ゼロの災難
「ラビちゃん、それじゃあ早速だけどこの街を案内してもらってもいい?いまの状況も知りたいし、アドバイスできる事もあると思うから」
「はいっ!」
ゼロの言葉にラビちゃんは勢いよく首肯く。チビ達に野菜を託して宿屋へ帰し、自身は先頭にたって歩き始めた。
「ここ!さっき言った畑です。いっちばん手前がニンジンの畑でここが一番広いんです!で、後は毎日食べる野菜がぜーんぶ植えてあるんですけど」
ニンジンとの比率がおかしい。個人的にはもっとコーンが欲しいかな。
「で。実はこの下で大ミミズさんが働いてくれてます!」
「えっ!」
急に足元の土が盛り上がりデッカいミミズが顔を出した。
「ひぃぃぃぃぃいぃぃ」
早速ゼロが尻もちをついて腰を抜かす。相変わらずのへなちょこぶりだが、もはや驚く事でもない。顔の青さ的に見てももうちょい放っといていいとみた。
「ゼロさんのダンジョンには虫系モンスターいないってきいたんですけど、虫さん達はお願いすれば生活を助けてくれる子も多いんですよぉ」
大ミミズに「ありがとう」と声をかけ、ラビちゃんはにっこりと笑う。隣でゼロが腰を抜かしているというのにラビちゃんは気にした様子もない。満面の笑顔なんだが。
「ルリさんに、ゼロさんは虫さんがキライなんだって聞きました!でもそれって、虫さんの事知らないからだって思うんです!」
ラビちゃんの主張に、ゼロは顎が外れるかってなくらい口をポカーンと開け放った。
「だから私、今日はゼロさんに、虫さんの素晴しさを伝えようと思って」
可愛くガッツポーズしてるラビちゃん。
……なんか使命感に燃えてる?
一方ゼロは、面白いくらい真っ青になった。
「ほら、キラービーさんです!怪しい侵入者がいないか、いつも巡回してくれるんですよ?とっても頼もしいんです!」
「い、いや、知ってる!益虫だっているって知ってるよ!ただ生理的にダメなんだって!」
必死で抵抗するゼロの手首をガッチリ握って、ラビちゃんはずんずんと進んでいく。
悲しいかなウサギとはいえ獣人であるラビちゃんの方が力は強いらしく、ゼロは嫌がりながらも引摺られていっているという、なんとも情けない状況だ。
あっちで飛びあがり、こっちでへたりこみ、やがて小さな小屋で虹色蚕が大量に蠢いている様を見せつけられたゼロは、ついにキレた。
「なんでこんなキモいのばっかり!いい加減にしてくれよ!」
「虫さん達、何にも悪い事してないです。ダンジョンモンスターの子は特に、マスターの役に立とうって一生懸命な健気な子ばっかりです」
「そんなの、分かってるよ!」
「ならキモいとか酷い事言わないであげて欲しいです。あの子達が傷つきます」
確かに。俺もダンジョンモンスターの端くれだ。ラビちゃんの主張には同意出来る。しかしラビちゃんが静かに怒る様は初めて見た。タレ目がキリッとつりあがって、なかなか勇ましい。
ゼロもラビちゃんの言い分は理解できるようで、気不味い顔で口をつぐんだ。若干背中を丸めて意気消沈する姿が哀れだ。
「もうっ、男の子なんだからシャンとしてください!」
腰に手をあて、一生懸命怒っているラビちゃんは、それでも何故か愛嬌がある。ウサギの獣人ってなんとなく得だ。うちのダンジョンのイナバもそうだが、意味もなく可愛いんだよな。
とか、どうでもいい事を考えていたら、急にラビちゃんの視線を感じた。
……ああ、違うか。俺じゃなくて、隣のライオウを見てるんだ。
どうやらその推測は正しかったらしい。ラビちゃんはライオウと首肯きあうと、もう一度しっかりとゼロに向き合った。
「私だってライオウさん生理的にすっごく怖いですけど、慣れようって頑張ってます」
ハッとしたようにゼロの目が見開かれた。
「たっくさんお話しして、だいぶ仲良くなりました。仲良くなるの、無理じゃないです」
ぐうの音も出ないとはこのことか。ゼロは反論する言葉もなく項垂れる。
少しの間をおいて、やっと顔をあげたゼロは「……そうだよね、僕……ごめん」と小さく呟いた。
「こりゃ一本とられたな」
ライオウが隣で愉快そうに笑っている。ラビちゃんの努力を一番近くで見て来たライオウは、一週間ほどで見違えるほど強くなったラビちゃんを誇らしげに見ていた。
「ゼロさん、これから色んなダンジョン作らないといけないって聞きました。虫さんもアンデッドさんも、マスターに嫌われてるのはきっと悲しいです」
「ありがとう、ラビちゃん。……僕、甘えてた」
「ゼロさん!」
ラビちゃんの耳が嬉しそうにピョコンと立った。
「虫系とか、アンデッド系とか……モンスターに早く慣れるように、努力してみるよ。これからも協力してくれる?」
「もちろんです!まだまだいっぱい居るんですよ!」
「あ、ああ、うん……ありがとう」
ゼロに分かってもらえたのが余程嬉しかったのか、ラビちゃんはやる気満々だ。
ただ、これ以上昆虫地獄観光ツアーを続けてしまったら、ゼロの精神力が無駄に目減りしてしまう。働かなくなった頭ではダンジョンについてのアドバイスに支障をきたすだろう。
さすがにとめておいた方がいいか。
「ラビちゃん、それはこの街についての話が終わってからにしないか? 」




