拾ってきたのは②
応接室に戻ると、王子様達が心配そうに、何があったのか尋ねてくる。
そもそも、あいつらみたいなストリートチルドレンは、国が面倒みるべきなんじゃねーのか?
「あー…カエンとウチのダンジョンメンバーが街でストリートチルドレン4人も拾って来ちまって。ウチで引き取るよう、ごねられてるんです」
意味ありげに王子様を見ると、さすがに気まずいのか、目を逸らされた。
「この国って、孤児院とか無いんですか?」
ズバリと切り込むと、王子様は顔をしかめながら、こう説明してくれた。
「あるけど…数が圧倒的に少ないんだ。税金少なくて住みやすい代わりに、公共事業が手薄なわけ」
なるほど、国に金がないんだな。
「貿易や観光みたいな財政の柱が乏しいからさ、国もお金がなくて、何も出来ないの。代々の王も人がいいから、献上品とかも要求しないし、出店許可とかにもお金とらない」
王子様はそれが不満なようだ。街によく出掛けてるみたいだから、公共事業の必要性を肌で感じているんだろう。
…そうか、今腑に落ちた。
さっき練兵場の構想を聞いた時、王子様は「闘技場に出来るように」って言ってた。王子様はこの機に、金を稼ぐ手段を増やすつもりなんだな。
「アライン様、国には金が必要です。さっきの闘技場、本気で考えましょう」
えっ?と王子様が顔をあげる。
「国に金が出来れば、孤児院も建てられますよね」
この様子じゃ、今あいつらを孤児院に…ってわけにもいかないようだ。腹を決めるしかない。
「…ハク?」
丁度いいタイミングで、ゼロが応接室に入ってきた。
「ああ、ゼロ。どうしたいか、考えは纏まったか?」
「うん、やっぱり僕、4人ともウチで面倒みたい」
だろうな。
「俺は説得できそうか?」
「多分。受付フロアにあの子達の寝泊まり出来る部屋を作ろうと思うんだ。生活エリアに入れなきゃ大丈夫でしょ?」
もちろん、そこは最低限守って欲しいラインだ。
「で、ウチで働いて貰おうと思う」
ほう。働かざるもの食うべからず。
その考えは賛成だ。
「二人はカフェの洗い場。二人はオーダー係で、シルキー達に教育してもらう。住み込みでお小遣い付きなイメージ?」
金があれば、スリもしなくて済むという意味だろうか。リーダー格の少年はあの生活が長そうだ。そう簡単にいくかは分からないけどな…。
「で、毎日お仕事終わったら、ルリに行儀作法や読み書き計算を教えて貰おうと思って。ブラウも一緒に」
教育は大事だからね、とゼロは笑って言った。まぁそれだけ詰め込めば、余計な事を考える暇も無いだろう。
「そこまでは分かったし、いいと思う。だがな、俺が反対してる一番のポイントは、お前のガードの甘さだからな」
「えっ!?僕?」
自覚なしか…。世話の焼ける。
「相手が子供でも油断すんな。お前の命は、俺達全員の命だと自覚しろ。絶対一人で行動すんな。…以上だ」
本当はゼロだけじゃない。俺達皆、多分危機感が薄いんだ。普通のダンジョンなら、毎日が殺すか殺されるかの、命のやり取りで過ぎて行く。
俺達も今はまだオープンしてなくて、一部の協力者にしかダンジョンだと知られてないから平和だが、本当はオープンしたら、冒険者達に狙われる事もあり得る。
王室の練兵場を併設すれば、王室との連携が深いアピールにもなるし、俺達は多分もっと慎重に、危機感を持って行動すべきなんだ。
ゼロはシュンとして、「分かった…。自覚する」と呟いた。
「そんじゃルリとブラウに、あいつら風呂に入れて、ピカピカに磨くように言ってやれよ」
ゼロは跳ねるように「言ってくる!」と飛び出して行った。
やれやれ…。
振り返ると、王子様とユリウスが好き勝手な事を言って笑っていた。
「やっぱりユリウスみたいだな。俺様っぽい!」
「失礼な。私は必要時にはアライン様を立てております」
「必要な時だけだろ!」
ユリウスと一緒にされるとか、こっちも心外だよ!…怖いから言わないけど。
「お聞きになってたと思いますが、孤児院はムリみたいなんで、4人はウチで引き取ります。子供を働かせますけど、文句言わないでくださいね」
「分かってるよ、もう…!イヤミなヤツだな…」
王子様が憮然とした表情で承認してくれたところに、ゼロが楽しげに戻って来た。
「お待たせ~!」
「ヤケに楽しそうだな」
「あはは、お風呂に入れてやって、って言ったらルリが張り切っちゃって。受付フロアのシルキー用のお風呂、今叫び声が響いて大騒ぎだよ~。ルリ、最強だね!」
