の麗しいハイキックも久しぶりに見たかったのに、残念」
「コカトリスの血なんて猛毒じゃないの。近寄るバカはいないでしょ」
「毒なんかすぐに消して差し上げますのに」
「あんたねえ……他人事だと思って。わざわざ苦しい思いなんかしないわよ」
他の面々を手伝う気はさらさらないらしく、チャイナ服なアレット姉さんは神官といっしょに駄弁りながら戦闘の行方を見ている。どこから取り出したのか、雅な扇をはためかせる様はいかにも強そうだ。
「ディータったら遊びすぎじゃない? 攻撃する気あるのかしら」
「きっとリザードさん達と戦うのが楽しいんじゃないでしょうか」
困った子、と見守るチャイナ服の目には、なんというか母のような寛大さがあった。このチャイナ服とアマンダとかいう巨漢の魔術師が姉貴分らしい。貫禄が半端ないもんな……。
確かに見る限り戦士はリザードソルジャー達が打ち込む剣を軽くいなしているだけで、自分からは打ち込まない。顔にも笑顔が浮かんでいて、三方から襲い掛かる剣をでかい体でひらりひらりとかわすさまはまるでダンスを踊っているかのように軽やかだ。
「あら、アマンダも珍しく時間をかけているのね」
「ええ、新しい魔法を思いついたってこの前言ってましたし、出力とかを調整しているのかも」
見ればアマンダとか言う魔術師も、同じ魔法を何度も小分けに放っている。
一見グレートイーグルが上手く魔法をかわし致命傷を避けているように見えるが、よくよく見れば魔術師が僅かに急所を外して撃っていた。
なんていうか、めちゃめちゃ余裕じゃねえか。実際こいつらの実力なら、キング・ロードより上級のダンジョンでも充分戦えそうだ。
ちょっと怖いから俺はあんまり相手したくないけど、スラっちとかと戦っても面白かったかも知れない。
「まあいいわ、もう少し行ったらあのリリスが出てくるポイントでしょう? ここで一息入れるのも悪くないから」
「はい、お茶にしましょう」
そうか、キング・ロードはリリスがいるんだったな。
リリスのテンプテーションや吸精は果たしてこの屈強なニューハーフ達に効くんだろうか。
地味に気になるから早くリリスのいる崖のゾーンに到達して貰いたいもんだが、なんとチャイナ服達は岩に腰掛けて本格的にゆっくりまったりティータイムを楽しみながら観戦し始めてしまった。
どうやらまだまだかかりそうだと見切りをつけて、とりあえずさっきのジョーカーズダンジョンをチラ見する。
なんてったって、スムーズにボス部屋まで辿り着いたら俺がお相手するわけだからなんだかんだ言って気になるしな。
「どうだ?」
ゼロ声をかけて見たけれど、食い入るようにモニターを見つめていて俺の声が耳に入っていないみたいだ。
「へえ、まだ誰も脱落してないじゃないか」
あまりのビビリっぷりに、絶対ひょろ長君は早々に脱落しているに違いないと思っていたのに、意外としぶとい。
完全にへっぴり腰ではあるものの、なんとかしっかり自分の足で歩いているんだからたいしたもんだ。
「遅せぇ! さっさと歩け!」
ちびっ子魔女の暴言も健在だ。
「まあまあ、だいぶ進んだ事だしぃ、ちょっとだけ休憩しない~? あんまり無理させるとアルドが力尽きちゃうかも~」
「……ちっ」
ふくよかちゃんの言う事も一理あると思ったのか、ちびっ子魔女が舌打ちしながら結界を張る。何だかんだ言って使えるヤツだ。
「もうダメ……死ぬ」
結界に入った途端、倒れこみ目を覆って地面に転がるひょろ長君。ここまでさぞや気を張っていたのだろう、かわいそうなくらいに疲れ切っている。
しかし残念ながらまだ中盤までも到達していないんだが、果たして時間内にボス部屋までたどり着けるのだろうか。
無言でパタパタと仰ぎ風を送ってやっているのはイカツイ筋肉男。無口で道中もほとんど喋っていないようだが、実は結構優しいヤツだ。小さなまんまる目をパチパチとしばたきながら、心配そうに顔を覗き込んでいるのがなんとも微笑ましい。
「ビュー! そんな情けねえヤツ、介抱してやる事ねえんだからな!」
ちびっ子魔女の暴言にも、眉毛をちょっと下げるだけ。このチームで一番の癒し系は、実はふくよかちゃんよりもこの筋肉男なのかも知れない。
「まあまあ、そう怒んないで。アルド死んでるみたいな顔色だから、あったかいスープ作ったよ〜? ちょっと起きて飲んでみない〜?」
ふくよかちゃんがホンワリ言うと、ひょろ長君の瞼がピクピクと僅かに動いた。
「すまない……ありがとう」
まだ具合が悪いのか目やら額やらを一通り押さえてから、ひょろ長君がゆっくりと目を開ける。
そして、その目が限界まで押し開かれた。
絶叫。
このダンジョンができてから、最も酷い絶叫だった。ゼロなんかその絶叫にビックリして椅子から転がり落ちたくらいだ。