うわぁ、ご愁傷様…。あの生意気なガキも、ルリには逆らえまい。ピカピカになって出てくるがいい。
「え~っと…ゴメン、王子様達とどこまで話したんだっけ」
「…王子様と王様の案が入った練兵場にした方がいいんじゃないかって事と、美人騎士団長の弱点の話?」
「私の案はスルーですか…。」
ユリウスが、がっかりしたように呟いたがムシだ。危な過ぎる施設は、ガキが増えた今、造りたくない。
「騎士団長の弱点なら、それこそ子供だよ。いたいけな子供に泣きつかれると、てんで弱いよね」
「まぁ…兵士達には鬼ですけどね。母性本能くらいはあるんでしょう」
なるほど。いい事を聞いた。
あいつらにも使い道が増えたな。
ゼロは俺と目配せすると、王子様にこう持ちかける。
「じゃあ、その騎士団長の方と、あと兵士の方20人くらい…明日の午後に、なんとか連れて来てくれませんか?」
「いいけど…どうして?」
「練兵場、造っておくんで、騎士団長からまず納得させた方がいいかな、って」
「実はあさって、ダンジョンをプレオープンしてみるつもりなんです。アライン様もご招待したいんですが、折角なら、練兵場も一緒に公開出来れば、国民へのアピールにもなりませんか?」
「僕達が考えているより、何もかもが急ピッチだね。分かった。最善を尽くそう」
アライン様は急に真剣な面持ちになり、造る練兵場の事、ダンジョンと王室の連携、集客、闘技場の構想について話しあってくれた。
見た目は少女のようだが、いざとなると、ホントに頼りになる王子様だ。
一通り話し終えると、「明日必ず騎士団長連れてくるね!」と約束し、王子様は軽い足取りで帰って行った。
美人騎士団長、楽しみだ。
カフェに戻ると、すでに夕食が始まっていた。
カエンやルリ、ブラウはもちろん、マーリンやユキも呼ばれている。(スラっちはマスタールームでコアを守っているらしい。確かにいきなり子供に会わせるのは問題あるし、仕方ないか。)
その日はシルキーちゃん達も交えて、大人数の賑やかな食卓になった。
子供達の名前は、リーダー格の少年がナギ、女の子がローラ、この二人が注文取りの担当らしい。
ローラは綺麗な赤毛の、素朴なイメージの女の子だ。洗い場担当は、少し赤みがかった髪で人懐こい笑顔のトマスと、茶髪で人見知りが激しいマーク。
4人は暖かいメシを腹いっぱい食えて幸せそうだ。まだ小さい3人は、おどおどした感じが拭えないが、ナギは3人が食べるのを嬉しそうに見ている。
「良かったな」
思わず声をかける。
「うん…。本当に感謝してる。メシも満足に食わせてやれなくて…オレ…っ」
一人なら食っていけても、4人分を稼ぐのは容易じゃない。本当に困っていたんだろう。
「働いて貰うんだから、気にし過ぎなくていいからね。ご飯もお風呂もベッドも心配ないから、しっかり働いてよ」
ゼロの言葉に、子供達は一斉に頷く。
素直な子供は可愛いな。
「ナギはこいつらの為にも、ルリのセクハラに耐えねーとなぁ!」
カエンのぶち壊しな発言に、ナギは真っ赤な顔をした。
「マジかよ…!風呂入れられた時、最悪だったぞ!?」
「お母さんみたいだった…」
「うん、嬉しかったよね」
ローラとトマスが幸せそうに言うと、マークが嬉しそうにコクコクと頷く。ナギと他の3人の感想が違い過ぎて笑えるな。
ルリは「また入れてあげるわ」と、上機嫌だ。ナギにも「皆同じようにしかしてないわよ?嫌ぁね、お年頃かしら」とすまして言っている。
ルリに完全に押されてるな。
ナギも気の毒に…。
夕食の後は早速、各々の課題に取りかかる。ブラウを含めた子供達は、なんと早くも今日から、ルリ先生主催の行儀作法特訓があるようだ。
マーリンは邪魔されずに錬金出来るのが嬉しいのか、ウキウキと錬金部屋に入っていった。
残るメンバーは、今夜はポスターとチラシ作りに専念する。明日、エルフやシルキーちゃん達、それに子供達…20人くらいで一斉にチラシを手配りする予定だからだ。この為に、ゼロがカラーコピー機なるものまで用意してくれたから、失敗出来ない。
俺が書きだした情報を、ゼロが器用にイラストと共にポスターやチラシに落とし込んでいく。
ダンジョンの3つのルートはイラストがちりばめられ、服や靴、モンスター、人魚、罠まで、可愛らしく表現されている。王子様とエリカ姫も可愛く描けている。本人達もきっと喜ぶだろうな。
出来上がったチラシとポスターを満足げに眺め、俺達は眠りについた。




